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『……"ワルキューレ・システム"、及び人工人格"ブリュンヒルデ"の最高権限がオートでこちらに移った』
「やったか……」
ミリィの言葉を聞くと、和葉と同様にハリーもまた大きく溜息をつきその場にへたれ込んだ。姿こそ見えないが、きっとミリィとて同じだろう。
「良くやった、和葉。凄いじゃないか」
「私の力じゃないわ。ただ、私は思い出しただけ……」
「それでも、だ」
疲れ顔の和葉を労うように言いながら、そんな彼女の蒼い髪を撫でるようにハリーが頭の上へポン、と手を置く。ハリーの大柄で傷だらけな掌に撫でられれば、和葉は少しだけ緊張を和らげたように表情を緩ませた。
「君のお陰で、"ワルキューレ・システム"を"スタビリティ"の、ユーリ・ヴァレンタインの手から奪い返すことが出来たんだ。君が居なければ、出来なかったことだ。
…………誇っても良いと思うよ、和葉」
優しく諭すように語り掛けるハリーの言葉に、そんな彼の掌に頭を撫でられながら、和葉はただ「……うん」とだけ頷いた。その頬を、ほんのりと朱に染めて。
『……!? ちょ、ちょっと待ってくれ!』
すると、ミリィが何故だか物凄く焦ったような声を上げる。それにハリーが「どうした!?」と呼びかけると、
『"ジークフリード・コマンド"……!? 何だこのプログラムは、僕は起動した覚えなんて無いぞっ!?』
「ど、どうしたのよミリィっ!?」
『分からない! ただ、ユーリ・ヴァレンタインとその他諸々から管理者権限を剥奪しようとしたら、突然このプログラムが起動したんだ!』
「まさか、そんなことって……!?」
絶句する和葉の横で、ハリーは思い出していた。此処に来る前、隠れ家で冴子が言っていた言葉を。
「もう一個、用途不明の隠しコマンドがあるらしいけれど。それも"ジークフリード・コマンド"なんて名前にされてたらしいわ」
――――"ジークフリード・コマンド"。
用途不明の隠しコマンド、ニーベルングの指環に登場する英雄にちなんで名付けられた謎のコマンド。ノートゥングの剣を振るう英雄の名が冠された、謎の隠しコマンド……。
「……何を仕込んだんだ、園崎優子っ!?」
事態が動いたのは、混乱したハリーがそう叫んだ時だった。
『……!? ちょっと待ってくれ、システムが自壊を始めてる!?』
「自壊!?」困惑するハリー。「どういうことだ、ミリィ!?」
『システム全体が自壊を始めてるんだ……。プログラムと、衛星本体すらも!』
「衛星も……!?」
『衛星軌道上に浮かぶ、システム用の監視衛星十数基。そして"ブリュンヒルデ"を搭載したコア衛星までもが自爆を始めてるんだ……!』
「ど、どういうことなの……?」
こんな突拍子も無い事態になれば、当然和葉も同様に当惑する。マスターコマンドを入れて制御を奪い取ったのも束の間、突然システムが物理的に自爆し始めただなんて、既に和葉にとっては意味不明な事態に陥っている。
『……恐らくは、フェイルセーフ・プログラム』
「フェイルセーフ?」
『ああ』困惑する和葉にミリィが頷く。『恐らくは、君の打ち込んだマスターコマンド……お母さんから聞いてたっていうあのキーワードが、自爆プログラムのキーワードでもあったんだ。"ジークフリード・プログラム"とかいうアレが、その自爆プログラムだったに違いない……』
「しかし、何の為にそんな仕掛けを?」
ハリーの疑問は当然だったが、しかしミリィは正直に『分からない』と告げる。
『……だが、恐らくは想定していたんだ。こういう事態が起こり得ることも、園崎優子は全て想定していた。だからこそ、衛星ごと物理的に自爆するだなんて無茶なフェイルセーフ・プログラムを仕込んでいた』
「ちょっと待って、ミリィ。ってことは、ママは私たちがこうなることも予想してたってこと……?」
『恐らくはね。……奪われることを想定して、いや前提として最後の一撃も控えさせている。全く、園崎優子ってのはとんでもない人間だ……』
「……奪われることを想定していたのなら、何の為にこんなシステムを造り上げたんだろうか」
落ち着きを取り戻そうとマールボロ・ライトの煙草を吹かし始めたハリーの言葉に、ミリィは『多分』と前置きをしてからこう答える。
『警告を、したかったんじゃないかな』
「警告?」
『行き過ぎた力は、行き過ぎたテクノロジーは、人間みたいな愚かな生き物にはあまりにも早すぎると。……そのことに園崎雄一が気付いていたかはさておき、きっと園崎優子の意図はそうだったんじゃないかな。僕も、そうだと信じたい』
「信じたい……ミリィが?」
和葉の言葉に『うん』とミリィは頷いて、
『此処までのモノを組み上げて、あまつさえそれを自爆させる最後の仕込みまで加えるような人間。きっと良い人間だったと、優しい人間だったと、僕は信じたい。でなければ、人間の愚かさをこうまで手玉に取れはしないさ……』
ミリィの言う言葉の意味は、正直に言って和葉にも、そしてハリーにもあまり分からなかった。だが、何となく言いたいことは伝わってくるような……そんな、気がした。
「行き過ぎたテクノロジーは、人間みたいな愚かな生き物には早すぎる、か……」
紫煙を吹かしながら、ハリーは夜明け間近の空を見上げた。すぐ傍の滑走路から、爆音を響かせてプライベート・ジェット機が飛び立っていく。
「……終わったの、かな」
そんなハリーに寄り添い、軽く抱きつきながら、同じく空を見上げながら和葉が呟く。ハリーはそんな和葉の言葉に、ただ小さく「多分な……」と呟くだけだった。
「……ありがと、助けに来てくれて」
そうしていると、和葉が囁くように細い声音で呟いた。ハリーの肩に、そっと寄り添うようにしながら。
「最後の決め手は、君だった。……君は俺の想像以上にタフで、凄い女の子だった。君のお陰だ、和葉」
「お世辞はやめてよ、ハリー。貴方が助けに来てくれなかったら、私は何も出来なかったんだから」
「世辞で言ったワケじゃないさ」
「そっか。ふふっ……」
戦いは、終わった。ハリー・ムラサメと園崎和葉、二人にとっての長い夜が明ける刻は、もうすぐ間近にまで迫っている。
夜明け間近の空に、一条の飛行機雲が通っていた。東の方から段々と明るくなっていく夜明けの空を、二人はただ、そこで見上げていた…………。




