番外編
ヴィルの聴覚は一瞬停止した。ファルの言葉があまりにも予想だにしない話だったからだ。
ぽかんと間抜けな顔でファルに再度聞く。
「子供?」
「うん、できたみたい」
ファルは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに言った。
しばらく目の焦点が合わなかったが、黒目の揺れが収まってくると今度は込み上げてくる嬉しさに口元に笑みが溢れ出した。
「ファルーッ!!」
「きゃっ!」と悲鳴をあげるファルを軽々と持ち上げると子供の様に空中に持ち上げそして抱き締めた。細いうなじに顔をうずめキスをした。
「僕、いい父親になるよ」
耳元で小さく囁かれた言葉にファルの瞳が熱くなる。
「うん」
背の高いヴィルの背中に手を這わしギュッと抱き締めると義手がギシギシと音を立てた。
「こんな身体の私がお母さんになれるなんて、思いもしなかった。……本当になれるかな?良い母親に」
思い出すかの様な不安が一時の幸福を一転させる。
障害を抱えた自分には人並みの幸せを味わう事など出来ないと思っていた。しかし今は違う。愛すべく夫がおり、しかもその人との間に子までもうける事が出来たのだ。たとえ全てが夢でもファルは満足だった。
「一緒さ、ファル。僕も不安だらけだ。君だけじゃないよ」
募る不穏な気持ちを抑える様に二人は夕陽の差し込める部屋で強く抱き合うのであった。
「……ほんとに?」
「うん、ほんと。デキちゃった」
隣の部屋でも同じ会話がされていた。
新聞を読んでいたセヴィルの目は丸々と驚きを隠せずにいた。隣ではシャイナが何事もなかったように澄ました顔でコーヒーを口に運んでいた。
「妙にお腹が重いと思ったら、二ヶ月ですって。びっくりしちゃった。この歳で妊娠するなんてね」
「ほんとにな。もうバアサンになりかけ…熱っ!」
頭を殴られた拍子に啜っていた熱いコーヒーが一気に口に入ってきた。鬼の顔をしていたシャイナだったがすぐににこやかな笑みを浮かべ下腹部を優しく撫でた。
「嬉しいなー。この子には私の名前からつけてあげなきゃ、いいでしょ?セヴィル」
シャイナの口にはヴィルを授かった時と同じ幸福感で満たされていた。それはセヴィルも同様だ。
妻の嬉しそうな横顔を眺めながらコーヒーを口にする。苦手なカフェオレだが、今日はその甘さがとても美味しく感じた。
「そうか。めでたい話だ」




