~No.19~
「……という問題点が発生した為、今後は軍改正案に基づいて処理する方針です。その他明らかになった点については、現在各所属の指揮官と検討中。以上が情報部の中間報告であります」
軍界本部の会議室では月に一度の報告会が開かれていた。その日の会議長を務める守備部隊長テルト・ロスは真面目で熱い男だった。
「ヤン伍長、報告御苦労。以上が各部隊中間報告となる。それぞれのを聞いて分かったと思うが、軍事界の体勢は以前と比べて確実に立て直しつつある。だからといって各々気を抜く事がないように。任務に励み、規律を正せ。では…軍隊長、最後に一言お願いします」
会議の締めを求められたセヴィルはゆっくりと立ち上がった。
「俺はテルトの様に長くはならない。安心してくれ」
セヴィルの言葉に皆笑った。その場の空気は一気に和らいだ。部下達の緊張が取れた事に満足すると小さく咳払いをした。
「実に良い報告会だった。皆が任務の合間に作成した報告はどれも明瞭だった。問題点の指摘も直接的で無駄が無い。改善点についても的を得ている。各部隊思うままに改善に勤めろ。これからもお前達の協力が俺には必要だ。宜しく頼む。以上だ」
謙虚な言葉に一同は拍手で応えた。
「報告会、お疲れ様です。今日はテルトさんの進行でしたから俺肩凝っちゃいました」
我慢の糸が切れた様にヒュートはポケットから菓子の包み紙を取り出すと、中身のチョコレートを頬張った。
「ヒュート、まだ勤務時間だ」
ヒュートは「あっ、そうでした」と笑いつつ「いかがです?」とセヴィルにも包み紙を差し出した。少し迷った挙句、結局1つ取り口に入れた。会議で疲れた身体はチョコレートの柔らかな甘さにより緩和されていった。2個目のチョコを頬張りつつヒュートは椅子に座った。
「お子さん、まだ産まれないんですか?」
「2ヶ月先だ。医者の話じゃ成長するのが少し遅いらしいんだが、まぁ問題はないそうだ」
「そうですか。まぁ俺としちゃあ、シャイナさんによく似た子供が産まれて欲しいですよ。絶対にその方がいいですもん」
「……………」
ヒュートは悪気がない顔でそう言い放つと何事もなかった様に「じゃあ、俺帰ります」と爽やかな笑顔を残し、部屋を出ていった。
「今度勤務中に菓子食いやがったらその鼻へし折ってやるからな」
誰もいない部屋でそう呟くセヴィルだったがその顔はどことなく笑っていた。後ろの窓に目をやると、満月と共に散りばめられた星が燦々と輝いていた。
「俺が父親になるなんてな。さて、帰るとす…?ディナ?」
ふと下を見ると番兵に焦った表情で何か話しているディナを見つけた。その日は風が吹き荒れる寒さなのに、ディナはマントも羽織らず薄着のままだ。
嫌な予感がした。すぐに上着を取ると部屋を飛び出した。
「どうかお願いいたします!セヴィル様に会わせて下さい!至急お伝えしなければいけない事が…セヴィル様!!」
番兵を振り切るようにディナはセヴィルの元へ走り寄ってきた。いつもの様に冷静で落ち着きのあるディナとはかけ離れ、その顔は狂い泣いている。不安で騒ぐ胸を抑えディナにゆっくりと聞いた。
「落ち着け、ディナ。シャイナに何かあったのか?ゆっくりでいい、話してみろ」
その言葉通りディナは頷きながら大きく深呼吸をした。そして、小さく泣きそうな声で告げた。
「シャイナ様が……何者かに…連れ去られました」
「!?どういう事だ…何があった」
その時の事を思い出したのかディナは堰切ったように泣き始めた。
数時間前―――
昼過ぎ頃。ディナは1階の厨房で使用人達と皿の片付けをしていた。すると、二階のシャイナの部屋から«ガシャン!»という激しい音が聞こえてきた。急いで部屋に行ってみると、割れた窓ガラスの破片が床中に散らばっていた。そして、そこにいるはずのシャイナの姿が消えていた。
「申し訳ございません。私がちゃんとお側についていれば…こんな事には……」
泣き崩れるディナに持ってきた上着をそっと掛けてやった。そして目を閉じ考察を始めた。
『拐われてから時間が経ちすぎている。なのに相手から何の要求もないという事は目的は金じゃないのか。とすると、何だ?何故連れ去るのに身重のシャイナを選んだんだ?シャイナ自身が目標と考えるなら…』
「セヴィルさん、何かあったんですか」
振り向くと馬に乗ったヒュートがこちらへやって来た。帰る途中に気になって来たのだろう。泣いているディナと防寒着も着ず何かを真剣に考えているセヴィルを交互に窺った。不意にセヴィルの視線がヒューズに向いた。その目つきからして只事ではないとヒューズは瞬時に把握した。
「悪いが残業に付き合え」
先程の和やかさとは全くかけ離れた不穏な空気が二人の男を包み込んだ。
2頭の馬は石で敷き詰められた舗道の街並みを全速力で走っていった。誰もいない静まり返った薄暗い街はどこか不気味な空気を漂わせる。
「じゃあシャイナさんを誘拐した犯人はセヴィルさんの周りの人間?誰なんですか?犯人は」
「モスキート・バング…奴だ」
「モスキート科学長っ?!どうしてあの人が―」
訳が分からないヒュートとは逆にセヴィルは既に確信づいていた。
『そうか…あの言葉はこういう事だったんだな。モスキート』
モスキート・バンク率いる科学界はセヴィルの前任率いる軍事界と非常に親交的な関係にあった。なぜなら【国敵を殲滅するが平和】という志が一致していたからだ。しかし、セヴィルが総督に就任後、2つの界は途端に犬猿の仲と化した。
モスキートの目指す【いかに敵を殺すか】とセヴィルの目指す【いかに敵を作らないか】とでは考え方が全く正反対だったからだ。以来、二人の折は悪く特にセヴィルに対するモスキートの敵愾心は日増しに大きくなっていった。
そんな時―悪魔がモスキートにこう囁いたのだ。
『セヴィルに子が出来た』
その知らせはモスキートの中に流れる邪悪な血を一気に沸き上がらせた。
『これだ……この時を待っていた!』
狂った目を光らせながらその手に持つ一冊の本。
それは、長年かけて己が研究し続けてきた禁断の資料であった。それを胸に押し当てながらモスキートは声高々に笑った。
「セヴィル」
「…?モスキート科学長、何か?」
普段話し掛けられる事のない人物が訪れ、セヴィルは心底驚いた。しかも、相手が変ににこやかな表情を浮かべているのだから尚更気色悪かった。
「いやいや、あなたに子供が産まれると聞きまして。お祝いをと思い伺ったのですよ」
「あぁ、それはどうもご丁寧に。妻に代わって礼を言います」
「で、出産の予定日は?」
「あと数ヶ月先ですが……それが何か?」
「ほぅ、そうですか」
全ての準備を整えるのに時間は充分だった。
「モスキート?」
「――!これはすみません。1人考え事をしてしまいました。シャイナには是非とも元気な子を産むようにお伝えください、では」
「ハァ…分かりました。そう伝えます」
訝しげな顔で歩き出すセヴィルにモスキートは最後にこう言った。
「私が一番楽しみですよ。あなたの子供の顔をあなたより先に見られるんですから」
聞こえない様に呟いたモスキートだったが、セヴィルの耳にはハッキリとそれは届いていた。気になり後ろを振り返ったセヴィルだったがそこには誰もいなかった。
『俺が注意を払っていればこんな事には…』
手遅れな状況に自分を責める。モスキートの研究所を手当たり次第あたって調べたが、シャイナはどこにもいなかった。
「セヴィルさん…少しだけ休みませんか?」
振り向けばヒュートもヒュートの馬もセヴィルの馬も疲労している。気付けば自身も荒い呼吸を繰り返していた。
「…分かった、休もう」
焦る気持ちを抑え、馬を止めた。
夜街の噴水で馬に水を飲ませ、腰をおろした。それでもシャイナの事が頭から離れない。
(シャイナ、無事でいてくれ。少しだけ待っててくれ)
祈る様に頭を抱えていると、隣で水を飲んでいたヒュートがある事を思い出した。
「そう言えば、モスキート科学長…地下の下水道経路の地図を印刷して持って行かれました」
「……地下だと?」
「何でも水質検査の際に必要だとか…。あっ、そうだ!話は変わりますが街の東部の住民から苦情が来てるんですよ。何でも夜になるとこの数日、床が振動してまるで地震のようだ、と。地下で誰かが何かをやらかしてるんじゃないかって。お前ら軍兵が調べてこいって言われたんですよ。そんなの自分で調べろって話ですよねー」




