第1話 二人の新入部員 5
part5
「ひとみさんは本当に練習熱心だね」
僕は部室に残って一人練習しているひとみさんに話しかけた。
もう時計の針は19時を過ぎており、部室には人が少ない。
基本的に教室でのパート練習は18時には終了、解散だ。
18時には夜間の生徒達の授業が始まり教室を追い出されるためだ。
その後自主練習を各自部室で行うことができる。
吹奏楽部の部室は今にも取り壊されそうな旧講堂の二階にある。
とても古いが、広々とした部室だ。
「あいつ…塩谷桃にも見習って欲しいものだ」
「あいつ、個人練習でも、合奏練習でも、本気で楽器を吹いているようには見えないな」
「そう…かもしれませんね」
「そういえば、中学で二人は同じだったんだな」
「そうなんです。私が中学校三年生の時にももちゃんは大阪から転校してきたんです」
「そうなのか?関西出身?でも関西弁ではないような…」
「いえ、ももちゃん、転勤族なんです。二年に一回は親の仕事の都合で引っ越してるみたいですよ」
「そうなのか…それでやっぱり、中学の吹奏楽部でも練習嫌いだったのか」
「そうなんです、でも…彼女には絶対に敵わないんです…」
ひとみさんは不思議な表情をして言った。
「敵わないって…何がか?お喋りがか?」
「…違います」
彼女は不思議な表情をまたしている…
いや、この表情は何だか悔しそうな表情だ。
塩谷桃に絶対に敵わないってどういうことなのだろうか?
後に、僕はこのひとみさんの表情の意味を思い知らされることになる。