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第五話 楽しむ気持ちを忘れない

 最近こんなことをニュースで聞く。


 〝生徒が自殺して1年後、ようやくいじめがあった事を認める。〟


 当然だが意味が分からない。


 もちろん裏側とかを全部知っている訳は無いし、ニュースの制作側が敵味方の区別をつけているのかもしれない。


 あってはならない事はあっても、それが実際起きる事はよくある。


 人間の心から邪な感情が消え失せる事は無いだろうから、しょうがないと思うのもどうかと思ったりする。


 これらを聞くと、いじめられて心が傷付く、学校は味方になってくれない、役所も動かない、死んでも意味は無い……四面楚歌だ。


 人は追い詰められると選択肢を数多ある見失い、どれだけ道があろうが手を差し伸べようが、それに当人が気付かなくては意味が無い。


 救われるべき人が救われない世の中になってしまえば、親などの最も近しい人が掴むまで手を差し伸べ、気付くまで選択肢を見せる。


 多分これもきっと違う。


 基本的に人間は誰かに言われてもふ~んとしか思えないが、肌で実感してようやく言葉の重みを知る。


 誰かがあれこれ言うよりまず、当人が口を開けなければいけないと思った。


 ケアが如何に重要なのか、幾多の人とカウンセリングをしてようやく知った僕だ。


 超えられない高い壁はぶっ壊したりそれでも超えようと上ったりではなく、道を変えて壁の無い方へと向かう事も選択肢としてアリなんじゃないかと思う。


 これは逃げではなく変化、嫌ならやめるなどの変化だ。


 超えようと上ったり壊そうとぶつかるのは基本的に好きな事で、嫌いだけどそれを好んでする人は少数派だと思う。


 落ち着いて、考えて、視点を変えたなら、自ずと道は見えるかもしれない。


 その視点を変えた事で出会ったこの神の丘学園で僕は充実した日々を過ごしている。








 初夏には電車とバスの往復にも慣れてきた、この辺りで新入生は各々の学園での過ごし方を模索し始める頃だろう。


 活発にアウトドアを楽しんだり、屋内でインドアを楽しんだり、本を読んだりゲームをしたり、仲の良い友人達とおしゃべりをしたり。


 僕自身も緊張はほぐれていき、ある程度のルーティーンなんかも出来たりしていた。


 担当スタッフの(おおとり)さんとの会話のテンポを掴めたり、応用としていじり方も学んだりして、必然的に笑う回数が増えていった。






 非日常の日々が日常へと移り変わった夏、大きなイベントが2つある。


 1つは夏祭り、夏休み直前に開かれる二重の意味でアツいイベントだ。


 屋外にあるステージでバンド演奏、ダンス、合唱、カラオケ、クラウンパフォーマンスなどでそれなりかつ盛大に盛り上がった。


 僕も初めてながら合唱に参加し、数十人のお客さんの前で有名なJ-POPの合唱バージョンを歌いきる事が出来た。


 特にラスサビの振り付け自分でも満足いく結果に終われて本当によかった、誰よりも楽しめた自信がある。




 忘れてはならないのが出店だ。


 夏祭りらしく焼きそば、焼きトウモロコシ、フランクフルト、射的やスーパーボールすくい、中にはピザ窯で焼いたピザなどもあり、全くもって飽きさせない。


 僕は全部回ろうとしたけれど、満腹で動けなくなってしまったので途中で頓挫した。


 最後は立派とは言いづらいが、それでもこの祭りの最後を飾るに相応しい花火が約10発ほど打ち上がり、宴は幕を下ろした。








 夏休みに入り、夏祭りの余韻がひとまず引いた8月の初旬、僕は数人のスタッフや有志の学園生達と共に、宮城県へと向かった。


 もちろん夏だから涼しいところに観光、という訳では無い……そもそも東北だって大して涼しくは無い、気温だけ見たら沖縄の方が低かったりもする。


 そんな熱中症待った無しの真夏に宮城県へ向かった理由は、ボランティア活動──これがもう1つの大きなイベントだ。


 忘れない、忘れられない、忘れてはならない……1万人以上の人々が亡くなり、今でも行方不明者が絶えない、あの未曾有の大災害──東日本大震災。


 その震災で被災した街で開かれるお祭りにボランティアで出店を出し、もっともっと盛り上げていこう! と活動した。


 老若男女問わず地元の方々に楽しんでもらい、自分自身も楽しむ事が出来て本当によかった。


 ウザったい蒸し暑さが消し飛ぶ……とまではいかなくても、思い出に強く残る貴重な体験が出来て嬉しかった。


 その後の交流会も腹いっぱいに食べ、語り合い、その日は余韻が残りすぎて上手く眠れなかった。








 小学生だった当時、もうすぐで春休みだな~と思いつつ残寒の風が短パンの僕の足に吹き、寒さを身に染みながら帰宅した。


 学校では何も聞かなかった、下校中にすれ違った誰かが話してもいなかった、本当に家に帰ってから知った。


 祖母にテレビ見ろと言われ、一瞬すごい映画が放送されていたのかと思っていたが、これが現実だということを祖母から聞いて、子供ながらに驚愕した。


 誰があんな津波を想定出来ただろうか、泳いだら助かるのかな……なんて思ったりしたが、車や家が流されているのを見て無理だと理解した。


 小学生というまだ脳は未発達な自分が、テレビ越しでその後の色んな特集やドキュメンタリーで震災の事を語っているのを見て、本当に凄まじい衝撃を受けたのだ。


 思春期の自分が現地で、今なお残る各地の爪痕や亡くなられた方々の名前が刻まれた石碑を見て、何とも言えない気持ちになった……ボランティア活動の翌日の事だ。


 この震災がどれほどの大災害で、どれだけの人々が大変な思いをされたのか、それを直接目で見て、直接耳で聞き、直接肌で感じた。


 こんな貴重な経験は中々出来ないだろうと、語り部の方のお話や資料、爪痕残る風景を脳に焼き付けた。








 今まで何度も過ごしてきた夏の中で、自分史上最も密度の濃い夏だと胸を張って言えます。


 僕がもっと学園を好きになり、今まで知らなかった事実を知り、とにかく文章では伝わりきれないほどに財産となった夏だった。


 人は小さなきっかけであっという間に心が脆く崩れる、それを僕たちは分かっているからこそ、知って欲しい。


 同じように、人は小さなきっかけであっという間に心から楽しいと思える生き物なのだと。


 光ある所に必ず陰があるように、陰がある所に必ず光がある。


 楽しむ気持ちを忘れなければ、忘れても思い出せたなら、少しは俯き気味な顔も上げることが出来るんじゃないか。


 僕たちは知っている。


 人は弱い、だから強くなれるんだって。

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