~No.24~
セヴィルが白馬の手入れをし終わると白髪男はそそくさと馬に鞍をつけ、手網をくわえさせた。セヴィルとの空間に居心地が悪かったのだ。目を逸らしたまま素早く馬に乗る。
「シャイナさんとディナさんにお礼を言ってないんです。セヴィルさんから伝えてください」
「分かった」
セヴィルは全く普段と変わらない口ぶりで答えた。
さっきの事を気にはしてないらしい。白髪男は少し安心した。
「またセヴィルさんのとこに行ってもいい?」
何気に聞いた。いつもの様に頷いてくれると思って……
「いや、来るな」
返ってきた言葉に傷ついた。言い方がいつもよりきつい。やっぱり怒ってるんだ…と俯いていると、セヴィルが慌てて訂正してきた。
「違う。そういう意味じゃないんだ。俺の言い方が悪かった。今度お前が部屋に来た時に言おうと思ってたんだが、ここで会ったなら丁度いい」
「僕の能力の事?」
少し前、セヴィルから聞かされた事だった。
この瞳が持つ能力を狙う人間がいる、と。
最初聞かされた時、白髪男は別に驚かなかった。
自分の能力について自覚し始めたのはこの数年だ。常人ではない事くらい理解している。それを狙う人間がいてもおかしくはない。
「ああ、まぁそんなとこだ。当分は街をうろつかない方がいい。どこか郊外へ…そうだな、ここに居てもいい。とにかく人の多い場所へは行くな。わかったな」
「うん、分かった」
「名無しの白髪さん、もう帰るの?」
「シャイナさん」
後ろから傘を差しながらシャイナがやって来た。
お風呂上がりなのか石鹸の香りが白髪男の鼻に届く。
「昨日はありがとう。僕、朝までぐっすり眠ってた」
「そう、良かった。またいつでも来て。あなたとお話できて楽しかったわ。あっ、それからもう倒れない様にキチンと休む事。分かった?」
「はい…って、それはシャイナさんもだよ」
その言葉の意味が分からずシャイナは「え?」と口を動かした。隣にいるセヴィルは何故か素知らぬ顔でゴホンと咳払いをする。
「だって何も着ずに裸で寝るなんて。そりゃ二人で抱き合ってれば温かいかもしれないけど、やっぱり服は着て寝なきゃ駄目だよ」
白髪男は全てを見ていたのだ。
1つ救いだったのが、白髪男はまだ子供で大人の男女云々を知らなかった事だ。
言うだけ言うと白髪男は「じゃ」と馬を走らせ行ってしまった。
倉庫に残された二人は暫く気まずい空気を吸っていたが……
「もぅっ!全部セヴィルのせいだからね!」
「どうして俺のせいになるんだよ」
結局シャイナはセヴィルが帰る頃になっても機嫌が悪いままだった。
ぷいと背を向け目を合わせないシャイナの姿に失笑しつつ「行ってくる」と声を掛けた。返事など期待しなかったが…
「……行ってらっしゃい」
扉を閉める時、小さいながらも声が聞こえた。それで十分だった。セヴィルはディナに見送られながら、気忙しい軍界へと戻っていった。
「すぐに帰るって言ってたからずっと待ってたのにどこで何してたの」
帰って早々ファルはかんかんに怒っていた。
「ごめん。抜糸が済んだ後、倒れてしまってて。気付いたら一晩寝てた」
「えぇ?あなたってどうしていつも――っ?!」
「ファル!!」
いきなり義足が根元からガチャりと外れたのだ。安定を失ったファルはそのまま倒れた……
「痛ったー。あれ?ネジが緩んでたのかな。びっくりした……あ…ごめん、一番痛いのはあなたの方ね」
ファルの下敷きになった白髪男は強打した背中を摩りながら立ち上がる。「大丈夫」と言って笑いたいものの声が出ない。
「…ハッ…丈…夫」
「あはは!全然声が出てないわ。ごめんね」
「い、い、よ」
片言で痛みに呻きながら側に転がっていた義足を差し出した。
「ありがとう。とりあえず椅子に座らなきゃ。肩貸して――?!」
急に身体を持ち上げられファルは「きゃっ!」と悲鳴を上げた。お姫様抱っこだ。
「いいよ……自分で歩くから、下ろして」
「足1本でどうやって歩くの。ほら、上まで運ぶからちゃんと掴まって」
少し躊躇ったが「早く」と言われ恐る恐る子供の首に手を回す。
「わっ!」
細くて長い腕のどこから出る力なのか…
白髪男はスタスタと軽快な足取りでファルを運んだ。
ふと目線を上げたファルは白髪男の美しい容姿に頬を紅くした。その事に気付かないファルはぼんやりと白髪男の横顔を見続けていた……
「僕の顔、何か付いてる?」
気付かれた。ファルは慌てて目線をそらした。
「あ、ごめんなさい!貴方の瞳の色が綺麗だからつい見ちゃって」
「ああ……そう」
白髪男の表情がその時少しだけ曇ったのをファルは見逃さなかったが、その事には触れずじっと黙っていた。
治療室に着くとファルを椅子に座らせ、戸棚から義足を填め直すネジや工具を取り出し机に並べた。
「ありがとう。よく必要な工具を知ってたわね」
「何度かファルが義足を填めるの見てきたからね。僕も手伝うよ、何をすればいい?」
ファルの義足を填め直し終えた時には日が沈みかける夕方だった。まだうまく動けないファルに代わって夕食を作っていると……
ドンドンドンドン…
「ファル!ファルはいるかー!」
乱暴にドアを叩く女性の声がする。用心の為に懐からサングラスを取り出し掛けた。鍵を開けると背の高い金髪の女が勢いよく入って来た。女は白髪男を一瞥し睨んできた。
「あなた、誰?」
本能的に仰け反った身体を起こしつつ白髪男は答える。
「ファルの世話になっている者です…えっと、あなたは?」
「ティナー・カルマン。ファルの養親みたいなもの。彼女はいる?至急頼みたい事があるの」
ティナーの大きな声に奥の治療室にいたファルが気付き、足を引きずりながら出てきた。
「ティナーさん!やっぱり来てたんだ」
「ファル!どうした、また足が取れたのか」
「えへへ…多分ネジをちゃんと締めていなかったんだと思う。それより、どうしたの?なんだか焦っているみたいだけど」
「あぁ、そうなんだ。実は」
2人の会話を邪魔すまいと白髪男はゆっくりと部屋を出ようとした……
「セヴィルが撃たれた。犯人はあの"white"とかいうガキだ」
言葉を失い、息が止まった。




