三重苦な俺がヒーローになれるわけがない(5)
「何をグズグズと。もう、待てませんよ」
そう冷たく言い放った幼女の背後には、いつの間にか武装した迷彩柄の軍服を身に纏った自衛隊員が控えており、俺とアリッサは顔を恐怖に強張らせてプルプルと小刻みに震えていた。
幼女の放つ絶対零度のオーラと屈強な男たちの射るような視線に、俺とアリッサは蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。
な、なんだよ。なんであんな小さい子が放つオーラに怯えてんだよ、俺。つーか、アリッサも怯えすぎだろ!! もしかして、あの女の子そんなに恐ろしい存在なのか?
恐怖で身動きも取れない俺を一瞥した幼女はというと、
「―――――――――アリッサ。そこをどきなさい」
淡々と席を立つようアリッサに命じると、アリッサはウルウルと涙目になり脱兎の如く席から立つと、幼女のために己の席を譲る。
思わず俺もアリッサに釣られて席を立とうとするも、幼女はスッと掌を出して静かに下に振る。すると俺の体は自分の意思とは反対に椅子に深々と腰を下ろしてしまう。
な、なんだよこれ。まるで操り人形になった気分だ。
見えない糸で操られている感じがして、俺は背中にイヤな汗が滲み出るのを感じた。
そんな俺の気持ちとは裏腹に、幼女は至って涼しい表情で椅子に腰を下ろす。白く長い髪がクッションに模様を作り、まるでそこだけ雪が積もっているような錯覚を受けた。
幼女は伏し目がちの赤眼をスッと静かに上に上げて、俺の瞳を見透かすようにして見つめてくる。俺はそんな無垢な視線をマジマジと見る勇気がなく、途中で視線を横にずらしてしまった。
そんな不作法な俺を別に咎めるでもなく、幼女はまるで人形のような端正な顔を少しだけ歪めるに留め、不意にアリッサが飲みかけの紅茶が入ったカップへとソッと指先を伸ばす。
すると、まるで魔法のようにカップの中に真新しい紅茶が溢れんばかりに沸き上がり、ホカホカとした湯気を立ち上らせる。そんな超常現象を目の当たりにした俺は呆然と口を大きく開けて、幼女とカップへと交互に視線をやる。
俺の間抜けな顔を見やりながら、素知らぬ顔でカップに口を付けて紅茶をすする幼女。
コクコクと紅茶を美味しそうに目を細めながら嚥下する姿は、容姿相応でちょっと可愛いと思ってしまった。
でも・・・・・・、紅茶を飲む際にベールを少しだけ下げた瞬間に見えた幼女の右顔からおでこまで走る入れ墨?のような紋様に、俺は一瞬ドキリと心臓が脈打つのを感じた。
禍々しさと神々しさが入り交じったその幾何学模様を見ている内に、何だか心臓が激しく脈打ちながら暴れ始めたので、何だか自分の体の変化に少しばかり怖くなったのである。
俺の異形のモノを見る視線に気づいたのか、幼女はカップから口を外し、再びベールで顔の下部を覆い始める。
「・・・・・・珍しいですか? この神紋が」
幼女の放った言葉に俺はやばい!! と思って慌てて視線を逸らすが後の祭り。このまま誤魔化しても双方のためにならない、と思った俺は正直に己の胸の内に思ったことを話すことにした。
「・・・・・・あぁ、ごめん。その、神紋っていうか、入れ墨みたいなのって、俺らの国じゃあ臑に傷のある奴しか入れねぇからさ。その、つい・・・・・・、あんたもそうなのかな、ってビビっただけなんだ」
気を悪くしたならゴメンな、と謝る俺を黙って見つめていた幼女の眼差しが、一瞬だけ和らいだような気がした。
「・・・・・・そう、ですか。まぁ、無理もないでしょう。この神紋は生まれつきのモノですしね」
少しだけ寂しそうに神紋の痕を指でさすっていた幼女であったが、すぐに気を取り直し横に控えるアリッサへと声をかけた。
「―――――――――それはそうと、アリッサ。貴女、さっきから何を手間取っているのかしら? 人間一匹を説得するのにそんなに時間をかけていたらキリがないわよ」
「ふぇ!? も、もうしわけありません!! ノアシェラン様」
猫耳と尻尾をフニャとしなだらせ、半泣きでノアシェランと言う名前の少女へと謝るアリッサ。
あの傍若無人なアリッサがこうもすんなり謝罪するとは・・・・・・、このノアシェランという娘只者ではないな。
アリッサの謝罪を聞いたノアシェランはふむ、と満足げに頷くと、もうお前には用はないという風に視線を逸らし、ついでカチコチに固まっている俺へと兎のような双眸を向けて口を開く。
「すみませんね、どうやら私の見る目がなかったようです。あの子の意思を尊重して此度の任を与えたのですけど・・・・・・。どうやら不適材適所だったみたいですね」
「はぁ・・・・・・、そうすっか」
「―――――――――――――あっ、そうそう。わたしの名前を言うのを忘れていましたね。私の名はノアシェラン・ハーネット。巨神族の王アーヴァンの第一王女です。以後お見知りおきを、中村勇人」
なんで、ここに来る神様みんなが俺の名前を知ってるんだよ? と思わずツッコミを入れそうになったが、先程の超常現象を起こせるようなノアシェランにそんな無礼な事をした暁には、俺の手首から先が無くなってそうで・・・・・・。
つか、巨神族って言う割にはえらく背がないよな? どっちかって言うと小神族の方が合ってるんじゃ? と内心そう思った俺であったが、それを口にすると人生が終了しそうだったので己の胸の内にソッと仕舞い込むことにする。
にしても、この子神様だったのか・・・・・・。なんかアリッサみたいに身体的な特徴があんまり無いから、最初見たとき人間かと思ったぜ。
「は、ははは。よろしく・・・・・・。でもさ、アリッサもそうだけど、なんで会う前から俺の名前知ってるわけ?」
素朴な疑問っていうやつだ。
だってさ、初対面の人間がナチュラルに自分の名前を口にしたら、誰だって気になるだろう? 個人情報の漏洩っていうやつで訴えるよ、インターネットのセキュリティー会社に。
そんな俺の疑問にノアシェランはというと、
「――――――――――いちいちお前の質問に答える必要はないわ」
先程の丁寧な口調と打って変わって、棘を含んだ実に高圧的な口調で言い返してきた!!
くそ!! やっぱりさっきからのしおらしい態度は演技だったのか!?
神様って、ロクな奴いねぇ!! と、ギリギリと歯ぎしりする俺。
憤怒の表情を浮かべている俺を華麗にスルーしたノアシェランは徐に、パチンと指を鳴らした。それを合図に自衛隊員の一人が何かを拘束するように抱えながら歩み出て来た。
その腕に抱えられている何かを見て俺を驚きに目を見開けて絶句した。
そう、その人物とは――――――――――――――。
「じゅ、樹理!!」
幼なじみの北美郷・k・樹理である。
彼女は負傷した頭に包帯を巻いており、服装は校舎内で会った時と同じ制服姿であった。
がたいのいい男に羽交い締めにされている樹理は端正の顔を恐怖に染めていたが、それでも敵意を込めた視線をノアシェランとアリッサに向けていた。
ノアシェランはそんな俺と樹理を交互に見やった後、フッと鼻で笑った。
「そう、アリッサがお前を要注意人物と言っていた意味が分かったわ。ねぇ、北美郷樹理さん?」
「!? な、なんでしょうか? ノアシェラン様」
小柄な体から放たれる高飛車オーラに押されながらも、どうにかこうにか返事する樹理。
「ねぇ、そんなにこの人間が大事? お言葉だけど、そんな痛手を負ってまで執着するほどの器じゃないわよ、このオスは」
クスクス、と何が可笑しいのか溢れ出る笑い声を堪えながら述べるノアシェラン。
自分でも最低レベルとは思っていたけど、他人に改めて卑下されると心は痛むだなコレが。
でも、確かに癪だけどノアシェランの言うとおりだ。
そんな包帯を巻いてまで助けに来るような、俺は立派な人間じゃないだろ樹理。
ただお隣に住んでいるだけの、冴えない男だよ。
幼なじみというだけで、ここまでお前に気にかけて貰う資格は・・・・・・、俺にはないよ。
だから願わくば、樹理にはこのまま大人しく荒波を立たせずに退出して欲しかった。
俺だって、こんな冴えなくて愚鈍な俺なんかをここまで慕ってくれる樹理に、これ以上余計な傷を増やしたくなかったから。
こいつらは、人じゃなくて神様なんだぜ?
お前だって、さっきアリッサにぶん殴られて怪我負わされていたじゃねぇか。
下手したら打ち所が死んでいたかもしれないんだぜ?
俺だったら、怖くて怖くてしょうがないのに。
なのに、なんで――――――――――。
お前は、そんなに真っ直ぐ前を向いていられるんだ?
「じ、樹理!! 俺はさ、全然大丈夫だから。だから、早くここから――――――――――」
出て行くんだ、と言うはずだったのに、喉の奥が震えて上手く喋れない。
本当に、情けない。情けなさ過ぎて涙が出てくるほどだ。
声を上げて泣きたい衝動に駆られたが、俺は寸前の所で押しとどめる。
俺は男だ。どんなに辛くても、苦しくても女の子の前で泣いてはいけないのだ。
俺は樹理よりは劣っているけれど、唯一“男”であるというアドバンテージだけは死守しなければいけない。これさえも失ってしまったら、俺は本当の意味で彼女の横に立つ資格を永遠に失う羽目になるのだから。
それに、約束したのだ。
俺はどんなピンチにも、絶対樹理のことを守る“救世主”になると。
ヒーローが弱音は吐いていちゃいけないよな、樹理。
俺はグシグシと紅くなった鼻を擦りながら、全身を渦巻く恐怖心をおくびにも出さず、これ以上樹理に入らぬ心配をかけさせまいと無理矢理に笑みを浮かべた。
いわゆる男の見栄という名の虚栄心というやつだ。
「は、ははは。樹理そんなに心配すんなよ。俺はホラ!! こんなにも元気だし、それにさ。案外みんな優しいし、生け贄になれっていうのも案外悪くないかなぁ~、なんてな!! アッハハハハ」
乾いた笑い声が室内に響く。
そんな俺の笑い声を聞いた樹理は眉を顰めて絶叫した。
「なにが大丈夫よ!! そんな見え透いた嘘ついたってあたしにはバレバレしょっや!!!!」
うっわ!! 樹理メッチャ怒ってる。
爆ぜるような怒りを感じ、俺の乾燥肌がビリビリと細かく振動した。
っていうか、そんなに叫んで頭の傷に影響はないのか?
しばらく安静することをお勧めするぞ樹理。
「じゅ、樹理。そんなに怒っていたら頭の怪我に差し障るぞ。血が出ていたし、ほら。今日はもう家に帰れって、な?」
努めて優しい言葉をかけながら、俺はなるべくノアシェランを刺激しないように注意を払いつつ、樹理へと少しずつだが歩を進めていく、が。
樹理へとあと数Mという距離で急に足がまるで金縛りにかかったかのように、ピクリとも動かなくなった。どれだけ力を込めようと両足は石像のように固まって動かない。
まさか・・・・・・、と思って振り返ってみると。
案の定、ノアシェランが右の掌を前に突き出して不思議な力を行使していた。その証拠に右手の平にまで走る神紋が薄く光っていた。
ノアシェランは紅い双眸を憤怒の色に染め上げながら、静かな足取りで俺と樹理の方へと歩み寄ってきた。
俺の横を通り過ぎる瞬間に何故か憎々しげな視線を投げかけ、その視線を受けた俺は何故だがとても懐かしいような気がした。
しかし、その理由を考える間もなくノアシェランはサッサッと俺の横を通り過ぎ、自衛隊員の一人に拘束されてる樹理の前へと向かう。
樹理の真ん前に来たノアシェランは小柄な体に不釣り合いなほどの殺気を纏わせて、同じような殺気を纏っている樹理を見上げた。
樹理はノアシェランの瞳に宿る感情を、乙女の勘ですぐさま読み取った。
やっぱり・・・・・・、アリッサに加えてこのノアシェランも勇人のことが―――――――――。
嫌な予感が的中したようだ。
やはり、この悪しき作戦は中止しなければ。
こいつらは、この神らは人類滅亡にかこつけて、本当は勇人を手に入れたいだけなんじゃない!!
こんな卑怯な奴らに、あたしの大切な人を渡したりしない!!
グッと唇を血が滲むまで噛み締めた後、樹理は眼下のノアシェランを真摯に見下ろし、声高に己の感情の赴くままにぶちまけた。勿論、部屋の隅に佇むアリッサにも聞こえるように。
「あたしは、あんたたちなんかに絶対負けない!! 神様がなに? 神様がそんなに偉いって言うの? そんなのおかしい!! おかしいよ!!」
「―――――――――おかしい、ですって? 撤回しなさい、キタミサトジュリ」
あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! なんてこと言うんだ樹理!! お前はさっきからこいつらの神経を逆なでするようなことばっかり言いやがって!! さっきそれで痛い目にあったのを忘れたのか!?
ノアシェランの目を見てみろ。なんかなまはげみたいに逆三角形に吊り上がってるぞ。すっげぇ怒ってる証拠だよ。ほら、撤回しなさいって言ってる内に撤回しろよ。今なら間に合うぞ?
しかし、当の樹理は俺の心配なんか余所に、ますますヒートアップした様子で怒鳴り散らす。
相手が神だろうがお構いなしだ。
「撤回なんかしないッ!! 卑怯な手段を用いて勇人を手に入れようとするあんたたちなんかに!! あんたたちより、ずっと私の方が勇人のことを・・・・・・ッ!!」
顔を真っ赤にして己の胸の内で駆け回る思いを言い続ける樹理。というか無我夢中すぎて、自分が何言っているか分かってないんじゃないか?
と、女心に疎い俺は樹理の本心を理解できずに的外れな思い違いをしていた。
だけど、種族は違うけど同じ女であるノアシェランとアリッサは、樹理の言いたいことを理解したようで目つきを鋭くさせて、樹理の顔を苦虫を噛み締めるような表情を浮かべて睨み付けた。
どうやら樹理の言葉に思うところがある様子。
しかし、たかだか人間の女の言葉を認めるほどの寛容な心は持ち合わせていなかった。
自分たちは何度も言うようだけど、人間より優れている神様であり、たかだが百年しか生きられない短命な猿の言い分を認めるほど落ちぶれてもいないのだ。
けれど、この女の言うことはいちいち癪に障る。
そりゃ確かに、自分たちも今回の作戦に便乗している部分はある。卑怯だ、と言う彼女の言い分も分からないでもない。
けれど、これはチャンスなのだ。
進む時間の速度が違う自分たちと彼は、本来は決して巡り会うはずもなかった。でも今回の両種族間の間で発生した事件のおかげですれ違いあっていた時間は見事に交差した。
交わらなければ、あなたに勇人を譲った、けれど。
交差した今は、もう譲れない。
彼は、もう私たちのモノよ。
「―――――――――確かに、お前の言い分は痛いほど分かる。けどね・・・・・・、私たちもお前と同じ気持ちを抱いてるの」
と、口を噤んだノアシェランの代わりに、今まで部屋の隅で縮こまっていたアリッサが静かな口調で、しかし迷いのない強さが籠もった響きの言葉を紡いだ。
アリッサの言葉を聞いた樹理はハッとした表情を浮かべ、それでも納得がいかないという風に俯き、低く掠れた声を漏らす。
「―――――――――嘘だ、納得できない。神の言っていることなんて信用できない」
暗い光を灯した樹理の碧眼を目にした瞬間俺は、動かない足へと渾身の力を込めて動け、と命令すると、今まで石膏で固まっていたように重かった足が動き始めたのだ。
どうやら樹理に気をやってる間に、俺にかけられたノアシェランの金縛りがとけていたようだ。
俺はチャンスとばかりに一目散に樹理の元へと駆け寄り、樹理とアリッサの間に手を広げて割り込む。
勿論、樹理を庇い込むようにしてだ。
これ以上、樹理の心をかき乱したくなかった。
樹理は、大の神様嫌いなのだ。
幼少の頃に起きたある出来事が原因で、神を信じなくなったのだ。
敬虔なるキリスト信者だった彼女は、たった6歳で産まれたときから共にあった十字架を捨て、信じ続けた神に背を向けた。
縋りつく存在を自ら破棄した樹理が可哀想に思えて、俺は樹理自身の口からその真実を聞いたその日から、彼女が安心して寄りかかれるような強い男になるって決意したんだ。
でも、俺はその約束を今でも守れていないな。なぁ、樹理。
お前に、いらぬ心配かけてばっかりだよ、俺は。
本当に、不甲斐ないよなぁ。でもさ、やっと。
俺は、お前の良き隣人として、良き幼なじみとして、今。
無事に約束を果たすことができそうだ。
「―――――――――――――ナカムラユウト、そこをどきなさい。その後ろに控える女と一緒に痛い目にあいたいの?」
怒りで紅い瞳をますます血ばらしたノアシェランは、地獄の底から響くようなおどろおどろしい声音で呟く。勿論、アリッサも彼女の意見に同意見のようだ。同じように強張った表情でこちらを睨み付けていた。
けれど、ここで退くわけにはいかない。怖くたって、腹を括って前を向け。
三重苦が何だ。スケープコートに選ばれたからどうだっていうんだ。生け贄がなんだっていうんだ!!
俺は、俺だ!! 猿でも、愚鈍なオスでも、神様とやらの生贄でもなんでもねぇ!!
それに選ばれたって言うのなら、俺はもうゴタゴタと世迷い言は吐かねぇ。
立派に勤め上げて、こいつらのお高くとまった面を見返して、堂々と地球に帰ってみせる。
もう、細かい設定なんかどうでもいい。
俺は、こいつとの約束が果たせれば、それでいい。
「―――――――――――――逃げねぇよ」
「え?」
「もう、ゴチャゴチャと弱音言うの止めたんだ。なぁ、樹理。今日の放課後の件だけどさ、もう少しだけ待っていてくれないか?」
俺は晴れ晴れとした表情を浮かべながら背後の樹理へとそう投げかけた。俺の言葉を聞いた樹理は戸惑いの表情を浮かべて首を傾げる。
まぁ、そりゃそうだろうな。さっきの流れで何でこんな話題になるんだって、普通は思うよな。
でもさ、俺にとったらとても大事なことなんだよ。
馬鹿でオンチで不運な俺だけど、一つだけ人に誇れることがあるんだ。
それは―――――――――――――。
「俺は、お前の期待したヒーローにはなれなかったけどさ。けどさ、それでもお前の幼なじみとしての俺の役割はちゃんと果たすよ。だから、その役割が果たせるまで待っていてくれ」
―――――――――――――約束は、きちんと守れること。
俺の言葉を聞いて最初は理解できなかった樹理であったが、しばらく考えていると思い当たる節があったのか、「アッ」と小さく声を上げて―――――――あまり納得はいかないようだが――――――頷いた。
樹理の反応を確かめた俺はノアシェランたちへと向き直った。ノアシェランたちは俺らのやり取りについていけず、ポカンと実に間の抜けた表情を浮かべていた。
先程とは違う雰囲気を纏った俺の様子に、戸惑いの表情を浮かべていたノアシェランたちであったが、その中でも特にアリッサの動揺が凄まじく、その反面ノアシェランは流石といったところか。
俺の鋭さが増した眼光にも物怖じせずに真っ向から受け止めていた。
そうだ、このくらいの強気がなくちゃ張り合いがない。
俺は不敵な笑みを浮かべて、
「俺は英雄にはなれないけど、テメェらの喧嘩相手にはなれる自信はあるぜ。さぁ、お手をどうぞ神様」
―――――――――――――――――さぁ、喧嘩を始めようか。
大事なモノ(約束)を守るため、俺は今日、神様に喧嘩を売ったんだ。
その日の夜、美里の研究室では。
息子の一大事を知らずに呑気にカップラーメンを食しながら、片手間で今度の学会で発表する論文を書いている美里の姿があった。
くたびれた白衣を身に纏い、長い髪をひっつめている美里はベテランの研究員に見えた。
「え~っと、ここがこうなって、あ~なって・・・・・・、あぁもう!! なんか落ち着かないなぁ」
ブツブツと呟いていた美里は突如いきなりガシガシと頭を掻きむしり、ガバッと机の上に倒れ伏せた。
何か大事なことを忘れてるような気がする・・・・・・、あっ!!
「思い出した!! 何か忘れてるなぁと思ったら、今日はヒグマ戦隊マンギルダーの再放送がある日だった!!」
この前見逃したから今日は絶対見ないとねぇ~、とルンルン気分でリモコンに手を伸ばす美里。
ちなみにヒグマ戦隊マンギルダーとは、ご当地戦隊のTV放送シリーズの一つであり、美里はこの戦隊シリーズの大ファンなのであった。
仕事の合間の息抜きとして欠かさず見ており、彼女の研究室にはその手のグッズやDVDで溢れており、初めてこの部屋に来室する人は必ず一歩退いた距離で美里に接するのだ。
まぁ、中年のおばさんがいい年して戦隊ものが好きというのは、やはり世間体で見たらよほどの好き者として見られるようで。
当の本人は、趣味は人それぞれだからと大して気にしていない様子。
「ルンルラ~。あ~、楽しみ♪ この前見逃したときは思考がブラックアウトしたけど、さっすがTV放送!! ちゃんと視聴者のニーズに応えてくれるね~」
鼻歌を歌いながらリモコンのスイッチを入れる。
ブォン、と羽音が鳴るような電子音がしてテレビの電源が入る。わくわく気分で画面に視線をやると、
「なんだ、まだニュースのままだったか。そう言えばこれ最後に使ったのは確か井上だったっけ?」
しょうがないな~、とぼやきながらチャンネルを変えようと、リモコンへと再度腕を伸ばそうとする、が。
「? あれ? なに・・・・・・」
ふと耳に入ってきた言葉に引っ掛かった美里は、リモコンに向けた視線をもう一度TVの画面へと向ける。
そこには、なんと―――――――――――――――。
「・・・・・・ゆ、う、ちゃん?」
そう。
テレビの画面に映っていたのは、我が愛しの息子である勇人であった。
息子の隣には見慣れぬ姿をした少女たちが立ち、その背後にはデカデカとした垂れ幕がぶら下がっていた。その姿を取ろうと大勢の記者やカメラマンたちがその周りを取り囲んでいた。
息子の背後でぶら下がっていた垂れ幕には、デカデカとした文字でこう書かれていた。
『中村勇人くん。祝!! 栄えある神界への留学生に選出!!』
美里は未だに状況の把握が出来ずに、ただただ困惑した表情を浮かべたままTVの画面をジッと見つめていた。
―――――――――――――――美里の脳裏には、今朝の朝食の風景が写し出されていた。
一応、ここで一章は終わりです。次の二章からは神界と人間界を交互に書いていきます。神界では新しい生活、人間界ではその後の生活を書いていきたいと思います。一章では説明しきれなかった事もちゃんと順を追って書いていきたいと思いますのでよろしくお願いします。