表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

人のぬくもり(第一話完)

 5日後、午後3時、私と竜太郎は世田谷区田園調布に居た。北村啓輔の自宅の前だ。竜太郎の調査によると、この時間帯には家人は誰も居ないという。竜太郎は周囲に人が居ないのを確かめると鉤縄を塀に投げつけて北村家の庭に侵入する。ここまでが5秒弱。早業だ。私もそれに続いてよじ登る。7秒フラット。何とか竜太郎の足手まといにならない程度の速度で侵入する。中には黒田氏が言ったとおり、大型犬が居た。しかし、吠える気配もなく大人しい。竜太郎は犬の扱いに慣れており、この犬も先日、下見に来たときに手懐けていたのだった。次は窓からの侵入を試みる。これが少しばかり難しい。鍵を壊して窓をスライドしようとすると、警報装置が作動するからだ。竜太郎は、伊賀家代々伝来のガラス切断器具を使い、窓に人が一人何とか入れるくらいの大きな穴を開ける。まず、竜太郎が入り続いて私も入る。リビングに出る。ざっと見渡す限り、この部屋に金目のものを収納するような家具はない。廊下に出る。竜太郎はあるドアノブの前でしゃがむ。私にもしゃがむように促した。どうやら、金目のものがある部屋だと、目星をつけたようだ。竜太郎は錠前をこじ開けて侵入する。そのとき警報ブザーが鳴る。おそらく、扉と連動していたのだろう。こうなれば時間の問題だ。早々に仕事を済ませて去るしかない。部屋は書斎で金庫があった。オーソドックスな小型ダイヤル式金庫だ。竜太郎は開錠にかかる。カチカチと音が鳴る。1分、2分と過ぎ、2分半後、金庫は開く。中にはいくつかの封筒があった。中身は契約書らしき書類と有価証券と預金通帳と1000万円くらいの現金。現金だけを取って部屋を去る。窓から外に出る。人が居ないのを確認すると鉤縄で道端に出る。私たちは平然と通りすがりの学生を装って歩く。無駄口は一切叩かない。


 ひとまず、一番危険な仕事は完了した。ここからは、仕上げにかかる。私と竜太郎が次に目指した先は今にも崩れ落ちそうな2階建ての安アパート。その103号室に山村という表札がある。鍵をこじ開けて入る。侵入をはじめて3分後、タンスの中に預金通帳が入っているのを私が発見する。残高わずか2千円。そこに書かれている金融機関名と口座番号を頭の中にインプットする。そして、戸締りをし直すとアパートを後にする。ここで、竜太郎と別れる。仕上げは私一人の方が効率がいい。


 最後に目指した先はATM。盗んだ1000万を振り込む。宛名は山村秀雄。そう。先ほど家に侵入した家は今回の成果金を渡す配給対象だ。涼子さんが言っていた、生活保護も受けられない苦労人。私は最後の仕上げを成し遂げるとそのまま自宅に帰った。


 あれから半月後、山村さんが死んでいるのが自宅で発見された。近所の住人が不意に窓ガラス越しに覗いたときに、山村さんが倒れたまま微動だにしなでいるのを奇異に思い、大家さんに知らせたのだった。発見されたときには、既に死後3日は経っていたという。死因は餓死。私にとってショックだったのは、預金からはわずかに2千円しか引き出されていないことだった。1000万円の存在を知りながら、それをわざと無視して死に至ったのだ。机の上には遺言書が置かれていたらしい。そこには「小生は素性の知らぬ人間の施しを受けるほど落ちぶれていない」という一文が含まれていたという。


「私たちが良かれと思っていても向こうは必ずしも喜んでいるとは思わないことね」

 私は、先日、涼子さんに言われた言葉を思い出していた。その涼子さんに会ったとき、今回の件についてどう思っているのか聞いた。


「ここまで悲しい結末になるとは思ってなかったけど、それでも、ある程度覚悟はしていたわ。山村さんが必要としてたのはお金じゃなかった。暖かい家族や友人、人とのつながりだったのよ。私の父もそうだった」


 涼子さんによると彼女の父も孤独死を遂げたという。

「大学を卒業して、社会人になって忙しくなってから、親からの連絡を取ろうとするどころか、むしろ、邪険にしていたの。それは結婚して子供ができてからも同じだったわ。父親の死を聞いたのは警察からだった。後悔したわ。なんで、連絡取ろうとしなかったんだろうってね……」


 私には分からなくなってしまった。自分のやっていることにどれだけの価値があるのか。私には政治家のように世の中の仕組みを変える力はない。ただ、目の前で困っている人を救うだけだ。今回はそれすら出来なかった。私は義賊ですらない。ただの薄汚い盗人でしかないのではないか。


 ただし、竜太郎は平然とした顔をしてこう言ってのけた。

「今回はたまたま、じいさんを助けられなかっただけの話だろ。次は成功すればいいだけの話さ。まあ、そもそも俺は金の配給先がどうなろうと知ったことじゃないね。俺がほしいのはわくわくするような冒険とスリルだけだぜ」

 人の痛みが分からないガキなのか、あるいは達観しているのか、そのどちらのようにも見えた。きっとこんなやつが相棒だから、私はこの仕事を続けられるのだろう。竜太郎が自我を持っている強い人間だから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ