~No.16~
ここからはシャイナの回想場面に入り五年前にさかのぼります。
(私、お母さんになるんだ)
それは不思議な瞬間だった。
セヴィルと結婚してから2年目。
シャイナの身体にとうとう小さな生命が宿ったのだ。正直子作りに励んでいたわけでもなかったが、それでも医者から「おめでとう」と言われた時は嬉しくて飛び上がりそうだった。
すぐにセヴィルにもこの事を伝えたかったが、軍界最高権力の任に就いたばかりのセヴィルはなかなか家に帰っては来ない。諦めきれず馬に乗って会いに行こうとしたのだが……
「馬鹿な事はおやめ下さい。落馬でもしたらどうするのですか?もう1人だけの身体ではないのですよ」
とディナにきつく止められてしまった。
それでも…ある日ディナの目を盗んでこっそり家を抜け出した。その頃、軍界本部に近い国の中心街に住んでいた為セヴィルがいる建物は歩いて1時間くらいのところにあった。
「ここが本部?無駄に大きいわね」
セメントで固められた壁は広い基地を囲んでそびえ立ち、中央に位置する鉄門には銃を持った番兵が固い表情で入口を守っていた。
「じゃあ行きますか」
羽織っていたマントを脱いだシャイナは黒の軍服姿だ。上手く侵入する為家にあったセヴィルの若い頃の制服を拝借してきたのだ。サイズは随分とでかいが……。
長い白髪は綺麗に結い上げ、軍帽をかぶった。
(大丈夫よ。堂々としていれば誰にも怪しまれないわ)
緊張で逸る気持ちを抑えつつ入口まで大股で歩いて行くとさっそく番兵から声を掛けられた。
「内通証はお持ちですか?」
そんな物持っているわけない、とシャイナは内心ほくそ笑む。
「ないわ、本部の中に忘れてしまったから。それに、この軍服を着てるのにそれが必要なのかしら?」
「しかし決まりですので……」
少し遠慮がちに話す兵士にキツめの口調で押し掛ける。
「私は情報密部第二隊隊長シャイナ・ベルへルク。今言った事をセヴィル軍隊長に伝えなさい!そうすれば私が怪しくない事が証明するわ」
セヴィルの名を出すと兵士2人は一気に怯えきった顔になる。そして「お通りください」と敬礼すると、素直に道を開けてくれた。
(ごめんなさいね)
すれ違い際に舌を出しながら心の中で謝罪した。
その時間はちょうど狙撃訓練中で、建物の裏からは幾つもの銃声が聞こえてきた。
(ということは…セヴィルは部屋にいるわね)
探す手間が省けシャイナは早歩きで建物の中へと入っていった。
部下が鍛練に励む間、隊長クラスの軍人はしばし憩いの一時を過ごしていた。談笑を楽しむ者やカードで遊んだりしている者もいる。
(ふふっ、皆楽しそう)
彼らの和やかな様子を横目で眺めながらシャイナは階段を昇っていった。
軍隊長の部屋は最上階だ。
部屋の前に着くと「コホン」と息を整えノックした。
コンコン…「なんだ」
中からセヴィルの声がした。いつもと違い少し威圧的な声だ。少し怖い、と思いつつ答える。
「お仕事中失礼します」
女の声にセヴィルは少し驚いているようだった。
「ヒュート?じゃないな。誰だ」
「はっ!あの……シャイナ・ベルへルク・スグナ、です」
暫くの間、部屋からは何の音も声も返ってこなかった。
「…セヴィル?」
静まり返った空気に耐え切れずシャイナは小さめの声を掛けてみた。すると……
ガチャ……
扉が少しだけ開いた。
「何しに来た」
ドアからはシャイナの来訪に驚くセヴィルの顔が覗いていた。
「あの、ちょっと話があって……」
えへへ、と笑うシャイナにセヴィルは呆れ顔で首を振ると、廊下に誰もいない事を確認しシャイナの腕を掴んで素早く部屋に引き入れ鍵を閉めた。
「ここは散歩で来るような所じゃないぞ。それより内通証もないのにどうやって基地に入って来た?それから、その服はどうした」
「秘密」
まさか番兵を脅して入って来たなど言えるものではない。笑って誤魔化すしかなかった。
(こいつ、まさか脅して入って来たんじゃ……)
勘の鋭いセヴィルには直ぐに見当がついたが――
それよりも気になる事があった。
「それで、話って?」
「ん?」
「ここまでお前が来たのは初めてだ。よっぽどの話なんだろ?」
するとシャイナは「ふふっ」と笑いながらセヴィルに近付くとセヴィルの手を握った。
「なんだ?」
訳が分からずセヴィルはただシャイナを見つめ返した。シャイナはセヴィルの手を下腹部に優しく押し当てた。
「わかる?」
虚をつかれたセヴィルの顔は徐々に確信づいたものへと変わっていく。
「……え?」
ようやく全て悟ったセヴィルは驚きを隠せなかった。あまりに予想外の出来事だったからだ。
「出来たの。あなたの子供が」
そう話すシャイナの笑顔はいつも以上に幸せそうだ。
「子供が…そうか。俺の子供が生まれるのか。そうか………」
「……?セヴィル?」
押し黙るセヴィルにシャイナは少し心配になった。もしかして嬉しくないのでは……と思いかけた時、シャイナはセヴィルに強く抱き締められていた。
「驚いた。本当に、よくやったな!」
その言葉の温もりにシャイナは更に大きな幸福で満たされていった。




