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カガリが紹介したレストランは、ショッピングモールで設置している料理店では珍しいロシアの料理を扱っているレストランだった。当然、僕もイズミも初めて経験することだ。
「ロシア料理店なんて東京周辺では見かけたけど、龍神町にもあったんだ。」
「あたしもこのレストランに来たのは初めてね。」
初めての僕達に、カガリはロシア料理の豆知識を披露した。
「日本には馴染みの無いロシア料理だけど、自然豊かな地域だから大昔から獣肉、鶏肉、魚などが食べられていたの。また、大まかに植物やキノコ類、魚などをメインにした精進料理と乳製品や肉をメインにした非精進料理に分類されているの。」
「確か、ロシアの料理で有名なのはボルシチとかピロシキあるわね。」
「ボルシチは、日本にも知られている料理だけど、もともとはウクライナの郷土料理なの。だから、ボルシチという言葉も、もとはウクライナ語で薬草の煮汁を意味するものらしいよ。それが、ロシア全土で食べられるようになったから、ロシア料理の代表格になったの。」
「本当に詳しいのね。」
「ハハッ、ありがとう。」
「カガリは、昔から食べ物に関しては自分で調べるほどこだわりがあるんだ。」
「そろそろ、料理を頼みましょう。すみません、オーダーお願いします。」
「僕は、このビーフストロガノフをお願いします。」
「わたしは、ボルシチを。」
「じゃあ、あたしもボルシチを頼もうかしら。」
僕達の注文を受け取ったウエイトレスが厨房の方へ歩いていった。しばらくして、注文した料理がきた。
カガリとイズミが注文したボルシチは、玉葱、キャベツ等の野菜や挽肉を煮込んだ具沢山の盛り合わせに甘味と酸味がきいた赤いスープ(カガリ曰く、これはスビョークラという赤い野菜が使われているかららしい)がかけられている。
そして僕が注文したビーフストロガノフは、細切りにした牛肉と玉葱、マッシュルームなどをスメタナ(ロシア風のサワークリーム)とトマトソースでじっくり煮込んで作られている。
「うわー、美味しそう。いただきます。」
見た目に違わぬその絶品に、三人のスプーンはスムーズに進んだ。
そのビーフストロガノフを味わっている時、ふと「アイツ」のことを思い出した。
そういえば、アイツもロシアの養成学校に引き取られたんだよな。今頃どうしているのかな、元気でやっているかな。いや、アイツのことだ元気にやっているに決まっている。大丈夫だ、絶対会おうって約束したんだ。変に心配したら、かえってどやされてしまう。
「ライヤどうしたの?急に食用なくなったの?」
「口に合わなかったかしら?」
急に僕の様子が変わったのが分かったのか、二人は心配そうに僕に声を掛けてきた。
「いや、なんでもないよ。口に合わないなんてないよ。こんなに美味しいもん。」
僕は、二人に心配させないようすぐに気持ちを切り替え、ビーフストロガノフを食べ始めた。自分では分からないけど、僕ってそんなに感情が顔に出るのかな。だったら本当に嘘をつくのは下手なんだな。
「ふぅ、満腹だ。」
ちょっと遅い昼食を食べ終えてロシア料理店から出たが、僕も、カガリも、イズミも用は全て済ませたので、そろそろ荘に戻ろうとすることにした。僕達がショッピングモールも出口に向かおうとしたその時だった。
「そこの男子。すまないが少し尋ねたいことがある。」
ふと、一人のかろうじて女の子らしい声が僕達に声を掛けてきた。振り返ると、確かに僕と同じくらいの年の女の子が立っていた。そのルックスは緑色の長髪でその髪はストレートロングし、目はつり目だが瞳はとても澄んでいて神秘的にすら感じる。どこかのファッション誌から抜け出したモデルのような美貌はカガリやイズミとはまた違う美少女である。
「どうしたんだ?道に迷ったのか?」
そう疑問に思いながら僕は、その少女に事情を尋ねた。
「その様子だと迷子になったようだな。早速見つけたよこのショッピングモールで迷子になる人を…」
「いや、生憎迷ったのは私ではないんだ。」
「誰か探しているのかい?」
「実はそうなのだが…」
「悪いけど実は僕も今日この町に来たんだ。まぁ僕の場合は里帰りになるけど、今日帰ってきて、ここには今日始めてここに来たんだ。」
「そうか…」
長髪の少女はちょっと残念そうに言った。その様子を見ると相当歩き回ったようだな。このままだと、迷子コーナー行きになってしまいそうだ。
「僕だって彼女達と一緒じゃなきゃ迷っているところなんだよ。」
「彼女達って、誰のことだ。」
「一人は僕の幼馴染みで、一人は今日知り合った娘なんだけど…」
長髪の少女が、頭に「?」と表現しているような表情をしたので、僕は自分の後ろを振り返りカガリ達を紹介しようとしたが、後ろに二人の姿が何処にも見当たらなかった。
「カガリ…イズミ…」
そして僕は、まるでさっきまで快晴だった青空が突然黒い曇り空に覆われていくように、顔を曇らせていった。いや、この場合は青ざめていったと、言う方が正しいのかもしれない。
まずい、冗談抜きにまずい。今日この巨大なショッピングモールに訪れたばかりの僕が、誰もいない無人島に漂流し取り残されてしまったような展開だ。
「その様子だと、君も迷子になったようだな。」
「そうみたいだね…」
逆に心配をかけられてしまった。
幸い僕は、今は一階にいる。うろ覚えではあるが、このまま元来た道をたどって入口に行けば問題ないはずだ。
「私も人を探しているミカゼだ。よかったら一緒に探すのはどうだろうか?」
彼女の提案に賛成しながらも、とりあえず僕はきた道を辿ることにした。
それにしても彼女を見ると、男っぽい言動は別にすると気品がある姿勢をしていて、まるでいいところの家庭育ちな気がする。
「こういう時、どこでもすぐに連絡取り合える携帯電話のありがた味がわかるな。」
恥ずかしながら、僕は携帯電話を持っていないのだ。