囮作戦
「一つ訂正させてもらうが、この世で俺に釣り合う女なぞいない。俺様よりも優れた人物は存在しないのだからな。」
流石は俺様キャラ。黙っていればカッコいいのに、話すと台無しである。
「左様にございます。だからこそ、私のような愚民はこの学舎で学問を習いに来るのです。全ては王子をお支えするためにございます。」
そんなわけないけどな。
「貴様の忠義、悪くないぞ。今回は特別に自分の教室に戻ってやろう。」
ようやく俺様王子が部屋を出ていってくれたので、私は一安心だった。
しかし、肝心な王子が出ていったのに、なぜか護衛の騎士団長の息子が部屋に居残っていた。
「君は部屋を出ていかないのかい?」
本来ならこいつは王子の護衛であるはずだ。まさかこの大男もシレネ狙いのストーカーなのか?
「バカが。俺が部屋を離れたらシレネが何をされるか分からない。俺は彼女を守らなくてはならない。」
確かに、シレネの周囲の女子からどす黒いオーラが漏れ出ていたが、それもこれも第一王子が彼女の近くにいたからではないか?本当に守りたいなら関わらないでほしい。それに、シレネはスラム育ちの喧嘩が大好きな女だ。貴族のボンボンを相手に腕っぷしで引けを取るとは思えない。はっきり言って、騎士団長の息子は邪魔である。いない方が良い。
「学校のテストの方は大丈夫なのでしょうか?」
パット見は脳筋だ。どうせテストも赤点ギリギリだろう。
「舐めるなよ。俺は学年で三番以内の成績を毎回叩き出しているぞ。そこらの低脳と一緒にするな。」
おいおい、こんなに不真面目な奴でも三番以内に入れるのかよ。いつもテストで低空飛行のシレネの立場がないじゃないか。
チラッとシレネの顔を見ると悔しそうな顔をしていた。今度から低脳って呼んでやろ。やーい、低脳!
「ですが、貴方には自分の授業があるはずです。自分のクラスの教室に戻ってくれませんか?彼女を守るナイトはここにいますし。」
ここでさらっと小太りの坊っちゃんに視線を送った。随分と誇らしげだ。痩せればそこそこの美男子になりそうだ。まあ、娘はやらんけどね。
悪いが、このお坊っちゃんには囮になってもらう。とりあえず、シレネを巡って王子と争ってくれたまえ。しばらくは時間を稼いでもらい、良案が浮かぶまでの繋ぎをしてもらおうか。
「おい、そんなボンクラがシレネのナイトになれるわけないだろ?」
「ボンクラは貴方です。彼は素晴らしい逸材です。一年後には貴方を超えているでしょう。」
一年後のことなんて知るか。嘘も方便って奴ですよ。
「ふざけているのか?そこにいるブータ・トーネレラは王族とはいえ、隣国からこの国に亡命してきた敗北者だぞ?俺を超えられるわけがないだろ。それ以前に豚屑が来年まで生きていられるとは到底思えんわ。どうせ暗殺されるだろ。」
え?こいつってあのNTR王子の息子なの?しかもよーく見たら俺の元婚約者に顔が似ているよ。俺を捨てて隣国に行ったあの女の息子なのかよ。ボコボコにしたくなってきた。
「貴方の言うことには一理あります。確かに現時点ではこの子では娘を任すには値しない。」
作戦変更。やはり俺が矢面に立つしかないようだ。
「それに、シレネにはー」
「おい、お前!シレネは俺が貰うからな!」
豚の坊ちゃんが声を上げた。調子に乗ってんな。これは制裁が必要ですね。
「はあ、何度も言いますが、ご本人の意思が何よりも重要ですから勝手に彼女の考えを決めつけないでください。」
本当に何でここまでモテるんだろ?いっそのこと子持ちで〜すとかシレネに暴露してもらうか。
「先生〜授業を始めてくれませんか〜?」
教室の最前列に座る金髪ツインテールのツンツンした女の子が私のことを睨みつつ、文句を言ってきた。
「悪い悪い。それじゃあ授業を始めますから、部外者は出ていってください。さもないと親御さんに連絡しますよ?」
「チッ」
こうしてようやく騎士団長の息子とブータ王子が部屋から出ていってくれたので、授業が始められる。っていうか、あの豚王子もこのクラスじゃなかったのかよ。
自分の顔を鏡で見れば自分が釣り合わないことくらいは分かるだろ。養豚場に帰れ。
「ふう。それでは、今日の授業を始めます。」
俺は生まれて初めて教壇で授業をした。これまでの人生で教師といえば女子生徒と禁断の関係になることができる職業くらいにしか考えていなかったが、いざ仕事として考えるとそんな風に彼女たちを性の捌け口にしようとは考えられない。なんというか責任感を持って俺は熱心に授業を頑張った。
書類仕事が多かったから、こうやって人の前で授業をするのは新鮮で、なかなか面白いと感じた。
「というわけで、今日の授業はここまでだ。次回の宿題は各自、王国史のテキストの該当箇所の問題を解いてくるように。あと、シレネさんは後で指導室に来てくれ。」
生徒の反応はまあまあといったところだろうか。中にはシレネの父親ということで殺意を飛ばしてくる生徒もいたが、普通に授業を聞いてくれる生徒もいた。特に、金髪ツインテールの子には感謝だ。わざわざ最前列で授業を受けてくれ、かつ熱心にノートを取っているのだから教師として非常にありがたい。
逆に非常に気になったのがシレネが授業中に爆睡していたことだ。授業態度が悪い生徒には直接指導をしなくてはならない。体にね。
「はい!」
わざわざ目を輝かせているが、授業中の私語や内職や爆睡は教える側からしたら腹が立つのだよ?
◇◇◇
放課後、シレネを指導室に呼んだのだが、何故かキラキラしたオーラを放っている十数人のイケメン男子が俺を取り囲んでいる。まるで悪役令嬢になった気分だ。なんというか圧が凄いね。別に怖くなんてないよ?
「おい、シレネを独占しようとはいい度胸だな。」
最初に口を開いたのは第一王子。名前は確かゴーマンだったかな?自国の王子だけど興味がなさすぎて全然知らんわ、こいつ。
「お前も前任者と同じ目に遭わないと分からないのか?この低脳め。」
こいつは騎士団長の息子のレバタカだろ?俺の先輩だった騎士団長の親父に似ているからさっき教室で見たときから分かっているよ。ところで、前任者はどうなったのだろう?
「本当に不思議でなりません。貴方のような屑があの清らかなシレネの父親とは思えませんよ。」
なんだと!高貴なる貴族の血を引く俺は屑じゃないぞ!それにその清らかなシレネとやらはスラム生まれでなんだぞ!って、こいつは誰だろ?
「もし、親だからといって彼女に乱暴を働けば俺は許さない。」
またニューフェイスが俺に向かって何か言ってきているよ。乱暴を働くどころか彼女との間に子供を作りましたよ〜。
「私のパパをいじめないで!」
指導室のドアの方を見ると、そこにはシレネがいた。背の高い男が多くて見えなかったが、彼女は懸命に手を上げながらピョピョンジャンプしてくれたのでようやく見えた。
本音でははパパではなくマークと言って欲しかったが、そんなことをしたら俺が殺されてしまう。
「いじめではないですよ。これは警告です。もし彼が貴方に無体な真似を働いたら私たちに言ってください。必ず断罪して差し上げますから。」
ウザイ眼鏡だと思って見てみたら、こいつは宰相の息子じゃない。母親と父親の容姿の特徴をよく受け継いでいる。
「そもそも私がパパの授業で寝たのが悪いの。それに指導室で叱られるのはパパじゃなくて私のはずよ。貴方たちは少し出ていって!」
シレネが顔を赤くして彼らを睨み付けているが、背の高い彼らからすると顔を赤くして上目遣いをしているようにしか見えないだろう。ちなみに、俺は彼女が怒っているのは分かるよ?
「俺たちは廊下で待っている。シレネ、何かあったら俺様に助けを呼べ。さあお前ら部屋を出るぞ!」
ぞろぞろと十数人いた男たちが王子の鶴の一声で部屋から出ていってくれた。
本当にどうしよう。思っていたよりも状況がずっと悪い。
「マーク」
「シレネ」
ドアが閉じていることを横目で確認しつつ、俺は彼女と抱擁した。
彼女の肩が震えていた。成人の俺でも恐かったのに、彼女はその比ではないだろう。
もし、真実がばれたらと考えるとぞっとする。女子生徒からは疎まれ、男子生徒から情欲のこもった目で見られているシレネはどうなるのだろう?
死ぬよりも辛い目にあうかもしれない。それだけは回避しなければならない。
いざというときは俺が囮になってあいつらに断罪されて、彼女と子供を守ることを考えなくてはならないな。