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じゃんけんに熱狂する村  作者: カスイ漁池
〈収束〉「それぞれの本気」
3/43

なまはげに捨てるとこなし、なんて言いましてね

 東北地方は秋田県の沿岸部、日本海へぴょこんと突き出した半島には「なまはげ」という生き物がおりましてね、住民に大変親しまれているのです。まあ、私は「悪いことをしていると連れ去られてしまうぞ」と言いつけられてましたが。とはいえ、それも昔の話で今はもうずいぶん愛されるようになっております。

 国道沿いに車を走らせますとそれがよくわかるんですね。かわいらしくデフォルメされたイラストですとか、見上げなければいけないほどの立像ですとか。店に入りますと今度はなまはげを模した人形などがお出迎えしてくれます。

 中には「なまはげ直売所」などという文字も。


 なるほど、これは趣深い。

 秋田県民にとっては常識でしょうが、「なまはげに捨てるところなし」なんて言葉があったりします。なまはげは今でこそあまりお目にかかれませんが、かつては冬のタンパク源として重宝されておりました。食用というだけではなく、骨は住居に、あの特徴的な顔は魔除けに、全身を覆った毛は燃料として使われていたわけです。


 私も一度、味わったことがあります。なまはげの肉はずいぶん特徴的で、叫ばせることでうまみを出す、という古来からの伝統的な調理法があるそうなんですね。そのときの鳴き声が「泣く子はいねが(いないか)」だとか「悪い子はいねが(いないか)」と聞こえるそうです。土着の宗教行事の成り立ちとは意外とそんなところにあるのかもしれませんね。


 ところで……


      〇


 俺はそこで一息吐き、画面を眺めた。今回の更新はこんなものでいいだろうか。

 悪ふざけで始めたはずなのに、ブログには読者がつき、次を次をと催促されてしまっている。趣味に義務感がつきまとうのは厄介なことだった。

 とはいえ、つらつらと文章を書き殴るのが唯一の趣味である。数十万と積み重なったアクセス数は自慢を通り越してもはやアイデンティティに近くなっていて、今さら放り出す選択肢などどこにもなかった。であるからには手段など選んではいられない。生まれた地域や知人をネタにしてでも、だ。


 煙草に火をつけ、天井を見つめる。

 六畳一間の部屋、切れかかった電球がちかちかと明滅していた。気付けば外は真っ暗になっている。立ち上がり、ベッドの上に乗って日焼けと煙草のヤニで黄ばんだカーテンを閉めた。


 カーテン……最後に洗濯したの、いつだっけ。


 そう独り言を口にしたものの洗う気などまるでなかった。幼い頃からずぼらで、進学を機に上京してからというものその性格に拍車がかかってしまっている。床には空になったコンビニ弁当の容器が散乱していて、飲みかけのペットボトルが猫除けみたいに並んでいるほどだった。


 掃除しなきゃな。


 それもやはり言ってみただけだった。煙草の煙を吐き出す。灰がベッドに落ちたが、特に気にするほどの出来事とも思えなかった。

 手慰みにがしがしと頭を掻く。そのとき、強く窓が叩かれる音がした。今し方閉めたカーテンの向こうだ。

 俺の部屋があるのは安アパートの一階である。通りに面した方向に窓があるため、家を訪ねる友人達はそこから出入りするようになっていた。


 そういえばゼミの奴らと食事をする約束をしていたか……それにしてもせっかちなものだ。まだ一時間も余裕があるというのに。


 俺はベッドの上に立ち、カーテンを開く。次の瞬間、口から火のついた煙草が滑り落ちた。窓の向こうにいる生き物が囁く。

 ――悪い子はいねが……わたしを馬鹿にする悪い子はいねが……。

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