~No.20~
小さな灯りが点々と灯る足元の悪い地下道にセヴィルとヒュートはゆっくりと降り立った。
「別れて探した方がよさそうだ。見つけたら音響弾で知らせろ。警戒を怠るな」
「了解」
この国の地下道は出口を熟知する者又は地図を持たなければ入る事の出来ない迷路の様な場所であった。セヴィルとヒュートは前者だ。
地下は下水処理の為に作られたものだが、いざとなれば侵入してきた敵から守る為市民を隠す防撃所になる場所であった。その為には地下の道1つ1つを完璧に記憶しておく必要が軍人にはある。それが今役立った。
(アルコール?)
汚臭の立ち込める空気の中に、微かだがアルコール臭が鼻につき始め、次第に臭いがきつくなってきた。視界の悪い足元を見ると何かを引きずった跡がある。慎重に辿っていった。
「―っ!?」
そこには2人の男が身体中撃たれ血だまりの中倒れていた。
「……う……」
1人が血を吐きながら息を吹き返した。顔を覗くと男は請うような目で何かを呟いている。男の口元に耳を澄ませ聞き取る。
「……女が……殺られる」
「女?…シャイナの事かっ?何処だ、シャイナをどこへやったんだ」
血まみれの手で方角を指した男はそのまま糸が切れたように力を失い死んだ。その目は開いたままだ。
恐らくシャイナを攫った犯人だったのだろうが今際の際で失いかけていた良心をこの男は取り戻したのだ。
開いたままの目をゆっくり閉じてやると、セヴィルは指差す方向へ慎重に歩き出した。拳銃の引き金は掛けたままだ。暫く歩いていると……
「明かり?」
そこは水圧室だった。ドアの下からは電球の光が漏れている。ドアノブに手を掛け一気に蹴破った。
「…何だ、これは?」
床一面には空パックの薬品袋が散乱し、糸やらメスやらハサミやらなど血の付いた手術具がそのままの状態で置かれていた。中へ踏み入って行くと、緑のカーテンで囲まれた一角があった。銃を構えた状態でゆっくりとカーテンを動かした。
「シャイナ、シャイナ!」
無造作に寝かされたシャイナの腕には多数の管が通されており、それは睡眠導入剤のパックと繋がっていた。酸素吸入器から聞こえる息音は荒くて弱々しい。
拳銃を投げ捨てぐったりとしたシャイナの身体を抱き寄せた。名前を呼びながら何度も身体を揺すっていると、シャイナの目がうっすらと開いた。
「セ…ヴィル……?」
「すまなかった。俺のせいでお前がこんな目に遭うなんて…俺がもっと注意していれば――」
「セヴィル……赤ちゃん…いる?」
嬉しくて涙を零しているとシャイナが虚ろな目で聞いてきた。その意味が最初セヴィルには分からなかったのだが…ふと、抱き寄せていたシャイナの身体に異変を感じた。腹部に掛けられていた毛布をゆっくり取った。
「……何だよ、これ」
凄惨なその光景に呼吸が整わない。
シャイナの腹は横に大きく切り裂かれ中の胎児が取り出されていた。乱雑に縫い合わされた傷跡からはシャイナが息をする度にポンプの様に血が噴き出している。
「ど、どうして…こんな……」
寒気、吐き気、頭痛…
それらは束になってセヴィルに襲いかかってきた。全身の震えが止まらない。目の前が真っ暗になった。
(俺がしっかりしていれば…俺が傍にいてやっていれば……俺が……)
自滅的な言葉が頭を支配する。
パチッ……
誰かに頬を叩かれた。その拍子にハッと我に帰った。優しく頬を叩いた手はそのままセヴィルの涙をそっと拭った。
「大丈夫…あの子は生きてる。だって、貴方の子供だもの。死ぬはずがないわ…。でも私…ちゃんと産んであげられなかった。あの子の顔、見られなかった。抱いてあげられなかった。名前で…呼んであげられなかった………。ごめんね……本当に……ごめんなさい」
空になった腹に手を置いてシャイナは泣いた。
そこに残されたのは子を奪われた母親の悲しみ。そして、子を奪われた父親の憎しみ。
ただそれだけだった。
その直後にやって来たヒュートの迅速な対応とセヴィルの応急処置によりシャイナは一命を取り留めたのであった。
回想はここで終わります。




