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    三重苦な俺がヒーローになれるわけがない(2)

 俺たちが通う高校“私立北櫻高等学院”は名前からも分かるように、樹理の爺さんが経営している学院であり、北海道の中でも存在する高校の中で五本の指に入る規模の大きさを誇る名門校である。


 設立年は30年と短いく歴史も浅いが、自由な校風と先生たちによる優れた授業内容から人気が高く、また部活などにも力を入れており、熱心な指導を求めて他県の生徒の志願数も多い。


 そんな名門校“私立北櫻高等学院”は、俺たちが暮らす八重町の住宅街のど真ん中に建っている。


 というか、“無理矢理”あの場所に建てたんだよな、確か。


 その一つの理由としてあげられるのは、やはり樹理であろう。


 理事であるのと同時に樹理の爺さんである北美郷宗一郎は、樹理のことをものっすごく可愛がっており、実際あの爺さんは真顔で『マイエンジェル樹理なら目に入れても痛くないわい』と豪語するほどなのだがら。


 あの爺さんなら樹理のために家の近所に学校を建てるくらい平然とやってのけそう、というか実際にやってのけたけどな。


 まぁ、その御陰で通学も楽でいいし。俺としちゃあラッキーだけど。


 えっ? じゃあなんで遅刻常習犯として目をつけられているのか、って?


 そんなもん俺の口から言わせる気かよ。俺の“三重苦”の内の一つである“不運”のせいなんだよ。


 思えば幼稚園の頃からそうであった。


 乗っていた幼稚園バスがエンストするのは日常茶飯事、その他交通規制だのよぼよぼの年寄りをひきかけただの、運転手が俺の家の前に着いた途端、急な差込とかで倒れる始末だし。


 そんなこんながあって俺は幼稚園バスに乗られることを拒否られ、ついたあだ名は“黒猫”であった。


 俺の通っていた幼稚園は少しキリスト教を囓っていたので、園内には少々だがキリスト教の洗礼を受けた園児もいた。その影響もあって“黒猫”などの洒落たあだ名がついたというわけだ。


 キリスト教では黒猫は不吉の象徴らしいし。


 というか、俺の場合は不吉じゃなくて不運なんだけどな、と子供ながらに周りの反応を見て悲しかったのは思っている。


 しかし、俺はこのあだ名は案外的を射ているのかも知れない、とも思った。


 だって不運という割には自分以外の人間ばかりに降りかかるばかりで、俺には全く害はなかったのだ。普通は俺の身に降りかかるのが普通なのに、必ずと言っていいほどそういう悲惨な目に遭うのは自分の周りいる人間なのだから。


 だから、この“黒猫”というあだ名は俺にはピッタリなのかも知れない。


 このあだ名がついたその日から俺は極力一人でいるように勤めた。


 両親は共に仕事していたので、俺の人間関係にとやかく言う暇もなかったしな。


 それを理由にして俺は幼稚園も度々サボるようになったが、先生も俺が来ない方が助かったようで親に申告しないでくれた。


 そんな生活を続けていたからか、俺はあまり他人に興味を示さなくなった。


 人を避け続けて生活を送るうちに、何だろう。人と接するのが怖くなってきたのだ。


 でも、俺のせいで他人が傷付くのは嫌だから、とみっともなく言い訳を吐いて誤魔化す日々。


 ホントにそうなのだろうか? 


 俺はただ“ありのままの自分”を受け入れてもらうのが怖いだけではないのか?

 

 この広くてさめざめとした鉄筋のビルが建ち並ぶ、“大都会トウキョウ”と呼称される砂漠に、ただ一人取り残されるのが怖くて、はみ出されるのが怖くて、足を一歩踏み出せないだけなんじゃないか?


 だけどそんなことを認めるのも癪に障るので、『俺は他人と違うんだ』と思いこむことでようやく心の均衡を保つことに成功した。


 我ながら浅い知恵だったと思うが、幼心ではそれが最善の策だったのだ。


 そんな風に荒んだ日々を送っていた俺に転機が訪れたのは、俺が小学校の高学年だった頃であった。


 両親の仕事の都合で北海道の転勤が決まった、という知らせであった。


 ちょうどこの頃、きっかけは分からないが少しずつだけど俺の不運さが自身にだけ向くようにコントロールできるようになったので、俺にとっては一から人生をやり直すいい機会でもあった。


 コントロールできるようになった理由を考えると、いつも脳が締め付けられるような痛みを感じるので、そんなことを繰り返すうちに俺はあまり深くは追求しなくなった。


 しかし、断片的にだがはっきりとは見えないけれど、顔も名前も分からない女の子の姿が浮かぶことがあった。


 自分はその子と何か大切な約束をしていたような気がするが、何でだろう? 何か靄がかかったようにその約束だけは思い出せないでいた。


 これだけ思い出しても思い出さないのだから、そんなに重要な約束事ではなかったのだろう、と自分なりに終止符を打ち、その事だけは俺の胸の奥に仕舞い込んで墓場まで持って行こうとしたのだ。


 少しばかり後ろ髪を引かれる思いであったが、俺は何だかその“女の子”に合わせる顔がないとばかりに、まるで逃げるようにして親の転勤に合わせて転校し、広大な大地と雪の街“北海道”へと引っ越してきたのであった。


 まぁ、それからの生活は大体予想がつくであろう。


 隣の大豪邸に住む美少女―――――樹理―――――に興味をもたれて付きまとわれ、今や幼なじみと呼ばれる間柄に発展する始末。


 不運のコントロールが制御できた俺は樹理の通う学校に転校してからも、どうにか他人に迷惑かけずに学園生活を送ることも出来た。


 それでも三重苦の呪縛からは逃れられず、俺は最低一日一回はヘマをやらかした。


 遅刻や忘れ物は当たり前、階段から落ちたり何もないところで転けて怪我をしたり、家庭科の授業とか実技系の授業では必ず機会が故障したり、酷い場合はガス漏れと軽い火事とも発生することもあった。


 もちろんバカだし、運動音痴なので成績も下の中だった。零点も当たり前だった。跳び箱も跳べないし、50M走も平均16秒だし。水泳も足がつかないところだと必ずと言っていいほど溺れたし。


 そんな失敗続きの俺でも樹理やみんなは馬鹿にせず、親身になって俺のことを応援したり助けてくれた。嫌な顔一つせず、いつも笑って俺の傍にいてくれた。


 俺はこの時初めて心の底から“笑った”のだ。


 あぁ、人はこんなにも温かい存在なのかと、そう気づいた瞬間、俺は初めて涙を流した。


 凍てついた心が、ゆっくりと解け出していく感触を今でもはっきり覚えている。


 じわぁ~、と体のある一点から放つ熱が徐々に体全体に広がっていく心地よさを。


 この感触を味わった瞬間、即座に俺は二度とこの地とここに住む人たちから離れられないことを悟った。


 でもそれでもいい、とさえ思う俺がいた。都会は何でも揃っていて住み心地はいいけれど、あそこは人人が壁をまとっていて息がつまりそうだったから。


 だから、多少不便でも人情溢れる方が俺は好ましく思った。それは都会に住んでいた人間にしか分からない感覚であろう。


 北海道も東京に負けないくらいに都会だが、それでも開けた大地に負けないくらいに心が広く、優しい人たちが住む国だ。俺はそんな国に住めて誇りに思う。


 って、すっかり話がそれたな。


 俺に北海道愛を語らしたらハンパないぜ・・・・・・。


 とにかく、そういた経緯をふまえて樹理の爺さんの行動もなんとく分かる気がするのだ。


 樹理の爺さんはなにも樹理だけを考えて、この住宅街のど真ん中に学院を建設したわけではない。


 爺さんが学院を建てる前―――――30年前―――――は、ここの土地は未開発のど田舎だったらしく、また過疎化が進んでおり、これ以上この町を寂れさせない苦肉の策としてこの学院を建設することに決めたらしいのだ。


 学院が出来て若い人で賑わえばこの町も少しは活気が戻ると考えたらしく、その考えは見事的中し今に至る。


 え? 50年前に建てた学院なら樹理の為じゃないだろうって? 


 チッ、チッ。あの爺さんを甘く見ちゃ駄目だぜ。


 俺も後から知ったんだが、樹理はこの町の生まれではなく、札幌で生まれたらしいのだ。何でも爺さんの息子夫婦に女の子の孫が出来た際に、自分の建てた学院に通わせたかった様でわざわざこの町に大豪邸を建てて息子夫婦をこの町に引っ越しさせたというわけだ。


 じゃあなんで息子を通わせなかったんだ、と思う者もいると思うが、爺さんは女の子に学院に通わせたかったらしいので、男である我が息子ははなから論外というわけなのだ。


もう一つの理由がこの町が樹理の爺さんにとって思い入れのある場所だからだ。


 なんでも初恋の人であり、今は亡くなった爺さんの妻でもあり樹理の祖母もである、北美郷櫻さんの生まれ故郷でもあるこの町を残したいと思っていたからだとか。


 何とも粋な計らいではないだろうか。あの変態爺さんにもいいところがあったんだな、と俺も樹理から話を聞いた際には深く感心したくらいだし。


 それで自分の名字の一字と奥さんの名前を取って付けられたのが、この“私立北櫻高等学院”というわけだ。


 学院名に死んだ奥さんの名前を付けるくらいなのだから、よほどベタ惚れだったのだろう。


 どんな人だったのか一度だけ見てみたい、と俺は樹理の話と学院の歴史を聞いてますますそう思った。


 まぁ、若い頃に病気で死んで、数少ない写真も戦争中に焼けて無くなったというし、それも叶わぬ願いだが。


 と、余所事を色々と考えているうちに、もう学院に辿りついちまった(ちなみに樹理の足が速すぎて途中で追いかけるのは断念した)。


 アーチを描いた円形の強大な門扉がついた校門が聳え、その奥には広大な敷地が控えており、更にその奥にはヴィクトリア調建築の白を基調とした豪奢な、まるで西欧の城みたいな校舎が建っているのを遠目でもはっきりと目視できた。


 ったく、いつ見ても壮観だな。つか校舎が城って・・・・・・。


 あの爺さん気合い入れすぎだろ!! こんなの常人の考える事じゃあ・・・・・・、って、あの人も母さんと同じ狢だったっけ。


 陰鬱な気持ちで開門している校門をくぐろうと歩み出すと、校門の一角に妙な人だかりが出来ているのに気づき、俺はその人だかりの山を見て即座に理解した。


 人垣の中心にいるのは、どうせ――――――――――。



「あっ!! やっと来たわね勇人!! あなた来るのが遅いわよ!!」



 そう、我らが誇る美少女生徒会長であり、俺をほっぽっていった幼なじみの北美郷・K・樹理であった。


 彼女は人垣を掻き分けて俺の前へと歩み出て来た。淡いピンクを基調としたワンピースタイプの制服と銀髪がマッチしていて、何だが中世期時代のお姫様のような錯覚を樹理に抱いた。ネクタイピンは生徒会長の証である黒色であり、これがまた彼女の涼やかな美貌をより強く際だたせていた。


 ツンとそっぽを向き、怒りに細く整えられた眉をつり上げて仁王立ちする樹理の姿は、どっかの国の女王様のように見えた。


 俺はそんな樹理とまともに目を合わせられなく、少しだけ視線を逸らしながら、


「やっと来たって・・・・・・。俺のことを置いて行ったお前がよく言うぜ」


「そ、それはそうだけど!! でも!! あなたも悪いのよ。女の足に追いつけない勇人が情けなさ過ぎるのよ!!」


「しょうがねぇだろ。俺の運動不足は持って生まれたもんなんだからよ。つうか、北海道一足の速いお前に追いつける奴なんて早々いないと思うぜ?」


 そうなのだ。


 樹理は北海道陸上競技大会の長距離部門で1位を取った経験もある実力者であり、我が校の陸上部の期待のエースでもある。


 そんな樹理と運動音痴な俺を比べること自体おこがましいというか何というか。

 

 とにかく俺とあいつは同じ土台に立つ器ではないのだよ!!


 しかし、優等生の樹理ときたら劣等生である俺の気持ちなんかてんで理解してくれなく、ただ単に“三重苦”であることを理由に逃げているのだと思いこんでいるのだ。


 現に今だって・・・・・・。


「・・・・・・はぁ、勇人。あなたは体質を理由に逃げているだけなのよ。いい? 勉強も運動もちゃんと基礎からやっていけば自ずと身についてくるのよ」


「・・・・・・うぐ」


 流石に優等生の言い分は説得力がある。


 はぁ・・・・・・、やっぱり校内一の才女には負けるよ。


「・・・・・・わ、分かったよ。これからはなるべく気をつけるからさ。ほ、ほら。早く中に入れてくれよ。何か周りの視線が痛いっていうか」


 俺は周りから感じる嫉妬と羨望と恨みを含んだ視線を全身に感じ、苦笑いを浮かべながら樹理へと懇願するように言うと、樹理も漸く気づいたようで気まずそうに俺から顔を逸らす。


「ふぇ、あ、ごめん!! もう始業時間になっちゃうし。って、みんな何見てるのよ!! ほら、早く校舎に入りなさ~~~~~~~~~~い!!!」


 怒髪天を衝くかのような彼女の怒声に、周りに集まっていた野次馬たちは蜘蛛の子を散らすように一目散に去っていく。


 流石はこの学院の支配者様だ。彼女の鶴の一声で臣下たちは即座に行動に移す。


 ハァー、ハァー、と何度も肩を上下に動かして深呼吸を繰り返していた樹理は、ジロォと涙目になった碧眼で恨めしそうに俺の顔を見やると、


「―――――――――いい? 放課後、必ず空き教室まで来ること。分かったわね勇人」


「は? 何で?」


「~~~~~~~~~~ッ!!!! いいから!! 必ず来てよ!!」


 何故か顔を真っ赤に染めた樹理は怒鳴るようにして自分の用件を言うだけ言って、俺の返事も待たずに足早に校舎へと逃げるようにして去っていた。


 何で樹理が怒ったのか原因が分からなかった俺が首を傾げているのと同時に、キンコーンカーンコーン、と定時を知らせる鐘が鳴り、俺の折角の努力も虚しく20回目の遅刻記録が更新されたのだった。


 


 無論、その後ノコノコと教室へと遅れてやって来た俺が、額に青筋浮かべている担任に怒られたのは言うまでもなかった。

 

 

  


 ―――――――――――――――昼休み。


 俺は同じクラスの田中啓と烏丸多一郎と一緒に教室で昼食を取っていた。二人とも同じ内地から転校してきたということもあって、気軽に接することの出来る相手でもあったのだ。


 ちなみに烏丸は群馬、田中は神奈川生まれであり、二人とも三重苦である俺とも分け隔て無く接してくれる気の良い奴であることには変わりなかった。


 それに・・・・・・、小中の時には地元の同級生たちとの折り合いも悪くなかったのだが、何故か高校に進学する際になっていきなり宣戦布告されてしまい、目があっただけで威嚇されるハメに。


 その理由は多分・・・・・・、樹理であろう。


 高校生になって異性への興味ビンビンな年頃の男女にとって、樹理はまさに格好の獲物というかなんというか。


 お金持ちのお嬢様で文武両道の美人生徒会長、とくれば惹かれない人間はいないだろう。


 その証拠に樹理は学院内では女王様のような扱いを受け、ちょっと目が合えば失神する者が続出するほどの人気ぷりで、ファンクラブなんて洒落たものもあるらしい。


 俺も幼なじみでなければその中の一人だったのか、と思えば思うほど背筋が寒くなってくる。


 あいつの内面を知る人物の一人なのだから尚更だ。


 外見は完璧美少女かもしれないが、内面はただのお節介焼きで我が儘な普通の女の子に過ぎないのだ。

だから、ああやってギャアギャア騒がれるのも樹理のことを思うと何だか可哀想になってくる。


 彼らの淡い幻想を打ち壊さないように猫を被って生活しなければならないのだから、しかもそれが一年間ずっとだぜ? 俺だったら死にたくなるよ、うん。


 だから、せめて俺だけは樹理のことを普通の女の子として接することに決めているのだ。


 その方があいつも気楽だろうし。


 と、物思いに耽っていると雑誌に視線を落としていた田中が「あっ!!」と短く叫び声を上げたので、俺は物思いに耽るのを中断して田中へと視線を向けた。


「? どうしたんだよ田中。急に声上げてさ」


「いつものことだろ中村。どうせお気に入りのアイドルを見つけて騒いだに違いないし」


 と、携帯を弄っていた烏丸が淡々と呟く。このクールな物言いからでも分かるように烏丸は樹理と並ぶ成績上位者で、常に樹理と一、二を争うライバルなのである。染めていない黒髪を軽く整えてシンプルなフレームの眼鏡をかけて涼やかな面持ちで携帯を弄る烏丸は、まさに隙のない知的美少年っていうイメージだ。


 そんな烏丸とは逆の立ち位置にいるのは軽薄そうなイメージの田中である。茶色に染めた髪をスプレーでピンピンに尖らせて、耳にはピアスとシルバーアクセサリーを首から提げている、まぁ言うなれば今時の不良ってイメージだ。


 そんな不良な彼は熱烈なアイドルオタクでもある。テレビや雑誌などは逐一チェックし、才能豊かな新人アイドルを発掘して、そのアイドルが一流になるようにドンドン投資するのを何よりの生き甲斐にしているのだ。


 そんなちぐはぐな二人だけど、中学以来からの友達なのだからどこかで馬が合うのだろう。俺はそんな二人に比べたら俺なんか全然普通、だと思う。


 だからこそそんな濃い彼らと付き合えるのだろうと自負している(普通と思っているのは勇人だけで、周りの人物は勇人が一番濃いと思っている)。


「アイドル、かぁ~。お前さぁ、真性のアイドル好きにしちゃあ、我が学院のアイドル様にお熱じゃないんだな。何でなんだ?」


 パクリ、とウインナーを頬張りながら尋ねる。


「はぁ? お前さぁ、アイドルを何だと思ってるわけ? いいか。アイドルってのはな“遠くの存在”だからこそ価値があるんだよ。俺はあんな眉唾アイドルには興味ないね。何か自慢できるような属性もないし。全然萌えないね」


 雑誌から視線を動かさずに俺の問いに答える。


 ムゥ、流石に言うことが違うなアイドルオタクは。あの樹理を萌えない言い張るとは。


 まぁ、田中の言うことにも一理あるな。手が出せない高嶺の花ほど神々しく思うほどだ。


 その点あの樹理は一応美少女お嬢様だけど、“絶対に付き合うのは無理”と言うことはない。チャンスは低いだろうが限りなく0ということもないのだ。


 それならば雲の上の存在であるアイドルの方が価値がある、と断言する田中の気持ちも分かる。


 にしても、今日はえらくテンションが低い、というか、何故か一心不乱に雑誌の一面を凝視しており、何故か息が荒く頬が興奮で紅潮している。


 なんだ、その雑誌エロ本じゃないよな? 


 俺は好奇心に身を任せて上半身を僅かにせり出して、田中が読んでいる雑誌の内容を盗み見ようと試みる。どうやら烏丸もいつもの田中らしくない反応に怪訝に思ったのか、携帯を弄りつつも視線は田中の雑誌へと向いていた。


 全く気になるなら素直になりゃいいのに・・・・・・、と俺は苦笑しながら未だに雑誌を読みふける田中へと声をかける。


「なぁ、田中。なんか興味のある記事があったのか? お前がそんなに夢中になる記事なら尚更興味が湧いてきたな・・・・・・。俺にも読ませてくれよ」


「別に・・・・・・、いいけど。つか中村。お前、漢字読めるのか? 小学生以上の漢字を使ってる記事だぞ?」


「読めるわ!! つか、お前も大概失礼だな!?」


 くそぅ。お前も馬鹿にしていたのか田中、と歯ぎしりしながら、半ば強引に田中の手から雑誌を引ったくるようにして奪い取る。


 それから田中が熱心に読んでいた記事へと目を通し始める。


 そこにはデカデカとした文字で『第一回神人首脳会談、早くも大詰めか?』と綴られており、異形の姿をした男たちと各国の首脳である男たちの写真がデカデカと貼られ、その内容を記す記事が延々と書き記していた。


 なんだ、アイドル記事じゃねぇのか。


「なんだよこの記事。つか、お前がこんな真面目な記事読むのなんて珍しいのな」


「ふむ、興味深いな。確か去年の暮れに突如として人間に宣戦布告してきた、四神族といういわば人間世界で言う神様みたいな存在だったよな。もう会談なんか開いていたのか。さっすが、国のお偉いさんはやることなす事にそつがないな」


 と、横目で記事を読んでいた烏丸が興味深げに呟く。


「四神族? なんだそれ? つうか、このオッサンの姿・・・・・・、コスプレか。う~ん。中年男のコスプレほど気味の悪いものはないな」


 俺は写真に写し出されたネコミミだのをつけている男らを見下ろし、込み上げる吐き気を必死に堪えなつつ眉を寄せながら呟いた。


 こういうのは、若い女の子がやるからいいのであって。例えばそう。ウチの樹理なんかが。


 俺は不意に樹理がネコミミメイド服姿を想像し、危うく鼻血を噴出させそうになるがここは堪えた。


 って、なんで樹理なんだよ。意味わかんねぇ。


「・・・・・・キモイって。お前そんなことを迂闊に口にするもんじゃないぞ。何せコスプレ変態男でも一応は神様なんだからな。もしばれたその日には瞬殺されるぞ」


 カチャとメガネのズレを修正しながら、何かとてつもなく恐ろしいことを涼しい顔で宣う烏丸。


「しゅ、瞬殺って・・・・・・。そんなにやばい人なのこの人たちって」


 と、冷や汗をかきながら呟く俺。怖ぇーよ、何そんな怖いことナチュラルに言ってくれちゃってんのお前は!!


「人っていうか神だろ?」


 焼きそばパンを頬張りながら突っ込みを入れる田中。


「神だからよぉ、よく神話なんかにある大災害的なものを起こせたりできるんじゃねぇ。それを思えばお前みたいなひょろい人間を殺すことくらい朝飯前だろうよ」


「お前は俺の味方か敵かどっちなんだよ。さっきから聞いていれば俺すでに死亡フラグビンビンじゃんか!?」


「そりゃー、俺たちはお前の味方だけどよ。やっぱ神様には敵いようもないだろ? どんなに抵抗したって向こうにしてみりゃ赤子の手を捻るようなもんだ」


 クシャリ、と食い終わった袋を手の中で丸めながら言う田中に、「俺も同感だな」と携帯を制服の上着ポケットにしまいながら賛同する烏丸。


 こいつら・・・・・・、言いたい放題言ってくれるな。もう少し俺を励まそうって気はないもんかね。


「・・・・・・んで、なんで神様とやらが地上世界なんかに降り立ってるわけ? 何? 何か神様の怒りでも買っちゃったのか? 俺ら人類は?」


 俺はガシガシと空になりつつある弁当箱を箸で突っつきながら、この話題を終わらせるために別の話題を振ってみた。


 自分が死ぬかもしれない話題は聞いていて気分の良いものじゃないしな。

 

「さぁな。つか、神が存在してたこと自体が初耳だし。普通に考えてみて神様っていうのは空想の中の産物じゃん。まっ、俺の心の中の神はDSAの皆戸莓ちゃんだけどな」


「田中の中の神はどうでもいいが、神の不興を買った原因はいくらでもあるだろうな。留まるところを知らない環境破壊に、核兵器の開発や紛争に戦争等々。挙げてみてもキリがない」


 烏丸の説明を聞いて、俺はなるほどなぁ~、と思った。


 俺は馬鹿だけれども、地球の深刻な環境破壊などは理解できる。年々、地球上の大気が汚染され、このままいけば今から数百年後に地球は人の住めない星になってしまうらしい、と研究者たちが危惧している旨をテレビのニュース番組で聞いたことがある。


「ふ~ん、で。とうとう神様が怒って人間界に降りて来ちゃったワケか。もしかして、このまま関係が悪化したら戦争が起きちゃうかもな~」


 と、あまり事の深刻さを理解していない俺は軽率な発言を口にすると、


「な~に、物騒なことを言ってるのよ勇人ったら」


 背後から聞き慣れた声がかけられ、それと同時に俺以外の人間がザワザワとどよめき始める。


 その人物とは、朝にも会った―――――――――――――。


「なんだ、樹理かよ。お前さぁ、放課後に会うんだからわざわざ昼休みに来ることないだろ」


 そう、あの樹理である。


 どうやら次の授業は体育のようで、ジャージ&ブルマという定番中の定番の体操着姿に、腰まで伸びる銀髪を邪魔にならないように頭の上で軽く結わえていた。


 学院のアイドルである樹理の体操着姿を間近で見ていた、俺たち以外のクラスメイトがバタバタと歓喜のあまりに失神して倒れてしまう。


 彼女はそのことがまるで好都合とばかりに俺の机へと腰を下ろす。どうやらこのまま居座る気だ。


 にしても、一体なんの用なんだろう。普段あまり俺の教室に来ないのに。


 というか、人の机の上に座るなよ。行儀悪いぜ。


「おい、机の上に座るなよ。つうか、この状況で平然と居座るなんてどんな神経してんだよ」


「いいじゃない。今は私とあなたたちのみ。何の問題もないわ。それより、勇人。放課後の約束は急な用事が入って無理になったわ」


「ほう、流石は多忙な生徒会長様だ。自分から約束させておいて、それを勝手に自分から反故にするとは」


「五月蠅いわね烏丸。あたしの次に頭が良いからって図に乗ってるんじゃないわよ」

 

 烏丸が皮肉交じりに言うやいなや、樹理はギロッと殺気を込めた視線を烏丸に向けると憎々しげに呟いいた。

 

 人当たりの良い樹理であったが、何故か烏丸と田中には敵意を剥き出しにするんだよな。


 何でだろう。


 そういや俺と一緒の組になれなかったことを酷く残念がり、逆に同じクラスになった親友の田中と烏丸の事を激しく恨んでいたっけ。


 全く、こいつときたら妙なところで子どもっぽいっていうか。


 多分、ヤキモチだろう。


 も、もちろん男女間のじゃなく、仲の良い友達、としてのヤキモチだろうけど。


 ずっと一緒にいた俺と離れるのが気にくわなかったんだろう。ったく、これだから生粋のお嬢様は。


「お、おい。樹理そんなに目くじらを立てるなって。用事じゃあ仕方ないよ。また後で話聞くからさ。どうせ俺ら家も隣近所だし、いつでもいけるだろ?」


 俺は険悪になりつつある雰囲気を中和しようと試みるも、何だかかえって逆効果だったようで。


 俺の場を取り繕うとする言い方が癪に障ったのか、ジロォリと不機嫌さを滲ませた碧眼をこちらへと向けて忌々しそうに唸る樹理。


「・・・・・・何よ。あんた、こいつの味方をするわけ? いい? あんたはあたしの味方だけでいればいいの、いいんだから!! あたし以外の他人なんか庇わないでよ!!」


 半ば半狂乱に当たり散らす樹理。


 いつにない樹理を見て俺は戸惑った風に烏丸へと視線をやるも、聡明な彼にも為す術がないようで肩を竦めて降参の意を示した(ちなみに田中は樹理の女王様オーラに当てられて気絶中)。


 やはりここは幼なじみである俺が腹を括るべきであろう。こんな樹理をいつまでも見ていたくはないのだ。


 俺はいつにない樹理の豹変ぷりに軽い既視感を覚えながら、それでも勤めて平静を装って、半ば錯乱状態の樹理へ声をかけた。


「じゅ、樹理。本当にどうしたんだよ。いつものお前らしくないぞ? 何かあったのか?」


 しかし、今の樹理には苛立ちを増加させるばかりのようで・・・・・・。


 俺の声が耳に入るのも嫌だというように、両手で耳を塞ぎヒステリック気味に絶叫した。


「何があったか? ですって!? あったわよ!! ありまくりよ!! 何で“あんな奴ら”に勇人を・・・・・・ッ!!」


「俺を? おい、樹理。“あんな奴ら”って、一体誰なんだ?」


「・・・・・・ッ!!」


「おい!! 答えろ、答えるんだ樹理!!」


 俺は言いにくそうに目を伏せて口籠もる樹理へと詰め寄った。肩を掴みガクガクと乱暴に何度も揺さぶり続けると、ようやく樹理は固く閉ざした口を開き始めた。




「――――――――私だって、認めたくない。認めたく、ないけれど。けど、これはパパが、いいえ。国が決めたことなのだから。一市民の私には、口を挟める権利はない」



「え? 樹理、何のことなんだ。国って、それにお前のおじさんがなにしたって言うんだよ?」



 事の状況が読めない俺の横で烏丸だけは全てを悟ったように目を見開け、



「“Scapegoat”――――――――通称、神への生け贄。キリスト教で神に羊を捧げることを指す」


 メガネの奥に佇む冷ややかな目を光らせながら呟くのと同時に、俺の方へと視線を向けた。


「中村。お前はとうとう、選ばれてしまったのだな。困窮した地球を救う――――――――」


 烏丸の言葉を引き継いだ樹理が感情を無くした、まるで人形のような固まった笑みを浮かべて―――――――





「――――――――救世主とは名ばかりの、神への哀れな生け贄“Scapegoat”に」








 

  

 


 

 


 

 

 

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