~No.2~
「…ん?ありゃあ……おーい!盲小僧が帰ってきたぞー」
見張り塔から"子供"を見つけた門番が下の仲間に合図を送った。下にいた門番は誰にも分からないように用心しながら少しだけ扉を開けた。それを肌で感じ取った子供は目を閉じたまま素早く中へと入った。門番達は直ぐに近寄ってきた。
「久しぶりだなぁ、盲。今回の狩りは随分と長かったな〜」
「なかなか良い獲物が多かったんだ。声からして元気そうだね、おじさん」
「あたぼうよ。近々孫が産まれるんだ。働いとかにゃあ祝いも買ってやりてぇしな」
初老の門番は心底嬉しそうに話した。目を閉じていても男の表情を感じ取れた。子供もそれに微笑む。
「可愛い子が産まれるといいね」
「何言ってんだ。俺の孫だぞ。可愛いに決まってる。お前さんもいい年なんだろ?早く女房見つけて子供作んな。子供はええぞ〜」
「頑張るよ。はい、通行料。いつも内緒でありがとね」
お祝いも含めて多めに渡すと門番はさらにご機嫌で去って行った。
「僕、まだ結婚できる歳でもないんだけどな。背は何故かおっきいけど」
苦笑しつつ子供は歩き始めた。鍛えた聴力と嗅覚、勘をたよりにようやく目的地へ着いた。
«カランカラン……»
「ゴステルじいさーん、いるのー?僕だよー」
中へ入りドアの鍵を閉めた。そして、人に見られないよう深々とかぶっていた黒頭巾とマントを脱いだ。ここは唯一安心出来る場所だ。
しばらくすると奥から長身の老人が杖をつきながら出てきた。
ゴステル・バラライト。子供の正体を知る唯一の人物だった。子供が運んでくる毛皮を買取る毛皮商人だ。森の中での狩りの最中に薄汚れた子供を見つけ、それ以来繋がりを持っていた。
「なんじゃ、最近見かけんから野垂れ死にしたんじゃないかと心配しとったのに。ピンピンしとるわい」
「え?僕の事心配してくれたの。嬉しいなぁ」
「バカでもアホでも元気が一番じゃ。んで、今回の品を見せとくれ」
子供は背負ってきた毛皮を1枚1枚広げて見せた。
上手く剥いだ毛皮は高く売れるが、穴が空いていたり剥ぎ方が雑だと安い値段でしか買取ってくれなかった。しかし、今回は珍しいミンクの毛皮でいつもより儲けは大きかった。
取引が終わるとゴステルは国の銘酒と鹿肉のジャーキーを肴に持ってきた。勿論、子供には甘いココアとドーナツを持ってきてくれた。
「最近は特に変わった事はなかったのかい?」
「何を言う。大ありじゃ。北の国と南の国が同盟を結んだんじゃ。真ん中に位置するこの国を乗っ取るつもりじゃろうが、政治家達は安心せぇとしか言わん。その場しのぎの演説には聞き飽きたわい」
ゴステルは3杯目の酒を一気に飲んだ。それを見るだけで喉がヒリヒリした。酒のきつい匂いに鼻を刺激される。少しだけゴステルから体を離した。
「ふーん、そうなんだ。じゃあ戦争の準備が始まるんだね」
「いや、それはない」
「???」
「裏の人間から聞いた話なんじゃがな、もし戦争になってもこの国の住民は駆り出されんそうじゃ」
そこでココアが無くなった。
「え?じゃあ誰が敵と闘うの?あ、ココアのおかわり」
老人は湯を沸かしに席を立った。そして、ココア豆を砕きながら話を続けた。
「なんでも地下で科学者達が"兵器"を作っているそうなんじゃが……」
「"兵器"?」
空になったコップに粉末を何杯も入れるゴステルに子供は「もういいよ」と言おうとしたが悪い気がして口をつぐんだ。2杯目のココアはかなり濃そうだ。
「噂じゃがな。一発で国が吹っ飛ぶ爆弾だと言う奴もおれば、この国全てを攻撃から守る壁だと言う奴もおる。それから……ある奴はこうも言う。"人間"を作っているとな」
「………"人間"……」
湯を注いだコップを子供の前に置くとゴステルは子供を見つめながら座った。
「もしかしたら……お前さんと同じかもな」