~No.1~
長い筒の中でその子供は育った。体を丸めいつも目を閉じていた。たまに薄目を開けると、目の前にはいつも5,6人の白服を着た大人がまじまじのこちらを見ていた。
「出して…早く出して…」
子供はいつもそう懇願した。大人達は子供が声を発する度にいつも感嘆の声をあげた。しかし、子供を気遣う者は誰もいなかった。子供はそれを感じる度に涙を流した。
子供の願いが叶う時は突然やってきた。
«ガシャーン!!»
子供が入っている筒が荒々しくハンマーで割られ、子供は頭を押さえたまま水と一緒に外へ流れ出た。
「ゲホッ!ゲホッ、ゴホッ…」
初めて吸う空気に喉を詰まらせていると両脇を抱えられ引きずられるように連れて行かれた。
「ど、どこに行くの?」
子供は恐怖に駆られながら左右の男達に聞いたが、男達が子供を見る事はなかった。
連れて行かれたのは……頑丈な扉の向こう。
安全な国の門外だった。そこは鬱蒼としている薄気味悪い森だった。
「うわっ!!」
子供の体は投げ飛ばされ、固い地面に頭を打ち付けた。痛い場所を触るとドロっとした赤い液体が手を這っていた。生まれて初めての"傷"だ。
男達は仕事を終えるとさっさと門の中に入り…
«ガラガラ…ズシーン»
迷う事無く扉を閉めた。
「ここ…どこ?…どうして入れてくれないの?」
子供は開くことのない扉を力なく叩いた。何度も叩く小さな手は擦れて血が滲み始めた。
「開けてよ…怖いよ…」
太陽が沈んだ。
暗くなればなるほど、すぐそばの森は一層気味が悪くなっていった。子供はあまり森の方を見ない事にした。
「これから…僕はどこに行けばいいんだろう」
暖かい夜は疲れた身体に睡魔を運んで来た。
子供は筒の中でしていた様に身体を小さく丸めて目を閉じた。次に目を覚ます時には幸せな気持ちでありますように、と。そう願いながら。
しかし、子供が目を覚ました時に見た光景は…
«ガチャ»「動くな、クソガキ」
「……えっ?」
向けられた銃口、黒服の男達。
子供は何をされるのか全く分からなかった。…ただ怖さに震えるだけだ。初めて見る筒状の物が危険なものである事は本能的に悟った。
【に、逃げなきゃ……死ぬ】
«ガサ…»«ズキューン!!»「ギャアッ!!」
「動くなっつったろ。聞こえないのか」
男の1人が子供の腕を撃ち抜いた。感じた事のない激痛だ。子供は呻き泣いた。
「おい、本当に殺すのか。なんだか可哀相だ」
「何を言っている。コイツを始末しないと俺達が危ないんだ。さっさとやるぞ」
今度は男達全員が銃を構えた。子供は泣きながら銃を見つめた。そして…
«ズキューン!!…ズキューン!!ズキューン!!»
「…!?躱しただと?」
男達は驚いた。目の前に子供の姿はない。ふと、後ろから視線を感じた。ハッと振り向くと…
子供は木の上から男達をジッと見ていた。
「後ろだ!木の上を狙え!」
男達は次々と撃ったが子供は全てを躱しやがて森の中へと消えていった。
「……何だ、あの子供は…」
「依頼主に聞いてた話と違うぞ。ありゃ、ただのガキじゃねぇ。気味が悪い」
「……そうだな。とりあえず引き上げるぞ。まだ猶予はある。どうやらいつもの様に楽な仕事じゃないらしい」
「そうしよう」
扉を閉める前に汚れ屋達の1人はもう一度振り返った。暗い森の中からあの子供に睨まれている、そんな気がした。
「ハァ…ハァ…ハァ…痛ッ!!」
子供は森の奥深く、澄んだ水の流れる川岸まで走った。が、体力はそこで尽きた。銃創を抑えていたが、血は止め度もなく流れた。
「……どうしよう……治んないかな」
子供は痛々しい傷をジッと見つめていた。すると、子供の瞳は無意識に緑に変わった。子供は誰かに教わった訳でもなかったが目を閉じ傷をそっと撫でた。
「ウグッ………フゥ……治ったぁ……」
撫でた後には銃創の跡も残っていなかった。
瞳は子供を癒し終えると同時に黒に戻った。
川をのぞき込んだ。
そこにはまだ幼い顔をした自分の顔が写っていた。
真っ白な髪に雪のように白い顔。優しさに満ちた穏やかな顔つきをしていて自分でも可愛らしいと子供は思った。
「これが…僕…」
水面に映る顔を見ながら頬をそっと撫でた。
「………?」
瞳の色が変わった。
「……?!?」
赤、緑、黒、赤、緑、黒………
「うわ?!?」
怖くなって水面を離れた。
少し経ってもう一度水面をのぞき込んだ。
そこには真っ黒な瞳の自分の姿が……。
「…何だったんだろう?気持ち悪……」
子供は空腹を覚えた。初めての"空腹"だ。
筒に入っていた頃は身体に繋がれたチューブから栄養剤が投与されていたため、腹を空かせることはなかった。
辺りにある草を食べてみた。
「……ぐ!…不味い!」
口の中で苦味が広がっていく。すぐさま吐き出した。口を濯ごうと川の水を飲む。そこで、水中の魚と目が合った。丸々とした魚だった。
それを見た途端子供の瞳は無意識に緋色に変わった。先ほど同様子供は気付いていない。
魚が気付いた時には既に子供の手にガッシリと握り締められ魚は絶命した。
「とったぁー!!」
子供は誰かに教わった訳でもなく、器用に指で魚の内臓を取り除くと次は火を起こしにかかった。
「えっとぉ…魚を食べるには?」
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「あの子供はなんなんですか、セヴィルさん。話に聞いていたのと全く違いますよ」
「そうだ。あれを始末するんならおたくの専属使った方が早く済むよ。俺達の専門外だ」
子供を狙った男達は仕事の依頼人の元へ来ていた。
依頼人の名前はセヴィル・スグナ。
この国の軍組織全てを統制する通称"軍界最高権力者"であった。
顔をいつも赤い覆面で隠しまるで忍の様な外見をしていた。その素顔を知る者は国の中でも一握りだ。
ワインの瓶を勢いよく傾けて飲み干すと、セヴィルは目の前の二人組を睨みつけた。
殺気立った目に男達は後ずさりした。と思ったがつかの間、一瞬後にセヴィルが声を立てて笑い出したのだ。男達は顔を見合わせ首を傾げた。
「そうか、それは苦労をかけたな。そこまで仕上がっていたとは俺も思わなかった。よし!お前らはここまででいい。約束の金は払う。"white"の状態が分かっただけで大助かりだ。もう下がっていいぞ」
「………」
「ん?どうした?」
「…だって、アンタ。俺達に依頼するとき、3日以内に終わらせないと殺すって……」
「人間死ぬ気でやらなきゃ何事も成果は出ない。それだけの話さ。お前らは仕事をやり遂げようと努力した。十分な働きだ。ご苦労だった」
セヴィルから金を受け取ると男達は安心しきった顔をしながら部屋を出ていった。
1人になるとセヴィルは棚からもう1本ワインを取り出した。コルクを抜き同様に勢いよく飲んだ。
「……不味い……」
テーブルに置いたままの飲みかけのワイン瓶に開けたばかりの瓶を投げつけた。互いのワインが混じり合い血のようにドス黒い赤水が床を濡らした。
「さて、どうやら俺の邪魔をしようとしている奴がいるらしいが………殺れるもんなら殺ってみろ。そう簡単には死なねぇと思うがな」
そう言って口を少し緩ませたが怒りを宿したその目は笑ってなどいなかった。
~5年後~
頑丈な門に守られた国を囲む森で"その子"はすくすくと成長した。いや、見た目はもはや"子"ではない。身長181cmの長身、全身黒ずくめの服装が艶々しい白髪を一層際立たせている。髪の伸びるスピードも早い為、1週間に一度は髪を短く切った。無造作に切られた髪は整った顔立ちによく似合っている。
「よし!行くか!」
何重にも重ねた毛皮を肩に担ぎ、頭に深々と黒頭巾をかぶった。そして片方に杖を持ち目を閉じる。
「今回は馬車に轢かれないように気を付けなきゃな」
そう言うと盲の振りをし、子供は国門に向かって歩き出した。