薬害
私も泥棒の性なのか、隠されたことは知りたくなるもので、放課後に彼女の後をそっと尾けた。私も忍者の相棒をやっているだけあって尾行は得意中の得意。全く気づかれることもなく、あっさりとその行き先を突き止めた。そこは病院だった。病棟の3階にたどり着くと一つの部屋に入った。私もその部屋に近づこうとしたそのときだった。背後から私の肩を誰かが叩いた。
甲賀虎次郎。その顔を見たとき私の血の気が引いた。動揺はおそらく相手にも伝わっていることだろう。
「尾行の腕はまずまずだが、自分が尾けられてることには気づかないあたりが詰が甘い」
そう言うと、彼は私の顎をつかんで自分の方に振り向かせた。
「あの家に泥棒目的で身辺調査をしているといった辺りだろう。まあ、その程度の情報ならば、調べればすぐ分かることだから、教えてやらなくもないが……」
話を途中で止め、しばしの沈黙が訪れた。ふと、身の危機を感じた私は虎次郎を突き飛ばした。あと一秒遅かったらキスをされていたかもしれない。
「ふふ……。さすがにねずみの女となれば一筋縄にはいかないか。それでこそ、こちらも口説き甲斐があるものだ。おっと、今は下条彩香の話をしてたんだったっけか」
虎次郎によると、彩香のお父さんはある不治の病を患って、余命いくばくもないとのことだった。
「病の原因は輸血だ。下条の父親は交通事故で怪我をしたときに輸血をしたんだ。そのときに使った血液製剤に問題があった。加熱処理が行われてなくて、ウィルスが混入していたわけだ。厚生労働省と大病院はそのことが分かっても、しばらくは隠蔽しようとした。それが、病を治しがたいところまで進行させてしまったわけだ」
「そうなると国の責任ね。補償が出たわけでしょ」
「薬害の認定はそんな簡単なものじゃない。薬害と病の因果関係を示す証拠がないと無理だ。ところが、この病院は事故当時のカルテを破棄してしまった。保存期間を過ぎていたからだ。こうなってしまえば、立証するのはもう無理だ」
「そんな……」
「そういうわけで、あの家に泥棒に入るだけ無駄だ。入院費用で手一杯で下條彩香を学校にやる金すらない。諦めることだな」
「でも、何であんたはそんなこと知ってるの?」
「俺はお前を捕まえるために学校にやってきたと言ったはずだ。交友関係くらいは調べるのが当然だろう」
気がついたら虎次郎の姿はなかった。まるで、魔法のように忽然とどこかに消えてしまった。私よりも一枚も二枚も上手であることを見せ付けるかのように。私はぽつんと一人残された。
虎次郎の話は嘘じゃなかった。あの後、彩香に問い詰めると、虎次郎と同じ内容の話を白状した。彼女は涙を流していた。傷口に塩を塗るようで、少しばかり心が痛んだが、私は聞かずにいられなかった。