人類最弱な俺が(色々な面で)神様に勝てるはずがない(2)
結局、意識を失った俺があの後どうなったのかというと―――――――――。
んなの分かるはずねぇじゃん(笑)。気を失っていたのだから。
まぁ、確かなのは顔面から着地した、ということだけかな。人間の俺が猫のように身軽かつ華麗な体捌きで着地できるはずもないのだから。
っていうか、何で俺は気を失う前にしょーもない事を考えていたのだろうか? ま、その理由が分かれば今の今までヘマしてないだろうけど。
って、そんなことより。
あれからどうなったのだろう?
腕が千切れた自衛隊員らの安否は? ノアシェランとアリッサは? あの怒り具合からきたら、俺もあの人らもタダでは済まないような気がするけど・・・・・・。
あぁ、駄目だ。今は、周りの様子を確かめる余裕がない。
早く、早く起きなきゃ・・・・・・、いけないのに。こう、何だろう。
この気持ちいい微睡みに浸っていたいというか、プカプカと揺れる波に漂う心地よい浮遊感から冷めたくないというか。
感覚で言うと、朝にどうしても起きなきゃいけないのに、まるで現実逃避するかのように再び毛布を被り直すあの心境に似ている。
というか、起きていてもあまり良いことがない、と脳みそが良く記憶しているのだ。
目を覚ましたら最後。望んでもいない騒動に巻き込まれることが目に見えているからだ。
こうなったら徹底抗戦だ。
俺は意地になって『早く起きろ』と催促するもう一人の俺の囁きを拒む。
こうなったらトコトン無視してやる。
そうだよ、俺は日々を普通に過ごすのが好きなんだ。
折角堂々と“惰眠”できる機会が巡ってきたことだし、ここはこの状況を上手く利用して惰眠を貪ってやるぜ、と俺は内心でフフフと口角の右端を上げてしたり笑う。
頭の出来は悪い俺であるが、こういう時の悪知恵というのはよく働くのだ。
ほら、よくマンガとかであるだろ? 冴えない少年がここぞという時で知恵を働かしてピンチを脱するのを。えっ? 微妙にニュアンスが違うって? まぁ、細かいことはこの際どうでも良いんだよ。
とりあえず! 俺は寝るぞ。寝るったら寝るんだ!!
こうやって寝ていて何時間後に起きたら、全部夢でした!! っていう展開が起きたらいいのにナァ~。まぁ、それは120%の確率で有り得ないだろうけど・・・・・・。でもそういう希望は抱かせてくれてもいいじゃない。ここは民主主義の国だ!! うん、意味が分かんないね。
まっ、細かいことはとりあえず置いておいて。
何の音沙汰もないって事は、とりあえず大丈夫だ、ってこと。
さっ、そうと決まれば寝る・・・・・・、って、何だ? いやに風が強いな?
これから寝る体制に入っていたってのに・・・・・・、まるで邪魔するように俺の頬を急に横合いに吹いた突風が嬲る。
ったく、何だよ。折角いいところだったのに。っていうか、ここ室内なのに何で突風が吹くんだよ?
まだすきま風なら分からないこともないけどさ。
チッと心の中で悪態をつきながら、俺はうっすらと目を開けて外の様子を探ろうと試みる。
まだ気がついたってばれないように、極力細めでだけれど。
すると、今まで薄暗かったはずの室内に微かだけど、白く発光する明かりが漏れるようにして入り込んでいるのが目視できた。
何だろう? もしかして、もう出口に辿り着いたのか?
そういや、ずっと目瞑っていたから、外の様子とか全然分かんなかったし。でも、別に引きずられる感覚とかもなかったよなぁ~。じゃあ、さっき眩しく感じたのは単なる錯覚か?
だが、と想定しがちな固定観念を払拭すべく俺は思いとどまる。
そうだ。俺は重要なことを忘れていた。
俺の相手は人間ではなく神様っだっつーことに。
そうだよ、そうだ。あのノアシェランなら神紋の力を使って、俺一人運ぶことなんざ造作もないはず。よくあるじゃん、ほた超能力でテレキ何とかってやつ。
ということは、あの心地よい浮遊感はもしや、そのテレキ何とかで運ばれてたからなのか? でも、そう考えると全ての説明は付く。
あの心地よい浮遊感は俺自身が浮かんでいたからか。しかし、まぁ・・・・・・、ノアシェランって本当にチートだよな。俺もあんな便利な力があったらなぁ。今頃ハリウッドから映画の出演依頼が殺到して、一躍大スターに・・・・・・、ふへへへ。結構いいかもな。
って、いけないいけない。また話が脱線しちまったぜ。
俺は心中でもう一人の俺が慌てて唇から垂れた涎を手の甲で拭うのを感じながら、今ようやく目が覚ましたと言わんばかりに、どこか演技がかったぎこちない動作をして起き上がる。
この時気をつけなければいけないことは、決してこの一連の動作が演技であることを、アリッサたちに見抜かれてはいけないことだ。バレたらナニをされるか・・・・・・、うぅん、あまり想像したくないな。
俺は脳内で展開されるお仕置き風景を思い浮かべつつ、そのあまりのグロさにブルブルと腕を抱えて震えてしまう。自分自身の想像で怯えるって、どんだけチキンなんだ俺って。
って、俺がチキンなのは周知の事実だからこの際置いておいて。今気にすべきなのは、今現在俺がどこにいるのかっていうことだよ!!
俺はかろうじて開いていた瞼を思い切って開けてみる・・・・・・、が、急に開けたから外の逆光をモロに浴びてしまい、あまりの眩しさに俺は呻き声を上げて手の平で顔面を覆う。
だが、しばらくするとだんだん慣れてきたのか、どうにかこうにか普通に物が見えるようになるまで回復し、俺はひとまずホッと胸をなで下ろす。
よし、ようやく外の様子を見ることができるな、とはやる心を抑えつつも、彼女らに胸の内を悟られぬよう平然さを装いながら、とりあえず顔面を覆った手の平をゆっくりと下ろしていく。
まず感じたのは、新鮮な空気。
全く汚染のおの字もない程の透き通った空気の瑞々しさに、俺は思わず息をするのも忘れていた。
これほどの空気、果たして現在の地球上ではそうそう味わえるのであろうか? いや、ない。
マイナスイオンがどうとか、そんな次元じゃないのだ。なんというか、同次元で争うこと思うこと自体
おこがましいことなのだ。そう思えるほど、今俺が全身で感じている空気は澄んでいるのだ。
その次に感じるのは、風。
そう、風だ。激しくもなくかといって弱々しくもなく、実に心地よい風速の風が、まるで俺の体を通り抜けるようにして靡いていた。
その風が運ぶ、芳醇な草木の香り。
まるで大草原の中心に佇んでいるかの様な錯覚を俺は抱いた。
俺は次第に匂いだけでは飽きたらず、視界でもこの素晴らしい空間を味わいたく、何の躊躇いもなく瞼を目一杯開いた。
瞼を開いた瞬間、視界に飛び込んできた光景に俺は息を呑んで魅入ってしまった。
「なんだよ・・・・・・、これ・・・・・・」
俺の呟きはだれに届くでもなく、ごく自然な形で大気中にとけ込むようにして消えてしまった。
そう、驚く理由は今俺がお目にしている光景にあった。今俺の視界に広がる景色は地球上ではけしてお目にかかれない光景であり、これだけはいくら馬鹿な俺でも確信して断言できた。
どこまでも澄み渡るコバルトブルー色の青空には、綿菓子を浮かばしたようなフワフワな雲が漂い、その隙間を縫うようにして無数の鳥やら竜が飛び交っていた。
ついで視線を下方へとずらして見てみれば、どこまでも広がる草原の絨毯が視界を埋め尽くし、その奥には若々しい木々が生え揃う森林がそびえ立ち、その森林のずっと奥には何か塔のだろうか? 細長く先端が尖った屋根の先っぽがちょこんと頭を覗かせていた。
感じとしてはお城かなんか、まぁつまりあんな遠くからでもはっきり見えるほどの馬鹿でかい建物だろうな、と俺は思った。
とすれば・・・・・・、ここはもう神界のどこぞの国なのだろうな、と上記の事柄から推測した俺はそう考えた。
それにしても、俺は後頭部をボリボリと掻きながら、改めて神様とやらの非常識さに驚いていた。
あの人間離れした見目といい、ノアシェランの超人的な能力といい、そして瞬時に移動できるワープ的なにかを大使館の地下にこしらえていることといい・・・・・・。
やはりスケープコートなんかになるんじゃなかった、と今更ながら後悔する俺。
しかし・・・・・・、今更嘆いたって時既に遅し。今ここは神界で、俺が慣れ親しんだ地球じゃないんだ。つまり悲観するよりも現実を受け入れた方が気が楽かもしれない。
よし、と俺はパンパンと気合を注入すべく、二、三度頬を叩いた後、すっかり忘れていた二人―――――二神―――――の少女たちの姿を探すべく視線をくまなく動かした。
だが、どこを探してもあの特徴的な容姿を持つ彼女らの姿はどこにも見当たらなかった。
「あれ? どこに行ったんだ?」
なんだろ、なんか嫌な予感が俺の脳裏を過ぎる。
まさか、いや・・・・・・。考えたくはないけど、もしかして・・・・・・、俺。
「・・・・・・まさか、置いてかれたのか? 俺・・・・・・」
道ばたに一匹だけで置いていかれた子犬の心境で呟く。
嘘だろ、嘘だろぉ!! こ、こんな未知なる土地で放置とか・・・・・・、神様って奴はどんだけドSなの!? もしも、もしもだよ。映画みたいにそこら辺の草むらから何Mもある大蛇とかがグワ~ッて牙を剥きながら襲ってきたら・・・・・・、う゛ぅ~~~~~~~~~~!!!! あぁ、駄目だ。想像しただけで漏らしそうだ。
はははは、大袈裟って思うだろ? しかし、よ~く考えてみてくれ。ここは神界だぜ? つまりは地球での常識なんか一切通用しないんだ。とすれば俺が考えたような化け物だってあちらこちらに生息してるかもしれないだろ?
はぁ~、別の生贄になりそうだとぼやきながら、ひとまずこの場所から移動することに決めた俺は、とりあえずあの森林の奥に見える塔を目指すことにした。
あんなに立派な建物なんだ。きっと人が住んでいるだろう、との憶測に突き動かされてひたすら無言で歩いていた。
ザッ、ザッと照りつける太陽にも負けずに、俺はだだっ広い草原を歩き進んでいく。青々と伸びる草木の匂いが俺の疲れた体を少しだけ癒してくれる。うん、非常に心強い存在だ。
でも、それを差し引いても・・・・・・。
「ぐぉ~~~~~~!!!! あっちぃ~~~~~!!」
そうなのだ。草木の匂いとかそんなの気にならないくらいに暑いのだ。
さっきまではちょうどいいくらいの気温だったのに、歩き始めてから茹だるような暑さが俺の体を襲い始める。ダラダラと滝のように流れる汗を拭いながら考えるのは、勿論こんな平原に俺を一人っきりで放置したアリッサたちのことだ。
こんな時は愚痴の一つも言いたくなるってもんだ。
あんだけ束縛しておいてから、こうもあっけなく放置プレイって・・・・・・、ったく。神様って本当に気まぐれだよなぁ~、とぶつくさ愚痴を呟きながら歩いていると。
何やら足下でカサカサと動く音がし、それと同時に生暖かい感触がズボン越しに伝わってくる。
もしや・・・・・・、大蛇では!?
先程の妄想がフラッシュバックしてきて、俺の脳内一面に埋め尽くすようにして広がる。
やばい、逃げなければ。でも、動けば襲いかかってくるかも。
どっちずかずなまま刻々と時間は過ぎていくばかり。緊張で喉がカラカラになり、バクバクと激しく心臓も脈打ち始める。
このままでは埒が明かないと汗が滲んできた手の平を握り替えし、俺は俺自身に自分は男だと言い聞かせながら勢いよく視線を下へと向ける。
すると、意外や意外。
そこにいたのは大蛇でも何でもなく、実に可愛らしい小動物であった。
毛足の長いイタチのような生き物が、黒と白の入り交じるフサフサの尻尾を俺のズボンの裾に擦りつけながら、グルグルと何回もまるで自分の尻尾を追いかける犬のように回り続けていた。
今まで見たことがない生き物だ。でも人に危害は加えなさそうなので、俺は足下を駆け回るイタチへとゆっくりと手を伸ばした。
しかし、頭部に触れるか触れないかの距離で『キィ』と小さく鳴いて、素早く身を翻して林の方へと駆けていった。
あ~、どうやら早急すぎたようだ。
いくら人になれているからといって、断りもなく触れようとしたらそりゃ驚いて逃げもするよな。
う~ん、でもあんなに人に馴れているんだ。
ということはあの動物の後を追いかければ、人の住む場所へと辿り着くことが出来るかもしれない。
よし、と小さく呟いた俺は林へと必死に逃げる小さな背へと駆け出したのであった。
イタチを追いかけてから約数十分ほど過ぎ、俺はうっそうと生い茂る木々の裂け目を縫うようにして道のない道を駆け抜けていた。
さすが動物なだけある。こんな獣道なんか屁とも思ってない様子。
しかも相手はイタチ。小動物ならではの身軽なフットワークと俊敏さで木々の間を、まるで飛ぶようにして縦横無尽に駆ける。
「はっ、はっ、は、はぁ!! くっそ!! なんて素早いんだ。も、もうこれ以上は走れない」
俺は荒く息を吐きながら、バンッと近くに生えていた木の幹に手を置いて息を整える。
普段から運動が得意ではない俺なのだ。こんなトレランばりの持久走なんか出来るはずもなく・・・・・・、案の定早々に息が切れてしまい、これ以上の走行は無理であった。
それにもうあのイタチの姿を完全に見失ってしまったので、どのみち追跡はもう不可能に近かったので大して悔しくもなかった。
俺はフゥ~と大きく息を吐くと、新鮮な空気を肺に送り込むべく、再び大きく口を開けて息を吸おうとすると、不意に遠くの方で何やら奇妙な物音が響いているのに気づいた。
それから然る後に太い木々が地面に倒れるような重量感のある地響きが、地面を伝って俺のいる場所にまで響き渡り、俺はもう少しでバランスを崩して転けそうになった。
その地響きは一定間隔で響き続け、時間が経つにつれて間隔が短くなっていることから、こちらへと近づいていることが分かる。
メキメキィ、ズシーン、バキィ、ズドーン。
「い、一体なんなんだ?」
怪獣でも暴れているのか、俺はゴクリと生唾を飲み込みながら、どうにかここから離れようと体の内側から沸き上がってくる恐怖心に押されるままに、ジリジリと尻餅をついた実に無様な体勢のまま後退り始める。
しかし、如何せん地面が凸凹としているのに加え、木々の太い根が複雑に絡み合いながら地面を走るようにして根を張っていたので、手の力だけでは下半身の力が抜けた体を素早くひこずることが出来ないでいた。
俺が逃げるのにもたついている間にも、地響きが止む気配は一向になく、それどころかますますその距離を縮め、ついには50M先に見える木々を2~3本ほどぶっ叩き、鋭い刃物か何かで一刀両断にされた木の断片が俺の方へと吹っ飛んできた。
「ひぇ~~~~~~!!」
俺は情けない悲鳴を上げながら、こちらへと吹っ飛んでくる木の破片を避けながら必死に逃げまどう。
何、何なの!? 俺何か悪いことしたかい!? 生贄なんかに選ばれ、アリッサたちには置いてけぼりにされ、イタチには逃げられ、森の中に入ったら巨大な何かが死闘を繰り広げて、その巻き添えを食うし!!
うがぁ~~~~~~、もう!! ふざけんなよ、マジで!!
ガシガシガシ!! とあまりの恐怖に前後左右が分からなくなるほどに混乱しきった俺は、飢えた野良犬のように両手で激しく頭を掻きむしる。
だが、そんなパニックに陥った俺に追い打ちをかけるようにして、次なる災難が押し寄せる。
あと残り僅か木々をもなぎ倒した巨大な何かが、地響きと砂埃を同時に上げながら俺の前へと姿を現したのだ。
その光景を目の当たりにした俺は、あまりの驚きように全身を駆けめぐっていた恐怖心が見る見るうちに消え失せ、ポカンと呆けた表情を浮かべ目の前に現れた“何か”に目を奪われた。
それは幻想的な景観に不釣り合いなくらいの、無骨な鉄の骨組みで組み立てられた巨大な歩行型兵器機械と、その機械から身軽な動きで逃げる耳の長くて美しい妖精の様な少女が、俺の目の前に突如として舞い降りてきた。
よく見ると、機械のごつい肩の上には魚のヒレのような特徴的な耳をつけた、小柄な体躯の美少女が腰掛け、機械へと的確な指示を出していた。
まるで絵本のような幻想的で現実感を伴はない風景に、俺は逃げるのも忘れて事の成り行きを静観して見守ってしまう。
しかし、神様はなんと無情なことだろうか。
どうやら俺のことを騒動から見放す気はないらしい。
ぼんやりと事の次第を見守っていた俺の頭上から、不意に『きゃああああああああああああ!!』という、何やら女の子の悲鳴が・・・・・・。
「って!! えぇぇぇぇぇぇぇ!! ちょ、まっ!?」
悲鳴のする方へと視線をやると、そこには女の子のお尻が至近距離で迫ってきており、俺は逃げる術もなく・・・・・・。
「ぶべり!?」
気づいたときには女の子のお尻の下敷きになり、俺は柔らかくも暖かい尻の感触を背中越しに感じながら、再び意識を闇の中に手放したのであった。
意識を手放す瞬間、俺の脳裏に浮かんだのは侮蔑の表情を浮かべて見下ろしてくる、アリッサとノアシェランの美少女顔であった。
―――――――――――――てめぇら、あとで覚えてろよ。ガクシ。
今回はここまでです。短くてすみません。