~No.3~
ゴステルの店を出る頃には日は沈み外はすっかり暗くなっていた。顔に当たる空気はヒンヤリしていて冷たかった。
「どこに泊まろうかな」
いつもはゴステルの部屋を借りるのだが、今日は先約があるらしく断られてしまった。ここまで暗くなれば森へも帰れない。右を見ても左を見ても人っ子一人いない。
「……どこか野宿できる場所はないかなー」
誰もいない夜の街では盲の振りをしなくてもいい。子供は下を向きながら南方向へ歩いていった。なるべく人目に付かぬよう路地裏を通って…
暗くて狭い道を通りながらゴステルが聞かせてくれた話を思い出していた。
『"人間"を作る?そんなことが出来るの?』
『現にお前さんはそうじゃないか。お前の目が放つ力もその人間達が作ったんじゃろうて』
『……じゃあ、僕は…人を殺すために作られたの?そうなの?』
『ああ、じゃろうな』
『……嫌だよ。誰かを殺すなんて……それに、その話が本当なら今作られているその人も可哀想だ』
『そうじゃのぅ、……じゃがその力が例え殺人の為に作られたものじゃったとしても、その通りに使わなくてもよかろう』
『どういうこと?』
『闘う力があるのなら誰かを守る事が出来るということじゃ。誰を守るのかはお前が決めるんじゃ』
「守る。誰かを……」
そう呟いて上を見上げると青がかかった月が美しく輝いていた。
~ゴステルの店~
«コツコツッ……»
「入れ」
«ガチャ…ギギギィ…»「遅くにすまないな、じいさん」
「いつもの事じゃろうて。お前も飲むか?」
「仕事中…と言いたいけど……」
「素直になれ」
セヴィルが軽く頷くとゴステルは厨房からグラス2つと赤ワインを持ち出した。
「それで、政界は落ち着いてきそうかの?」
セヴィルは首を横に振りつつ上まで締めていたボタンを外した。
「全く、進歩がないにも程がある。責任を擦り付け、けなし合う会議…何年経っても変わらないよ。毎日頭が割れそうだ」
ゴステルの注いだワインを一気に飲み干しながらため息をついた。ゴステルはその様子を見ながらふくみ笑いをした。
「自分も正しい道を歩けないのに他人の道を正そうなんか無理に決まっとる。政治なんかそんなもんじゃ。それより……」
ワインを一口含んでからゴステルはゆっくりと口を開いた。
「"あの子"の行方はどうなっておる?進展は?」
「つかめない」
セヴィルは苛立った様にキツく言い放った。
「部下に命じて森中を探させているがそれらしき痕跡も無い。気になる情報と言えば、門番が背の高い男をこっそり入れる所を見た者がいるらしい。…だが、あの子が脱走したのは5年前。生きる術も何も知らない子供がそこまで成長するなんておかしな話だ。…まっ、あの子を擁護している人物がいれば有り得ない話ではないが……」
「じゃがただの子ではなかろう。あの子は戦―」
「じいさん…それ以上は言わなくていい」
少し泣き声の男の為、ゴステルは酒を静かに注いでやった。それを飲み干すとセヴィルは目を閉じて呼吸を整えた。
「俺はただ…あの子を見たいってだけだ。病気になっていようが殺しに身を染めていようがなんだっていい。生きてさえいてくれれば……やり直せる」
廃屋の一室でマントにくるまりながら月を温かな気持ちで眺める子供。
暖かい部屋の中で酒を飲みながら悲しく月を見つめるセヴィル。
そんな2人の気持ちも知らず月はいつもの様に冷たい星空の中で光り続けた。