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六 化ける


「痛いツッコミ。蟹平かにひらさんて、ときどき鋭くてつらい」


 わぎりちゃんはそう言ってほほえみながら、けだるげなたれ目はオレだけを追尾する。


「すごいなカニ子。わぎりちゃんにまでウザがられるなんて」


「久根っち~い、わたしをいじってふたまたごまかすなよ~?」


「誰がふたまただ!? オレは……」


 あれ? 今のオレ、わぎりちゃんとつきあっていることになっている?


「オレは? な~に~?」


 カニ子の挑発にかかってたまるか。無視だ。


「ちっ、ヘタレヤローめ。だからさっちゃんに逃げられんだよ」


 暴言を吐きまくった上に蹴るな!?

 おまえをゆでて新たな怪談をつけ足すぞ!?

 久備梨さんはオレの手をゆるくつねって、ほほえんだまま首をかしげる。


「さっちゃんて……?」


「ち、ちがうから」


「あせってる」「どもってる」「さっちゃんにガチ?」「わぎりちゃんに必死?」などとカニ子は筒一とういちと聞こえる声で密談をはじめやがる。


「ていうかわぎりちゃん、さっちゃんとはまだ話してないっけ? ごついメガネでわかりにくいけど、地味かわいい子……ライバル登場!」


 もうこの場で酢醤油をかけて黙らせたくなってきた。


「大変……これも青春?」


 よどんだ瞳は静かに、楽しそうにオレの顔をながめまわす。

 すかさずカニ子が食いついた。


「わぎりちゃん、なんか余裕ある!? 昨日は保健室でどこまでやらかしたの!?」


「うふふ…………ね?」


 いたたまれないけど、少しうれしい気もして困る。


「うわ。久根っちの笑いかたキショい……やっぱそのへんがポイント高め?」



 その後も学活がはじまる前に延々といじられたけど、カニ子を早く熱湯へぶちこむより、となりに座るわぎりちゃんと早く席をくっつけたい気がした。

 肩も……


「久根っち~? エロい妄想すんなら授業はじまってからにしろよ~?」


 カニ怪人のメスはなんで余計な感覚器だけ発達しているのか。


「いや久根ちゃんは、授業がはじまったら妄想にとどめる必要もないだろ?」


 筒一、おまえも無防備な首筋を一日中こっちへ向けていることを忘れるなよ……でも言い返しにくい。

 外へ目をそらすと花を捧げたばかりの石碑が目に入って、もうしわけない気持ちになった。



 学活が終わったあとでとなりを見ると、わぎりちゃんは自分の机から一時限目の教科書を出す。

 机をくっつける必要はなくなっていた。

 筒一がふり向くなり肩をたたき、重々しくうなずく。


「学校は勉強するところだよな?」


 うるせえ。


「ま、それは冗談として今週の土曜でいいか? というか肝心のわぎりちゃんは、土曜の午後に時間とれそう? みんなで歓迎会を兼ねたカラオケ大会を考えてんだけど」


 久備梨さんは長い間を空けたあとでほほえむ。


「たぶんだいじょうぶ。楽しみ」


 なぜか少し、イラっとした。


「おい久根ちゃん、最初の週末くらいクラスのみんなにも貸せよ。親友として三角関係は応援しているから、そんなに殺意を向けるな」


「別に殺意までは……」


 あと普通の関係を応援してくれ。


「その手前まではあるのかよ」


 授業がはじまっても、となりに座っている病的な細身へ近寄れない生殺しの状態が続く。

 横目に何度か青白い顔を盗み見たけど、目は合わない。

 静かに教科書へ目を下ろしているわぎりちゃんは、やっぱり美人だった。

 青白い肌と濃いくまを最初は残念に思ったけど、もっと健康的ならここまで病みつきにならなかったかもしれない。

 細長い首も、あの深い傷があるから余計に……

 不意に視線を向けてきたわぎりちゃんが、ドロリとほほえむ。

 オレの顔に、なにが書いてあった?

 というかオレは、なにを考えていた? おさえろオレ。


 窓の外の『輪切りさん』に助けを求める。

 そういえば……わぎりパパの異常な執着も、被害者の女生徒がただの美人ではなくて、悲惨ひさんな事件があったから?

 旧家のお嬢様でありながら、父親に首を斬り落とされる……よりにもよって『好き』といった学校で。

 加害者よりも語られるようになってしまった原因は、悲劇のヒロインとしての魅力か?

 はかない美しさへのあこがれ……それが恐ろしいバケモノに変えられてしまった原因は、無意識な嫉妬しっともあるのか?

 嫉妬……オレはいつの間にか、わぎりちゃんを独占したくなっている?

 いや、独占と言っても、あの不健全なほほえみがオレにだけ少し多く向いてくれたら…………本当にそれだけか?

 そっと盗み見ると、暗いほほえみとしっかり目が合ってしまう。

 ゆっくりとうなずかれた。

 それはいったい、なにを察してくれたの?


 今日も授業は頭に残らなかった。

 わぎりちゃんは昼休みの前に早退してしまう。

 それから自分が帰宅するまで、いまいち記憶が薄い。

 だいじょうぶかオレ? これが恋愛ボケか?

 まだ出会って三日しか経ってないのに……まさか『輪切りさん』のたたりか?



 翌日も頭がまともに動かない。

 わぎりちゃんのまわりに朝から女子群がつきまとっていて、もどかしい。

 土曜のカラオケ大会の打ち合わせをしているのに、その歓迎会まで邪魔に思えてしまう。

 なぜか麻江先生がいろんな生徒と話す姿をちらほらと見かけた。

 そしてオレは昼休みに理科準備室へ呼び出される。


「わぎりちゃんなら、だいじょうぶそうですよ?」


「いや、久根ちゃんがだいじょうぶかよ? わぎりちゃん関係はわたしが頼んで見逃してもらっているけど、先生たちはオマエのほうを心配していたぞ?」


 態度に出てしまっていたか。


「すみません。今まで恋愛体験も心霊体験もなかったので、どっちが原因かよくわかりませんが」


「ん……久備梨からは、なにか聞かなかったか?」


 麻江先生はまじめに心配そうだった。


「あれが本名で、父親がそういう異常者ってことは……」


「そう。だから心霊現象ってことはない。おまえまで『輪切りさん』を真に受けるなよ? あいつのクソ親父はヘンタイ趣味をこじらせすぎて、法律でグレーなことから真っ黒なことまでいろいろやらかして娘を『わぎりちゃん』に仕立てて、自分のクラスへ入れやがったんだ」


「そのクソヘンタイ、ここの教師だったんですか?」


「校長の息子で、わたしの担任だ」


 待って。情報量が多すぎ。


「すると久備梨さんは、校長の孫……それでまさか、麻江先生の同級生!?」


「すまん。若く見えるし顔がいいから、多少の悪ノリは許されるかと思ったが……久備梨があそこまでやるとは」


「今さらその程度の年の差は……じゃなくて、なんで最初から本当のことを言わなかったんですか?」


「あの傷だ。数年前の事件のこともある」


「そういえば、わぎりちゃんの傷とわぎりパパの死因は、どちらも『輪切りさん』の仕業しわざとか……」


 麻江先生がまゆをきつくしかめる。


「それは卒業生の知り合いとかではなく、久備梨が言ったのか? いろいろ偶然は重なったが……あくまで事故だ」


 目を伏せて、長いため息をついた。


「わぎりパパは学生時代に石碑の『輪切りさん』にれていることを言いふらされて、孤立していた。教師になってからはどこかで娘を作って、あんな名前をつけて、首にも傷みたいな刺青を……いや、今の傷は本物だ」


 具体的に聞かされると、思った以上におぞましい。


「あのクソどヘンタイは、娘が『輪切りさん』として話題にされることを楽しんでいやがった。娘と、それを怖がる連中の様子を隠し撮りしていた。だからわたしは、その様子を隠し撮りした……久備梨を説得したら、協力してもらえた」


 わぎりちゃんが、パパを裏切った……?


「証拠をそろえた直後に、わぎりパパは交通事故で亡くなった。首がちぎれて……最初はわたしの調査がばれて自殺したのかと思ったけど、どうもただの飲酒運転らしい。直前まで行きつけの酒屋で、いつも以上に『輪切りさん』の活躍を自慢していた。まあ、その日はわたしが証拠とりのために、おおげさに怖がるように後輩を仕掛けておいたから、間接的な原因にはなったかもしれないが」


 ずいぶん踏みこんだ内容だけど、オレなんかに言っていいのか?


「だが父親とほぼ同じ時刻に、わぎりまで別の場所で事故に遭っていた。廃屋の古いガラス窓が落ちて……」


「あんなにうまく跡がつくものですか?」


「首筋のほかは髪と服で守られたこともあるが、まあちょっと、ありえないよな? だから『輪切りさん』の話題は一気にふくらみかけた。でもわたしは証拠を片手に校長とよ~く話し合って、わぎりと面識のある関係者を『説得』してまわった」


 となりのクラスの湯出原ゆではらが言っていた『口止めをしてまわったやばそうなやつら』が判明した。


「久備梨はまだ生きていたからな。動けるまでにずいぶんかかったが。で、復学したがっていたから、ついでに『輪切りさん』の話題をどうやって『ぶち壊すか』を話し合った」


「そのためにわざと、一度は話題を持ち上げたんですか?」


「仲良くなったあたりで、どうやってバラすか、久備梨が自分で考えたいって言うから、今までは黙っていたんだが……」


 麻江先生は意外と親切な人だった。

 でも久備梨さんのことは誤解している。


「さすがに久備梨さんもまだ言い出しにくいと思うので、もう少し様子見のほうがよくないですか?」


 わぎりちゃんのことなら、オレのほうがわかっている。


「たぶんですけど、だいじょうぶですよ」




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