第二話 ぬくもりに飢えていた
最寄り駅から、各駅停車で7駅、新快速も停車する少し大きな駅で降りた。
母も同行してくれているから、向こうで孤立、なんて心配もないし、少しの不安は取り除かれただろう。
改札を出ると、駅中央の売店辺りに、〝神の丘学園〟と書かれた紙を持つ、長身でマラソンランナーみたいな細い体の男性がいた。
「あ、えっとお名前は…」
40代くらいだろうか…けど若々しくて、初対面なのに優しさオーラが滲み出ているのがよく分かる。
その男性曰く、名前を百地さんというらしい。
「ちょっと待っててね、あと2人来ますから」
ガチガチに緊張していた僕だが、百地さんのマイナスイオンを浴びていると、少し気が楽になってきた。
と、同時に眠気も襲ってきた。
家に引きこもる僕なので、集合時間の現在午前9時過ぎなんて、起きてる方が珍しい。
昨日は明日は交流体験だというのに、全く意識をせずに、眠りについたのは午前4時半…気がつけばこんな時間になる。
スマホは取り上げられているので、好きな小説執筆が出来ず、PCでその小説に出てくるキャラクター達の外伝を書いたりしている。
ただこのPC、電源を入れてからホーム画面が表示されるまで、最低3分、5分もざらにある。
そのおかげか、せっかちさは無くなり、お店とかでも自分が頼んだご飯がすごく遅く出てきても、イライラしなくなった。
さらにPCを使ったおかげで、人差し指オンリーながらスラスラと打ち込む事が出来た(いや全部の指使わなきゃダメなんだけど)。
趣味に没頭しまくり、昼夜逆転した生活を送っているために、すぐ疲れてしまう。
「それじゃあ行きましょう」
それから2~3人が集まった、全員知らない。
いや、知ってる人がいたら、それはそれでものすごく気まずいから嫌なんだけど。
そしてやはり全員、顔は暗い。
寝不足なのか、人混みが苦手なのか、理由なんてどうでもよくて、ただ、自分も今こんな顔なのかな~とか、そう思った。
要は自分の事しか考えていない…それでも、自分の事でも考えられているのは、あの時、死にたいと思ったあの時と比べたら、前に進んでいる方だ。
バスターミナルとは逆方向の出口に向かい、道路に停めてあるキャラバンに乗り込んだ。
約40分の道のりらしく、途中でもうひとつの駅でも停まるらしい。
こういうキャラバンみたいな車に乗るのは初めてだったので、少し緊張している。
しかしまあ、この辺りの時間帯ではそこまで大きな感情の起伏はなかったので、景色とかもあまり興味はなかったし、ただ到着を待ちぼうけていた。
もうひとつの駅からも3~4人ほどが乗り込んだ。
百地さんは一人一人に丁寧な挨拶をするが、だいたい頭をぺこりと下げるだけで、行きたくなさそうにしてる人なんかもいた。
「はい、今コンビニを通過しました」
百地さんは恐らく仕事用と思われるガラケーで連絡を取っていた。
コンビニを通過し、そこから少しの道のりを向かうと、〝神の丘学園〟と書かれた正門を通り、敷地内へと入っていった。
想像していたよりも、敷地は広く、緑が多かった。
手作り感満載の速度標識や学園マップ、綺麗に手入れされた花壇の花々、どれも同じ葉の色で種類は分からなかったが、木もたくさん植えられている。
正門のすぐ左手には、すごくちゃんとした体育館があってびっくりした。
そして正門の地点から高さ20メートル近くはあるかもしれない、中腹の平地を挟む二つの急な坂を上っていった。
この坂がまあまあ急だ、引きこもりの体力だと、歩けば相当な運動になりそうだと思った。
坂を上りきってから左折し、二手に分かれた道の右側の坂を上った。
さらに急な坂だが、距離はほんの5メートルほどの坂を上ると、学園の本館の建物があった。
建物は洋風で、僕は冬の厳しいヨーロッパにでもありそうだなと思った。
キャラバンを降りると、目の前の景色は壮大に見えた。
立派にそびえ立つ木や、柵の向こう側の傾斜になっている草っ原では、ヤギや羊、馬なんかが草を食べる姿もあった。
さっきの体育館ほどありそうな芝生広場、短い坂を上らず左側には、車が7、8台停められる駐車場があり、そこから本館へと上る階段もまた、手作り感満載のものだった。
よく見たら草っ原にある柵や、坂に取り付けてあった手すり、とにかく色んな所で手作り感のあるモノが多いと思った。
そんな丘の上にあるこの場所について僕は、空気が澄んでて過ごしやすそうだな、というより、虫多そうだから、虫ダメな人は苦労しそう、なんて思っていた。
そして実際多い。
本館の正面玄関から入り、窓口で首にかけるヒモの付いた名札をもらった。
けど僕は、首にかけるのはあんまり好ましくなかったので、名前は見えるようにズボンのポケットに入れた。
窓口や靴箱の上には生け花が置かれてあり、熱帯魚の泳ぐ大きな水槽もあった。
僕らは指示通り、スリッパに履き替え、目の前の階段で2階に上がった。
2階はとても広々と感じ、中心に一本ある大きな柱にまず驚いた。
階段を上り、左手側にある図書コーナーと称される場所には、漫画をはじめ、テレビで話題になったり有名作家の本や、ラノベなど、多種類の本が並んでいる。
右手側は広い多目的ホールとなっており、その奥に2つのドアがあり、それは中研修室と音楽室がある。
左手側の廊下を歩き、一番手前の保健室にひとつ向こうにある、トイレが反対側にあるドアを開け、特別研修室に入った。
研修室と称されてはいるが、別に何らかの研修をしている訳では無いのかな、と思った。
通称、特研の部屋に入ると、壁、床、天井、机、ホワイトボードと、真っ白だったため、目がチカチカした。
ホワイトボードに向けて椅子が並んであり、僕はとりあえず適当に座った。
まず最初に、アイスブレイクをすると言われた。
7、8人の男女のスタッフと、それから参加した人達と、その保護者の人達と一緒に触れ合い、緊張をほぐすというものだ。
てっきり、冬間近なのに皆で氷を砕き合うクレイジーなイベントをするのか、と思った。
それはそれで面白そうだが、突然それをすると言われたなら、超怖い。
ゲームは至って普通、じゃんけんをして、負けたら勝った人の肩を掴んで、それを繰り返して大きな列を作っていくあれだ。
じゃんけんをする前に自己紹介をするというものだが、それは僕にとって、多分僕らにとって、かなりハードな行為だ。
名札を見せればそれで良いと言われた時の安心感と来たら…ものす~~~ごくホッとする。
照れくさくて、緊張して、それでもいつの間にか、氷が溶けるみたいに、堅い表情は柔らかくなっていった。
まあまあ、楽しかった。
それから昼食まで、学園プログラムの一部を体験出来る。
動物とのふれあいや、音楽室で楽器に触ったり、読書や学習などもある。
僕は1番想像がつきやすく、だいたい何をするのか分かる、スポーツを選んだ。
百地さんと、数名の参加者と一緒に、僕は体育館でバスケをした。
なにぶん無茶苦茶久しぶりの運動なので、疲れるのがすごく速い。
たった2ヶ月ほど引きこもるだけでも、こんなにも体力が落ちるだなんて、一切思っていなかった。
なので、今までなら余裕だった無茶も、やってみれば吐きそうになった。
体育の授業というものが、如何に必要性の高いものなのか理解した。
───しかし、それ以上に楽しかった。
誰かとあんなにも全力を出してスポーツをするのが、こんなにも楽しいだなんて…。
一応1人でも、退屈せずに生きていける時代、顔を見なくても、名前を知らなくても、友達は作れる時代。
でも、直接会えなければ、その人今がどんな表情をしているか分からないし、ゴールを決めてもハイタッチは出来ない。
1度この世界から隔絶したから、もう一度向き合って、足を踏み入れた時、見ず知らずの人達とでも、また笑い合えた。
数多のメリットに比例する数のデメリットじゃなくても、一つ一つの大きさが、メリットの数と均等の重さになるのだと考えた。
僕はその瞬間、メールよりも電話の方が良いと思った、文字よりも、声の方が好きだと思った。
それから、多分僕が、人付き合いが苦手になった理由も、思い出した。
高校に入る前、中学の同級生や先輩達のいる、ラインのグループに入った。
10人くらいが入っていて、毎日毎日うるさいくらいの通知を、僕を含めた3、4人がメッセージを送りあっていた。
僕もそれが楽しくて、面白くて、送りあっていた。
だけど、きっかけはよく思い出せないけど…とても些細な事だと思う。
1番年長の先輩が、気に障ったのか、僕が無意識にしていた行為がイラつくと、メッセージ上で口論になった。
僕は喧嘩をしたくないし、メッセージを見て、確かに自分がされたら嫌だと思うことだった…だから、必死に謝った。
それでも送られてくるメッセージは…
〝ちゃんと誠心誠意込めて謝れ〟
きっと、文字だから、どれだけ謝罪のメッセージを送ろうとも、この気持ちは伝わらない、そう思った。
思ったから…それをバカ正直に、メッセージとして送った。
〝文字だから感情が伝わらないのかもしれません〟
今思えば、バカなことをしたと思っている、それを伝えてどうこのいざこざが解決するんだと。
でも、次に送られてきたメッセージで、僕は完全に、何かが切れた。
〝お前が心込めてないから伝わらんねん〟
怒りとかではない、悲しみは少しあった、呆れや諦めもブレンドされている…1番感じたのは、恐怖だった。
こんなにも人の本心を赤裸々にしてしまうのか…知りたい知りたくないに関係なく…顔を見ずに話すのは、こんなにも不便なのか…
ああ、SNSって、めちゃくちゃ怖いな…。
このいざこざは、約2時間続き、他のグループメンバーが仲裁して止まった。
だけど、また再び、2時間くらい続いたいざこざが起きた…僕は学べなかった。
人は皆、僕の事をこんな風に思っているんだ、どれだけ親しくても…僕が鈍くて分からないだけで、僕の周りの人達は、僕を嫌う人ばかりなんだ…そう思ってしまった。
2回のいざこざは、高校の入学式の1週間前以内に起きた。
人が怖くなった…今までそんなことなかったのに…教室で笑い声を聞くと、自分を笑ってるんじゃないかと思い始めた…。
マンガやアニメでも、よく、笑い声を聞くと自分を笑ってるんじゃないかと思う、なんて言うキャラクターがいて、それはいくら何でも大袈裟だろと思っていた。
大袈裟でも何でもなかった。
廊下で人とすれ違うだけでビクッとする、だんだんと心の傷が、そうやって開いていった。
親には言い出せない、どうせ信じてくれない、先生にも言い出せない、何だか恥ずかしい。
ワンクリック詐欺とか、有害サイトへのアクセスとか、そういうSNSトラブルは、いくらでも対処しようがある。
ただ、このトラブルは…どう対処すればいいのか…今でも分からない…。
これがトラウマになったのかどうか分からないけど、ツイッターとかに抵抗があって、ずっとSNSに触れられない。
それでも自分大好き人間だから、心が完全に病む直前に自分の危機を守れたんだと思えた…それが登校拒否だろう。
だから今この瞬間が、不思議でたまらなかった。
スタッフの皆さんの優しさはきっとマニュアルに沿った作り物で、笑顔もきっとマニュアルに沿ったもので、この交流体験中に、こんなに優しいと、裏で人体実験でもやってるんじゃないかと…正直思った。
それくらい、ぬくもりに飢えていた。
昼食を挟み、文化祭で展示する交流体験参加者枠の、チョウチョウの分布図を、チョウチョウの写真に針を取り付け、発泡スチロールの地図に刺して作った。
これもかなり楽しかった。
百地さんをはじめ、たった数時間で、スタッフの皆さんが僕にもたらしたものは、とても大きくて、とても温かなモノだった。
もう一度、何度でもここに来たいと思った。
もっと早く、ここに来たかった。
テレビや新聞なんかでどれだけ言っても、きっとその多くを知ることは無いだろう。
その身で経験したから、この目で見たから、僕は胸を張って言える。
神の丘学園に出会えて、本当によかった。
SNSの場面を書いてる時、すごい泣きそうでした。
バラードか何かを聞いてたら、もう泣いてました。
そして、人体実験はやってません。




