~No.17~
回想2です。
「本当にいいから…私だけで帰れるってば」
「何度も言わすな、黙ってさっさと後ろに乗れ」
セヴィルは顎を動かし「乗れ」と急かす。
仕方なくシャイナは後ろへ跨るとしっかりとセヴィルの背に抱きついた。
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「さてと、用は済んだから私帰る。お仕事の邪魔してすみませんでした。あと…番兵さんに宜しく」
(やっぱり……脅しやがったな)
困った様に笑うシャイナにセヴィルは「分かってる」と顔をしかめつつ頷いた。
「今度からここへ来る時はちゃんと番兵に本当の事を話せ。そうすれば、それなりの対応はしてくれるはずだ。一応、俺もそれなりの立場に就いてるんでな。慎重に行動してくれよ」
「はいはい」
セヴィルの忠告を聞きつつ髪を結い直すと軍帽をかぶった。
「じゃあ――」
「お前、どうやって来た?」
「勿論、歩いて来たわ。この子がいるもの、独りで馬なんか乗る訳ないでしょ」
当然でしょ、と言わんばかりの口ぶりにセヴィルは少し安堵した。一応そこまでの無茶はしないらしい。実際のところ、そうしようとしたシャイナをディナが止めてくれた訳だが……
「送るよ。射撃演習はあと1時間はある。その後の軍議には十分間に合う。帰るぞ」
コートを投げて寄越されシャイナは戸惑った。
「ちょっと待って、あなた他にも仕事があるんでしょ。私はちゃんと歩いて帰るから平気よ」
コートを投げて返すとセヴィルは少し恐い顔になった。
「お前が平気でも腹の子が疲れるかもしれないだろ。ほら、ついて来い」
再びコートが飛んできて、「早く着ろ」と命令口調のセヴィルに従うしかなかった。
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シャイナの身体に負担がかからないようセヴィルは並足の速度でずっと馬を走らせた。広い背中に顔を埋めながらシャイナは話し掛ける。
「ねぇ、セヴィル」
「ん?」
「名前、どうしようか?」
「もう?まだまだ先の話だろ」
「そうだけど。…実はね、前からいいなーって考えてた名前があるの」
「どんな?」
「――ヴィル。あなたの名前から取ったの」
「俺の?別に構わないけどお前の名前から取った方がいいんじゃないか?」
「いいの、あなたの名前から付けたいのよ。あっ、でもこの子の後に出来る子には私の名前から取ってもいいかも」
「おいおい、最初の子も産んでないのにもう次の子供の話か。気が早すぎる」
「アハハハッ!そうね」
住居の建物へ着くと玄関には穏やかに微笑むディナが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、シャイナ様」
声の調子もいつもと変わらない。セヴィルに手伝ってもらいつつ馬から降りると少し反省気味に言った。
「怒ってないのね、ディナ」
するとディナは「ホホホ」と和やかに笑った。
「どうせお止めしてもきっとセヴィル様に会いに行かれると思っていましたので。無事に戻られただけでようございました。でも、今回だけにして下さいね。お腹の子の為にも」
「そうね。ごめんなさい」
「ディナ、俺の代わりにシャイナをよく見張っておいてくれないか。じゃないと落ち着いて仕事が出来ん」
「承知致しました」
失笑気味に深々と頭を下げるとディナは「先に戻ってます」と中へ入って行った。
「もう少しすれば仕事が落ち着く。そうなれば家に帰れる日が増える。それまでは、1人で待っててくれ」
軍法改正という革命的な取り組みに夫が携わっている事をシャイナは知っていた。勝手にやって来た妻を家に送る余裕など今の夫にはないはずだ。
それでもセヴィルはそんな愚妻の行動を咎めもせず苛立ちも見せること無く普段通り優しく接してくれた。
「ありがとう、セヴィル」
そう言うとセヴィルにキスをした。最初はたじろいだセヴィルであったが次第に目を閉じそれを受け入れた。
「じゃ、行ってくる」
颯爽と馬に跨るとセヴィルは留まらぬ速さで駆けていき後ろを振り返る事なく行ってしまった。その姿をシャイナはいつまでも見送った。
大変なのはそれからだった。
2ヶ月が過ぎるとと酷いつわりが襲ってきたのだ。何を食べても飲んでもすぐに吐いてしまい、唯一口に出来たのはディナが作ってくれる野菜と卵の粥だった。
お腹の子の為にと無理矢理食べて飲み込んだ。
つわりが落ち着いてくると今度は倦怠感と眠気との闘いだった。1日中横になっていても体は石のように重く、眠気も引かない。
どうも出来ない現状に落ち込んでいると…
「妊娠中はどんな症状にも逆らわない事です。特に初めての子ならば尚更です」
経験者ディナの言葉はどんな薬よりも心に効いた。
それからは眠たい時はとにかく眠った。
時折夜中にセヴィルが帰ってくる気配を肌で感じた。目は開けられなかったが、それでもセヴィルがベッドに入って来ると重たい手を少し動かした。するとセヴィルはいつも暖かい手で握り返してくれた。
安定期に入りお腹の膨らみも妊婦らしくなってきた。この頃からシャイナはよくお腹の子に歌っていた。【月夜の子唄】だ。
(もう少しで会える…)
そう心待ちにしていたのだ。
あの事件が起きるまでは……




