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    三重苦な俺がヒーローになれるわけがない(4)

「―――――な、なんだよ、アレ」


 俺はアリッサの背後に広がる無数のヘリと夥しく飛び交う異形の鳥を目の当たりにして、魂の抜けたような生気のない表情を浮かべてポツリと呟く。


 ブロロロロロロ、とけたたましく鳴り響くプロペラ音に今まで静寂を保っていた校舎内が一気に騒がしくなり、バタバタと無数の足音があちらこちらで忙しく行き交う。


 そりゃそうだろう。普通こんな真っ昼間にヘリとか、ましてや変な鳥の大群が攻めてきたらパニックになるわ。どこのパニック映画だよ。死人が出るわ。


 その上、低空飛行していたヘリが校庭に着陸態勢を取り始めたから、さぁ大変。パニックは最高潮に。はたから見たらどこのテロ集団が侵入したのかと思うような物々しい雰囲気に、自主避難を開始し始めるクラスも出た様子であった。


 ガヤガヤと生徒会室の前廊下を生徒たちが駆け抜け、通り過ぎる度に女児たちのすすり泣く声が響く。


 どうやら、俺たちのことなんて完璧に忘れているな。


 まぁ、今の状況で気にかけられても困るけど(でも完全放置は少し虚しい)。


 そうこうしている内に、校庭へと着陸した中型のヘリからごつい武装をした屈強な男たちが出て来て、隊列を組みながら校舎内の潜入を試みようとする。


 何あれ!? どこの武装集団!? SAT!? SATなの!? なに、本当にテロなのか!?


 つうか、よく見たらあいつら頭にハチマキ巻いてねぇ? 遠くてよく見えねぇけど・・・・・・。


 俺は窓へと駆け寄り、男たちの頭部に巻かれたハチマキに印刷された文字を読もうと、グイッと少々大胆に身を乗り出し目を凝らしてみる。


 なになに・・・・・・『アリッサたんを守り隊!! 俺たちは猫耳をこよなく愛す変態ズ』って、なんだよコイツら!!


 単に・・・・・・。



「あら? あいつらあたしのファンの幹部たちじゃないの。何しに来たのかしら?」



「って、お前のファンかよ!! 紛らわしいんだよ!!」


 シレッと澄ました顔で呟くアリッサへと俺はズビシッとツッコミを入れた。


「知らないわよ。あっちが勝手に『あ、あの!! その耳、素敵っすね! あの、貴女様の忠実なる下僕なってもよろしいでしょうか、ハァハァ』って、数十人くらいのむさ苦しいオスどもが言い寄って来たの。まぁ、政府軍内にコネを持っておくのは何かと都合が良いから好きにさせているわけ」


 今は299人規模のファンクラブにまで成長したのよ? お前も栄えある300人目になってみる? と、猫なで声で勧誘してくるが俺は丁重に断らせてもらった。


 ファンクラブなんて、そんなの興味ねぇし。


「いいよ、俺そんなのに入るほどミーハーじゃないし。あっ、そうだ。俺の友達にそういうの好きなのがいるから紹介してやるよ」


「結構よ」


 あっ、キッパリ断られた。


 チッ、折角俺が気を回してやったのに・・・・・・、って!! こんなことしている場合じゃなくね!? 


 と、今更ながら自分の置かれている立場を思い出す俺。


 どうにかこの場から立ち去ろうと、気絶している樹理を抱きかかえてアリッサから背を向けるも・・・・・・。




「あら? 一体どこに行こうというのかしら?」




 ガシッと肩をものすごい力で掴まれ、危うく俺は前へと倒れそうになるが、寸前の所で堪えてみせる。


 クソ~~~~~~!!! 女の癖に何だよ、この握力。肩がメキメキ鳴ってんですけど!! ちょ、止めろや!! 粉砕骨折するやろ、この馬鹿力めが!!


「いって!! ちょ、離せよ!! 肩、ミシミシ、ミシッ・・・・・・、って、今メリッてメリィッて!!」


 マジヤベェ。鼻から目からしょっぱい水が・・・・・・、あれ? 俺っていつの間にか海水が出るようになったんだな、って!!!! そんなわけあるかぁーい!! と、心中ノリツッコミを展開していると。


「何よ、オスの癖に情けないわね。いい? 私なんか周りのオスから『スプーンしか持てない非力で可憐なお姫様』って、言われるくらいにか弱き乙女なんだからね。あんたちょっと大袈裟に言い過ぎなのよ」


 何故か唇を尖らせながら不満げに呟くアリッサ。


「そんなわけないだろ!? お前らの周りの奴らどんだけ節穴なんだよ!? 少なくとも俺の周りの女子は片手で肩を握り潰せるような握力を持った奴はいない」


 こんな握力じゃ、鋼で出来た食器だってグンニャリと蒟蒻のように折れ曲がるだろうさ!! あいつら、この可憐な容姿に騙されてんだよ。こいつは外見は天使でも、中身はオスの象にも勝るぜ。


「・・・・・・っんと、クソ生意気なオスね。このまま木っ端微塵に握り潰しちゃおうかしら」


 ゴゴゴゴゴゴ、と地鳴りのような効果音を背後に纏わせ、感情の消え失せた声で宣告する。それと同時に俺の肩を握った細い手に力がこもり始め、俺の肩に先程とは比べものにならないほどの激痛が襲う。


「イテテテテ!! ちょ、マジで肩がめげる。ほんと、ごめん!! 謝る、謝るから!! アァ――――――――!!」


 目から火花が散るほどの痛みに、俺は体裁も何も関係なく必死に許しを請う。けど、怒りで我を失っているアリッサには効果が無く、耳と尻尾の毛をボワワワと逆立てて本物の猫のように威嚇し始める。


 やばい、このままじゃあ俺本当に喰われるかも・・・・・・。本気で死を悟り、俺は約十数年の思い出を脳内プロジェクターに映し出し、侘びしいかな、一人鑑賞会に移ったのである。


 世間ではこの現象を走馬燈というんだろうな、とどこか余所事のように呟く。


 しかし、そんな風に自分の思い出に浸っていた俺を肩から送られる容赦ない痛みが、強制的に現世へと引き戻す。


 ぐぉ~~~~~~~~~~~~!!!!! ふざけんな!! いきなり生け贄にされてこの扱いとか、ちょ、ホントふざけんなよ!? 認めたであろう人間かもなんだったら、もうちょっと俺を――――――――



「―――――――――――――敬えぇぇぇぇぇぇぇ!! このクソ猫がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



 とうとう俺は堪忍袋の緒がブチ切れ、肩を握りつぶし最中のアリッサを力の限りにぶっ飛ばすようにして振り解く。俗に言う火事場の馬鹿力というやつだ。


 一方、振り解かれたアリッサは驚愕に満ちた表情を浮かべるも、猫並みの俊敏さで華麗に空中で体勢を立て直すも、床に着地する際に足を滑らせたのか派手に顔面から着地する。


「ふぎゃ!!!!!」


 うわ、どんくさ。さっきのはまぐれだったんだな。


 赤くなった鼻を押さえながら、ウ~ウ~と痛みに呻きながら涙目で、自分を薙ぎ払った俺を睨み付けるアリッサ。

 

 なんだよ、その面。そんな顔すんなよ。俺だって正直驚いてるんだよ。


 俺は未だにジンジンと激しく痙攣する左手を見下ろしながら、自分でも信じられないという風に頭を振っていると。



 

 バァァァァァ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ァァァァァッン!!!!




 背後でいきなり扉を蹴破られた轟音が轟いたのと同時に、複数の物々しくも荒い足音が室内に入ってきて、ついでそれが“侵入者”と気づく頃には俺の周りにはごつい装備の銃を構えた男たちがズラリと取り囲んでいた。



「動くな!!!! 動けば、容赦はしないぞ!!」



 どうやらアリッサのファンらしき団体が踏み込んできたようだ。本当に、良いタイミングで。


 つか、こいつら本当にただのファンか? 何か訓練の行き届いた雰囲気といい、隙のない身のこなしに全く無駄のない手際の良さといい、装備している武装の凄さといい・・・・・・。


 多分、俺の予想と思うけど、こいつら政府軍の、しかも超エリート部隊なんじゃねぇか? 


 そんな奴らを手玉に取るたぁ・・・・・・、末恐ろしいな神様ってのも。


 って、ここまでは全く俺の勘なんだけどな。所詮、ミリタリーマンガで得たうろ覚えの知識だし。


 あ~、ここで烏丸がいれば、って。俺よくこんな状況で冷静に考え事が出来るな。


 あ~、あれだな。恐怖も極限に達すると、何とも思わなくなるというやつな。


 まさか、俺がそれを体験するとは。世の中何が起きるか分からないとはよく言ったものだ。


 ボケ~と間抜け面で悶々としていた俺はいつしか気が抜けたのか、背中に背負っていた樹理を持つ手が緩み始め、気絶して完全に脱力モードにある樹理の体がずり降りていき、それを見た一人の隊員は。



「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!! じゅ、樹理お嬢様!!!!」



 まるでこの世の終わりのような、青ざめた表情で絶叫する。


 何だよ、お前、樹理の知り合いか?


「き、貴様!! 我らの二大アイドルの一人である樹理様を肩に背負うとは何事だ!! その汚い手を離せ、この俗物が!!」


 隣にいた隊員が溢れんばかりの嫉妬を隠さずに俺へと怒鳴りつけると、周りにいた隊員も「そうだそうだ!!」と声を張り上げて唱和する。


 つか、俗物って。いつの時代なんだよ。


 散々俺へと喚き散らした隊員は、ふと床で蹲りながら半泣きの表情を浮かべているアリッサへと視線を移し、この世の終わりのような絶望的な表情を浮かべて絶叫する。



「あ、アリッサさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



「「「「「「ふぉああああああああああああああああああああああああ!!!!!」」」」」」



 うるっせ!! 地響きしたぞ。って、叫び声で揺れるなんてどんだけ甘い耐久工事なんだよ。ちゃんと仕事しろよ、建設会社。



「あんたたち気づくの遅すぎでしょ!? 何で樹理が先であんたたちが“神”と仰いでいる私が後だなんて、一体全体どういうことなのよ!!!!!」


 と、鼻血を垂らしながら不甲斐ない自分を崇拝する奉仕者(奴隷)たちを叱咤する。


「「「「「「「は、ははぁぁぁぁぁぁぁ!! 申し訳ありません~~~~~~~~~~」」」」」」」」


 男たちはアメ玉に群がるアリの如く持っていた銃器をうち捨てて、アリッサの足下に駆けつけ縋りつくようにして跪く。


 うわ~、大の男が女の子の足下にひれ伏す姿ってちょー情けねぇ。


 と、少し離れたところで傍観しながら俺は内心で呆れ返っていた。


 う~ん、異性を好きになるということはこういうことなのか、と俺は異性を好きなるのが少しだけ怖くなった。こんな風に首っ丈になるのなら、恋愛なんてどうでもよくなるな。


 だって、あんなになるなんて死んでもイヤだな俺は。


 スリスリスリ、とアリッサの足へ顔を擦りつけている隊員たちを軽蔑の視線で見つめている内に、俺は自身が密かに描いていた恋愛への儚い幻想がガラガラと音を立てて崩れるのが分かった。


 恋愛なんて、恋愛なんて・・・・・・、ハァ。


 ガックリとショックで項垂れた俺は、アリッサたちの動向を全く気にしていなかったため、背後から忍び寄ってきた隊員たちに気づくことはなく、気づいた瞬間には背に背負った樹理を強引に引き剥がされていた。



「お、おい!! いきなり何を――――――――――グァ!?」



 慌てて樹理を取り戻そうと手を伸ばしたその時、腹部に強烈な痛みと衝撃が走り、俺はあまりの衝撃の大きさにまともに立っていられなかった。


 どうやら隊員の一人が樹理へと気をやられている俺の隙を狙って、腹部へと強烈なフックを食らわしたのだ。鍛えられてもいない俺の腹筋や内臓は強烈な一撃に悲鳴を上げていた。



「グ・・・・・・、いき、なり何すんだ。この、アマ」


 

 膝を突きながら俺は不敵な笑みを浮かべて仁王立ちするアリッサを見上げる。


 なんだ、その計画通り、みたいな余裕綽々の笑みは。


 はめたのか。俺はこの猫耳女にはめられたのか。ワロス・・・・・・。


 俺の意識はそこでブッツリと途切れたのであった。



 ――――――――――要するに、気絶したわけだ。





 

「ゃく―――――――きなさい。おき――――――――――、ウト」



 誰だ。さっきから耳元でブツブツと。


 俺は煩わしさからウ~ンと不機嫌そうに唸って寝返りを打つ。


 あ~、何かすっげぇ気持ちいいな。何このフワッフワな感触。まるでカシミアの中に包まれているような柔らかでいてほんのり暖かい素敵空間は。


 なんかこのまま永眠してもいいほどの快眠さに、俺は本気で冬に冬眠する熊を羨ましく思った。


 しかし、そんな俺のふ抜けた考えを許さないというように耳元で囁き続ける声。


 そんな声の鬱陶しさに、俺は夏の夜に耳元で跳び続ける蚊の存在に抱く殺意と同等の感情を抱いた。


 でも、その間にも俺の耳元での騒音は一向に鳴りやむ気配がない。


 止むどころかますます激しくなる声に、俺はとうとう我慢の限界であった。


「――――――――――ら、早くおきな――――――――――さ、い?」


「あ~~~~~~~~~~~!! うるせ~~~~~~!?」


 と、ほぼ同時に声を張り上げながら跳ね起きた俺は、先程から俺の耳元で囁く声の正体を突き止めるべく辺りを見回してみると、



「・・・・・・どこ、ここ」



 見たこともない光景が目の前に広がっていた。


 一般家庭ではお目にかかることがないであろうほどの豪奢な装飾品に調度品の数々。どれも皇室や王族に献納されるほどの一品である。こんなの樹理の家でもみたことがないぜ、と俺はあまりの異次元空間にゴクリと緊張のあまりに生唾を飲み込む。


 天井には煌々とこれまた派手な造りのシャンデリアがぶら下がり、俺はあまりの眩しさに目がチカチカした。


 シャンデリアって・・・・・・、俺、こんなのマンガの世界だけかと思ったぜ。あるところにはあるんだな。


 と、キョロキョロと好奇心に突き動かされた子どもの如く辺りを見回していた俺に、


「やぁ~っと、目を覚ましたのね。猿って、寝てるときでも猿顔なのね」


 と、聞きたくもない声が耳に入ってきた。


 こ・の・こ・え・は。


 俺はギチチチチチ、とぎこちない動きで声のした方へと振り向くと、そこにいたのは猫耳尻尾の美少女女神アリッサであった。


 生徒会室で見た時の法衣ではなく、ネグリジェのような寝間着を身につけており、風呂に入ったのかその艶やかな銀髪はほどよい水気を含んでおり、白磁のようなすべらかな肌はほんのり桜色に染まっていた。


 くそ・・・・・・、風呂上がりってのは強烈だな。クソ生意気な女っていうのは分かってるんだけど、色っぽく見えてこう、胸がモヤモヤするぜ・・・・・・。


「あ、アリッサ。・・・・・・ってことは、ここはもしかして――――――――――」


 俺はドンドンと近づいてくるアリッサへと距離を取るべく、ジリジリと腕の力を使って後退しようと試みるも、フワフワしたマットレスのせいか上手くバランスが取れず、俺はポフッと無様にも転げ落ちてしまう。


 ドテッと俺は背中から床へと落ちてしまい、俺の視界はガクーンと下がってしまう。そんな俺の顔の上にアリッサは風呂上がりの素足を躊躇うことなく乗せてくる。


 フワァと桃の花の香りが鼻孔へと入り、俺は一瞬恍惚の表情を浮かべるも、すぐさま屈辱的な体勢なのに気づき、瞬時にして怒りが沸き上がってくる。


 こんなのされて一時でも喜んでいた俺が情けないぜ・・・・・・。こんなのM属性の奴しか喜ばねぇだろ。俺はノーマルなつもりだけど、少なくともM属性ではないと思うし。


 俺が考え事をしている間にもアリッサはグイグイと嬉々として、俺の顔面へと足をグイグイと押しつけてくる。


 そんなに楽しいか。神様ってみんなドSを拗らせているのか。


「ぶぼ、ばべろば、ぼのぶぼぶぁ(グォ、止めろよ、このクソが)」


 足の裏で口を塞がれている俺はくぐもった声で抗議の声を発すると、アリッサはくすぐったそうに身を捩る。どうやらこの方法は効果がありそうだ。


 しばらくこの方法で辱めてやろうか・・・・・・、と次は舌で足の裏を舐め回そうと決意した矢先に、呆気なくアリッサは俺の顔の上から足を除けた。


 なんだよ、これから良いところだったのに。


 って、なんで俺残念がっているんだよ。意味分かんねぇ。


 と、俺は自分の心の変化に戸惑いつつも、とりあえずアリッサの足が退いたことに安堵しつつ、ゆっくりと上半身を起こす。


 すると、そこには全身を真っ赤に染めて、恥ずかしそうにモジモジしているアリッサがいた。


 何だ、恥ずかしいなら最初からやらなきゃいいのによ。


 アリッサの様子と違うことに疑問を抱きつつも、それを問い質す勇気はないので俺はスルーしてアリッサへと声をかける。


「おい、ここはどこなんだ。もしかしてとは思うが、お前の部屋・・・・・・、とかじゃないよな?」


「・・・・・・当たらずとも遠からずとも、と言ったところかしら。ここは日本国大使館の一室よ。人間界に滞在する際の部屋として借りているから、実質は私の部屋と言っても過言ではないわね」


 赤面した顔を気にしつつも、どうにか平然さを取り戻したアリッサは俺の問いに答える。


「そうか。ここは大使館の・・・・・・。道理で部屋が豪華絢爛だと思った」


 どうやら俺は気絶させられた後、ここに連れてこられたというわけだ。


 っていうか、これってほぼ誘拐なんじゃねぇ?


 神様だからって何されても許されると思うなよ。


 とか言っても、どうせ・・・・・・、『はぁ? 猿の国の法律なんて神である私には関係ないし。馬鹿じゃないの』な~んて言われて相手にされねぇだろうし。ここは黙っておこう。


 俺が密かに黙りを決め込んでいると、どうやら俺が無反応なのが面白くないアリッサは眉を寄せながら、


「・・・・・・お前、他に言うことはないの?」


「えっ?」


「あ~、もう! 焦れったいわね!! 部屋の感想とかじゃなくて、どうして自分が連れてこられたワケとか色々あるでしょ!? なのに何をそんな呑気に・・・・・・ッ」


 ピコピコピコッと忙しなく猫耳を揺らしながら早口で言うアリッサ。


 まぁ、アリッサの言うことも一理あるな。


 俺はコホンと咳払いをし、至って真剣な表情を浮かべてアリッサへと向き直った。


 そうだよ。どうせ遅かれ早かれ聞かなきゃいけなかったんだ。むしろこいつから尋ねてくるなんて、俺にとっちゃあ好都合だぜ。


「じゃあ、聞くけど・・・・・・、俺が選ばれた理由って一体何なんだ? 言っておくが俺は他人より秀でている所なんてないぞ。馬鹿だし、運動神経0だし、その上運ないし・・・・・・」


 あぁ、言っていて暗くなってきたぜ、と心の中でホロリと涙を流す俺。


 どんよりとした暗雲を纏っている俺を真っ直ぐに見つめながら、アリッサは言った。



「だからよ、ナカムラユウト」



 明朗とした口調で言い放ったアリッサの顔を俺は訝しげな視線で見つめた。


 なんでだよ。


 普通、生け贄ってのは優秀な奴を選ぶもんだろ。


 実際に童話や神話上だって美しい女や強い男などが、生け贄に選ばれるじゃねぇか。


 なのに、こんな劣等種な俺が選ばれるはずがねぇだろ、常識的に考えて。



「・・・・・・へ、へぇ。最近の神様ってのは変わってるんだな。つうか、上手いモン食い過ぎて肥え太ったせいで、神経がおかしくなったんじゃねぇの?」


「なんですって? その発言は聞き捨てならないわね。今すぐ撤回しなさい。これは、命令よ」


 あ、どうして俺はこうなんだろう。


 いつも失言をして、相手を怒らせる。


 最近は気をつけたつもりだけど、感情が高ぶったりしたら“昔”の俺が顔を出す。


 皮肉屋で嫌みな性格が、幼少の頃に芽生えた人格が、自己を守ろうと牙を剥く。


 案の定、俺の牙による一撃を受けたアリッサは瞳孔を細めて、クワッと牙を剥いて威嚇し始めた。


 しかし、こんな事くらいで自分が言った言葉を撤回するわけにはいかない。もしかしたら俺に愛想をつかして生け贄から外さしてくれるかもしれない。


 そうだよ、俺は今のありふれた平穏な生活が大事なんだ。生け贄なんて、そんなの俺には向いてないよ。


「だ、誰が撤回なんかするかよ。お前だって、本当は俺のことをあざ笑ってるんだろ? 見下している人間より遙かに下回る俺のことが、おかしくておかしくて堪らないんだろ? いいよな、神様は。なんの努力しなくても全てが思い通りになるんだから」


 肩をすくめながら、俺はわざと嫌みな口調でアリッサを罵る。


 ここまでボロクソに罵られて怒らない人間はいない。


 さぁ、怒れ、驕り高ぶれ!! 本性を見せてみろよ、神様。


 どうせ高慢ちきなアリッサのことだ。自分の種族のことをコケにされて大人しくするようなタマじゃないのは、初対面の樹理とのやり取りで把握済みだ。


 あ~、でもここまで罵ったから俺もしかしたら殺されるかもな。


 どうしよう。今から謝った方が・・・・・・、いやいや!! 


 ここで折れてどうすんだよ!!


 勝手に『生け贄に決めたわ(笑)』とか言われて、しかも、内心気にしまくっている三重苦が選考基準とか言われたら、流石の俺でもキレるよ、キレまくりよ。


 そういや昔の俺は拗ねてたよなぁ。


 その上中二病もこじらせて、端から見たら変な奴認定されていたと思う。


 なんか、素っ気ない態度を取るのは周りにいる人を俺の能力で巻き込まないように云々。


 今思えば、何だよその設定!!


 恥ずかしいわ、穴があったら入りたいレベルだっつーの!!


 まぁ、そのおかげでちゃあ何だけど、人を怒らす才能は磨かれたと思うんだよね俺。


 ほらほら、もう少しでアリッサが爆発するよ。富士ヤマも真っ青だよ。


 と、俺はアリッサの反応を窺おうとチラリと伏せていた顔を上げると、そこには驚きの光景が広がっていた。


 なんとあのアリッサが泣いていたのだ。肩を震わせ、声も出さずに。


 嘘だろ? たかが猿と馬鹿にしている俺なんかの言葉で、泣くほどに気づいたのか?


 俺は脳をハンマーでぶん殴られたかのような衝撃を感じ、愕然とした面持ちでアリッサの泣き顔を見つめる。


 何でだよ。何で小馬鹿にしている俺の言葉なんかで、こんなにもショック受けてんだよ。


「な、なぁ。なに、泣いてんだよ。泣くなよ、なぁ、おい」


 俺は戸惑いを隠せないまま、けれどこのままじゃあいけないと思い、アリッサを慰めるべくグズュ、グジュと鼻を啜って泣き、その振動に合わせて小刻みに震えている肩へと手を置いた。


 肩に手を置いた瞬間、俺は咄嗟にアリッサに薙ぎ払われるのかと身構えたが全然そんなことはなかった。というか、その瞬間を待っていたというように俺の胸へと勢いよく飛びつくようにして抱きついてきた。


「うわわ、わ!!」


 俺は弾丸のような勢いと激しさを伴って胸に飛び込んできたアリッサを優しく抱き留め、抱きつかれた事による反動でバランスの崩れた下半身をどうにか持ちこたえる。


 抱き留めた瞬間、フワァとフローラル系の良い香りが鼻孔に入り、俺はその落ち着く香りに体の芯がフニャフニャになるのを感じた。それと同時にアリッサの小柄ながらも柔らかい感触に心臓がバクバクと激しく脈動し、これがマンガなら俺の心臓は口から飛び出ているところだった。


 俺の胸よりちょい上しかない身長から、俺は思わず彼女が神様と言うことも忘れ、つい年下の女の子をあやす感覚でピコピコと揺れる猫耳を含めてフワフワな銀髪の頭を優しく撫でさする。


 俺に頭を撫でさすられ中のアリッサは最初はビクッと警戒の色を露わにしたが、すぐに肩の力を抜いて俺に身を任せるようにして全身の力も抜いて体を寄せてきた。


 俺が頭を撫でる度に気持ちよさそうな吐息を漏らし、うっとりとした心地よい表情を浮かべる。こうしていると本当に猫を相手にしているかのような錯覚を覚える。


 そうか、神様とか言うけど、本質は猫そのものなんだな。


 うわー、ヤッベ。なんか可愛く見えてきたぞ。


 と、愛玩動物に向ける庇護欲まみれの視線をアリッサに向けながら、俺は無我夢中になってアリッサの頭を撫で続けた。


 しかし、やはり獣の直感が働くのか、俺の視線に気づいたアリッサはそそくさと身を引き、気まずさと緊張からかグシグシと毛繕いに似た行為を始めた。


 何、毛繕いと言っても余分な毛が生えていないので、当然毛繕い出来る部分は限られてくる。アリッサは慣れた手つきで猫耳、髪の毛、尻尾の順に毛繕いを開始する。最初は手で軽く撫でさする程度だったが、いつの間にかどこから取りだしたのか木製の、それもお高そうな毛ブラシを取りだし丁寧な手つきで毛をとかし始めた。


 する部分が少ないからあっという間に終わる。というか、この状況だからかそんなにゆっくりと出来る感じじゃなかったのだろう。


 恥ずかしさで顔を紅く染めたアリッサは、おっかなびっくりな手つきでブラシをベットの傍らに備え付けられた小机に置いた後、ギギギギギ、と錆び付いた機械のようにぎこちない動作でこちらへと歩み寄ってくる。


 どうやら激しく動揺している様子。


 まぁ、そりゃそうだよな。あんだけ激しく泣いたら誰だって気まずくなるよな。しかも、あんだけ馬鹿にしていた俺の前で、その上俺の胸に抱きついてきたしな。


 うん、よく分かるよ。お前の気持ちは。


 でも、明らかに動揺しすぎ。ロボットみたいになってるぞ。ほら、手と足が同じに出てるぞ。


 しかし、ここで指摘すると怒る狂うのは火を見るより明らかだし・・・・・・、うん。ここは黙っておこう。

その方がお互いのためというものだ。


 それにどうやら泣きやんでくれたようだし。結果オーライといこう。やっぱ女が泣くのは気まずいというか、心臓に悪いしな。


 俺の前へとやって来たアリッサは無言で俺を睨み付けていたが、しばらく睨むと漸く気持ちが落ち着いたのか、俺の服の袖を摘んでソファーの方へと引っ張りつつ誘導していく。


 どうやらある程度打ち解けてくれたのかな、とアリッサの背を見ながら独りごちる。そうこうしている間にどうやら目的の場所にたどり着いたようだ。アリッサは対面式のソファーの一つに腰を下ろしながら、俺にも向かいのソファーに座るように顎でしゃくって促す。


 まぁ、断る道理もないし、とお言葉に甘えてソファーへと腰を下ろす。


 腰を下ろした瞬間、尻面にソファーのフワッフワな感触が広がり、俺はその半端ないフワフワ感に思わずホヘェ~と吐息を漏らしてしまった。


 なんだコレ!? これがソファー? フワフワじゃん。こんなの絶対地球産のソファーじゃないだろ!!


「ハァ・・・・・・、気持ちえぇ」


 と、飾りのない感想が口から漏れる。


「・・・・・・気持ちいいのは当たり前よ。それは我が祖国であるアニマリーファズに生息する鳥種の羽毛をふんだんに使って仕立てた極上のソファーなのよ。わざわざ無理言って運ばせたかいがあったわ」


 また変な地名が出た。まぁ、そんな些細なことはいいや。この気持ち良さの前なら大抵のことはどうでもよくなるから不思議だ。


 ポヤァ~と夢見心地な表情を浮かべている俺に向かって、アリッサは眉を顰めた後にコホンと咳払いし、


「・・・・・・ねぇ、話を元に戻すけど、いい?」


「えっ? あ、あぁ・・・・・・、いいよ」


 ヤッベ。ボーッとしてた。


 俺はアリッサの声で慌てて我に返り、気まずそうに視線を逸らしながら答えた。俺の了承の声を聞いたアリッサはフゥーと息をゆっくり吐き、体の力を適度に抜いた後、俺の様子を見計らいつつ口を開いた。


「・・・・・・そうね。どこから話せばいいのか。まずお前が“Scapegoat”選ばれたことは知ってるわよね?」


「あぁ、もちろん。というか、それが原因でこういう事になってるんだから忘れようもねぇだろ」


「そう・・・・・・。それでお前はその言葉の意味を知ってる?」


「意味? え~と、確か“神様の生け贄”だったっけ。烏丸っていう、俺の友達から聞いたんだ。もしかして、それの他に意味があるのか?」


「いいえ・・・・・・、大体それがあってるわ。でもね、その意味は我ら“神”とお前たち“人間”の間で齟齬が生じてるのよ。かみ砕いて言えば噛み合ってないのよね」


「? 一体どういう事なんだ?」


 さっぱり意味が分からない。まさかあの樹理や烏丸が間違ったことを言うはずが・・・・・・。それに樹理はお偉いさんの娘だぞ。得た情報に間違いなんて無いはずだけど・・・・・・。


 でも、このアリッサの態度を見るとその情報は怪しく思える。まさか、ニセの情報を掴まされたんじゃあ・・・・・・。だって考えてみればいくらお偉いさんの娘だからって、そうほいほいと国の重要機密を伝えるわけないもんな。


 俺が戸惑った表情を浮かべて黙っていると、アリッサはフワフワの銀髪を指で弄りながら話の続きを再開する。


「それで、話の続きなんだけどね。お前、“第一回神人首脳会談”って知ってる?」


「ん? あぁ、それか。知ってるよ。今朝、週刊誌で見たよ。デカデカと写真が貼ってあった」


「そう。実はその会談ね、公にはされてないのだけれど、第一回なんて嘘なのよ」


「えぇ!!!」


 とんでもない爆弾発言をサラッと言いやがった!! 


 嘘だろ? それが嘘なら、本当はもっと前に人間界にコイツらが来ていたというのか?


 俺はゴクリと唾を飲み込みながら、愕然とした表情を浮かべてアリッサを見つめる。


 しかし、アリッサは至って涼しい顔。気だるげに髪を掻き分けながら、


「何をそんなに驚いてるのよ、そんなに大したこと無いでしょ」


「いや、大したことだって!! つか、何ばらした本人、いや本神?がそんなに落ちついてんだよ!?」


 バンッとテーブルを叩きつけながら叫ぶ俺。こいつの神経図太すぎだろ!?


 常識的に考えて、異形の奴らが身近にいたら冷静でいられないと思うが。


「なに考えてんのか知らないけど、私たちが姿を衆人に見せたのはつい最近よ。それまでは周囲の混乱を避けて大人しくしていたわよ」


「じゃあ、なんで急に姿を見せることにしたんだ? お前らには何のメリットがないだろ?」


「メリット? そうね、何の得もないわ。でもね、もうそんな悠長なことを言っている暇はなくなってきたのよ」


 フゥ~、と息をつくと、不意に傍らに置いてあった小さな鈴のような物を取りだし、それを数回ほど鳴らした。


 チリリィ~ン、と小気味よい音が室内に響き渡り、それが止むか止まないかのタイミングでトン、トンとドアがノックされた。


 どうやらあの小さな鈴は呼び鈴のようだ。


 それにしても、来るの早!? なに、使用人さんってこんなに来るの早いの? 忍者上回るじゃん!!


 と、突然の出来事にあんぐりと口を大きく開けて呆ける俺を尻目に、アリッサはと言うと澄まし顔で、


「入りなさい」


 威厳たっぷりに入室を許可した。


 それを合図にキィとドアが小さく軋む音をさせながら開き、ついで犬耳を付けた小柄な少女が姿を見せた。


 その少女は先程アリッサが着ていた法衣の簡易版を身につけており、その服がこの世界でいう“メイド服”に準する物だと彼女の雰囲気で何となく悟った。


 凛とした表情で静かに歩きながらポットやらが乗ったワゴンを押してくる犬耳少女。肩で切り揃えられた灰色の髪と涼やかな色合いの碧眼が印象的な美少女であった。


 ヘニャと垂れた犬耳が歩く度にピコピコと揺れ、俺はその凛とした雰囲気にミスマッチな光景に思わずキュンと胸を高鳴らせた。


 やがて俺たちが座るソファーの前まで辿り着いた少女は恭しくお辞儀しながら、


「アリッサ様。紅茶をお持ちいたしました」


「えぇ、ご苦労様。ツゥイラ」


 アリッサは淡々とした声で礼を述べる。


 ツゥイラと呼ばれた少女はもう一度浅くお辞儀すると、ソーサーに載せたカップを俺とアリッサの前に置き、ここに来る前に沸騰させていたポットから紅茶を慣れた手つきで注ぐ。


 淡い桃色をした液体がカップに注がれ、瑞々しい赤色の果実がちょんとカップの縁に添えられた。


「どうぞ、アリッサ様。・・・・・・そして、勇人さま」


 と、紅茶が入ったカップを俺たちの方へソッと押しながら、こちらの顔色を窺うようにして紅茶の飲茶を勧める。


「えっ、あぁ! どうも・・・・・・、って、何で俺の名前知ってんの?」


 カップを受け取りながら、俺はふと浮かんだ疑問を口にする。


 そんな俺の疑問にツゥイラは、


「・・・・・・よく、アリッサ様から名を聞いておりましたので」


 と表情を変えずに実に淡々とした態度で答えを口にする。


 そんな俺らのやり取りをカップに口を付けながら静観していたアリッサはと言うと、


「珍しいわね、ツゥイラが初対面の、しかも人間と口をきくなんて。ねぇ、ツゥイラ。“コレ”、そんなに気に入ったの?」


 第三者の俺でさえ聞いていてゾッとするような、凍てつく氷のような声音でツゥイラに問いかけるアリッサ。問い質されたツゥイラは顔を真っ青にしながらプルプルと小刻みに震え怯える。


「・・・・・・め、滅相もありません。アリッサ様。ツゥイラは、ちゃんと身分を弁えております故」


 と、辛うじて震える声でそれだけを口にするツゥイラ。


 ツゥイラのその言葉に漸く満足したアリッサはフッと、先程の冷たい笑みとは120度違う、春の日差しのような笑みを浮かべて、ツゥイラの頭を優しく撫でさする。


「そう、良い子ねツゥイラ。あっ、そうそう。一応、お前にも紹介しておいてあげる。この子はツゥイラ・ジジール。見れば分かるだろうけど犬種の獣神族で、元は奴隷種だったのだけれど、今は私の専属の召使いの任を仰せつかってるの」


 アリッサの紹介に合わせてツゥイラがペコリと、実に無駄のない洗練された動作で深々とお辞儀をする。

 

 俺はアリッサの説明を聞いて、神様にも身分があるんだなと少しだけ切なくなった。


「犬種は兵士が多いのだけれど、ツゥイラの様な垂れ耳の子は奴隷になるのが多いのよ。特に、女の方がその価値が高く、私たち王族や貴族の召使いになるのが普通なのよ」


 と、説明を付け加えるアリッサ。


 曰く、立ち耳は気が強く獰猛だけど、垂れ耳は温厚で冷静だから奴隷に向いてるのよ、とのこと。


 まぁ、俺らの世界でも垂れ耳の犬は大体大人しいしな。分からない話ではない。


 でも・・・・・・、俺はチラリとツゥイラに視線を向ける。


 俯きがちで寂しそうな色に彩られた端正な顔、クルリと力なく垂れ下がった灰色の尻尾。


 この子は本当は奴隷を辞めたいんじゃないのかな。そうだよな、まだ幼そうだし、アリッサはキツイし、イヤになるよな。


 よし、ここは腹を括って俺が代わりに代弁してやろう、かと意気込んでいると、


「さぁ、ツゥイラ。用がないなら下がりなさい。お前には別の用事を言いつけてあるでしょう?」


 アリッサに先手を打たれた!!


 アリッサに命令されたツゥイラは恭しく一礼すると、ワゴンを押しながら足早にこの部屋から退出した。


 バタン、とドアが閉まるのを確認したアリッサは再び俺の方へ振り向くと、


「なに? えらくツゥイラを気にかけるのね。そんなにあの子が気になるの?」


「えっ? 気になるっていうか・・・・・・、あんなに小さいのに奴隷なんて可哀想だなぁ~、って」


 アリッサは俺の言葉を聞くとフッとさも可笑しいと言わんばかりに失笑し、再びテーブルに置いたカップを手に取りながらソッと口を付ける。


「馬鹿ね、小さいと言ってもツゥイラは1000年もの時を生きてるのよ。あんたたちより遙かに年上なんだから」


 1000!? 


 ブッ!! とあまりの衝撃の事実に飲んでいた紅茶を吹き出してしまう。


 なに、ツゥイラって平安時代頃の生まれ?


 神様って、そんなに長生きなの?


 激しく動揺しまくりの俺にアリッサはニヤニヤと笑いながら、


「まぁ、それでも人間の年齢で言うと12~14才くらいの間だけどね」



 またまた衝撃の事実をカミングアウトした!!



 1000年生きてまだ十代前半って・・・・・・、すっげぇチートだな・・・・・・。


 ある意味羨ましす。永遠の時を生きるのは全時代からの人間に課せられた命題だしな。


 たかだかよ~く生きて100歳未満の寿命しかもたない人間にとっちゃあ、何万年もの歳月を生きる神様が羨ましくてしょうがないよな。


 でも・・・・・・、俺は羨ましいと思うのと同時にアリッサたちのことを可哀想にも思う。


 “永遠”ってのはすごく魅力的だが、物事にありがたみを見いだせなくなる。何事にも怠惰的に無感動的に向き合ってしまったり、ふとしたほんの些細なことにも感動を抱けなくなってしまうからだ。 


 俺はそんな生き方をするくらいなら、永遠にも等しい命なんか別に羨ましくもなんともなかった。


 だからかな、俺よりずっと長生きしているであろうアリッサが不憫に思えて仕方なかった。


 でも、そんな負の感情を臆面に出さず、俺は平静を装ってアリッサに笑いかけた。


「へぇ~、そうなんだ。すごいな。ってことはアリッサもその、ツゥイラより長生きしているのか?」


「・・・・・・レディに歳を聞くなって教えてもらわなかったのかしら? まぁ・・・・・・、別に良いわ。どうせ、いつまでも隠せるものでもないし。私はそうね・・・・・・、今年で1150になるかしら」


「せ、せんひゃくごじゅう・・・・・・。これまた随分と長生きなことで」


「ちょっと勘違いしないでくれる? 私はね人間年齢で言うとあんたたちと同じ年くらいなのよ」


「あっ、そうなんだ。にしても1150かぁ。なんか未知すぎて把握しずらいな~」


 平安時代頃に産まれて、今の時代まで生きて地球を見下ろしていたアリッサ。その胸中には一体どんな思いが渦巻いているのだろう。


 進歩のない人間に対する諦観か、それとも慈しみか。


 まぁ、こいつの性格に限って後者はないな絶対。


 俺なら1000年生きたらすることなくて死んでしまうよ。暇すぎて、なんか神界って娯楽なそうだし。


 って、また話が脱線してるし!! そんなことより今話すべき話題は他にあるだろ!!


「そんなことよりさ!! いいから早く話の続きを言ってくれよ!! さっきから話が脱線しすぎだから!!」


 紅茶を飲み干し空になったカップをソーサーの上に置いた後、ガバッと勢いよく立ち上がる俺。そんな俺を見たアリッサは怪訝そうに眉を顰めて、


「まったく人間って本当に短気で落ち着きのない生き物ね。もう少し時間を有効かつ悠長に使おうという気がないのかしら」


「あのなぁ~。短命な俺らと長命なお前たちの間では時間の進み方が違うんだよ。神様感覚の悠長さでいかれたら、俺はとっくに土の下だよ」


 ビシッと大阪人ばりのツッコミを繰り出す俺。


 こいつらの一瞬は俺らにとったら100年くらいの時間なんだよ。まぁ、これは大袈裟に言いすぎたかもしれないけど、そう言っても過言ではないと俺は思う。


 ほら、昔から言うだろ。時は金なりって。


 時間はな、金では買えないんだよ。


 短命な人間の思考を的確に表していることわざを思い出しながら、俺は時間についての考えが120度違うアリッサを真っ直ぐに見据えた。


 しかし、アリッサは俺の考えていることは理解できない様子。


 手の中に収めた紅茶の入ったカップを指先で弄びながら、金色の双眸で俺の顔を見つめつつ口を開いた。僅かに開いた口から鋭く尖った犬歯が覗く。


「そう、お前が土の下になるのは避けたいし。いいわ、人間の時間への執着さは未だに理解できないけど、あまりこの世界に留まるのも癪だしね」


 コトン、とカップをソーサーの上に置いたアリッサは、ソファーの背にゆったりと体を預け、リラックスした体勢で中断されていた話を話し出す。


「それでさっきの話の続きだけど・・・・・・。人間界の全世界の首脳たちと我ら四神族の間で何回にも渡って会談が開かれ、ある“議題”について延々と話し続けてきたの」


「ある議題? その議題って一体何なんだ?」


「・・・・・・そうね。馬鹿で有名なあんたにも分かりやすく言うと、“人間を滅ぼすか否か”よ」


「えっ? 人間を滅ぼす、だって?」


 何だよ、それ。


 俺はアリッサの口から出た言葉に愕然とした。


 悪い冗談だと思いたい。人間を滅ぼす? それって人間を殺す、って事だよな?


「そうよ。なにもそんなに驚くことないでしょう。お前たちは同族間で無意味な殺し合いを繰り広げているじゃない。それも何百年、何千年とね。なら、私たちが人を殺すのだって何ら不思議じゃないでしょう?」


 歌うように、まるで心の底から楽しいと言わんばかりに顔に、満面の笑みを浮かべて言うアリッサ。


 俺はそんなアリッサの頬を思い切りぶん殴りたい衝動に駆られた。マグマのように燃えたぎる怒りの奔流が体中の血管を巡り回る。


 確かにアリッサの言うことはなんら間違ってない。


 宗教上の違いや、領土拡大や領土占領の度に人類は無益な戦争を展開してきた。


 それは認めざるをえない。


 でも、だからといって何の罪もない人間を、神だからといって殺してもいい道理はないのだ。


「な、んだよ。ふっざけんなよ!! そんな勝手な言い分があっか!!」


 ギュッと拳を握りしめ、抑えきれない衝動のままにアリッサに掴みかかる。彼女のネグリジェを掴みあげグイッとこちらへと手繰り寄せる。


 意外にもアリッサは何の抵抗もなくされるがままであった。


 目と鼻の先にアリッサの端正な顔があり、フゥ~フゥ~と互いの息と息とが交差する。


 アリッサが俺の手により引き寄せられた際に、テーブルの上に乗った紅茶のカップが音を立てて転けてしまい、僅かにカップ内に入っていた紅茶がその拍子で溢れ落ち、机の上を薄桃色の液体が徐々にテーブルの表面を張って外側に広がっていく。


 テーブルの上に膝を置いたアリッサは、ヒンヤリと感じる液体に不快感を覚えて眉を寄せるも、殺気を灯した俺の視線を真っ向から受け止めていた。


 永遠にも感じる時間の中、最初に口火を切ったのはアリッサであった。


「ふざけんな? それはこっちの台詞よ。お前たち人間の身勝手で、どれだけこの星が痛手を被ってきたか分かってるの? それはなにもここだけの話じゃない。私たちが住む神界も例外ではないの。私たちは自分たちが暮らす場所を守るために戦うの。それでも、お前が文句が言える立場だと思う?」


「それは・・・・・・。でも、全員を殺すなんて。罪のない善良な人間だってたくさんいるんだ」


 アリッサの言うことは正論だとは思う。自分たちの暮らす世界を守るため、それは戦う動機としては至極当然だ。けれども、罪のない人間を殺すのはただの殺戮だ。


 そこには何の正義も、モラルもない。


「それがなに? 同族の罪はみんなの罪よ。皆、等しく罰を受けるべきだわ」


 フン、とせせら笑うアリッサ。


 俺はそんなアリッサの無慈悲で自分勝手な言葉に腹が無性に立った。


「なんだよ、そんな理不尽なことがあるかよ!!」


「フッ、理不尽? この世は理不尽なことでありふれているのよ。それこそ、お前たち“人間”も私たち“神”も等しく、ね」


 パン、と自分の襟首を掴んでいる俺の手を叩きつつ答えるアリッサ。その表情には自嘲を宿した笑みが張り付いていた。


 俺はそんな彼女の笑顔を見て、何だろう。なんだかとても胸がズキリと激しく痛むのを感じた。


 その笑顔の裏に浮かぶ、彼女が思う真意を見透かしたような気がして。


 何だ。


 突き放したような、小馬鹿にしたような言うけど、本当は――――――――――。




「お前って、本当は優しいんだな」



 

 他人を思いやり、切り捨てることが出来ない優しい性格をした、ただの女の子なんだ。



「――――――――――はぁ? 何を言い出すのよ急に。思い上がりも甚だしいわ。私は、お前たちがどうなろうと関係ないんだからね!?」


 俺の放った言葉にアリッサは焦りを含んだ表情を浮かべて狼狽える。


 俺の一挙一動に慌てふためく彼女が何だか愛おしく思え、生暖かい視線でアリッサを見つめた。


 そんな俺が気にくわないのか、アリッサは尻尾をブンブンと左右に揺らしながら、


「何よ、意味分かんない!! これだから人間ってのは理解できないわ!!」


 ドカッと鼻息荒く再びソファーへと腰を下ろし足を組むアリッサ。足を組んだ拍子にその隙間から黒い紐パンが覗いたのは秘密にしておこう。


 うん、非常に良い物を拝ませて貰いました(キリッ)!!


 俺は無駄に格好良く締めくくりつつも、その脳内では激しくフィーバーしていた。


 うん、パンツはいつ見ても良い物ですね!! しかも紐パンよ、紐パン!! 


 紐パン、それは魅惑のパンツ・・・・・・。


 ただの布きれでありながら、何とも香しい色香と色気を兼ね備える、禁断の布。


 だってさぁ・・・・・・、紐を引っ張ったら脱げるんだぜ。


 あぁ!! あのシュルっていう衣擦れの音を聞いただけで、すっげぇ興奮しちゃう!!


 と、脳内の俺は一人で激しく誰ともなく紐パンの素晴らしさを語り、そして激しく悶えながら踊ったり転げ回っていた。


 このことからでも分かるように、俺は末期の紐パンフェチなのだ。


 胸より紐パン、尻より紐パン、三度の飯より紐パン。


 それがこの俺、中村勇人の全てさ!!


 まぁ、それだけで俺の全てが分かるのも、何か情けないけどな~、とどこか達観した様子で自分を分析する俺。


 そんな俺をまるで触れてはいけないような視線で見つめながら、


「あんた、なにさっきから紐パン紐パンってブツブツ呟いて・・・・・・、とうとう気が変になったのね」


 可哀想にと口元を掌で押さえながら、ヨヨヨ・・・・・・、と泣き崩れるフリをするアリッサ。その証拠に目が完全に笑っていた。


 クソッ、全部聞こえていたのか。蚊が鳴くような小声で呟いていたのに・・・・・・、アリッサ恐ろしい子!?


「ち、ちげーし!! 気が変になってねぇーし!! ぱ、パンツがどうこうとか気にしてねぇーし!!」


 アリッサのえげつない態度に、俺は何だか自分で訳が分からないほどにテンパッてしまい、まるで不良中学生の口調で喚いてしまう。


 すっげぇ、情けねぇ。


 でも・・・・・・、オタクが両親や兄弟に自分の秘密の趣味をばれた際に動揺する心境が、今の俺の心境にピタリと当てはまるような気がした。


 自分の性癖が他人の、それも極上の美少女(人間しゃないけど)にばれたら、そりゃあ恥ずかしくて死にたくもなるよな。だって、幼なじみの樹理にさえ必死に隠してきたんだぜ、俺が紐パン至上主義者だということを。


 そりゃあ強いて言えば、美少女な樹理に紐パンを穿いて貰って、恥ずかしそうに上目遣いでスカートを捲ってクルクルと回って欲しいよ!! 


 そんでもって!!


『ば、馬鹿!! あんたのためにこんな恥ずかしい下着穿いてるんじゃないんだからね!!』


 とか言って貰うのも良いかも!!


 あぁ、俺ツンデレも結構いけるかも・・・・・・。


 と、己の妄想世界に逃避行している俺の顔面にアリッサの足の裏がめり込み、俺は声を上げる間もなくソファーにその身を沈めるはめになった。


 俺は鼻血を垂らしながらくっきりとアリッサの足跡を顔面につけた、実に情けない体裁で向かいに怒気を纏いながら座るアリッサへと視線をやる。


 アリッサはフンスと鼻息荒く、額に血管を浮き立たせながら自分の足跡が、遠目でも分かるほどにくっきりと残っている俺の顔面を睨み付けながら口を開いた。


「全く!! 猿には慎みという言葉がないのかしら!? 言っておくけど、話が全然前に進まないのはあんたのせいでもあるんだからね!!」


「・・・・・・はいはい、すんませんした~」


「ッ!! ちょっと反省してるの!? この~~~~~~~!!」


 ギュムムムムム~~~~~~~!!!!


「イデデデデデデデ!!!!! ちょ、そんなにほっぺ引っ張ったら、元に戻らなくなるだろ!?」


 俺の態度が気に入らなかったのか、ピキッと血管を額に倍ほど浮きだたせ、テーブルの上に片手を置き、そこに重心を預けて身を乗り出して、己の感情の突き動かされるままに思い切り俺の頬を摘んで引っ張るアリッサ。


 地味に痛いんだなコレが。頬肉に爪が食い込んで、あぁ~~~~~~~!!


 どうしよう!? 誰か、誰か助けて!! こいつと俺、相性最悪だわ。


 例えるなら猿と犬、猫と鼠、マングースとハブ。


 こいつと二人きりになるなんて、無謀にも程があった。


 あぁ、誰か中和剤になるような存在が必要だったのだ。俺とこいつの間には。


 そう、例えば食器用洗剤のような人物が(この際人外でなくても可)。


 俺はアリッサに頬を抓られながら、ここにはいないどこぞ他人に助けを請うていたその時。


 ガチャ、とドアがノックもなしに開かれたのだ。


 俺はその時、信じてもいない神に感謝した。


(あぁ!!! 神様、ありがとう!! これからは毎日一円賽銭箱に入れるよ)


 と、我ながら実にせこい感謝の仕方であった。


 俺はキラキラとした視線をドアの方に向けると、そこにいたのは小学生に見えるほどの小柄な美幼女であった。足首まで伸ばした白髪を揺らしながらこちらの方へと歩み寄り、まるで血のように紅い双眸を伏し目がちに。


 残念ながら顔の下部には灰色のベールを纏っており、どんな表情を浮かべているのかは分からなかった。中近東の女性が着そうな民族衣装を身に纏った美幼女は俺とアリッサの目の前まで歩み寄ってくると、ただ一言、淡々とした口調で。




「――――――――――――――いつまでグズグズと。もう、待てませんよ」




 その声は、真冬の湖に張る氷のようにさめざめと冷え切っていた。




 

 少し長くなりましたので区切ります。次回でこの章は最後ですのでよろしくお願いします(汗)。

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