~No.6~
「まずい…まずいまずいまずいっ!あの人に見られた!」
杖を持つ子供の手は震えている。
あの時、能力を使わなくても子供を助ける事は出来たが"子供"の目は本能のまま動いた。だから、あれだけ距離が離れていても瞬時に子供の場所まで移動出来た。
攻撃、移動など体を使って何か行う場合瞳はいつも赤色になった。森で狩りをする時など、この色を使えばどんなに足の早い獲物だろうが凶暴な猛獣だろうが獣が気付いた時には子供に首を締め上げられ絶命した。
子供が持つもう一つの色は緑だった。
この色は治療色として用いた。猟の最中はどうしても傷が耐えない。擦り傷程度なら能力を使わずに自然に治した。なぜならこの色を使う場合、体力眼力共に大量消耗してしまうからだ。一度だけ治療色を使い過ぎた時、子供は森の中で動けなくなってしまった。たまたま様子を見に来たゴステルが現れなかったら、獣に襲われていたかもしれない。ゴステルが子供を見つけた時、子供は虚ろな目をしながら木に寄りかかっていた。口には吐血の後が残っていた。その出来事以来、トラウマが残り緑を使う事に躊躇してしまっていた。
急ぎ足で国門に向かった。本当はもう一度だけゴステルの店に立ち寄りたかったが、それ以上に人がいない森へ帰りたかった。すれ行く人が皆自分を見ている……そんな錯覚に惑わされながら門に着いた。
「………………?」
門にはいつも2,3人の軽装備の番兵しかいなかった。しかし今日は違った。武装した5,6人の兵士達が門の前を通る人々を監視していたのだ。その手には黒光りする長銃が握られている。
遠い記憶の中。銃口を向けられる恐ろしさ。撃ち抜かれた痛み。思い出すだけで震えと汗が止まらない。
「神様…僕を守って下さい。お願いします」
そう切に祈った。
森へ帰れなくなった子供が行く場所は1つしかなかった。
«コン…コンコン»「ゴステルさん、居ませんか?」
子供の願い虚しくゴステルは居ない。仕方無く玄関先の階段で待つ事にした。日はすっかり落ち、店前の通りを通る人は少なかった。膝を抱えて座っていると徐々に眠気が襲って来た。緊張感が一気に溶けたのだ。
「ダメだよ……こんなとこで寝たら…誰かに…か…隠れな…いと…………」
手すりに身を任せたまま子供は深く眠り込んでしまった。
«カッ、カッ、カッ……»
眠っている子供の前で青鹿毛の馬が軽くいななき止まった。馬から降りた乗り手は眠っている子供に近付きその顔を見た。誰かに見られているような気がして子供はうっすらと目を開けた。ボヤけて顔は見えなかったが男である事は分かった。
「…………ゴステルじいさん?」
「………………」
男は何も答えず、子供の頭を優しく撫でた。
それが心地よくてまた眠りに落ちていった。
「…………………ん、……ん?」
何時間経ったのか分からなかったが、暖かな部屋の中で子供は目が覚めた。それがゴステルの店の中だと気付くまで少し時間が掛かった。身体に掛けられていた毛布を取り辺りを見回す。
「…ゴステルさーん、どこにいるの?僕起きたよー」
«ガタッ!»
物音が厨房から聞こえた。
子供は嬉しそうに音のする方向へ顔を向けた。
「お帰りなさい!ゴステル……さん」
そこに立っていたのはゴステルではなかった。
黒の軍服、190はゆうにありそうな高身長、その顔は赤い布で覆われていて何もかもを見抜くような冷たい目が子供をじっと捉えていた。昼間会った人物の名を子供は思い出した。人々が口々に呼んでいた人物。
「セヴィル、軍隊長……?」
「俺を知ってるのか。…昼間は済まなかった。あの子を助けてくれて助かったよ」
そう言うとセヴィルは座っている子供に近付き手を差し出した。その意味が分からず子供はセヴィルの手と顔を交互に見た。
最初は眉をひそめていたセヴィルだったが子供が"握手"を知らない事に気付くと差し出していた手を子供の頭にそっと置いた。子供は終始口をぽかんと開けてセヴィルの顔を見ていたが、やがてセヴィルが安全な人物である事を感じたのか顔つきを徐々に和らげていきセヴィルと目を合わせ微笑み始めた。子供の嬉しそうな顔を見てセヴィルはさっきより少し力を入れていっぱい頭を撫でてやった。