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ねずみたちの蠢き

 私の名前は遠藤歩。大学受験を控えた高校生の女の子だ。今日も夏休みを利用して学校の図書館に勉強しに行くところ。歩いていると遠くから見慣れた顔が近づいてくる。


「よう、また勉強かい?気晴らしにたまには俺とお茶でも飲みにいかない?」

「もう。冗談言って。年上をからかうんじゃないの」


 私に軽口で話しかけてきた男の子の名前は伊賀竜太郎。同じ高校の2つ離れた下級生だ。私より頭一つ分長身で、頭は短く刈り上げられ、笑顔はさわやか。ちょっとだけ格好いいとは思うけど、私に言わせればまだまだ子供だ。どうやら部活帰りのようで、学校の校章が入ったTシャツと短パンを着用ていた。


「いや、ところが冗談じゃないんだ。仕事の話が入ったんだ。詳しくはそこの喫茶店で話したいから来てくれ」

 仕事と言われた以上は私も断れない。彼の後をついて喫茶店に入っていった。


 そう、学生というのは表の姿で私たちにはもう一つの裏の顔があった。泥棒だ。私と竜太郎はねずみと呼ばれる泥棒組織の実行部隊として暗躍している。新聞沙汰になることも、しばしばで、警察も私たちの正体をつかめないでいる。


 竜太郎は注文したコーラが来ると、ソファーにふんぞり返りながら話を切り出した。


「黒田のおっさんから連絡が入ったんだ。6日の夜7時にに新宿の料亭で俺たちに会いたいらしい。予定は空いてる?」

「6日の7時ね。空いてるわ」 


 黒田悪蔵。竜太郎から今まで何度も聞いた名だ。泥棒に入る家の情報をくれる私たちねずみの親玉。表の姿は与党に所属する国会議員。私はテレビでしか見たことがなく、直接会ったことはない。


「そういや、あゆ姉ちゃんはおっさんに会ったことないんだったっけか?」

「そうね。あんたから話を聞くばかりよ。一回くらい顔を見ておきたいわね。竜は今まで何回会ったことあるの?」

「忘れたなあ。仕事の回数だけ会ってるぜ。おっさんとはじめて会ったのが、2年前で月に一・二回くらいは仕事してるから、だいたいそんぐらいは会ってるかな」

「どんな人なの?」

「ただのさえないおっさんだよ」


 竜太郎はへらへらと肩を揺らしながら笑う。こういう態度を取られると、私はとても不安になってしまう。泥棒の親玉に代議士という2つの大きな仕事を抱えるくらいなのだから、只者ではないはずだ。それを、ただのおっさんと言い切ってしまう竜太郎は世間知らずなのやら大物の器なのやら。少なくとも怖いもの知らずではあるのだろう。だからこそ、泥棒が務まるとも言えるのだが。


「それじゃあ、あゆ姉ちゃん。今度はデートという形で喫茶店に入ろうぜ。映画の話なんかをしながらさ」

「バーカ」


 別れ際の冗談半分の口説き文句を軽くあしらい、私は図書館に向かった。その途中に私はもう一人のねずみに会ったのだった。


「歩ちゃんこんにちは。元気にしてた?」

「あ、涼子さん。こんにちは」


 私に笑顔で話しかけてきた女の人の名前は水島涼子。5歳の息子を抱えるシングルマザーだ。表の仕事は保険外交員。だが、裏ではねずみの情報収集担当を行っている。情報収集といっても、泥棒に入る家の情報ではない。泥棒で儲けたお金を配給する家の情報だ。


 そもそも、私たちねずみは営利目的で泥棒をしてるのではない。あくまで最終目的は福祉だ。金持ちの家から金を奪い、経済的に困窮している家にそれを配分する。涼子さんは保険屋という商売を利用して、経済的に困窮している家を探しているのだ。


「今日もお仕事ですか?」

「ええ。一人暮らしのおじいさんの家に行ってきたのよ」

「そして、そのおじいさんが次の仕事に関係ある」

「その通り」


 涼子さんによると、そのおじいさんは既に奥さんを亡くし、子供はいないという。年をとってからは病気を抱え、まともに職場が見つからない。まさに、生きるか死ぬかの瀬戸際。家賃は数か月分滞納し、光熱費も払えない。生活の苦しさのあまり、役所に生活扶助の申請に行ったのだが、これがそう簡単には通らない。窮状を訴えても手続きの書類すら渡してもらうまで時間がかかり、書類を書いてからも、本当に生活扶助が必要なのかと、しつこく役所で面接が繰り返される。このままでは餓死するのは時間の問題だ。


「それで、その人が今回の救済対象ですか?」

「歩ちゃん。救済なんて、言葉は使わないで」

涼子さんは少し声を荒げて私をたしなめるように言った。

「私たちがやってることはあくまでただの泥棒よ。ただ、盗んだお金を自己満足で貧しい家に渡すだけ。私たちが良かれと思っていても向こうは必ずしも喜んでいるとは思わないことね」

「でも、それで実際に救われてる家だってあるじゃないですか」

「どうかしらね」


 涼子さんは自分がやってることがおかしいと思うのならば、どうしてこんな仕事をやっているのだろうか。追求しようとも思ったが、彼女の瞳から悲しみが読み取れたのでやめた。


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