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一章 三重苦な俺がヒーローになれるわけがない(1)

 本日、快晴。


 俺は僅かに開いたカーテンの隙間から差し込む日差しを、ベットの上に寝転んだまま鬱陶しそうに見やる。


 というか、もう11月中旬だというのに、なんだこの暑さは。


 暑い、と言わんばかりに部屋の隅に据え付けられた温度計を見ると、なんと38度もあるじゃないか。


 まったく、今日は一段と暑いな。こんなの8月ばりの温度じゃねぇか。


 どうなってんの地球。


 最近こういうことばっかりだ、と俺はベットからのそのそと這い出し欠伸をしながら呟く。


 俺の爺ちゃんの時代は温暖化と言っても、流石に冬は冬らしい気温だったらしいし。


 雪だるまをこさえて雪合戦を友人とよくやったし、好きな女の子の服の隙間に雪を入れて『キャッ、冷た~い』と真っ赤な顔で悲鳴を上げる様を端から見てニヤニヤした、と死ぬ間際にどや顔で自慢して死んだくらいだ。


 もっとマシなこと言って死ねよ、どうせなら。


 しかし、正直言って羨ましいのも事実だ。


 雪なんて産まれてから一度だって見てやいないし、俺の父親も幼少の頃に一度だけ見たくらいだし。


 そもそも、どうして北海道なのに雪が降らないんだよ。


 確か歴史の教科書では今より100年前までは普通に雪が降っていたし、今よりずっと寒かったらしいし。


 たしか11月中旬だったら一桁だったんだろ、朝とかとくにさ。


「くっそ、もう汗かいてきた。起きたばっかなのによ」


 寝起きでボーッと考え事をしていたら、いつの間にか汗をかいてしまい寝間着代わりのジャージをビショビショに濡らしてしまった。


 あ~、こんなことなら考え事しないで、サッサッと着替えて飯食った方がマシだったな。


 と、今更後悔するも遅し。


 俺はとりあえず汗をかきベトベトになった体をサッパリさせるべく、着替えの服=制服を持って部屋を後にし風呂場へと直行したのであった。



 その数分後、風呂場へとたどり着いた俺が服を脱ごうと上着の裾に手をかけた瞬間、風呂場とセットになっている洗面所のバルブが破裂して辺りが水浸しになったのは言うまでもない。



 あ~、これでシャワー浴びずに済んだわ(笑)



「母さん、また洗面所のバルブが破裂したよ。ちゃんと点検しろよ」


 俺は30分ほど時間をかけて洗面所&脱衣所の後始末をした後、また汗をかいたので改めてシャワーを浴びた。


 当初の目的が紆余曲折あったがどうにか達成できたのだけれでも・・・・・・、やはりここは文句の一つも言わなければ腹の虫が治まらない。


 シャワーを浴びた俺は速攻で服を着込んだ後、ドスンドスンと足音も荒く母がいるであろう台所へと赴いた。


 すると、そこには案の定、母がいた。


 クーラーがガンガンにかかった部屋でソファーに腰掛けながらテレビを見ている、俺の母親が。


 先程に発した俺の文句に、母さんはというと。


「あ~、アハハハ。めんごめんご。でもさ、毎朝の事じゃない。あたしもそう毎朝毎朝バルブの点検なんてやってられないわよ」

 

 ・・・・・・実にお気楽そのものであった。


 まぁ、母さんの言うことも一理あるけどさ。


 俺としてはたまの朝くらいゆっくりと風呂に入りたい。


 ま、こんなずぼらな母を持ったら最後、運の尽きなのかもしれないが。


 っていうか、めんごめんごって思い切り死語だし。


 よく恥ずかしげもなく言えるよ、ったく。


「はぁ、まぁいいよ。というか、母さん。またその番組見てんだ」


 これ以上抗議しても無駄だと察した俺は調理台に立ちながら話題を変える。


 今日の調理当番は俺―――――ってずっと俺だけど―――――だったので、すばやく朝飯&弁当の用意を手早く済ます。昨日の晩にある程度仕込みをしていたから結構楽なのだ。


 サラダの材料となるレタスを水道水で洗っていた俺に、


「ん~~~~~~、まぁ、一応気になるじゃない。刻々と変わる地球情勢っての? って、あんたも人事じゃないのよ。少しは関心持ちなさいよ」


「え~、俺はそんなのよりこの三重苦を直したい。地球がどうとかイマイチ実感が湧かないというか」


「呆れた。あんたの三重苦なんてそんな重要カテゴリーでもないでしょーが。特にあたしにとっちゃ上司ハゲ対策ほども興味がないね」


「それ実の母親が言う台詞かよ!! 実際俺にとっては深刻な問題なんだよ」


「あんたのバカなのは父さん似、運動不足はあたし似、運が悪いのは生まれつき。あ~、もうダメね。あんたは救いようがないほどの不運の星の下に生まれてるわ。いいじゃん。バカはバカなりに堂々と胸張って生きりゃいいじゃない」


 このクソババァ~~~~~!!! と俺はブチィ、ブチィとレタスの葉を千切りながら鬼の形相を浮かべつつ内心で毒ついた。


 確かに俺がバカで運動音痴で不運なのは周知の事実だ。だからといってそう素気なく扱われると腹も立つ。普通実の親ならもう少し熱心に取り組むのが普通なのによぉ・・・・・・。


 何かもう怒りを通り越して涙が滲んできた。


 もう、いいや。あんまり気にすんのは止めよう。なんか気が滅入るだけだし。


 そんな俺の心中を察したのか、母さんがムクリとソファーから上半身を起こし、ジィ~とこちらの様子を窺うように視線を向けてきた。


「・・・・・・勇」


 あれ? もしかして珍しく心配してくれている?


 俺は少しばかり期待して、しかしそれを表面に出さないように努めて平静を保ちながら、


「―――――何? 母さん」


 しばらくの沈黙。


 そして――――――――――



「・・・・・・昨日オ○ニーしすぎた?」



 ・・・・・・は? 何? は? なんか聞いてはならぬ言葉が聞こえたような?



「――――――――――母さん、今あのなんて?」


「え、聞こえてなかったの? しょうがないなぁ。じゃあもう一回言うよ。だから、昨日オ○ニーしすぎたの「スト――――――――――――――――ップ!!!!!」か、って?」


 ブンブン、と俺は両手を振って顔面を真っ赤に染めながら母さんの言葉に割り込む。


「うっわ!!! 朝っぱらから大きな声出さないでよ」


「それはこっちの台詞だっつーの!!!! 何朝から禁句ワード口にしてんの!? つうか母親の口から一番聞きたくない単語№1だよ!! 爽やかとは言えないけど家族で過ごす朝が台無しだよ!!」


 俺は両の目から一般的には“涙”と言われる水を滝のように流しながら、両耳を押さえている母へと指を指しながら喚き立てる。


「なにムキになってんのよ。親が子の性干渉を気にして何が悪いって言うのよ」


 あ~うるさい、とばかりに耳の穴を穿りながら言う母であった。そんな母親を見て俺は無性に虚しくなった。あ~、隣クラスの田中の母ちゃんが羨ましいぜ(美人で上品ママ)。


「うっわ!! 開き直りやがった!! つか、常識的に考えて分かるだろ。ひ、人の性関連云々は常人思考ならあえて言わないモンなんだよ」


「べっつに~、開き直ってなんか無いもんね。てか母親に向かってその言いぐさは何? 悪かったわね常識人じゃなくて。けどいい? 人間非常識な方が勝ち組なのよ。地球上に存在する人間の8割方は常識人なのだから、むしろあたしのような非常識な人間の方が数が少ないから希少なのよ」


 と、何やら薄い胸を反らしながら自信満々な口調で言い放つ愚かなおばさん(年齢39)。


 でも・・・・・・、この母の言うことも一理ある。


 何せ俺の母はまだ39才という若さでナンタラ研究所の所長を歴任しているのだから。


 確かこの業界で中村美里の名を知らない者はいないのよ、とか鼻高々と自慢してたしな(ただし酒の席での話だったので真相は不明だが)。


 しかし、それとこれとは話は別である。


 仕事が出来るエリートさと人間としての必要最低限のモラルは関係ないのだから。


「あ、っそ。そんな下らない話してないで、サッサッと飯にしようぜ。早く食わないと学校に遅刻するし。それに母さんもなんか知らないけど重要な会議があんだろ?」


 俺は早々に話を打ち切りながら手早く朝食&弁当の支度を済ませる。自身の話をスルーされた母さんは不満そうに唇を膨らましていたが、朝食のいい匂いに釣られたのか渋々とだが席に着く。


 テーブルの上に肘をのっけながらしばらく食事の準備をする俺の手さばきを見つめながら、


「それにしてもさぁ、勇はほんと料理上手だよね。女のあたしが嫉妬するくらいに」


「? なんだよ藪から棒に。褒めてもウインナーの数は増やさないからな」


 唐突の母さんの褒め言葉に俺は内心動揺しながらも、あえて平静を装いながら澄ました顔でさえ箸を使ってウインナーを弁当箱によそう。


「違うって。まぁ、ウインナーの数が増えないのは残念だけど。でもさ、普段の勇を見たら誰だってそう思うよ。あたしも最初あんたが料理する姿見ていつ台所が爆発するかハラハラしてたし」


「はぁ? 流石にそれはないだろ普通に考えて。俺の不運は生死の危機に瀕するようなもんじゃなくて、なんつ~か、そう。金を溝に落とすとか、鳥の糞が頭に落ちてくるとか、そんな程度のもんだって」


「・・・・・・まぁ、それでも普通は嫌だけどね。でもま、あんたがそう言い張るなら一応親だし信じるわ。あ~、お腹減った~!! 勇、ご飯まだ~?」


「急に静かになったり騒いだり、忙しいな母さんは。もうすぐで出来るよ」


 俺が言い終わったのと同時にチーン、と小気味いい音がして、オーブントースターに入れたパンが焼き上がったようだ。パンの焦げたいい匂いが辺りに立ちこめ、すでに空腹だった俺たちの腹もますます“早く飯を食わせろ”と催促するように腹が鳴った。


「母さん、パンにジャム塗る? それともマーガリン?」


「う~ん、ジャムって何があるの?」


「あ~、確かイチゴとマーマレード、あっ!! そう言えばこの前テレビで今人気って宣伝してたマンゴーのジャムを買っておいたんだけど」


「じゃあ、そのマンゴージャムで。コーヒーは砂糖多め、ミルクなしで」


「了解」


 俺は焼き上がったパンにマンゴージャムを塗ると、最近流行のコーヒーメーカにカップをセットしてスイッチを入れる。


 少し高かったけど、お店で飲むような本格コーヒーが楽しめるとあってコーヒー好きな我が家にとって、もはや無くてはならない存在となっている。


 数分も経たないうちにコーヒーのいい匂いが鼻孔を刺激し、俺は思わずスンスンと鼻を鳴らしてしまう。


 うん、やっぱこれだよ。


 俺はカップに注がれたコーヒーに砂糖を二匙入れ、軽くスプーンでかき混ぜた後、テーブルの上で待っている母の前へと静かに置く。


 おかずやサラダ、パンなどはすでに置いていたので、コーヒーを置いたら朝食の準備は完成なのだ。ちなみに母さんは全部揃うまで食事を始めないから、手早くそして美味くコーヒーを入れる癖がついてしまったのだ。


 まぁ、その御陰でバイト先の喫茶店では上々の評価が頂けるようにもなったのだけど。


「お待ちどうさん。さぁ、早く食べよう。折角の飯が冷めちまう」


「それもそうね」


 いただきます、と合掌して、目の前でホカホカと湯気を立てるご飯へと手を付け始める。


 うん、今日の飯もいい出来だ、と俺はスクランブルエッグを頬張りながら笑みを浮かべる。


 それは母さんの同じようだ。飢えた犬のようにガツガツと飯を平らげていく。


 ったく、いい大人がみいっともない。色気のいの字もないぜ。


 母さんはものの数分で朝食を平らげた後、着崩していたスーツを直し、手首にかけてあったゴムで手早く髪を結い上げる。


 そうすると、普段はだらしない母も凛とした雰囲気を纏う美女になるから驚きだ。


「・・・・・・相変わらずはぇな。もう少し味わって食うとか出来ないのかよ」


「まぁ、いいじゃない。あたしら研究員はご飯をゆっくり食べる時間がないの。それじゃあ、行ってくるわね。あ、今日も帰りは遅くなるから。んじゃ~ね」


「はいはい、行ってら」


 ソファーの上に置いたバックを取り、別れの挨拶もて短く済ますと、母はバタバタと慌ただしく家を出て行った。


 俺もこの時、まさかこれが母さんとの最後の会話になると思わなく、ついいつもの調子で返事してしまった。




 ――――――――――まさか、あんな事件に巻き込まれるなんて、この時はまだ露ほども思わなかったのだから。





 朝食を食い終わると、俺は素早く食器の後片付けをして、俺も学校に向かうべく足早に家を飛び出した。


 朝日が燦々と射しムンムンと湯気が立つ通学路を俺は駆け足で駆けていく。


 ったく、外に出たらますます暑いな。早く学校に行って涼しいクーラーに当たりたいぜ。


 俺はぼやきながらタッタッと軽快な動きで駆けていく。


 だが、運動音痴な俺はいつものように石に躓き、派手にすっ転んでしまう。


 ズシャアアアアアア、と土埃を派手に巻き上げつつ俺は勢いよく、数メートル先の塀へと突っ込んだ。


「ぐ、おぉぉぉぉぉぉ!!!! い、いってぇ・・・・・・」


 どうやら塀にぶつかった際に背中を強打してしまったようだ。ズキズキと骨にまで響く痛みに俺は悶え苦しむ。


 と、その時。


「ハァ、何やってんのよ勇人」


 頭上から呆れを含んだ声が投げられ、俺が痛みに悶えつつ視線を頭上へと向けてみると。


「あ・・・・・・、よ、よぉ。樹理、おはよう」


 そう。そこにいたのは俺の東京から北海道への引っ越し以来からの幼なじみである美少女―――――――北美郷・K・樹理が呆れ顔で見下ろしていた。


 樹理はイギリス人の母親であるメイシーさんの血を濃く受け継いでおり、生粋の外国人と言われてもなんら違和感のない容姿をしていた。

 

 腰まで届くフワフワウェーブの銀髪に、睫のかかった透き通るような円らな碧眼。すらりと伸びた鼻梁に珊瑚色のプルンとした形のいい唇。


 どこをとっても完璧美少女ときた。


 それに加え文武両道、こいつの家系は代々この町の代議士を務める大金持ちであり、人柄もいい。


 くそ、なんでこいつのような完璧超人が俺の幼なじみなんだ。


 嫌味か、嫌味なのか。


 そもそも母親の自己紹介や幼馴染の自己紹介を、一応この物語の主人公である俺の紹介を未だしないことからしても舐めているとしか思えない。


 この俺、中村勇人の紹介こそ最初にしてしかるべきだろ!!


 あ~、自分でする紹介こそ虚しいものはないぜ、と落涙する俺を樹理は怪訝そうに見下ろしてきた。


「ちょっと勇人ったら、本当に頭ぶつけたんじゃないでしょうね? なんかいつもより少し変しょ」


「うっせ。俺の不運さはお前も知ってんだろ? こういうことは日常茶飯事だっつ~の」


 パンパンと服についた土を払いながら立ち上がる俺に、樹理はそれもそうかとやんわりと微笑む。


 その花が咲き誇るような可憐な笑みを見て、俺は思わず頬を赤く染めて気まずそうに視線をそらす。


(あ~!! くっそ、やっぱ美人は得だぜ。何をするにしても様になるんだから。その点俺の母親ときたら……、まさに雲泥の差だな)


 遺伝子の差を恨みつつも、俺はこの美少女すぎる幼馴染の笑顔から眼が離せないでいた。


 しかし、いつまでもこんな道端で油を売るわけにもいかないので、俺はこの気まずい雰囲気を払拭する為に何度も咳払いをして、どうにか樹理を連れたって共に学路を歩き始める。


 チチチチ、と数匹の雀が電線に止まり、軽やかなおしゃべりを展開する中、俺と樹理も他愛ない話をしながら歩いていた。


「それでさ、家の佐助(ポメラニアン♂)ったら、暑いからって一日中クーラーの前でグデ~ッて寝転がってばかりなのよ。全く……、早く涼しくならないのかしら」


「なかなか無理なんじゃねぇのか? なんか母さんの見ていたテレビ番組でますます温暖化が進んでるって言っていたぞ。今よりもっと暑くなるかもな」


「はぁ~、憂鬱。ねぇ、内地に住んでいた頃はどうだったの? ここよりずっと涼しかった?」


「……お前なぁ、何年前の話してんだよ。そんな詳しく覚えていないっての」


「……そっか」


 と、一旦話を区切った樹理は手にしたハンカチで流れ落ちる汗を拭う。髪を掻き分けて首筋を拭う姿は何だかとても煽情的で……、俺はゴクリと唾を飲み込んでこれ以上見ないようにと視線を上に向ける。


 晴れ晴れとした雲ひとつない青空を見上げているうちに、ふとした疑問が脳裏を掠めた。


(あれ? そういや樹理っていつのまに北海道弁じゃなくて、標準語って喋るようになったんだっけ? 昔は方言で喋っていたのに)


 俺は上を向きながらふと浮かんだ疑問を樹理にも問いかけてみることした。


「なぁ、樹理」


「うん、なに?」


 樹理は汗を拭く手を休めて、こちらへと視線を向ける。


「そのさぁ、お前っていつから方言使わなくなったんだっけ?」


「えっ? な、何よ急に……」


「えっ、いや何となくだけど。どうしてかな~、って」


 俺はいつも冷静沈着な樹理が珍しく動揺する様に少し驚きながら、視線を再び宙から樹理へと移す。


 すると、そこには―――――――――、顔を熟した林檎のように真っ赤に染め、円らなまるで宝石のような碧眼を涙でウルウルと潤ませて震えている樹理の姿があった。


「え? ど、どうしたんだよ。俺何か気に障ること言ったか?」


 いつにない樹理の様子に俺はアタフタと無様に慌てふためく。そもそもあんまり女の子をなかした経験もない俺にとって、こういう時にどうやって切り替えしたらいいのか全く分からないのである。


 たとえば女にモテモテなリア充なんかはこういう状況は慣れっこなのかもしれないが、三重苦(馬鹿、運動オンチ、不運、見た目も普通)あれ四十苦? な俺は女の子に告られた経験もない。


 なので、なんで学園一美少女と名高い樹理が俺なんかと一緒に行動を共にするのかが謎であった。単に幼馴染というだけではないと思うぞ、と俺の母さんは何故か俺のことをニヤニヤしながら言ってくるのだが、それでもイマイチよく分からなかった。


 現にあいつのことを好きという男子は後を絶たないし、俺なんか”樹理さんのオマケ””樹理さんの腰巾着”くらいにしか見られてないはずだ。


 そんな俺にあの樹理が好意なんか抱くはずもないだろ? 常識的に考えて。


 しかし、なんだかんだで樹理は俺の大事な幼馴染だ。その気はなくとも泣かせてしまったのだから、ここは一つ男の俺から謝らないと。


 俺を意を決してベソをかいている樹理を真正面から見つめ、誠心誠意を込めて頭を下げて謝罪した。


「その、樹理。俺が悪かったよ。お前を泣かせる気はこれっぽっちもなかったんだ。そうだよな、俺がつまらないことを聞いたよ。どんな樹理でも俺の大切な樹理だもんな」


「え……、ほ、本当///」


「あぁ、もちろん」


 グッと親指を立てながら断言すると、樹理はさっきの泣きべそが嘘のように、まるで夢見る乙女のような夢見心地な表情を浮かべた。


 その表情ときたら樹理の美少女っぽさにますます拍車をかけており、彼女を完全無敵の美少女に仕立て上げた。


 彼女の美少女顔を見慣れた俺でさえ、体中の血液が煮えくり返りそうになるほどに、樹理のその顔はなんとも魅力的であった。


 俺は体の奥底でムラムラと湧き起こる劣情をどうにか押さえ込みながら、未だ夢見心地な表情を浮かべている樹理へと声をかけた。


「・・・・・・ほ、ほら。そろそろ行くぞ。いい加減にしないと本当に遅刻っすぞ。仮にも我が校の生徒会長様とあろう者が遅刻常習者の俺と一緒に遅刻しちゃ話ならねぇだろ?」


「・・・・・・ふ、ぇ? あぁ!! もうこんな時間じゃない!! ちょっと勇人!! 何で早く声かけてくれんしょっや!!」


 と、俺の呼びかけに我を取り戻した樹理は、腕に巻き付けていた可愛らしいデザインの腕時計に視線を移し、ついでワナワナと震えた後に顔を真っ青にさせて怒鳴り声を上げる。


 あっ、ちょっと方言が出た。


 樹理は感情が高ぶると時々方言が交じるときがあるのだ。


「えっ、だって・・・・・・」


「だってもヘチマもないっしょ!! ほら!! 勇人!! あんたも走りなさいよ!!」


 と言うや否や俺を追い越して駆けていく樹理。美少女は走る姿も様になるなぁ、と感心しながら俺も樹長い銀髪を揺らしながら駆ける樹理の小柄な背中を見つめながら、


「へいへい~」


 いつもの調子で応えた後、俺も樹理の背中を追いかけるようにして駆け出したのであった。 

 

 

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