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white child  作者: ハル
始まり
8/43

~No.8~

国で最大の公共広場。

祭日やパレード、公開政討論会など国を挙げての行事時には国中の人間で一杯になった。普段の日でも日中は様々な屋台が立ち並ぶ大きな賑わいを見せていた。夜になれば屋台は酒屋になり、楽しい酒に酔いしれる人々で更に賑わった。


夜が冷え込むにつれ人の気配はまばらになり遂には屋台の灯りも全て消えた。

広場が一望出来るベンチには猫が座り心地良さそうに喉を鳴らしていた。


「こんばんは、猫さん。少しだけお邪魔するよ」


鼻歌と共に顔立ちのいい長身の若い男が現れた。

猫を押し退けないよう気を付けて座りフードで隠した顔からは男の楽しそうな表情が猫にはよく見えた。見られている事に気付いた男はニッと笑うと猫の顎を撫でようとした。しかし、男の手が届く前に猫はその場から逃げてしまった。


触られるのが嫌だったからではない。若い男の後ろから3人組の怪しい男達が大股で近づいてきたからだ。そしてベンチに座る男を囲むようにして止まった。

「こんばんわ…こんな夜に何やってるんだ?可愛い顔した坊ちゃん」


子供はゆっくりと杖を掴んだ。


「別に。ちょっと散歩」


「あんた程綺麗な男なら……儲かる話を知ってるんだが、ちょっと話をしないか?」


汚らしい髭を生やした男は醜く顔を緩ませながら言った。後ろにいる男2人も上等な商品(もの)を見つけたとばかりの怪しげな笑みを浮かべている。3人をちらりと一瞥しながら子供はうんざりと息を吐く。


「今まで何回も誘われてるけど、そっちの趣味はない。別に金も欲しくない」


耳を貸さない子供に人買いの3人は懐のナイフを取り出し切っ先を子供へと向ける。安っぽい刃物だ、と子供は思った。


「話に乗らないなら仕方ないな。大人しくついて来い、死にたくなかったらな」


髭男の脅しにも子供は目を瞑ったまま動じず一言「失せろ」と口にしただけだ。その生意気な態度に髭男は青筋を浮かべた。


「お前は少し痛い目に遭わなきゃ分からんようだ。両足の筋でも切っておくか。俺達から逃げ出さない様にな」


髭男が目配せし2人の男達は子供を取り押さえようと………


バキッ「ぎゃあああっ!!?」


一瞬の出来事に髭男は呆気に取られる。

肩を掴もうとした男の腕を子供は目にも留まらぬ速さでへし折ったのだ。片方の男も折られた男の悲鳴に身をすくませ子供から後退した。が、


「どこ行くの?」


男は「ひっ……」と息をのむ。

後退する男の後ろに子供は常人ならぬ速さで移動していた。男が振り向く前に仲間同様腕を折られた。


地面でのたうち回る2人を前に髭男は背筋が凍るのを感じた。狙う相手を間違えた、とその時気づくも――時既に遅し。


「近頃人攫いがこの広場を横行していると聞いていたんだ。皆怖くて近寄れないってね。……おじさん達の仕業だね」


涼やかに微笑みを浮かべる子供は掴んでいた長杖を髭男につき向けた。長身の子供よりも長い杖だった。


「へ、へへ…そんな木の棒で俺を捕まえられると思うか?」


「あれ?木の棒って誰が言ったの?」


楽しそうに笑う子供は握りしめていた杖を勢いよく引き抜いた。シュン……と静かで切裂く音が響いたと同時に、「ひっ」と悲鳴を漏らす髭男の喉笛には白く美しく光る刃が当てられている。


「大人しくしてもらおうか。死にたくなかったらね」


髭男は気付いた。子供の両眼が緋色に変化している事に。殺気を含んだ赤い眼光は髭男の心臓を突き刺し力を全て奪い尽くした。髭男は空を見つめたまま後ろへ倒れ気絶した。



ベンチから離れた場所で猫は静かに男達を観察していた。しばらくすると長い刀を持った男がふらふらと歩く3人の男達を引き立て広場から離れていった。誰もいなくなったベンチに戻った猫は気持ちよさげに伸びをすると月を見ながら寝始めた。


~軍界本部基地セヴィルの部屋~


「お前さ、もう帰れよ。俺だって仕事がまだ残ってるんだ。明日の四界議でゲルハルクに相談するしかないだろ」


「何だって?!あぁ、あんたに相談したアタシが馬鹿だったんだよー。あのゲルハルクがあたしの話を聞いてくれる訳ないだろ!戦争を始めるとか馬鹿げた事言いやがって……それを止めるのが貴様の仕事だろっ、セヴィル!!」


喚きながら酒を飲む女性にセヴィルは情けないとばかりに困り果てていた。


ティナー・カルマン。国家医学界名誉教議会長であり、セヴィルと同じ国の最高幹部の1人だ。酒癖の悪さから【悪酔いティナー】と言う異名を持っていた。相手をするのはいつも決まってセヴィルの役目だった。友の面倒な悪癖にセヴィルはいつも手をこまねいた。


「分かった。明日俺からもゲルハルクに一言頼んでやる。お前が南村へ調査に行けるよう言ってやるから。早く部屋に戻れ、明日も早いだろ」


「ほらーっ!そうやって皆して私を厄介者扱いにするんでしょ。【悪酔いティナー】なんて呼ばれてるけど、飲まなきゃこんな仕事やってらんないわよ!そうでしょ?!」


「………ハァ」


数十分後。ようやく床で寝潰れて大人しくなったティナーを隣の部屋に運び部屋に戻ると疲弊しきった目を閉じた。北国と南国が不穏な動きを見せていた。斥候の情報によると両国共に戦闘態勢を整え始めている、との事だ。軍界は一気に慌ただしくなった。戦略を軍議で何度も論じ合い、人々の避難場所の候補に赴いたり…寝る暇などなかった。


ウトウトしていると誰かが窓を2回ノックした。開けてくれという合図だ。


カーテンを開けるとそこには器用に窓の縁に座っている子供の姿があった。窓を開けると子供は軽やかに部屋へと侵入した。


「今日はやけに遅かったな。どこで〔遊んで〕いたんだ?」


セヴィルの問いに子供は無邪気に笑って答えた。


「ヴェルキュリアの広場だよ。今日の収穫は3人」

「ほぅ……」


子供は内ポケットから折り畳んだ紙切れを取り出すとそれをセヴィルに渡した。それを受け取り目を通す。


「なるほど、こいつはお手柄だ」


そこには3人組の顔が載せられており上には【A級手配犯】と記載されている。最高ランクの犯罪者達だ。


「A級は初めてだからどんな奴等かと期待してたけど全然たいした事なかったよ。今まで上手く逃げ切ってただけみたいだね」


「つまらない仕事で悪かったな。そんな輩でも放っておけば災いの元になってしまう…だが今は軍界(こっち)も人手不足でお前にしか頼めないんだ。すまない」


「もう…セヴィルさんはいつも謝ってばかりだ。しかも僕が悪い奴を捕まえてきたこのタイミングで。気にしなくていいって言ったでしょ」


頬を膨らませて少し怒り口調の子供にセヴィルは苦笑するしかなかった。そしていつものように―


「何か飲むか?」


戸棚に向かいながら子供に聞いた。すると後ろから元気な声で


「ココア!」


いつもと同じ返事が返ってきた。

「しっ…」と人差し指で注意すると子供もセヴィルの手を真似ながら無邪気に笑った。










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