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第二章 人類最弱な俺が(色々な面で)神様に勝てるはずがない(1)

 さてさて、前回で恐れ多くも神様にメンチを切った俺はどうなったかというと。




 案の定、『無礼なオスね!!』と怒り狂ったアリッサとノアシェランに、僅か二秒でギッタギタに痛めつけられた。


 格好良く立ち去るはず姿を樹理に見せつけるはずだったのに・・・・・・、逆に無様な様を見せつけてしまい、穴が入りたい気持ちに駆られた俺であった。


 そもそも普通に考えたって、神様に人間が敵うはずもない。


 なんで俺、神なんかに喧嘩売ったんだろ? あぁ、そうか。俺が馬鹿だからか。


 三重苦の分際で女の前で格好つけようとした罰が当たったのか・・・・・・。


 と、殴られた衝撃で顔を二倍に膨らせまながらこうなった原因を考えていた。


 今、俺の腕はノアシェランが引き連れてきた自衛隊員に捕まれており、樹理の見ていた目の前でどこかへと連行されていた。


 殴られたショックで頭が上せたようにボォ~となっており、あまり思考が追いつかなくなっていたせいか、慌てた樹理が俺を引き留めようと必死に腕を伸ばす姿も、どこか遠い世界の出来事のように思えた。


 

 為す術もなく立ち尽くす樹理を、ノアシェランとアリッサが振り向き様にまるで勝ち誇ったような笑みを浮かべていたのをうろ覚えに覚えていた。


 


 一方、一人室内に取り残された樹理はというと―――――――――。


「何よ、何よアレ!!」


 もの凄く荒れていた。


 ダンッ、とあたしは体の奥底から沸き上がってくる衝動に任せるままに床を踏みつけた。


 思い出すのは、去り際のあのアリッサとノアシェランの勝ち誇ったような顔。


「う゛~~~~~~~~~!! 思い出しただけでも腹立たしい!!」


 ギリギリと歯を噛み締めながら、八つ当たりをするかのようにテーブルの脚を思い切り蹴飛ばしてしまう。


 はしたない、と咎められるかもしれないが、今のあたしにはそんな些細な事を気にしているほどの余裕は微塵もなかった。


 命の次、ううん。命と同等に大事な存在である勇人を目の前で奪われたんだもの。


 これで冷静になれ、って言うほど無理な命令はないわ。 


「・・・・・・全くアリッサとノアシェラン様は予想外だったけど、まさかあんなに執念深くて嫉妬深いのは知らなかったわ。そういえば、女の神様は総じてみんな嫉妬深いって古典などでも記されていたわね。すっかり忘れていたわ」


 チッ、と苦々しい表情で舌打ちする樹理。


 勇人も面倒なのに好かれたものね、と自分のことは棚に上げる樹理。


 しかし、こうもやられっぱなしなのは癪に障る。大体、神様だからって少し調子に乗りすぎなのよ。


 あたしだって、種族は違えど“同じ”女の子なのだ。


 恋をするのに、神様とか人間とかなんて関係ない。


 肝心なのは、意中の相手の心をどう振り向かせるか、これに限る。


 自分の身分や立場をひけらかして、相手を強引に引き留めたり縛り付けたりするのは、本当の意味での恋愛なんかじゃない。


 そういうのは全然フェアじゃない。


 同じ土台に立って、正々堂々と勝負してもらいたい。


 これは真剣に恋する女なら、誰にでも湧き起こる感情だ。


 それが、“初恋”なら尚更である。


 けれど、向こうが手段を厭わないというのなら、こっちにだって考えがある。


 こうなったらとことんやってやるわ、あたしは決意を胸に秘めてグッと拳を強く握りしめながら、今後の作戦を実行するための立役者を捜しに部屋を後にした。


 


 

 樹理が決意を固めてる間、アリッサとノアシェランと共に自衛隊員に腕を取られながら、どこかに運ばれている俺はというと――――――――――。


 

 完全にグロッキー状態でした(^o^)/~♪



 って、なんで顔文字が語尾についてんだよ!? しかもちょっと楽しそうなバージョンの!!


 まぁ、頭を何回もしばかれたせいで少しネジが緩んだせいかもしれないなぁ~、とどこか客観的に自己分析する俺であった。


 にしても・・・・・・、俺は一体どこに運ばれているというのだ?


 細長い通路を何度も曲がりくねり、もうかれこれ30分以上は引きずられてると思うんだけど、進めども進めども一向にゴールが見えない。


 というか、大使館ってこんなに広いもんなのか? まぁ、今まで行ったこともないし全貌がどんなのか把握してるわけでもないから、正確には分からねぇけど。けど、たかだか二階建ての建物だよな? こんなのどこぞの秘密要塞ばりの広さがあるじゃん。特にこの通路の緻密さとかさぁ~。


 つうか、運ぶんならもう少し丁寧に運んでくれないかな? さっきから曲がり角を曲がる度に足の小指をぶつけてさ、もっの凄い痛いんだよ!! テメェらは固い革で出来た軍用ブーツ履いてるから平気なんだろうけど、俺のはただの通学用の革靴だよ。革靴とか言うけど革なんてほとんど使われてないし。使われても薄革だよ。


 あ~、もう本当に駄目だわ。こういう時ってマジどうでもいいことしか浮かばねぇ。


 よく寝ているときに見る夢とかと一緒だな。支離滅裂な内容の割に目が覚めたらすっかり忘れているっていう。


 えっ? それとこれとは違うだろう、って? そうかもしれないが、まぁ・・・・・・、大体合ってるだろ。もう考えるのも億劫になってきた。


 俺はどこかボ~ッ、とした眼差しで俺を挟むようにして両脇を歩くノアシェランとアリッサを見やる。


 まるで妖精のような神秘的な美しさを兼ね備える彼女らに、俺は彼女らに向けた視線を離せないでいた。


(こうして見ると、本当に綺麗だよなぁ・・・・・・。でも、何だろう。二人とも―――――いや神様だから二神ともって言った方がいいのか?―――――どこか寂しげだな~)


 そう、別に彼女たちがあまりにも美しすぎるから見惚れていたってだけじゃなく、どこか陰りのある表情が気になったからでもあるのだ。


 その陰りが一番強いのはノアシェランであった。


 雪の妖精の様な愛らしくも端正な美貌を陰らせ、時折切なそうに伏せる瞼の奥に隠れる赤目に宿る暗い感情が気になって仕方がないのだ。


 まるで小学生と言っても通りそうな小さく細い体の奥底に秘めた負の感情は、一体どれほど凄まじい威力を持ってして彼女を縛っているのだろう。


 右全身に走るようにして刻まれた神紋を隠すようにして幾重にも巻かれたベールが、まるで彼女の流した涙や血の様に見えてならなかった。 


 そういえば、人は特殊性を嫌う生き物だとどこかで聞いたことがある。


 詳しくは分からないが、自分たちと“違う”人間を嫌う傾向にあるらしいのだ(見た目や能力、知能の高さなどが当てはまる)。見目が麗しいとかは嫉妬の範囲で済むけれど、痣などがある場合は人々の視線は侮蔑に変わる。


 このノアシェランは見目は絶世の美少女と形容してもいい程の美貌を持つが、その美貌に反するようにして神紋が肌の上を這いずり回る様にして自分の存在をアピールするのだ。


 現に樹理とノアシェランを比較してみてよく分かった。


 樹理は人々から好かれているからこそあんなにも明るく輝き、逆にノアシェランは人々から忌み嫌われているからこそ、あんなにも暗く陰りを帯びるのだ。


 まるで対極のような二人に、俺は春と冬、二つの季節を思い浮かべた。


 全ての生き物が産声を上げて、生命の音色を奏でる、春。


 全ての生き物が死に絶え、土地が枯れる音色を奏でる、冬。


 ちょっとオーバーかも知れないけれど、そんな印象が俺の脳裏を過ぎる。


(神様だからって、幸せでないのかもしれないな)


 俺はノアシェランたちを見てそんな感想を抱いた。


 パッと見はノアシェランと違い、どこにも異常のない誰から見ても麗しい見目を持つアリッサにだって、何らかの悩みや不安はあるはずだ。その悩みや不安と“永遠”に付き合っていかないといけないのだったら、俺たち“人間”の方がよっぽど気楽で良い。


 色々としがらみはあるけれど、それをはね除けていけるほどの価値が、“人間”という言葉にあるのだと、俺は今認識した。


 そう思えば思うほど、何だか彼女たちが不憫に思えてしまい、俺は(本当の意味で)彼女たちの顔から視線を離せないでいた。


 そんな俺の視線に気づいても気づかないフリを貫き、アリッサたちは黙々と通路の奥を足早に進む。心なしか通路の奥に潜む暗闇を見据える瞳が潤んでいるように見えた。


 果たしてそれは歓喜によるものか、悲しみによるものか、残念ながら彼女たちとはほぼ“他人”である俺には分かる術はない。


 ただ、分かるのは暗闇の奥に微かにだが射す一条の光から、もうじき俺が辿り着くであるゴールが目の前なんだということだけであった。


 全てを飲み込みそうな暗闇を物ともせずに、何の躊躇いもちゅうちょもなくアリッサたちは足を踏み入れ、それに続こうと足並みを揃えて一歩前に踏み出した自衛隊員に気づくと、


「・・・・・・お前たちはここまでよ。ナカムラユウトを置いて帰りなさい。早くしなさい。殺されたいの?」


 振り向きもせずに冷徹な声で命令を下す(物騒な言葉も紛れていたが)。


 しかし、こういう言葉遣いには免疫が付いているのが、自衛隊員たちは意に介さず反論する。


「そう言うわけにはいきません。我々は田野上一級陸曹から『貴女たちを目的地まできちんと護衛するように』との任を仰せつかっております」


「我々にとって上官の命令は絶対。ですので、いくら貴女様たちが神様であろうと、そのような命令には従うわけにはいきません」


 おぉ~、さすが曲がりなりにも軍人さんだ。何という意思の硬さだろう。俺だったらすぐさま背を向けて逃げ出してしまうぜ。だってさ、『殺されたいの』とかナチュラルに言われたら誰だってビビるだろう? 俺は勿論その中の一人だ。誰だって命は惜しいもんな。


 と、一人で感心しきってると、何だか事態は思わぬ方向に。


 彼らの態度が気に入らなかったのか、憤怒の色を瞳に宿らせたノアシェランはスッと手の平を前へと差しだして、それを静かに真横へと薙ぎ払う。


 それと同時にもの凄い衝撃波が俺の右腕を取っていた自衛隊員を襲い、衝撃波を正面からまともに食らった自衛隊員は後方へと派手にぶっ飛ぶ。その衝撃で吹っ飛ばされた自衛隊員の片腕が肘からばっさりと切り落とされていた。


「う、うがぁあああああああああ!!!! 腕が、俺の腕がぁぁぁあああああああああああ!!!!」


 と、傷口から溢れる血を辺りに撒き散らしながら、自衛隊員はゴロゴロと芋虫のように転がり回りつつ絶叫する。


 俺は目の前で繰り広げられる惨劇に瞬き、いや息をするのも忘れてその場にへたり込む。俺のもう片方の腕を取っていたもう一人の自衛隊員はカチカチと歯の根を振るわせて、鼻水やら涙やらの体液にまみれた無様な姿で腰を抜かしていた。


 流石にやりすぎだと思ったのかアリッサが止めに入るも、怒りで我を忘れているノアシェランはそんなアリッサをうるさいと言わんばかりに乱暴に払いのけて、片腕を失って満身創痍の自衛隊員へとトドメをさすべく一歩ずつ、実にゆっくりとした歩調で歩み寄っていく。


 気のせいだろうか、彼女の歩いた後の床が赤茶色に変色していたのに気づき、俺は冷や汗を垂らしながらゴクリと息を呑む。


(嘘だろ、だってこれセメントだぜ? なんで腐ったかのように色が変色すんだよ!?)


 そうなのだ。アリッサの部屋や大使館内は全て木製であったが、ここはみなセメントのような人工物質で出来ている場所なのだ。生きていないのに、まるで生きている物が腐っているかのように赤茶色に変色し、ボロボロに朽ちている床に俺は驚きを隠せないでいた。


 これが、ノアシェランの言う神紋の力なのか?


 その半端ない威力に俺は恐怖心を隠せないでいたが、ふとした疑問が鎌首をもたげる。


 そういえばアリッサの室内でも神紋の力を用い、カップ内の紅茶を入れたての紅茶に替えて飲んでいたのを思い出した。その時は別に力を行使していたからといって、別に恐怖心を感じるまでには至らなかった。


 そう、どちらかというと凄腕の手品師が行うマジックを目の当たりにしたレベル、と言ったほうがしっくりくるというか何というか。


 とりあえずそこまで疑問に思うこともなかったのだが・・・・・・、今は違った。

 

 凄惨な惨状を目の当たりにして、ようやく俺は“彼女”たちが自分たちとは違う生物なのだ、と理解できた。


 今思えば俺が単純で短絡的だったのだ。ちょっと姿形が違うから、といっても所詮普通の女の子と甘く考えていたから、こんな惨劇を引き起こしたのだ。


 俺がもう少し警戒して自衛隊員に注意を持ちかけておけば、この様な事態を招かなかったかも知れない。そう思うと不甲斐ない自分自身に無性に腹が立って仕方なかった。


 アリッサたちとは違う倫理観で生きているのだ。彼女たちからしたら俺らの命の価値など地面を這う虫と同等であろう。


 俺ら人間だって地を這う虫など特に意識もせずに踏みつぶしているのだ。


 そこには何の罪の意識はない。


 だってそれは無意識のうちに行っていることなのだから。誰も地面を這う虫のことまで注意はいかない、否。


 そんなもの“向ける”必要がないからだ。


 それと同じで、彼女たちも俺ら人間など“気に留める”存在ではない、ただそれだけのことなのだ。


 でも・・・・・・、それじゃあいけないだろ? と俺の第六感がそう囁き続けていた。


 そう、だ。そうだよな。このままでいても何も解決はしない。


 ここで俺が行動しなければ、これ以上犠牲者を増やしてなるものか。


 俺はグッと体の奥底から沸き上がる恐怖心をバクテリアサイズ程の勇気で押さえつけ、皮膚に爪が食い込むまで握りしめると、今にも自衛隊員にトドメを食らわそうと、神紋が走る腕を振り上げているノアシェランの背へと抱きついて留めるべく駆け出した。



「ま、待て!! それ以上罪を重ねるのは止めろ!!」


 このまま順当に行けば・・・・・・、俺の伸ばした腕はノアシェランの細い体を抱き留めていたはずなのだが。


 ここはお約束と言ったところか。


 急に慣れない早さで駆け出したのがいけないのか、俺の両足はまるでお笑いのコントのように派手に縺れ合い、何もない平らな床で盛大に足を滑らせてしまう。


 しかし、ここで転ける訳にはいかない、とどうにか太ももに力を入れて踏ん張ってみる、が。


 やはり三重苦の称号を持つ俺には一般人が平然とこなせるような、なんて言うのかな、そう、反射神経とか耐久力とかが全くの皆無だったようで・・・・・・。


「う、わわわわ・・・・・・!!」


 ケン、ケン、ケンと片足で前へとつんのめりながら、俺の体は徐々に前へと倒れ始める。


 ここで転けたらどんなに楽だろう。もしかしたらノアシェランの注意もこちらに向くかもしれないが・・・・・・、しかし、こんな切迫した雰囲気の中でただ一人だけ転ぶのはイヤだ!! となけなしのプライドが俺の脳裏を忙しなく過ぎる。


 ぐおっ!! と最後の力を振り絞って俺は無我夢中で、倒れた体を支えるためどこかに掴まろうと腕を伸ばす。


 まぁ、簡明に言えば最後の悪あがきといったところだろう。


 だが、俺の行った最後の悪あがきは思わぬ形で成功することになる。


 それは。


 

 ――――――――――――――――――フニュン、と何やら柔らかい感触が手の平に広がるようにして浸透していく。



 何だ? こう、つきたての餅のように柔らかく、それでいて柔らかさの中に程よい弾力があり、すっぽりと手の平に収まるような・・・・・・、って、これ、もしかして・・・・・・。


 何だか嫌な予感が全身を貫いた俺は恐る恐るといった様子で、視線を上に上げてみると・・・・・・。



 案の定、予感は的中。


 俺の両手は、ちょうどノアシェランの胸の位置に添えられており、恐れ多くも俺の手は大胆にもノアシェランの小ぶりな胸を鷲掴みにしていた。


 こう背後から抱きすくめるようなポーズから見ても、今の俺は幼女に性的な悪戯を強行した変質者に他ならなかった。


 

 女の子の胸をダイレクトに揉むという経験が皆無だった(あったら怖いだろう)俺は、否応なしに興奮してしまうが、背後から突き刺さるような視線を感じ、折角沸き上がってきた興奮もみるみる萎んでしまう。


 この視線の持ち主は他ならぬアリッサである。


 嫉妬と憤怒を入り交えた視線を送ってくるアリッサに、俺は疑問と恐怖を同時に抱いた。


 というか、別に俺のことなんか“下等な雄ザル”くらいにしか思ってない癖に、どうしてこうも俺が女の子と仲良くする度にこうあからさまに不機嫌になるのであろう。


 てか、今気にすべきなのは背後でどす黒いオーラを撒き散らしているアリッサではなく、今現在進行中で胸を鷲掴みにしているノアシェランのことである。


 っていうか、恐ろしくてまともに見られない。自衛隊員の反論であんなにも激怒する彼女なのだ。胸を鷲掴んでいる俺なんか一体どうなるのだろう。


 自衛隊員は腕が千切れたよな・・・・・・。ということは、俺は胴が真っ二つ? それとも存在そのものが消される可能性も? 次々に恐ろしい考えが浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。


 あぁ、なんで俺はあの時腕を伸ばしてしまったんだ!! 大人しく無様に転んでおければ良かったものの!! 多少の恥辱感は味わうが少なくとも命の危機までは感じなかっただろうに!!


 あぁ~、俺はつくづく馬鹿だよな。いつもあと一歩というところで選択肢を間違える。


 浅はかだな、と笑われても仕方ないよな、この場合は。


 俺はトホホ・・・・・・、と己の愚かさを嘆きつつ短い人生に別れを告げながら、それなりに愛着があった自身へとノアシェランの鉄拳が叩きつけられる瞬間を、今か今かと待ち構えていた、が。


 いつまで経っても胴体が真っ二つにされる衝撃がこない。


 どうしたのだろうと思い、俺は再びノアシェランの顔を見ようと視線を上に向ける。


 意外や意外。


 今の今まで悪鬼の如く怒りまくっていたノアシェランが、ルビーのように紅い瞳と同じかそれ以上に、雪の如く白い素肌を真っ赤に染め上げ、振り上げた腕をどうしたらいいのか分からず、どこか手持ちぶさたな様子のままそのポーズを保ち続けていた。


 これだけ見ると本当に普通の女の子だ。異性に胸を揉まれて恥ずかしがる、思春期の少女なら当然の反応である。


(正直、何千年と生きている神様だから、下等な猿と揶揄している人間に揉まれても何とも思わないと決めつけていたけれど・・・・・・、どうやら考えを改めなければならないようだな) 


 と、俺はベールの合間から見えるノアシェランの、まるで熟れすぎた林檎のように紅く染まった顔の一部を見つめながら新たな結論を導き出した。


 しかし、そんなにちんたらしていられるほどの悠長はなかった。


 どうやら考え事をしている間中、俺は長いことノアシェランの胸をフニフニと何度も何度も揉みしだいていたようで・・・・・・。


 いつの間にかきつく抱いたら折れそうなほどの痩躯に纏わせていた怒気を雲散させたかと思うと、


「ふわぁ・・・・・・、んんぅ、あっ、ふぅ、うぅん・・・・・・!」


 何やら息を荒くして、聞いてる方が恥ずかしくなるような艶めかしい喘ぎ声を発しながら、くねくねと俺が胸を揉む度に体をくねらせていた。


(早く手を離さなきゃいけないんだけど・・・・・・、ヤベェ。なんだかものっすごく興奮してきた!!)


 タラァ、と鼻の穴から鼻血を垂らしながら邪心に体を乗っ取られた俺は、負傷中の自衛隊員やアリッサの事もすっかり忘れて、ノアシェランの小ぶりなながらも程よい弾力のある胸を揉みしだくのに夢中になっていた。


 本当に・・・・・・、男はなんて単純な生き物だろう、ってつくづく思う。


 命の危機に直面し怯えていたのにもかかわらず、すぐに劣情に流されて本能の赴くままに、こう不埒な行いに走ってしまうのだから。


 全く性欲が強いお年頃って言ったって、もう少しTPOをわきまえなきゃいけないな、とつくづく思うのだが・・・・・・、所詮は言うが易ってやつで中々実行できないものなんだよな。


 でも・・・・・・、折角の機会だ。こうも大胆に女の子の胸なんか揉めないし、今の内にたっぷりと揉んでやろう、と体の奥底から沸き上がる下品な笑いを堪えながら邪な企みを抱く俺、中村勇人17歳。


 しかし、良い時間というのは中々続かないものである。


 俺がノアシェランの胸を揉んでいる背後から、地獄を取り締まる閻魔大王や魔界を支配するサタンさえも裸足で逃げ出すような、全てを飲み込むほどの真っ暗なオーラが襲いかかるようにして一気に膨れあがる。


 まるで周りの気温が零下を下回ったように肌寒くなり、俺は胸を揉むのを止めて恐る恐る首だけで後方へと振り返る。勿論、この不気味なオーラの原因を確かめる・・・・・・、までもない。


 原因はとっくに分かっている。しかし、人間恐怖に駆られたら何でも確かめなきゃ気がすまない性分なのだ。


(・・・・・・何か、さっきよりオーラのどす黒さがパワーアップしているような気がするぜ。何? 何か俺あいつの気に障るようなことしたかな?)


 う~ん、思い当たらない、と考えを巡らせみる。というか、まだノアシェランが怒るのは分かるけど、何で当事者が怒らないで傍観者のあいつが怒るのか意味が分からない。


 やっぱり女の子という生き物は人間だろうが神様であろうが関係なく、さっぱり理解できない。まぁだからこそ俺なんかに恋人が出来なかったのだろうけど、と自分を卑下する。


 とかなんとかうだうだしている内に、どんどんどす黒いオーラが近づいていき、気づけば俺のすぐ後ろに!! どうしよう。すっげぇ怖いんだけど!! 目、合わせようかな。


 けど、合わせた瞬間に俺死んだりしないかな? どうしよう。


 命の危機再び襲来!? というタイトルが脳内でリピートされる。


 けど、ここでうじうじするのも男らしくないよな。そうだよ、うん。調子に乗った俺が悪いんだし、ここは素直に謝った方が潔いいしな、と腹を括った俺は地獄の炎ばりの黒く波打つオーラを纏わせる人物へと声をかける。なるべくさりげなさを装って、な。



「・・・・・・あはははは、ちょ~っと悪ふざけが過ぎちゃったかなぁ~、なんて。その、悪かったよ。な、アリッ――――――――――ブホッ!!」



 ノアシェランの胸から手を離した後、髪を掻き分けながらにこやかな態度を装いながらアリッサへと向き直った俺であったが・・・・・・、気づけば全ての台詞を口にする前に俺の体がフンワリと空中に浮いていた。


 間近に迫る灰色の天井を見やりながら、俺はぼんやりと「あぁ、俺は人間じゃなく鳥だったんだな」と呟きながら、顎に感じる激しい痛みの原因を探っていた。


 あぁ、その答えは案外近くにあった。


 何で俺が宙に浮いているのかというと、それはアリッサの昇天突きを顎に喰らったからである。流石神様と言ったところか。あの樹理を吹っ飛ばしたほどの腕力を持つ彼女らにとって、一応“男”の部類には位置するけど、その他の人類より脆弱な俺なんかをぶっ飛ばすくらい訳ないのだ。


 しかし・・・・・・、やはり意味が分からない。


 なんでアリッサが怒る必要があるのだろう? なんでノアシェランは紅い顔してモジモジと、さも恥ずかしそうにくねっているのだろう? まぁ、頭の悪い俺には到底理解できるはずもないけど。


 けれど、今早急に考えなければいけないことくらいは分かる。


 俺はもの凄いスピードで降下していく己の体に、いかにして床へと墜落する際に受けるダメージを減らす方法がないのか、とぼんやりとした眼差しで徐々に遠ざかっていく灰色の天井を見つめながら、


 


(そうだ、とりあえず木から飛び降りる猫のポーズを取ろう)



 

 との結論を抱いたところで、俺の意識はバッタリと途絶えてしまったのであった。


 

 

 本日はここまでです。次回から神界へとステージが移行します。次には残りのヒロインを出せたらいいなぁ、と思っていますのでよろしくお願いします。

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