あおくはかなく
私は、気が狂ってしまったらしい。どうやら、普通ではない。頭がゆらゆらと揺れていて、目玉が一秒間に千回くらい激しく横揺れしているような気がする。そして、目の前には、カタカタと何人?もの死体?骸骨?ミイラ?が笑っている。何か私に語りかける。わぁか、やめはけ、なうにん、りゃまや、こぁーにそひ、ひっきりなしにこのような言葉を私に投げつける。しかし、全く何を意味しているのか、なぜ彼等はそのような言葉を発することができるの理解できない。だから、私は言った。「お前たちは低俗で薄汚い糞みたいなカスだ。さっさと消え失せろ。」すると、彼等はドロドロと溶け始め、奇妙な形に交わり始めた。どす黒く、やたらにツヤツヤと光っている、何やらぐちゃぐちゃになったジャージの山のような物体になり果てた。そして、あちこちから口が生えてきた。パクパク何か鯉が餌を求めるようにそれらの口は永遠と動き続けていた。私は、先に進むことにした。しかし、先とはいったい何であろう。私はその得体のしれない物体を踏みつけ、ズカズカと先に進んだ。
次に現れたのは、白い女だった。こちらをずっと見ている。私は彼女にキチンとお辞儀をして、「こんにちは。」と言ってから、今は昼なのだろうか、と考えた。彼女はひたすらヒクヒクひきつりながら、笑い始めた。しかし、笑い声はない。ただ、口元が痙攣しているだけなのかもしれない。私はそれを真似して笑ってみた。いや、口元を痙攣させてみた。すると、彼女はどこに持っていたのか、ナイフで耳を切り落とした。真っ赤な血が垂れている。そして、餃子のような耳が足元に落ちた。そして、その餃子のような耳は笑い声をあげて笑い始めた。ケラケラと。私も耳を切り落とそうと思ったが何も持っていなかったので、試しに思いっきり耳を引っ張った。ガキャッキッっと変な音がしただけで、耳は取れなかった。それを見た女は、口元を痙攣させて、餃子のような耳は笑い声をあげて笑った。私はとても嬉しかった。彼女はとても素敵だったからだ。私は彼女を好きになった。だから、彼女に、「僕は君を愛している。」そう伝えた。彼女は口元を痙攣させて、もう片方の耳を切り落とした。すると、もう片方の耳は足元に落ちて、同じく、足元に落ちている餃子のような耳と一緒に笑い出した。とても、可愛い笑い声で私はとても深く彼女を愛そうと固く決意した。そのため、私はその二つの耳を拾い、彼女に微笑みかけ、それらをポケットにしまった。そして、彼女の持っているナイフをその手から、奪い、彼女の細い首を切った。びっくりするほど、血が吹き出てきて、私は真っ赤になってしまった。彼女の頭は足元に落ちたが、笑い声をあげなかった。私はその顔を踏み潰した。よく見ると、口元は痙攣していた。やはり、私は彼女を愛している。そう実感せざるを得ない瞬間であった。幸せを感じていると、残された彼女の体は私に手招きをしている。私はその彼女の手に腕を掴まれて、そのまま、先へと連れて行かれた。とても、柔らかくて、驚くほど冷たい手だった。振り返ると彼女の顔はこちらを見ていて、口元を痙攣させていた。私は、「さよなら。」と彼女の顔に言った。
しばらくすると、沼に出た。すると、彼女は私の腕を離して、沼へ驚くほど身軽に残された首から飛び込んで行った。ザポン。と音がした。そして、丸い円が沢山沼の上を這っていった。私は金の斧と銀の斧を持ってくるとばかり思っていたので、彼女を待つためにそこで昼寝をしてしまった。とても疲れていたらしい。
夢の中で、私はひたすら笑っていた。どうしたら、この笑いを止めることができるのかを真剣に考えながら。ひたすらにひたすらに。だんだん、顎が痛くなってくる。声も枯れてきて、喉が痛くなってくる。気付くと、私の顎はなくなっていた。彼女が切り落としてくれたのだ。私は彼女にお礼を言おうと思ったが、顎がなくなってしまったので、話すことができない。すると、切り落とされた顎が、「ありがとう。僕は本当に君を愛している。」そう伝えてくれた。私の心はとても温かく、そして、湿っていた。
目が覚めると、私は沼に浮いていた。不思議だ。とても、温かい。まるで胎児になった気分だ。いや、私は胎児なのかもしれない。しかし、私には何もわからないのだ。これは私が考え、想像しているだけなのだから。何も私にはわからない。そうだと、決めつけ思い込むことしかできないのだ。それが私の世界であり、それが私にとっての全てなのだ。
懐かしい、心に染みる何かが私の体に入ってくる。そして、私に語り掛ける。「早く死になさい。そして、また死ぬの。あなたはそのために生まれてきたんだから。すぐに死になさい。絶対に死になさい。永遠に何度でも死になさい。死になさい。」私はとても気持ちがよい。「苦しみなさい。あなたはただ、死ぬだけでは許されないの。すべての憎しみを体に受けて死ぬの。そうでなくては許されない。あなたは死ぬために、苦しみ、そして、死に、そして、苦しみ、そして死ぬの。永遠に。」私は微笑んだ。体はいつの間にか沼に吸い寄せられるように沈んでいった。あらゆる穴から、その沼のぬめぬめとした何かが私の体内に侵入してくる。鼻の穴、口、肛門、ペニス、毛穴からも。苦しかった。すべてが、無くなっていく、そんな苦痛を感じていた。しかし、私は笑った。とても、気持ち良く、清々しい気持ちで。
私は、何か別のものになっていた。視界はある。しかし、自分の体を見ることができないのだ。私は目玉だけになってしまったのだろうか。キョロキョロと周りを見渡すと、餃子のような耳が笑っていた。私も笑おうと思ったが、うまくいかなかった。なぜか、餃子のような耳は粉々に砕けて、赤い液体を辺りに散らして、消えた。
「彼女はどこだろう?」
私は心配だった。彼女がいないと私は私でなくなってしまう。私はひたすらに願った。願うことしかできなくなっていた。願うとはなんと儚く、無意味なことだろう。彼女に会いたい。見たい。もう一度、何か言葉をかけてやりたい。どうしたらいいのだろう。どうしたら。願う。そう願うのだ。この無意味な行為は自分を慰めるために存在するのだ。つらく悲しいこの気持ちを慰めるために存在するのだ。すると、彼女の顔が私の目玉めがけて飛んできた。そして、目玉をあっという間に
口に入れて、噛み潰した。ブチュアァー、という音を立て、私は暗闇の中に入った。
私はとても幸せを感じていた。
もう、彼女は必要ないと、そう感じた。