~No.23~
セヴィルの馬は青鹿毛でとても大きかった。他の馬と比べれば一目瞭然だ。なのに初めて会った白髪男にもすりすりと甘えてきた。
「ジュノだ」
太い首を撫でていると後ろからセヴィルが言った。馬の名前らしい。「ジュノ」と声を掛けるとジュノは嬉しそうに鼻を鳴らした。
「可愛いね。ずっとセヴィルさんが乗ってるの?」
「最初はシャイナのものだった。出会ってから俺にくれたんだ」
「へー……セヴィルさん、僕に嘘ついたね」
白馬の毛をとかしていた手を止めた。振り向くと白髪男は少し悲しい顔をしていた。
「何の話だ?」
「セヴィルさんの子供、死んだんでしょ。僕が会いに行くって言った時、セヴィルさん何も言わなかったから」
「…シャイナに聞いたのか」
セヴィルの顔を見ずに白髪男は頷いた。
「あいつが腹の傷を負った時、子供とは離れ離れになったのは本当だ。だが、子供は死んじゃいない」
「――生きてるの?」
頷くセヴィルに白髪男は安心した表情をみせた。
「じゃあすぐシャイナさんに会わせ―」
「無理だ」
白髪男の顔は固まる。
「……どうして?シャイナさんはきっと子供に会いたがってる」
「ああ、そうだろうな。母親なら当然の感情だ」
他人事の様に話すセヴィルに白髪男は解せなかった。
「訳が分かんないよ。どうしてすぐに会わせてあげないの?その子の居場所、知ってるんでしょ?シャイナさん、その子の顔も見たことがないんだよ」
セヴィルは何も答えない。ただ黙って白馬の毛をとき続けるだけだ。白髪男は初めて"苛だった"。
頭の随奥が熱くなり息が荒くなってくる。掌に爪が食い込み、そして…瞳が赤くなる。
「怒っているのか」
白髪男の異変に気付きセヴィルは手を止めた。
白髪男は真正面からセヴィルを睨みつつ歩み寄っていく。
「独りぼっちだった僕には分かります。あの惨めで寂しい気持ちが貴方に分かりますか?誰にも頼れず…独りで考えて…合ってるかどうかも分からないまま進んで…死にかけて――だけど今は違います。ゴステルさんやあなたが僕を拾ってくれた。こんな僕を……。その子だってきっと待ってますよ。貴方を待ってます」
そう話す白髪男の目はもう怒ってなかった。緋の目は消え穏やかな新緑色の瞳だ。
「――そうだな」
白髪男の言いたい事は全て解っていた。理解しているからこそ"今"が"その時"ではないと確信していた。
シャイナと交わした約束……
「必ずヴィルは見つける。お前の元へ俺が連れて帰る」
「ほんとに?」
「約束する。……だけど、1つだけやらなきゃいけない事がある。あの子に会うのはその後だ」
夫の提案にシャイナは不快だった。
生まれて顔を見ることもなく引き離され、今すぐにでも会いたいのだ。
「それは…私があの子に会う前でないといけない事?会ってからじゃ駄目なの?」
「……お前とヴィルの為なんだ。分かってくれ」
セヴィルは「すまない」と深く俯いた。その時妻としてできた事は、これ以上セヴィルが苦しまない様に何も言わず黙っておくことだった。
「あなたが何を考えてるのか、ちっとも分からないけど……約束を破った事は一度もないわ。ねぇ、セヴィル」
じんわりと温かい湯船に浸かりながらシャイナはそう呟き微笑んだ。




