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プロローグ

 夜の帳が下りる中、会社という牢獄から解放され、気だるそうに歩いている一人の男性。

 この男の名は鏑木良介(かぶらぎりょうすけ)・二十歳。

 私立美女木学園を優秀な成績(実際は中の上)で卒業。

 大学進学も考えたが進学する意味を見いだせず、地元のアパレル会社に就職した。

 彼は自分のことを多少イケメンと思っている少々痛い男ではあるが、それ以外はゲームやアニメが好きなごく普通の一般男性である。

 ちなみに今だ童貞であることをここに記しておく。

 通常の人生であれば、結婚をし、子供を儲け、育て、そして死んでいくのであるが、幸か不幸か、ある一本の電話により彼の運命は大きく変化する。




「はぁぁ……今日も疲れたな」


 玄関の鍵を無造作にテーブルに放り投げネクタイを緩めると、パソコンの前にドカリと座りながら電源ボタンを押した。『ブゥ――ン』と鈍い音と共に冷却ファンが高速で回転すると、ハードディスクが『カリカリ』と音を発している。


 液晶画面に浮かび上がるOSのロゴ。それをボンヤリと見つめながら俺はふと考える。この刺激のない毎日繰り返される平凡な日常。そんな退屈な日常を生きることに何の意味があるのだろうか。


 例えばアニメや小説では、美しい女神様に召喚されて異世界を冒険してみたり。

 世界中がゾンビで溢れかえる中、生き残りをかけて仲間と協力して戦ってみたり。

 多種多様な属性をもつ女の子たちからモテ始め、いつの間にかハーレム状態になってみたり。

 と、非日常が溢れかえっている。


 しかし、現実には会社と自宅の往復であり、何のドラマもない日常だ。気づくと既に起動完了したパソコンが俺の次なる行動を促している。俺は流れるようなブラインドタッチで【美乳】と入力すると、ENTER KEYを『パン』と押した。

 該当件数、約5千万件……フッ、今日も長い闘いになりそうだ。



 ×  ×  ×



 鼻の下を伸ばしながら画像を漁っていると、携帯の着信音が鳴り響いた。Yシャツの胸ポケットから携帯電話を取り出して画面を見ると、そこには見たこともない番号が並んでいた。

 俺は迷うことなく終話ボタンを押すと、再度同じ番号からの着信が……。


「ちっ、この忙しいときに!」


 俺は乱暴に着信ボタンを押した。


「おかけになった電話番号は現在――――」

「おめでとうございます! あなたを四番目に選ばれた人類として、異世界ツアーに招待します。」

「は?」


 俺の必殺技が通じない。しかも、予想斜め上を行く会話に一瞬、頭が空白になり次の言葉が出てこなかった。くそっ、敵ながらあっぱれな奴。


「あなた本当に運がいいですね。普通どんなに頑張っても異世界ツアーなんて経験できることじゃないですからね。ウフッ」


 ウフッ……て、さては観光旅行の勧誘だな。異世界ツアーなんてバカバカしい。本気で釣られると思っているのだろうか。

 ちょっと可愛い声をしているからと調子に乗りやがって。俺が童貞だと舐めているな!


 無論、相手は俺の童貞を気にしているわけではないだろう。と言うか、単なる自意識過剰に過ぎない。

 普段なら『間に合っています』の一言で電話を切っているが、今回は可愛い声に免じて会話に付き合ってやる。


「異世界ツアーですか。僕の憧れですよ。当然ツアー費用はお高いのでしょう?」

「いえいえ、いまなら実質負担金0円です。」


 何なの? その携帯電話販売方式。


「ふーん。その分二年縛りがあるとか?」

「すみません。そのようなSM的なサービスを特に設けては……」


 何だよ! 携帯電話あるあるトークじゃないのかよ。乗っかった俺がアホみたいじゃないか。


「……ちなみに異世界ツアーは、よくある剣と魔法の中世ヨーロッパ風ファンタジー物? ある日、ゾンビが大量発生して生き残りをかけて戦っていく。みたいなツアーもあるの?」


 我ながら下らない質問をしているなと思っていると。


「ゾンビ物ですか……【コード・レッド発令中! 俺たちは必ず生き残ってやるぜ!】ツアーもご用意できます。ですが、今回のご案内はあなたのイメージ通り、【剣と魔法の中世ヨーロッパ風ファンタジー】ツアーです」


 この電話の女性は俺の質問に合わせてふざけているのか、ノリノリでそんなことをいってきた。


「うーん。【剣と魔法の中世ヨーロッパ風ファンタジー】ツアーも悪くないけど、例えば色んな女の子にモテモテになってしまう【ハーレム】ツアーはないのでしょうか?」


 そんなとても可愛らしい願望を語ってみると。


「はあーー。これだから童貞は」


 先程までの可愛らしい声が嘘のように、呆れた声が漏れ聞こえた。


「おい! 今、何て言った?」

「まあ、お耳がよろしいのですね。申し訳ありませんが【ハーレム】ツアーはございません」


 こいつ、今までの会話で俺が童貞だと見破ったというのか? ……何て恐ろしい女だ。

しかし、このふざけた会話にも飽きた。なぜこの女は一向に本題を語らない。なんだか急にどうでもよくなった。


「それで、異世界ツアーなんて変わったツアー名をつけて興味を持たせたいのはわかるけど、具体的にどこの国のツアーなの? まさかここまで引っ張って、ありきたりな国じゃないよな?」 

「はい。詳しいことは明日、あなたが死んだ後にお話しいたしますので、もうしばらくお待ちください」

「へっ? 死んだ後?」


 こいつ、何言っているんだ? いくら冗談でもいって良い事と悪い事の判断もできないお子様なのか。


「はい。ではお休みなさい。鏑木良介さん」

「えっ? ちょっ、なんで俺の名前を!」

「ツー・ツー・ツー」


 聞き返す間もなく電話は切られてしまった。


 ……結局あの女は何がしたかったのだ? 異世界がどうたらの与太話はさておき、なぜ俺の名前を知っている?

 まさか高校時代の同級生? ……そんなはずはない。女子の間で俺は私立美女木学園、幻のシックスマンとして存在を認識できなかったはずだ。

 では、会社の同僚は? ……ありえない! 美魔女率いるアラフォー軍団が闊歩するあの魔窟に、あんなに可愛い声をした女性は俺のデータベースには存在しない。


 疑問は残る。が、今日の巡回作業が残っているため、いったん記憶の隅に追いやる。

 そして、寝る頃にはそんな電話でのやりとりを完全に忘れ去っていた。


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