~No.9~
「…そんな甘ったるい飲み物飲んで気分が悪くならないのか?」
本日3杯目のココアを熱々のまま一気飲みしている子供にセヴィルは眉をひそめて聞いた。
「そんなにお酒の瓶開けて飲んでるセヴィルさんこそ気分悪くならないの?」
子供に言われ自分の周りを見てみれば空になったワイン瓶が3本も並んでいた。「いつの間にこんな…」と言いかけて、目の前に座る子供と目が合った。
「全然平気だ」「僕もね」
誰にも気付かれないよう声を殺して笑いあった。
ゴステルが死んだあの日から、子供が最も信頼を置く人物はセヴィルだった。自分でも理由は分からなかったがセヴィルと距離を縮めるのに時間は掛からなかった。まるで昔から知っていたかのような…そんな感覚だった。
セヴィルとしても長年探していた我が子と再会し共に居られるこの状況は父親として幸福だったが、1つだけ心苦しい事…それはこの子に自分が本当の父親である事を明かせない事だった。仮にそうしてしまえば子供はきっと自分と共に国の裏闇に巻き込まれてしまう、例え実の息子でも…いや息子だからこそ何としても守り抜かねばならないのだ。
『……でも』
本当の事を話せたらどれだけいいのだろう…。
目の前で嬉しそうにココアを作る子供を見ていると酒の力もあってか目頭が熱くなってきた。
そんなセヴィルの内情も知らない子供はふと口にした。
「ねぇ、セヴィルさん。僕にお父さんもお母さんも居ないのかな?」
唐突な質問にセヴィルは動揺した。
「どうした……急に」
平静を装ったつもりだったが明らかに声は震えていた。幸いにも子供は全く気付いていない。
「この間の満月の夜、街を歩いていたら車椅子に乗ったお腹が大きな女の人と車椅子を押して歩く男の人がいたんだ。2人は月を見に来てたみたい。そうしたらね、女の人が月を眺めながら歌い出したの。お腹を優しく撫でながらね。その歌を聴いた時……僕も聴いた事があるって思ったんだ。いつ聴いたのかは覚えてないんだけど……なんだか温かい場所で僕は眠りながらその歌を聴いていた気がするんだ。でも、もしかしたら夢だったのかもしれない。だって、初めて目を開けた時は冷たい筒の中だったから。僕に歌を歌ってくれる様なそんな人は居なかったし、やっぱり夢だよね……セヴィルさん、どうしたの?なんで泣いてるの?」
子供は驚いた。
セヴィルの目からは一筋の涙が零れていたのだ。まるで何かを懐かしく思い出しているような、そんな顔をしていた。暫く目頭を抑えていたセヴィルは恥ずかしそうに笑いながら涙を拭いた。
「…悪い、酒の飲みすぎだ」
「僕、何か悪いこと言った?」
「いや、お前は悪くないよ。悪いのは俺の方さ」
「そうなの?」
「ああ、気にするな。それで、その歌の名は?」
名前を知らなかった子供は覚えていた箇所だけ歌って聞かせた。
「♪。.:*・゜……こんな歌だった」
歌は母親に似たのか、とセヴィルは気付いた。
「そうか。それは【月夜の子唄】って言うんだ。この国の親はお腹にいる子供や産まれたばかりの小さい子にその唄を聞かせるのさ」
「へぇー、そうなんだ。セヴィルさんも自分の子供に歌ってあげたの?」
「ああ、歌った。その子が妻の腹にいるって分かった時から…毎日な」
「じゃあセヴィルさんの子供は幸せだね!優しいお父さんとお母さんがいるんだから。僕、いつか絶対にその子に会いに行くよ。どんなお土産がいいかな〜。その子、何が好きなの?」
「そうだな……ココア…が好きだな」
「僕と一緒だ〜!」
嬉しそうに椅子を揺らしている子供をセヴィルは涙を堪えて笑い返した。