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黒幕

 8月6日の夜6時半、私は竜太郎と待ち合わせて新宿にやってきた。


「夜にこんなところで高校生の男女が2人。変な人に絡まれないかなあ……」

「なーに。そのときは俺が守ってやるよ」

「はあ。頼りになるやらならないやら。気持ちだけはもらっとくけどさ」


 と、駅前でカップルのような会話をしてると目の前に外車が止まる。窓が開くと、竜太郎よりも背の高くてすらっとした30代くらいの男の人が顔を出した。オールバックの髪型で目はきりっとしている。


「はじめまして。黒田の新しい秘書の村田です。伊賀竜太郎様と遠藤歩様ですか?」

「はい、そうですけど」


 そのまま車に乗せられ、5分も経たずに目的地に着いた。料亭白魚。清潔そうな木造の佇まいで、いかにも高級そうな店だ。埼玉の田舎の学生である自分たちにとってはまさに場違い。周りの客も高そうなスーツを着た上品な紳士ばかりで私は一目でその空気に圧倒されてしまった。村田さんに案内されるがままに、座敷に着く。そこにはテレビで見慣れた小太りで眼鏡をかけた中年の男性が居た。


「先生。伊賀様と遠藤様をご案内さしあげました」

「ご苦労。下がってくれていい」

「はい」


 私と竜太郎と黒田悪蔵の3人が部屋に残された。

「ま、そこに座ってくれ」

 言われるがままに私は畏まりながら下座に正座で座った。竜太郎は子供のようにだらんとあぐらをかき頬杖をついている。

「竜太郎。なんてだらしない格好をしてるのよ」

 と、私が小さな声で注意するが黒田氏はそれを止める。

「細かいことはお気になさらずに各々、思うように座ってくれていい。我々がこの場に集って、話し合おうとしているのはビジネスについてでも政治についてでもない。礼節は最低限でいい」


 前菜の料理が運ばれてきたところで黒田氏はごほんと一息払い。

「さて、これから本題に入るが、このことをくれぐれもメモを取ってはならない。全て頭の中で覚えてほしい。我々の仕事は全て秘密裏に運び、証拠が残ってはならない。と、いうのも、仮に我々の中の一人が捕まったときに芋蔓式に全員が逮捕となってはまずいからだ」


 要するに実行部隊の私たちが捕まったとしても、自分は捕まりたくないというのだろう。まるでトカゲの尻尾切りだ。多少の反感は覚えたが、本人の前でそれを言葉にするのは耐えた。


「今回狙うターゲットは国土交通省OB北村啓輔だ。東京大学を卒業している。在官中は、道路業者から大量の賄賂を受け取り、不要な国交事業を量産した。退官後は関東建設研究所の理事長に就任し、高給を受け取っている。ま、いわゆる天下りの税金泥棒というやつだね」


 北村啓輔。全く聞いたことのない名前ではあるが、説明を聞く限りとてつもない大物であることは、世間知らずの高校生の私にも理解できた。そして庶民から税金を吸い取る悪党であるということも。


「まあまあ、そんな難しい話はいいからさ。とにかく、早くその北村とやらの住所を教えてくれよ。あと、家の間取りなんかも分かるとありがたいね」

 私は竜太郎の物怖じのしなさには呆れるばかりだが、黒田氏もそれには慣れっこなのか顔色一つ変えずに返答した。

「住所は世田谷区○○○△丁目×番地だ。間取りはさすがに調べてないが、番犬のシェパードが1匹居るらしい。S警備保障会社にホームセキュリティーを頼んでいる」

「それだけ分かれば十分だね」


 竜太郎はそれだけ言うと、部屋を後にしようとしたので、私は引き止めた。

「ちょっと!どこに行くのよ」

「必要な情報は十分集まったってことさ。これ以上この場に居たって無駄だろ」


 竜太郎は去った。私も一緒に帰ろうとも思ったが、個人的に黒田氏に聞いてみたいことがあったので、留まることにした。


「どうしてあなたはねずみなんかを作ろうと思ったんですか?」 

「気まぐれだね」

 黒田氏はぽつりとつぶやくように話しはじめた。


「国を動かそうとしても一人の議員ができることには限界があってね。今、国は大きな借金を抱えているにも関わらず、税金の無駄遣いはなくならない。無駄遣いできないように法律を作ろうとする使命感の強い議員も居るが、たいてい、法律が出来あがる頃には有名無実の抜け道だらけのザル法になってしまう。その一方で飯を食うにも困っている貧乏人も居て、彼らは国の借金を返すために重税を払っている。理不尽とは思わないかね」


 黒田氏は私に同意を求めるわけでもなく続けた。

「そう思ってたときだよ。彼に出会ったのは。伊賀竜太郎。彼は面白い少年だ。伊賀の忍者の末裔を自称しているようだが、常識に縛られないというか、自由奔放というか。もちろん、泥棒としての能力も高く評価しているが、何より私を惹きつけたのは彼が常にスリルを求めているところだ。簡単に入れるような家よりもセキュリティがしっかりした金持ちの家の方が彼はわくわくするんだね。私と彼の利害が一致した。私は彼にわくわくする情報を与え、彼はその情報を元に泥棒をする。そしてそのお金は貧乏人に配分される。よくできた話だ。こんな痛快で面白いことは政界ではそう滅多にお目にかかれない」


 そこまで一気に話した後、一息つく。

「そこでだ。遠藤歩ちゃんと言ったっけな。君に頼みたいことがある。彼をメンタル面でサポートしてくれないか。スリルを求めるのは彼の長所ではあるが同時に短所でもある。あまりにも危険な橋を渡ろうとすれば、それを止めてやってほしいんだ。彼は君だけには気を許しているようだ。彼が暴走したときに止められるのは、きっと君だけだろう」


 竜太郎が私だけに気を許すという言葉は少し引っかかった。それではまるで、私が竜太郎の恋人みたいではないか。あわててそれを否定する。

「私はあいつとそんな関係じゃないです」

 すると黒田氏は笑った。


「分かっているよ。まあ、君がどう思おうと、少なくとも、彼が君を信頼していることだけは確かだ。その証拠に彼は君にしか裏の仕事のことを打ち明けていない。彼はああ見えて仕事に関しては口が堅いんだ。君の泥棒の腕もなかなかだと彼から聞いているが、その腕だけを信頼してねずみの仲間に引き入れたとは私は思わない。彼の心の琴線に触れる何かを君が持っているのだと私は思ってるよ」


 言い回しは変わったが、遠まわしに竜太郎が私に友達以上の好意を持っていると言っていることには変わりなかった。反論しようとも思ったが、あまりむきになっても仕方ないと思い諦めた。その後は黒田氏と他愛もない世間話をし、私は新宿を後にした。

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