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「――――ルール第二条、仕事は正確に、確実に遂行せよ」
そして、今に至る。
恐ろしいぐらいの勢いで迫り来る漆黒のランボルギーニ・ムルシエラゴ・ロードスターと、それに追われる縦長のリムジン。一応リムジンの方は軽度の防弾仕様ではあったが、しかしハリー・ムラサメの予想外の登場に、ユーリ・ヴァレンタインは必要以上に慌て、そして取り乱していた。
「早く空港へ行くんだ! 急げ、急ぐんだよ!」
「やってます!」
運転手の肩を後ろから揺すりながら、血走った眼で叫ぶヴァレンタイン。囚われの身である和葉はそんな奴の後ろ姿を遠目に眺めながら「いい気味ね」なんて小声で呟いていた。
「ジェーン!!」
和葉がニヤニヤとしていれば、唐突に振り返ったヴァレンタインが叫ぶ。すると、和葉の対面に座っていたジェーン・ブラントが「分かったわ」と妖艶な笑みでそんなヴァレンタインに頷いてみせれば、彼女は両の太腿に取り付けたサイ・ホルスターから自動拳銃を取り出す。フルオートで連射が可能な、レーザーサイト付きのグロック18Cマシーン・ピストルだ。
「ふふっ……!」
ジェーンは何故かその妖艶な顔を歓喜の笑みで染め上げつつ、リムジンのパワーウィンドウを開くとそこから箱乗りみたいな格好になる。凄まじい風圧の中に上半身を晒しながら両腕を掲げれば、二挺拳銃の格好でグロック18Cを構える。
「待ってたわ、ハリー・ムラサメッ!!」
凄まじい風切り音の中で独り叫びながらジェーンが引鉄を絞ると、彼女の手の中で線香花火にも似た凄まじい火花が瞬き始めた。
タタタタ、と物凄い勢いで前後するスライドと、路上に吐き出される熱い空薬莢。一分間に一二〇〇発という猛烈な速さで撃ち放たれ迫り来る9mmパラベラム弾の洗礼に、しかし相対するハリーは顔色一つ変えはしない。
「…………!」
ジェーンが身を乗り出したのを見るなり、すぐにハリーはステアリングを右へ左へと激しく暴れさせる。そうすれば黒のムルシエラゴ・ロードスターもまた呼応し右へ左へと暴れ始め、前方から降り注ぐ銃弾の雨を次々に回避していく。
一度スピンすればコマのように回転するミッドシップ配置のムルシエラゴであったが、しかしその見た目とは異なり随分と制御はしやすかった。電子制御システムが秀逸で、しかもミッドシップの癖に四輪駆動ということも大きいのだろう。派手な回避運動とは裏腹に、ハリーは鼻歌でも歌えそうなぐらい気楽にムルシエラゴを動かしていた。左ハンドル仕様だが、ハリーにしてみればまるで問題はない。
「やる!」
そんなハリーの的確な回避行動に舌を巻きながら、一度車内へ身を引っ込めたジェーンがグロック18Cの弾倉を交換する。すると唐突に二挺をサイ・ホルスターへと収め、
「ユーリ、アレ使っちゃうよ!」
「構わん、何としてでも奴を止めろ!」
ヴァレンタインの許可を仰ぎながら、自分が先程まで座っていた横長のシートの座面をベリッと捲る。何かハリーの車でもこんな仕掛け見たな、なんて和葉が呑気なことを思いながら眺めていると、しかしジェーンがそこから取り出したのは、砲と呼んだ方が良いのかというぐらいに大仰な武器だった。
「ふふふ……!」
ジェーンが取り出したのは、南アフリカ製のダネルMGL-140グレネード・ランチャー。リヴォルヴァー拳銃のようなドデカいシリンダー弾倉を持ち、そこに六発の40mm×46グレネード弾を放り込み連発出来る、恐ろしい火力を持った六連発グレネード・ランチャーだ。
ほくそ笑みながら、ジェーンはそのシリンダー弾倉を振り出して開く。カラカラカラと空のままで左方向に回転させてシリンダー回転用のバネを巻き、それから座面下の隠しトランクから取り出した40mmグレネード弾を六発放り込む。
「どう踊ってくれるのかしら、楽しみだわぁ」
独り言なんて呟きながら、ジェーンは装填を終えたダネルMGLを携え再び窓から身を乗り出し、箱乗りの格好になる。
「おいおい……!?」
そんな具合で再びジェーンが車の中から現れれば、彼女の構える大仰なグレネード・ランチャーを見てハリーも流石に戦慄してしまう。まさか車の中からあんな代物が出てくるとは、幾ら何でも予想外だ。
「さあさあ、踊ってみせてよぉっ!!」
引鉄を絞ると、ポンッとあまりにも間抜けな音とともにジェーンの構えるダネルMGLから40mmグレネード弾頭が発射される。
「ヤベえっ!?」
慌ててハリーはステアリングを切り、迫り来る40mmグレネード弾をギリギリで回避。走り抜けるムルシエラゴの遙か後方で、路面のアスファルトを吹き飛ばす派手な爆発が巻き起こる。
「まだまだ、まだよぉっ!!」
だがジェーンは続けざまに引鉄を絞り、二発三発と続けざまに撃ち放ってくる。引鉄を絞るだけでポンポン連射出来てしまうのが、ダネルMGLの厄介な所だ。
「くっ!」
次々に襲い来るグレネード弾を、ハリーはムルシエラゴを右へ左へと舞わせながら、時にはアクセル・ペダルを踏み込んで加速し、時にはブレーキ・ペダルを底まで踏み抜いて急減速しつつ何とか避けてみせる。
急減速し、ムルシエラゴの鼻先の向こう側で爆ぜたグレネード弾。その爆発で舞い上がったアスファルトの破片がボンネットを叩き、幾らかの破片がフロント・ガラスにめり込んでくる。
「馬鹿野郎、コイツが幾らすると思ってやがる」
そうすると、自分の車を傷付けられたワケでもないのに、ハリーは何故だか無性に腹が立ってきた。新車で買えば日本円にして三千万オーヴァーの車なのだから、仕方ないといえばそうだが……。
それに、ハリーは既に自分のインプレッサも昨日の戦いで廃車より酷い格好で吹き飛ばされている。そのこともあって、いい加減鬱憤が溜まっていたのかもしれない。
「ふざけやがって」
胸の奥で急激に怒りの炎が燃え滾るのを感じると、ハリーは知らぬ内に助手席の方へ右手を伸ばしていて。そこへ雑に放り込んでおいた小柄なサブ・マシーンガン、チェコ製のスコーピオンVz.68を掴み取った。
それの銃把を左手へと持ち替えさせると、左腕を車の外へ出しながらフルオートで撃ちまくる。カンカンカン、とリムジンの防弾装甲に弾かれた弾は致命傷を与えることは出来なかったが、しかし着弾音で怯んだジェーンの手元が狂い、ダネルMGLから撃ち放たれた最後の一発の狙いが大きく逸れた。
「ああ、もうっ!」
すると、ジェーンは苛立ちながら中へ引っ込み、ダネルMGLを投げ捨てると再びグロック18Cの二挺拳銃で応戦を始める。ハリーもまた弾の切れたスコーピオンを路上へ投げ捨て、新しい一挺を助手席から掴み取れば、それを使いまた反撃を加える。
『ハリー、もうそろそろ空港だ。ケリを付けないと、奴らに逃げられる!』
左耳から聞こえるミリィの言葉に「分かってる!」と怒鳴り返しながら、しかしハリーは未だに致命傷をリムジンに与えられないでいた。
(奴の装甲は防弾装甲、だとすれば狙うべきは……)
――――やはり、タイヤを狙って足を止めるのがベストか。
そう思っている内に、空港はすぐ目の前まで迫っていて。先行するヴァレンタインたちのリムジンが鼻先で空港のゲートを突き破り敷地内へと突入していくと、ハリーのムルシエラゴ・ロードスターもまたそれを追って空港の敷地内へと侵入していく。
比較的小規模な空港の為、エプロンに駐機している飛行機の量はそれほどでも無かった。そんなエプロンの中を、リムジンとムルシエラゴ・ロードスターが派手に走り回る。
『ハリー!』
「今やってる!」
焦るミリィの声にやはり怒鳴り返しながら、ハリーは右手でステアリングを操作しながら左側から顔も乗り出し、リムジンの後輪タイヤ目掛けてスコーピオンの狙いを定める。
素早く、しかし冷静に。互いの加速度と距離も加味しつつ、少しの未来予測を加えた位置へと銃口を逸らす……。
「当たってくれよ……!」
引鉄を引く。タタタタ、と軽快な音を立てて暴れる左手のスコーピオンから、フルオートで9mmパラベラム弾が吐き出される。その殆どは防弾装甲の上で跳ねたが――――その内の一発が、運良く左側の後輪タイヤの肩先を貫いた。
「うわっ!?」
リムジンの運転手が思わず声を上げると、途端に左後輪タイヤが弾ける。コントロールを失ったリムジンはエプロンの路面でガリガリと左後ろのホイールを削り火花を上げながら横滑りになり、やがて停止した。
「っ!」
それに従い、ハリーもまたサイドブレーキを限界まで掛け、ムルシエラゴ・ロードスターを横滑りさせて止める。
『……目標、移動停止。やったのかい、ハリー?』
「とりあえずはな……」
ホッと一息つくような、安堵したミリィの声に小さく頷き返しつつ。しかし警戒を解かぬまま、ハリーは渋い顔のままで弾切れのスコーピオンを雑に投げ捨てると、助手席に残った装備を手繰り寄せつつムルシエラゴ・ロードスターから降りた。




