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いらない子 アリス

 俺が異世界にやってきて一か月程経過した。

 俺とフローラは順調にレベルを上げ、現在はお互いレベル7。当初拙かった俺たちの連携も、今では一端のパーティーの模様を呈してきていた。


「やはりあれだな。現状、近接攻撃しか手段がない俺たちは、遠距離攻撃が可能な魔物と遭遇した場合、どうしても対応が後手に回る。早めにフローラに攻撃魔法を覚えてもらって、遠距離からでもいち早く攻撃できる態勢を構築したいな。それに、フローラの常人を超える魔力とやらを活かさないのはもったいないからな」

「そうですね。現状ヒールしか魔法が使えないので……」


 そう、俺たちはいまだに攻撃魔法を使えない。というか、高くて魔本が買えない。


「ルシカの町に戻ったら、魔本屋に寄ってどんな攻撃魔法があるか下見だけでもするか?」

「いいですね。行きましょう!」


 正直、俺も早く魔法を使ってみたい。だが、フローラの【超越者】としての力を考えれば、どちらが先に攻撃魔法を覚えるか優先順位は決まっている。それはさておき……俺は木陰でグースカ寝ているアリスを見る。

 異世界に来た当初は、俺たちの戦闘を見守っていた。しかし、最近では魔法で作製したと思われるハンモックの上で、涎を垂らしながら昼寝をするのが日課だ。


「おい! アリス、終わったから帰るぞ。さっさと起きろ」

「ふぁぁーーーー。」


 俺とフローラが連れ立って歩く中、流れ出た涎を無造作に服の袖で拭いながら、ノロノロと後ろを歩くアリス。

 そんな姿を見ていたら急にムカついてきた。


「なぁ、アリス」

「……何?」

「俺はこれでもお前に多少の感謝はしている。実際、お前に助けてもらわなければ、トラックに跳ねられて死んでいた。日本のように平和な世界ではないが、それなりにここでの暮らしが好きになりつつある。フローラみたいな綺麗な女子と仲間になることもできたからな」

「そんな……綺麗だなんて……」


 フローラは顔を真っ赤にし、恥ずかしそうにモジモジしながら下を向いている。


「それで、何が言いたいわけ?」


 アリスは『言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい』と言わんばかりに俺を睨みつけてきた。


「もうお前、天界とやらに帰れば? 暇じゃないんだろう? 後は俺たち二人で頑張るからさ」

「……なっ!?」


 アリスは一瞬、何を言われたのかわからない様子だったが、徐々に顔が怒りで真っ赤になり、唇がわなわなと震えだした。


「何おバカなことを口走っているの!? 気でも触れたの!? 私がいないと何もできないくせに!!」


 確かに異世界にきた最初のころは、アリスのサポートは必須だった。しかし、異世界にきて一か月あまり過ぎた現在。今の生活スタイルに慣れてきている俺は、アリスのサポートがなくても何も問題がないと思う。


「いや、お前はもはや用済みだ」

「ちょっと良介さん、いくらなんでも言い過ぎです」


 慌てふためくフローラを落ち着かせながら、俺はアリスに聞こえるようにフローラに話した。


「フローラもここ一か月程、あいつを見てきただろう? こいつは、俺たちが魔物を必至で倒して得た金で、食べるか、酒飲むか、寝るかの逆ヒモ生活をエンジョイしているんだぞ。大体、魔王退治なんて偉そうな目標を俺に課してはいるが、そのためにあいつが何をしてくれた? 有益な情報? 有益なアイテム? 有益な武器? そんなもの俺は一切受け取っていない。そんなやつのために俺が魔王退治をしてやる理由は一切ない!」

「……わ、わかったわよ。そこまで言うなら私も覚悟を決めるわ……」


 俺に散々文句を言われ涙目になったアリスは、何かを決心したらしく深呼吸すると。


「わ、わ、私の胸を一回揉んでもいいわ。そうしたら魔王退治してくれるでしょう?」

「……お前、本物のバカか? どこの世界に胸揉んだぐらいで魔王討伐するバカがいるんだよ!」

「何よ! 天使の胸よ。普通泣いて感謝するところよ。」

「アホか! お前の胸なんか百回揉んだって、フローラの胸一回分にも劣るわ!」

「良介さん……最低です」


 フローラが胸を押さえながら、ゴミを見るような目で俺を見る。おっと、つい本音が出てしまった。


「わあああああああああっ! 良介のあんぽんたん、とんちんかん、くそ童貞えええええええっ!!」


 アリスは頭を抱え、泣き叫びながら走り去ってしまった。



「本当に放っておいても大丈夫ですか?」


 魔本屋で攻撃魔法を物色していると、本日、三回目となる言葉を繰り返すフローラ。天使とはいえ、折角できた仲間を失いたくないのだろう。俺も同じ言葉を繰り返す。


「大丈夫だよ。あまりにアリスがダラダラしているから説教したけど、アリスも少しは反省しただろう。お腹がすいたら帰ってくるよ」


 それでも、フローラは不安なのか本屋の中を落ち着きなく歩きまわっていた。


「お! これは……」


 俺は一冊の魔本書を手に取る。それは、【ウインドエッジ】と名付けられた風の魔法書。価格は一万五千ルピスだが半額のシールが貼ってある。


「フローラ、ちょっときてくれ」


 俺はフローラを手招きで呼び、魔本書を見せる。フローラはペラペラとページをめくりながら内容を確認している。


「どうやら、風の刃で攻撃する初級魔法ですね。中、遠距離で使えそうですから結構いいと思いますよ。でも何で半額なんですかね?」


 一万五千ルピスではお金が足りないが、半額であれば十分払える金額だ。


「すみませーん。ちょっと聞きたいのですが、何でこの魔法書だけ半額なのですか?」


 店員は俺の持っている魔法書を素早く確認すると。


「ウインドエッジの魔法ですね。こちらは能力は申し分ありませんけれども、初級魔法の割にかなり魔力を消費します。そのため、使い勝手が悪いとの意見が多く大分売れ残ってしまったのです。」


 これこそフローラのためにあるような魔本ではないか! 超越者のフローラは、常人をはるかに超える魔力を有する。かなり利便性は高いはずだ。フローラを見ると、『問題ない』と言わんばかりにコクコクと頷いている。俺たちは料金を支払い、ホクホク顔で店を後にした。



 店を出ると、早速フローラは自分の魔力と魔本の中に封じ込まれている魔法を同期させるため、ウインドエッジの魔本書に手を置く。すると、魔本書に置かれているフローラの手から淡い光が漏れだし、体全体を包んでいく。程なくすると、フローラを包んでいた光が徐々に消えていった。


「……終わりました」


 にこやかにフローラが告げると、魔力が空になった魔本はその場で消滅した。


「よし、フローラ。とりあえず昼飯でも食べに行こうぜ! 美味い定食屋を見つけたんだ」

「ホントですか? 行きたいです!」


 俺たちは定食屋に向かって歩き始めたが、ふと気づくとフローラの歩くスピードが徐々に遅くなっている。そして、ついには立ち止まってしまった。


「うん? どうした?」

「……やっぱりアリス様を探しませんか? 可哀想ですよ」


 フローラは懇願するように俺を見つめている。


「うーん。フローラが心配する気持ちもわからんではないが、反省を促す意味でもアリスはしばらく放っておいたほうが良い薬になるんだよなー」


 それでもフローラは一歩も動こうとはせず、黙って俺を見つめていた……はぁ、仕様がない。ここは俺が折れるしかないか。


「行先変更だ。喫茶店に行くぞ。アリスがいるはずだ」


 それを聞いたフローラは、その場に花が咲いたような笑顔を見せてくれた。



 喫茶店に到着して扉を開けると、しょんぼりと肩を落としながら紅茶を飲んでいるアリスを発見する。無駄に容姿が目立つので非常に見つけやすい。店は混雑しているが、アリスの人間離れした美しさに近くの席に座ることを遠慮しているのだろう。アリスの周辺だけやたら空席が目立っている。

 アリスは俺たちが近づいてくるのを見つけると、サッとテーブルの下に身を隠した。


「いや、見えているから」

「……何しに来たのよ?」

「別に、俺はお前に用はない。ただ、フローラがお前のことを心配しているから連れてきただけだ。気に入らないならさっさと天界に帰れよ! クズ天使!」

「わああああああああああああああああああっ!」


 テーブルに突っ伏し、ガン泣きしたアリスを見ていたら、高校時代のある出来事を思い出してしまった。

 ある日、些細なことでクラスの女子と口論になった俺は、徹底的に扱き下しどん底に叩き落としてやったことがある。その話が学園中の女子に伝わり、いつの日か俺は学園の女子全てから認識されなくなった。

 美女木学園、幻のシックスマンの誕生である。ちなみに男子たちにはなぜか大うけであった。


「良介さん! あなたって人は……さらに追い込んでどうするんですか!」


 アリスを必死に慰めるフローラを見ていたら、ちょっとだけ罪悪感が芽生える。


「……アリス、酒奢ってやる。ついて来い」


 それだけいうと、俺は店の外に出た。ハッと顔を上げたアリスは涙を袖で拭うと、口をニマニマさせながら黙ってついてくる。それを見たフローラも顔をニコニコさせ、俺たちの後に続いた。



「大体、私もちょっとは反省しているのよ。確かに胸を一回揉ませるだけで魔王退治をさせるだなんて強引すぎる話だったと思う。ごめんなさい」


 ぶどう酒を三杯ほど飲みほしリラックスしたのか、素直に謝罪するアリス。確かに魔王退治の件も問題ではあるのだが、根本的な問題はアリスの生活態度にある。その俺の思いを察知したのか、俺の目の前にスッとメモ用紙を出した。


「今日、二人と別れた後、ギルド商会でクエスト依頼書を一通り見てきたの。細かいことはメモ用紙に書いてあるから後で読んでおいて。簡単に説明すると、この町の北、二十キロメートル程進んだところにあるダンジョンから、ある特殊な鉱石を採取するクエストよ。推奨レベルは8。報酬は二千ルピスと鉱石を利用して作製される武器の提供よ。特殊な鉱石で作られた武器は通常の物より強力だから、今後の戦いにおいても有利になると思う。既にこのクエストを良介たちが受けられるよう手配済みよ。これでいつでも出発できるわ」


「……おいおい! 何だよアリス。お前やればできる子じゃないか!」

「アリス様、素敵です!」


 俺たちがアリスの完璧なサポートに感動していると。


「ウフッ、それと……これを受け取って貰える。これで魔王退治もやる気が出てくれると嬉しいんだけど」


 そう言いながら、アリスは可愛いリボンが付いた紙袋を俺の前に差し出した。袋を開けてみると中にはなぜかセクシー系のブラジャーが……しかも、ご丁寧に【使用済み】との付箋ふせんが張り付けてある。


「アリスさん……これは一体?」

「良介は知っているかな? 昔ね、日本で天使のブラっていう商品がはやったの。私、それを聞いたときすごく憤慨ふんがいしたの。だって天使が使っているわけでもないのに誇大広告も甚だしいでしょう。でも良介に渡したのは正真正銘、私が使用していた本物の天使のブラ。私の胸を一回揉むことよりも価値があるわ。だから……ね」


「……お前は……お前って奴は……本当、何もわかってねえええええええええっ!!!!」


 俺の絶叫が店内に響き渡る。


 そして……。


「良介さん、おもむろに下着をポケットにねじこむの止めてくれませんか?」


 フローラの凍てつく瞳が俺を貫いていく。


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