ダンジョン攻略 その①
翌日の夕暮れ時。
中央広場に集合した俺たちは鉱石採取クエストの依頼を果たすべく、北のダンジョンに向けて出発しようとしていた。目的の鉱石はダンジョンの最深部にあるとの情報なので、今日はダンジョンの近くまで移動し、そこで夜営。明日の早朝から鉱石探しをする段取りだ。
「なぁフローラ、ちょっと聞いてもいいか?」
「何ですか、良介さん」
俺は先程から疑問に思っていることを口にする。
「その無駄に大きいリュックはなに?」
鉱石を持ち帰るため、俺たちもリュックを持参してきてはいるが、それにしたってフローラのリュックは大き過ぎる。
「えーとですね。今日は夜営するとのお話でしたので、枕とパジャマ、それにお菓子。後、退屈しないようにボードゲームもいくつか入っています」
おいおい、旅行に行くわけではないのだが。
「それと……アリス様と良介さんにご紹介しようと思いまして」
そういうと、フローラはリュックを慎重に下ろし、中から巨大な物体を引っ張り出した。
「ちょっ!? おまっ!?」
目の前に現れたのは身長百十センチ程の女の子の人形。髪は金髪三つ編み、目は碧眼、頬にはそばかすがある。服装は白を基調とした青のストライプのボーダーシャツに、デニム風のサロペットを穿いている。
普通なら可愛らしい人形なのだろう。
しかし、作られてから何年も経過しているのか、服は薄汚れ、顔には無数のヒビが広がっており、両手の指が何本か折れてなくなっていた。
「さあルーシー、アリス様と良介さんにご挨拶を」
フローラが人形に挨拶を促すと。
「リョウスケオニイチャン、アリスオネエチャン、ハジメマシテ。ワタシガ、ルーシーデス」
「「!?」」
見事な腹話術を披露するフローラ。だが、はっきり言おう。怖い! 怖すぎる! 夢の中に出てきそうだ。
「フ、フローラさん、まさかとは思いますがその人形を連れて行くおつもりなのでしょうか?」
「良介さん、ルーシーは良介さんのお手伝いをしたいとのことです」
「そうだよね? ルーシー」
「ワタシ、リョウスケオニイチャントイッショニタタカウ。マモノ、バンバンヤッツケル」
「………」
俺はこの危機的な状況を回避すべく、アリスに助けを求めた。
「偉大なる天使アリスよ、今こそ能力を解放せよ!」
「………」
返事がない。ただのしかばねのようだ。
見ると、いつのまにか俺たちから距離をとっていたアリスは、口笛を吹いてそっぽを向いている。どうやら完全に無視する方向にシフトしたようだ。ちっ、仕様がない。俺がやるしかないのか。
「フローラ……正直ルーシーが俺のために戦ってくれるのはとても嬉しい。しかし、フローラ、お前は本当にそれでいいのか? ルーシーが危険な目にあっても、お前はそれに耐えられるのか?」
「そ、それは……」
「なぁフローラ、俺はルーシーが危険な目にあうことも、お前がそれを見て悲しむ姿も、両方見たくないんだよ。だから、ルーシーの気持ちは涙が出るほど嬉しいが、ここは俺に免じて家に連れ帰ってはくれないか?」
俺の切なる願いを聞いたフローラは、目を潤ませながら。
「良介さん……優しすぎます!」
そういうと、いそいそとルーシーをリュックに戻したフローラは、『一旦家に帰ります』と言って、この場を去って行った。
「………」
「………」
「お前、今度無視したら腹パンするから」
「あのね良介、いくら天使が万能な存在でも出来る事と、出来ない事があるの」
数時間後――――
夜営ポイントに到着した俺たちは、早速夕食を作る準備に取り掛かった。俺はホワイトシチューを作るため、材料の下ごしらえをしていると。
「アリス様、隠し味にキャンディーを入れましょう」
「違うわよフローラ、ここはぶどう酒を入れて味にアクセントをつけるのよ」
何やら不穏な会話が漏れ聞こえてくる。
「お前たち、料理は俺がやるからその辺から薪になる物を拾ってくれ」
「「はーい」」
二人は素直に返事をすると、仲良く連れ立って薪を集めに行った。おそらくキャンプ的なことが初めてなのだろう。二人とも楽しそうに薪を拾っている。普段もこれくらい素直にいうことを聞いてくれれば俺も楽なのに……。
そうこうしている内に、料理が出来上がり、少し遅めの夕食をとる。
「美味しい……何よ! 良介のくせに生意気!」
おっと、定番テンプレセリフ頂きました。アリスは俺の料理の腕に驚きながらも、シチューをガツガツと食べている。
実家を離れ、一人暮らしするようになって早二年。一時期料理にはまったこともあり、俺は高レベルで料理スキルを会得していた。
「本当に美味しい……家のコックより美味しいかも」
「へっ? お前の家、コックがいるの?」
「はい。三人程働いています」
俺はプライベートなことは特に聞いていないので、フローラに関してはお嬢様風の美少女くらいの認識しかなかった。だが、今の話を聞く限り、どうやら本物のお嬢様らしい。たまに垣間見える奇行も世間しらずの箱入り娘であれば納得がいく……納得いくのか?
夕食が終わると明日の鉱石探しに向け、俺たちは早々に寝る準備に取り掛かる。
「良介さん、ちょっと後ろを向いていて下さい」
「?」
フローラはリュックをゴソゴソと探ると花柄模様のパジャマを取り出した。
「いやいや、フローラさん。万が一魔物が襲って来たときにパジャマだと何かと不都合なので、そのままの恰好で寝ていただけますか?」
『えっ! パジャマを着ないで寝るの?』と言わんばかりに驚くフローラ。やはり、フローラにはTPOを教える必要があるな。後は……いくら魔物が気づきにくい岩陰に陣取っているとはいえ、見つかったらひとたまりもないな。
とりあえず、俺が最初に見張りをして、数時間後に交代してもらうか。俺がその旨をアリスに話すと。
「いやよ! 睡眠不足は美容の大敵よ。お肌が荒れてしまうじゃない!」
「お前、いつもアホみたいに寝てるだろ! ならどうするんだよ」
「全く……仕様がないわね」
アリスはおもむろに片手を空に向けて指で円を描くと、小さい光の輪が具現化される。指を弾くと光の輪は広がっていき、直径二十メートル程の大きさで停止した。
「これで、周囲二十メートル以内に魔物が接近すると、アラーム警報が大音量で鳴り響くわ」
「それはいいけど、大音量だと音に反応した他の魔物も寄ってこないか?」
「大丈夫よ。私たち以外には聞こえない仕組みだから」
そんな便利な魔法があるなら、さっさと使えよ。
――――やわらかな光を感じ、目を開けると清々しいまでの青空が広がっていた。
「……そういえば夜営していたんだ」
しばらく寝転がった状態のまま、ぼーっとしていると、どこからか紅茶の良い香りが漂ってきた。周りを見渡すと、フローラが高級そうなティーカップに紅茶を注いでいる。
「おはよう。ずいぶんと早起きだな」
「おはようございます。何だかドキドキして早起きしてしまいました」
フローラからティーカップを受け取り、ゆっくりと紅茶をすする。砂糖の甘さがじんわりと体に染み込み、徐々に頭が冴えてきた。
「わざわざティーセットまで持ってきたのか?」
「はい。アリス様は紅茶がお好きだと伺ったので」
それは随分とお優しいことで……。
アリスを見ると涎を流しながら寝ていたが、紅茶の香りを嗅ぎとったのだろう。不意に立ち上がると、疾風のごとき速さでフローラの横に座った。
「私にも一杯頂けるかしら?」
「優雅に言ったつもりかもしれんが、お前の動きは犬そのものだぞ」
俺たちは体の動きが鈍くならない様、朝食を軽めに抑えると、いよいよ北のダンジョン攻略に向けて行動を開始した。