通り雨の思い出
キンコンカンコン~♪
キンコンカンコン~♪
『バイバイ~また明日。』
小学校を終えた子供たちが小走りで帰宅して行く。
その分団の中にいる一人の少年、この物語りの主人公、陽一の姿もあった。
ボクは小2、神中小学校二年生。
通学帽の天辺に縫い付けてある青いリボンが風に揺れている。
空を見上げると黒雲がモクモクと青空を覆って行く。
『早く帰らなきゃ!』
ザザザザ…………
ザザザザ…………
ザザザザ…………
『あ!、雨、降ってきた~』
タタタタタ……
とある民家の軒先へと雨宿りするボク。
ゴロゴロゴロ……ピカッ
稲妻が遠くの方で光った。
『坊や、しばらく止みそうにないわね』
ボクが振り向くと玄関を少し開けて優しそうなお姉さんがボクを見ていた。
『坊やの、お家は、ここから近いのかしら?
『うん、二丁目三番地だよ。』
お姉さんはニコッとして番傘をさしてボクに指し掛けてくれた。。
『それなら歩いて二〇分くらいね。』
『私がお家まで送ってあげるわ。』
『ちょうど、これから二丁目へ買い出しに行くところだったの。』
ボクはペコリとお姉さんにお辞儀をした。
『ありがとうございます!、お姉さん、お願いします。』
彼女の服装は着物に下はモンペと呼ばれる足の裾が絞られたものだった。
強い雨が傘を叩き風も出てきた。
ボクはお姉さんの横にピタリと寄り添い雨を避けて歩いた。
『私にも、あなたの歳くらいの弟がいたのよ。』
『空襲で離ればなれになってしまい、それっきり行方知れずなの。』
『くうしゅうて?』
ボクはお姉さんの話す言葉の意味が分からず訊ねた。
その時、けたたましいサイレンの音が街に鳴り響いた。
ウーーーーーーーー
ウーーーーーーーー
ウーーーーーーーー
『いらっしゃい!』
お姉さんはボクの手を引いて走り出した。
強い雨で通りや町並みは霞んで見えない。
しかし、どういうわけかお姉さんとボクのまわりだけは雨が止んで
る。
空を見上げると大きな4枚プロペラの飛行機が大群を成して飛んでいた。
『B-29よ!』
『焼夷弾が降ってくるわ!』
『早く、防空壕へ逃げましょう!』
ボクは何のことか分からず、ただただ、お姉さんについて行く。
『ボウクウゴウ?』
しばらくすると、ヒューーーーーンという音ともに、あちらかこちらで火柱が上がった。
ドドドーーーーーン
ボクは山裾まで手を引かれて行き、横穴へと入るよう促された。
穴の中には、見慣れない人たちが肩を寄せあって震えていた。
『日本は戦争に勝っているんじゃないのか!』
老婆が空を見上げて叫んだ。
老婆はボクを見て話し掛けてきた。
『その格好は何じゃ!』
『このご時世に、しゃれた洋服なぞつけおって!』
『さては、敵国のスパイか!』
お姉さんが、すかさず割って入った。
『この子は、私の弟です!』
『へんな事を言わないでください!、お婆さん!』
しばらくすると、空襲警報のサイレンが鳴りやんだ。
『どうやら、もう行ったらしいなぁ。』
ゾロゾロと防空壕を出る人々。
『みんな、気を付けて帰るんだぞ。』
町内会長らしき人が一人一人に声を掛けていた。
ボクとお姉さんも、それらの人たちと共に出た。
二丁目への道を歩くボクとお姉さん。
見慣れない町並みにボクは唖然としていた。
『お姉さん……ここはどこ?』
ボクは思わず彼女に訊ねた。
『ここは神中町よ。』
しばらく、進むと、また雨が降りだしてきた。
お姉さんはニコリと笑ってボクに番傘を手渡してくれた。
『二丁目は、もうそこね。』
『私は、この道を左に行くから、傘。返してくれるのは、いつでもいいわよ。』
お姉さんは雨の中を走り去っていった。
ゴロゴロゴロ……ピカッ
強い稲光が周りを照らしたかと思うと、ボクは自宅前の公園に立っていた。
タタタタタ……
家の玄関を開けて大きな声で帰宅を母に告げた。
『おかぁさーん!』
『ただいま!』
キッチンから小走りで出てきた母がボクを強く抱き締めた。
『あなた、三日間もどこへ行っていたの!』
『お母さんは、本当に心配で夜も眠れなかったのよ!』
『学校や警察、町内会にも頼んであなたを探していたの!』
ボクは、今までの事を母に包み隠さず話した。
母は、ボクの頭に手をあてて着替えさせ布団に横にならせた。
『今日は、ゆっくりお休みなさい。』
ボクの通り雨の一日
忘れないよ、
優しいお姉さん…………