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「さぁ、着いたよ。」
スーパーで買い物を終え、再び歩くこと数分。そここそ、僕の親戚が管理しているアパートであり、これからお世話になる「龍神荘」だ。
「カガリごめんね。大切な部屋を使わせてもらっちゃって。」
「ライヤの親戚が言っていたよ。『管理人なんてただの肩書きだ』って。」
カガリは更に話を進めた。
「わたしも前に時々住まわせてもらったけど、もともと廃屋だったアパートに学会の人達が、研究で泊まり込みが出来る場所が欲しいという理由で、業者に無理言って立て直してもらったんでしょ。」
「僕は住んだことがないけど、そうらしいね。」
「それに、住民が多い方が賑やかになるよ。」
そんな会話をしている間、既に到着している引越し屋のトラックの荷台が開いた。その中には、僕が都会で準備した複数のダンボールが転がっても、衝撃が無いようクッションに挟まれていた。
荷物を降ろし、部屋に運ぶ。ひと段落ついた後、カガリが「お疲れ様」と言った後、冷たい麦茶を持って来てくれた。荷物を運んだ後だったので、火照った体に冷たい飲み物を飲む事が至福の一時である。僕は、すぐに冷たい麦茶を喉に流しこむ勢いで飲んだ。
「ふぅ。だいたいこんなもんかな?これから僕の新しい生活が始まると思うと、ワクワクしてきたな。とりあえずこの町に何があるか探索するか。」
「そう。じゃあ、わたしが色々案内してあげる。」
「助かるよ。カガリ。」
「その前に、麦茶を飲んだコップを片付けちゃうから、ちょっと待ってね。」
カガリがコップをお盆に乗せると、台所へ運んでいった。
僕も、台所へ行こうとしたその時だった。
やわらかい少女の声が聞こえた。
「あなた、今日引っ越してきたのかしら?」
僕は突然の来訪者の言葉に反応し、
「ん?」
振り返るとそこには僕と同じ年くらい女の子が立っていた。カガリと同じく外国からやって来たのだろうか、ツインテールで纏めた長い青髪が特徴的で、マリンブルーの眼は見ているだけで吸い込まれそうになるほど魅力的な美少女だ。
「うん、今日この龍神町に引っ越してきた芯央ライヤっていうんだ。よろしく。」
ちょっと、ありえないぐらいの美少女に対して僕はそう答えるのが精一杯だった。
「あれ、イズミ。帰っていたの?」
コップを洗い終えたカガリが、その「イズミ」と言う少女に向かって話しかけた。
「ただいまカガリ。今日新しく入居する男の子って彼のことね。」
「そう、さっき自己紹介をしていたと思うけど彼は芯央ライヤ。」
カガリと挨拶を交わす少女は、食料が入ったビニール袋を手に持っていた。どうやらカガリが、僕を迎えに行っている間に買い物をしていたのだろう。
すると僕の視線に気がついたのか、少女は微笑ましい顔で自己紹介の続きをした。
「初めましてあたしは、イズミ。実はあたしもつい最近引っ越してきたの。」
ニコッと笑う彼女の顔は、犯罪的に可愛らしく、思わず意識があさっての方向へ行きそうになった。
いけない。初対面の相手、しかも女の子の前で醜態を見せてはいけない。何事も第一印象を大切にしなければ。
「え、そうなの?じゃ、まだこの町に何があるか知らないのか。」
僕は、必死に意識を元に戻しながら「イズミ」という青髪の少女に話題を振った。
「そんなことないわ。これでも結構この町を探索したほう。ここからちょっと足を運べば、大きなショッピングモールもあるしね。」
「えっ、ショッピングモール!?意外だな。一昔前までは田舎町という言葉がよく似合っていたこの龍神町に、そんなモールクラスの施設ができていたなんて。やっぱり思っていたほど田舎じゃなくなったんだな。」
「でも、ちょっとといっても自転車で20分はかかるよ。まぁ、確かにここら辺じゃ規模は最大だけどね。バスも通っているし。」
感心した僕に、カガリが後付けをし、提案した。
「そこまで気になるなら案内しよか。ライヤも丁度探検しようと考えていたところだし。よかったらイズミも一緒に行く?」
「それじゃ、御一緒させてもらうわ。やっぱりモールに行かないと、買いたい物がなかなか見つからないから。」
いきなり出会って間もない女の子と買い物に出かけるなんて。
既に興奮している気持ちを抑えながら、僕は精一杯言葉を吐いた。
「そ、それは嬉しいな。ち、ちょっと待ってて、い、今支度してくるから。」
僕は、すぐに自分の部屋に戻り、とりあえず財布など必要最低限の持ち物を取りに行った。
「それにしても引っ越して早々、あんな可愛い子に知り合えるなんて。」
今の僕の顔はだいぶにやけているのかもしれない。他人には絶対見せられないよな。
―――
イズミは、自分お部屋に戻り、さっき買ってきた買い物袋の中身を冷蔵庫にしまいながら、さっき会ったばかりの男の子のことを考えた。
どうも気になることがあった。先程遭った少年のことは、前にカガリから伝えられていたから、ある程度の素性や、何故この龍神荘に泊まるようになるかは知っているが、両親は考古学者兼遺跡発掘屋であるらしい。自分の両親の友達にも遺跡を研究している日本の友人がいるが、遺跡の発掘屋なんてそこら辺にいるわけがない。
もしかして自分の両親の友人とは、あの子の両親のことではないのか。両親から昔のことをよく聞かされていたが、もし彼女の考えていることが正しいのであれば…
「あの子が光の聖獣使いに選ばれたのかしら…」
少女は、親から受け継がれた青い瞳を瞬きしながら呟いた。
聞いてみたいことは色々あるが、その気持ちを抑えるように、胸の膨らみをグッと押さえつけた。時間は正午を迎えようとしていた。太陽の日差しが、イズミの生まれ持った青髪を眩しく反射した。
―――