~No.26~
その後、グッタリと動かなくなったセヴィルを盾に白髪男はその場から忽然と姿を消した………
***********************
「…という現状。犯人もセヴィルの行方も未だ掴めないらしい。力になりたいんだけど、私はまだ疫病の件で南村部から離れられない。でも、この騒動で出た負傷者の為の医者が不足していてね。私の代わりにあなたに行ってもらおうと思って来たのよ。だけど、その足じゃ馬にも乗れなし歩くのも無理ね」
ティナーのげんなりした目にファルは義足を恨めしく眺め落胆した。
(足があれば……)
何も出来ない自分が情けなかった。
ティナーも大きく息を吐くと「分かった!」と言って立ち上がった。
「他にも知り合いの医者はいる。そこへあたっ…」
「ファルは行きます」
ファルとティナーの驚く目が白髪男へ向く。
白髪男はもう一度言った。
「行きます。僕が連れていく」
先程からいるこの男の存在をティナーは不審に思っていた。
「…ファル、この男は誰?」
「少し前から知り合いなの。えっと、名前は…
「脱走子です」
ファルの口を挟み白髪男はしっかりと答えた。
その名を聞いた2人は暫く呆然としていた。
「僕の名は…名はないけど、自分が何者なのかは知っている。科学界が必死に探している実験体です」
「…嘘でしょ。だってあなた、別に普通の人と何も変わら……」
ファルは口をつぐんだ。
その理由を白髪男は知っていた。
「そうなんだ、ファル。君が綺麗だと言ってくれたこの眼。これは生まれ持った僕の能力。人を殺す為に生み出された、生きた兵器としてつけられた忌まわしいものなんだ…ずっと話せなくてごめん。君に離れてほしくなかったし、怖がっても欲しくなかった。ファルは、君は僕の初めての友達だったから」
そう話す白髪男の瞳は徐々に赤く染まり不気味な光を放った。まるで自分の存在がいかに卑下すべきものなのかを証明するように、白髪男はわざと瞳を変化させたようだった。
その姿にファルはただ黙って俯くしかなかった。
「じゃあ、セヴィルを連れ去ったのは誰なの?あなたがお尋ね者の"脱走子"なら軍界で騒ぎを起こした奴は何者?」
「……分かりません。ただ、今はセヴィルさんを救うのが優先です。犯人はそれから見つければいい」
(セヴィル…さん?)
その言い方が気になった。
ティナーは怪訝に眉を潜めながら聞いた。
「あなたは、セヴィルを知ってるの?」
「はい。僕をずっと傍で支えてくれていた命の恩人です」
「…何だって…」
混乱と同時に、モスキートが脱走子を北南に売り渡すという話をしていた時のセヴィルの焦っている表情の意味が解けた。セヴィルはずっと何かを我慢していた。それに耐えていた。
長い付き合いの中であの男が目を閉じている時は何か考察している時か焦っている時…そのどちらかしかなかった。
(でも、どうしてあの人がこの子を匿ってたの?)
見当がつかない。セヴィルの事だ。必ず理由があるに違いないが…今は考えている場合ではないと切り替えた。
よくは分からないがティナーは長年の友を信じる事にした。
「決まった…,あなたはファルと一緒に軍界に行きなさい。セヴィルの行方が何か掴めるかもしれない。くれぐれも用心して。あなたの敵は沢山いる」
「あ、はい」
長い間肩に背負っていた荷物を下ろすと中から黒の軍服を取り出し白髪男に渡した。
「予備で持って来てたんだけど、間違えて男の服持って来ちゃったの。着て行きなさい。上手く誤魔化せるわ」
「服?」
ティナーから渡された服はズッシリと重かった。
「……あの子、遅いわねー」
支度を終えたファルはティナーと共に外で白髪男を待った。さっきから元気なく俯いているファルにティナーは失笑した。それに気付いたファルはやっと顔を上げた。
「どうしたの?ティナーさん」
「フフッ…ファルがそんな顔するなんて初めてだなーっと思ってね」
「えっ?私、どんな顔してる?」
「あの子の事考えてたんでしょ……まぁ、驚くわよね、知り合った男が脱走した実験体だったなんて」
図星だった。
白髪男が全てを告げた時、ファルは怖くなった。実験体、しかも生きた兵器が目の前にいるのだ。その男と食事をしたりしていた自分が恐ろしかった。
しかし、ファルにはもう一つの思いがあった。
「…でも私、あの人が何か悪い事をする人には思わない。あの人は優しいの。本当に優しいの…だから」
「好きになったんでしょ?」
想いがバレて胸が息苦しくなった。
「いいわねー、若いって。私も戻りたーい!」
「…駄目かな、そんな人を好きになるって。私、いけない?」
するとティナーは顔を覗き込んできた。そのまま額をくっつけられファルは停止した。
「好きになったならその人を信じなさい。貴女に出来る事はそれだけよ」
「………うん」
目を見つめあわせて2人で微笑んでいると……
ガチャ…
「ごめん、こんなの着た事無いから時間が掛かった。へんかな?」
玄関から現れた白髪男は初めてとは思えない程軍服を見事に着こなしていた。長い脚と細身のスタイルが黒の軍服により一層引き締まって見える。正反対の色である白髪も艶やかしい。
「なかなかいい男じゃない。ファル」
耳元でティナーが呟いた言葉は白髪男の容貌に見とれるファルには聞こえていなかった。
「基地に着いたら私の部下だと言いなさい。ファルは私の内通証を持ってるわよね」
「うん、ちゃんと持ってる。私がしっかりティナーさんの代わりを果たすから、ティナーさんは早く病気の原因を突き止めてあげて」
「そうするわ、早く仕事を終わらせないと酒が飲めないからね…じゃ,ファルを宜しくね」
「はい、ティナーさんもお気を付けて」
白髪男の掛け声と共に白馬は二人を乗せて走り出した。その姿をティナーは見えなくなるまでずっと見送った。




