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七 触れる


 麻江あさえ先生の鋭い目が、オレの作り笑顔を探っていた。


「わたしは不安だ。久備梨くびなしには何度も改名申請を勧めたし、医者も傷を目立たなくする手術や化粧品を勧めていたのに……ヘンタイ親父が死んだ後でも『傷跡は残したい』と言って聞かなかった」


「でもわぎりパパを追いつめる証拠集めには協力していたんですよね?」


 それだけは意外だった。


「まあ、そうだな……じゃあとりあえず、おまえの色ボケだけシメておくか」


「以後、気をつけます……でも麻江先生はなんで、そこまで久備梨さんのために?」


「わたしは子供のころから、バケモノあつかいされないために必死だった」


 堂々として見える女帝が、珍しく自信のなさそうな表情を見せた。


「実家が空手道場なんだが、親父と兄貴が地元でも有名なバカで苦労した。わたしがいじめを止めても、痴漢ちかんを撃退しても、なぜか加害者や被害者よりもわたしの怖さだけが広まる……」


 人死になしで『輪切りさん』の同類ですか。


「だから久備梨がバケモノあつかいされたがる事情を知ったら、胸クソ悪さで抑えがきかなくなった」


 でも健全すぎる。

 ここまでまっすぐな人に心配されたら、わぎりちゃんだって嫌いはしなかっただろう。

 でも困っていたかもしれない。



 午後の授業は平静なふりを努力した。

 となりの席も外の石碑も見ない。

 でもなぜか、久備梨さんはずっとほほえんでいる気がした。

 帰りはひとりで先に教室を出る。

 久備梨さんがみんなに囲まれ、楽しそうに歓迎会の打ち合わせをしている光景はつらい。

 玄関の下駄箱で靴にはきかえてふり向く。

 数センチの距離で暗い瞳と目が合い……安心してしまった。


「あさっての歓迎会、久備梨さんも出られそうなんだ?」


 明るく聞いてみたけど、見つめ合ったまま沈黙が流れる。


「久根くん。明日、つきあってもらえる?」


 質問に答えていない返事が、なぜか期待どおりに感じられた。


「もちろん……何時?」


 なにがもちろんだ?

 わぎりちゃんはねばっこく微笑して、時計の『十一』を指す。

 授業の真っ最中だ。

 昼間なら。



 翌日、わぎりちゃんは一時限目の途中で教室に入ってきた。

 となりに座り続けて、十二時も過ぎて昼休みになったら早退した。

 オレは午後の授業でこっそり眠っておく。

 起きると帰りの学活すら終わっていて、教室には誰もいなかった。

 頭皮に違和感をおぼえて探ると、カニ子の髪飾りをいくつもつけられていた。

 ぜんぶはずし終える前に、廊下のさっちゃんと目が合ってしまう。


「いや、これはたぶん、筒一とういちたちの悪ふざけで、断じてオレの趣味では……」


「カニ子さんは変なところで鋭いから、久根くねくんのことを心配しているのかも」


 今日の先生たちは、安心したような顔をしていたけど……筒一たちは、ほとんど話しかけてこなかったか?

 咲花さきかさんの表情はこれまでになく暗くけわしい。


「久備梨さんも、久備梨さんの父親も、事件をもて遊んであんなことになったのに……」


 もう麻江先生を問いつめていたか。


「意外に幽霊とか信じるんだ? でもあれはただの事故だよ。もし幽霊の『輪切りさん』が本当にいるなら、被害者の『わぎりちゃん』まであんな目に遭わせたりは……」


 笑ってごまかそうとしたけど、咲花さんのまっすぐな目で急に自分が恥ずかしくなって、顔を伏せてしまう。


「久根くんは、本当に幽霊と異常者の区別がついている? ただの異常者を幽霊と思いたがっていない? 久備梨さんと同じように……」


「ただの異常者って……なんでそこまで久備梨さんを嫌うんだよ?」


 いっそう苦しそうな表情にさせてしまった。


「わたしも……学校に行けなくなったことがあるから。授業も無視して久根くんにちょっかいを出して、どこが『学校好き』なの?」


 学校だから興奮する……とか言ったら命が危なそうだ。


「それに久根くんひとりだけ、みんなから少しずつ引き離そうとしている」


 そんなわけない……いや、わぎりちゃんは出会った当初から、オレばかりからかっていたか?

 ほかの同級生と話していても『引きずりこむ目つき』は見せなかった。

 オレだけを誘ってくれていた……?

 いつの間にかオレは、筒一たちと話さなくなってきたかも?


「久根くんの学校生活を奪うつもりなら、もう『被害者』とは違う。ゆがんだ愛情で妄想を押しつけた父親と同じ……それに、八つ当たりの道連れに娘の首を斬り落とした父親とも同じ」


 突風のような怒気に圧倒された。

 なぜか、あらためて美人だと思ったりした。


「いや久備梨さんだって、そこまでするつもりは……」


 ない……のか?


「だったらなんで首の傷を、あんな誇らしげに見せびらかすの?」


 咲花さんは背を向けてしまう。


「化けて出るほど学校に未練があるのに、斬られたかったわけがないでしょう?」


 オレはなかなか言葉を返せなかったけど、あの不健全で危うい『わぎりちゃん』のことも、どうしても否定したくないとも感じていた……なんで?


「さっちゃんの言うとおり、わぎりちゃんは異常だよ……下手すると父親以上に。本物の『輪切りさん』とは正反対に近い性格な気もする……けど……」


 声をしぼり出しながらも、顔は上げられなかった。


「根本では、似ていないかな?」


 返答はない。


「幽霊の『輪切りさん』にみんなが感じる恐怖や罪悪感の元は、あこがれだと思う。旧家のお嬢様なのに、首を斬られるまで『好きな学校』の友だちにも自分の不幸は隠し続けた……そういう不器用な気高さには、オレもかれる」


 さっちゃんは背を向けたまま。


「それに対して異常者の『わぎりちゃん』は父親の愛情に応えて、妄想のすべてを受け入れながら育った……そんな『まっすぐすぎる』意志だけは似ている。だから異常だとしても、オレはわぎりちゃんの『しあわせ』も守ってあげたくなる」


 オレ自身も異常だと認めてしまう宣言かも?


「オレにとって『わぎりちゃん』は幽霊のまがいものじゃない。もうひとりの『輪切りさん』なんだよ。そしてあの子はまだ、生きている」


 咲花さんの姿は消えていた。

 あまりの気色悪さで見捨てられたか?



 とぼとぼ帰宅して、夕飯をとる。 

 ふだんどおりのように過ごして、疲れたふりで少し早く布団へ入った。

 夜中の十時過ぎに家を抜け出す。

 操られているような感覚のにぶさを楽しんでいた。


 学校の塀を越えて、夜中の校庭へ忍びこむ。

 時刻しか示されなかったけど、場所はわかっていた。

 黒い石碑に近づくと、青白い指が手招きを見せる。

 石碑に隠れていた久備梨さんは、セーラー服に素足だった。

 革靴がきれいにそろえて置かれている。


 無言でほほえんだまま、細長い両腕をこちらへ伸ばしてきた。

 オレはなにも考えられなくなって、両ひざをつく。

 何度も想像したとおりに、吸いつくような肌の感触が首へからみついて、豊かな胸へ顔が柔らかく埋められる。

 女性の香りと、病院のにおいと、意外と高い体温。

 全身から緊張が抜けこぼれて、溶け流れてゆく。

 このままそっと絞め殺されるなら、のどを裂いてもらえるなら、それはしあわせな人生に思えた。

 幽霊よりも、よほどたちが悪い。 


「さっちゃんは?」


「ふられた」


「……そう」


 さらにきつく抱きしめられた。

 願ったすべてを見透かされている気もする。


「首をとるのと、とられるの、どっちがいい?」


 両方は無理か。


「ふふ……どっちも?」




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