こんな可愛い子が毒舌家の筈がない!!(2)
あ~、どうしてこんなことになったんだ。
俺は大袈裟なくらいに肩をガックリと落とし、ジト目で傍らを歩く見た目は儚げな美少女――――――ファイダナへと視線をやる。
俺の憂鬱さとは裏腹に、隣歩くファイダナはルンルンと楽しげに鼻歌を歌いつつ、軽やかな足取りで石畳の廊下を進んでいく。
ったく、俺の気も知らないでよ……。ホント、神様ってのは無神経な奴ばっかだぜ。
フゥ~、とととヤッベ。
またため息が出ちまったぜ。こんな事じゃこれからここでの生活が無事に乗り切れない……、と己に喝を入れるもあまり効果は得られず。
またまた重いため息が口から零れ落ちる。
そんな俺のことを鬱陶しく思ったのか、密かに眉を不機嫌そうに吊り上げ、
「……あの、そんなにため息をつくのは、同伴しているレディに対して失礼ですよ。下界にもそういう作法があるのでしょう? そんなことすら分からないから、貴方はモテないんですよ」
グホォ!!
また俺の心臓にテクニカルヒットな精神攻撃を食らわせやがって……。俺の体力は0よ!!
って、自分で言っていてちょ~気持ちワリィ。
にしても、もうちっとオブラートに包んだ発言はできないもんかね、と俺はブスッとこれまた不機嫌そうに頬を膨らましながら、ファイダナへと返す。
「はいはい、スミマセンね。どうせ俺はモテねぇ~よ。っていうか、別に女なんかにモテたくもないし~」
「……フッ、いいんですよ。別に負け惜しみを言わなくても。このファイダナにはすべてお見通しです。本当はモテたくて仕方ないくせに」
ズバリ!! 本心を悟られた俺はにべもなく言葉に詰まってしまい、ダラダラと冷や汗を垂らしながら顔を俯かせる。
(これが噂の読心術というやつか。初めて見たぜ。やっぱ神様って奴はとことん規格外な存在だな)
ついぞテレビの世界でしか存在しないと思っていた俺は、実物を目の前で見せられて、緊張のあまりゴクリと喉を鳴らしてしまう。
そんな俺の様子をしばらく口を噤んで見つめていたファイダナは、フムと小首を傾げた後、何やら合点がいったように一神でウンウンと頷くと、半ば放心状態の俺の手をサッと握り締める。
その柔らかでプニプ二とした感触に、俺の意識は瞬く間に覚醒した。
(……ウホッ!! すっげぇ柔らけぇ。ちょっと暖かさに欠けるけど、これはこれで新鮮でいいというか……、って!!)
「……お、おい!! 急にどうしたんだよ? まさか俺に惚れたのか?」
と、動揺して心にもないことを口に出す始末である。
そんな俺の心情を理解してか、チラッと俺の方へと視線を向けたファイダナはフッと憐れむような笑みを浮かべ、
「――――――フッ、何を世迷言を。そんな事、仮に地球が二回滅びてもありえねぇーです」
ッフ~~~~~、ですよね~~~~~~~~~(半泣)。
やはりというか何というか、こいつはいつまでも平常運転なんだな、と逆に感心してしまった。
つうか、俺ってば本当に学習しないよなぁ。やっぱりここでも偏差値の低さが、がががががが。
ホント、ここまで馬鹿だと逆に表彰されそうで、なんか怖い。
まぁ、いいや。
こんなこといくら考えても不毛に終わるだけで、後に残るのは俺が”今世紀最高の馬鹿である”という事実と、その事実に気付いた惨めさだけなのだから。
こんなことを考えるのはもう止めて、何か明るいことを考えよう。
そう、例えば今週末に発売される少年ションブの最新号とか、ファイニックプレイ3(FP3)の新作ソフトとか……。
って、そうか。
当分、買えないんだっけ……。
と、再び耐えがたい事実に直面し、ますます気分が滅入る俺であった。
漫画とゲームをこよなく愛す俺にとって、“買えない”という状態はある意味“拷問”に等しい。
流石に神界にゲームショップなどがある筈もなく、俺はこの任務が達成されるまで当分、愛しのゲーム機器や漫画本に親しめないという事は確実で……。
俺はこの世界に来て初めて男泣きしたい衝動に駆られてしまう。
しかし、悲しいかな。俺は“男”なのである。
女の前でそんな情けない姿は晒せないのだ。本に悲しい性である。
トホホホ、と俺はファイダナに手を引かれながら項垂れ、
(今回は自室で一人寂しく慰め会だな)
と、決意していると不意にファイダナの歩みが止まり、それに気付かなかった俺は彼女の背にぶつかってしまう。
俺は一体どうしたんだろう? とぶつけてしまった鼻を擦りつつ、ファイダナを背中越しに見やる。
生憎と俺には彼女たちの気持ちや考えを汲み取る能力はないし、この世界のことは何も知らないのだから、ファイダナが何故歩みを止めた理由を知る術はない。
しかし……、どうにも気になる。
人間ってのは本当に不憫な生き物で……、いけないと思っている時に限って好奇心という感情が猛烈に湧きあがってくるのだから。
俺は無作法だなとは思いつつも、この胸の内から湧き上がる衝動に背中を押される形で、ファイダナの背後から一体どんな光景が広がっているのだろう、とワクワク気分で覗き見ようと試みる、が。
俺のそんな不敬極まりない企みに気付いたファイダナは、一度も俺の方へと視線を向けることなく、自分の肩越しから顔だけ出して覗き見ようとする俺の顔面へと一寸の狂いもなくエルボーをお見舞いしてきた。
俗にいう“肘鉄”という格闘業である。
そんなのをモロに顔面に食らった俺は、鼻の穴から豪快に鼻血を噴射させながら、まるで風に吹かれた木の葉ののようにクルクルと舞いながら吹っ飛ぶ。
それからみっともなく顔面から着地する。その際に石畳の床に口付けをしてしまうハメに……。唯一の救いなのはこの床を歩いたのは“男”だけでなく、アリッサ達のような美少女もいるということだけだった。
え? キモい? 確かに言われてみればキモいかもしれない。
けどね、そうと思わなければやっていけないだろう?
これは自分のメンタルを守るためには必要不可欠なことなんだよ!!
と、どこぞの誰かに向けてそう力説する俺。
しかし、数分経つと自分の行いの虚しさに気付き、俺はうつ伏せのまま倒れていた体を起こし、それからゴシゴシと乱暴に鼻をこすり上げる。
すると、乾燥してこびり付いた鼻血のカスが服の袖についたので、俺はそれを叩きながら、気を取り直して再びファイダナへと視線をやる。
ファイダナはそんな俺を汚い物を見るかのような、蔑みを含んだ目つきをしてこちらを睨みつけていた。
ったく、神様ってのは鼻血も出したことがないのか。
まぁ、こいつらの存在自体チートだもんな。多少なことじゃあ驚かなくなったぜ俺は……、人間ってのは慣れる生き物だってのをどこかで聞いたことあるしな。
しかし、改めて見ると人間でよかったなって思う。
いろいろ“制約”とかはあるけれど、俺は再び生まれ変わるなら、やっぱり“人間”って答える……、いや待てよ。この際“犬”や“猫”でもいいな。
とにかく“生きている”と実感できるものなら何でもいい。
俺が思うに神様ってのは、この世で一番可哀そうな種族だと思う。
だって、“血”を見ただけで、この世のものとは思えないような表情を浮かべるくらいなのだから。
「……何だよ。鼻血が珍しいのか?」
と、若干皮肉交じりに答える。
すると、ファイダナはフッと鼻で笑い、
「……珍しい、ですか。そうですね。私には今目にするもの全てが“珍しい”ものですけどね」
と、まるで卑下するような口ぶりで嘯いた。
その表情はどことなく寂しそうで、俺はまた失言してしまったのか、と後悔に顔を歪め慌てて謝罪する。
「ご、ごめん。気に障ったなら謝るよ」
「――――――別に貴方は何も間違ったことは言っていませんよ。貴方の言ったことはほぼ正論ですし。私はまだ生まれてからそんなに日が経ってませんしね」
「……え? それってどういう意味」
「? 言葉通りの意味ですよ。私はこの世に生まれてからたった“一年”ですから」
……はい?
俺はファイダナの口から飛び出した言葉に思わず耳を疑った。
一年? 一年って言ったか、この女。
一年といったら、俺たち人間でも赤ん坊から毛の生えたくらいの幼児で、手もつかずに歩いたり、一語文の言葉を口にするくらいが関の山だ。
なのに、これだけ普通に会話もして二足歩行で、しかも頭も良くて美人な女の子がまだ一歳だと? ふざけてんのマジで?
神様ってこんなに成長が早いの? いや、アリッサも自分は3500歳と自分で言っていたし、長命な分成長とかも遅いであろうから、一年ならまだ絶賛赤ん坊なのではないか。
なら、こいつの正体は一体……?
と、普段あまり使わない頭の中で考えを巡らせていると、
「……やっぱり貴方はバカですね。ナカムラユウト」
嘲笑を張り付かせながら毒を吐くファイダナ。
ったく、こいつの毒舌さは誰に似たんだと舌打ちしながら、俺は一旦考えるのを止めてファイダナへと向き直る。
「……うるせーな。つか馬鹿呼ばわりすんなよな。んで、結局テメェは何なんだよ?」
「頭を使うのは人間にはとても大事なことだと存じていますが、貴方レベルの知能指数ではいつまで経っても真相に近づけそうにないですしね。仕方ないですから、私の口から申し上げます」
と、一拍置いた後、ファイダナは次の言葉を述べるべく口を開くも、不意に口を閉ざしてすまし顔を浮かべる。
期待していた俺はそんな勿体ぶったファイダナの態度にヤキモキさせられた。
「……どうしたんだよ。ほら、早く教えてくれよ」
と、ファイダナを急かすも、当のファイダナは何だか釈然としない表情を浮かべ、
「―――――――――急に気が変わったので止めます」
と、トンデモナイことを口にされ、期待を裏切られた俺は激しく憤慨した。
「はぁ? んだよ、ソレ!! そんな身勝手の言い分があっかよ!!」
少々語気を荒げて非難するも、ファイダナはどこ吹く風という様子である。その上どこかつまらなそうに唇を尖らせてさえいた。
「だって、マスターたちは貴方に隠し事しているのに、私だけ教えるというのは何だか不公平です。私は何事にも公平さを尊びます。ですので、先ほどの答えは総合的に判断した結果です。なので、貴方如きに反論されるのお門違いです」
何という無茶苦茶な言い分だ。こんなのがまかり通ると思っているのか、と激しく憤りを覚えたが、そんな常識はこの神界では通用しないことを俺は散々体に覚えこまされてきた。
とすると、ここは素直に聞き入れるのが吉であろう。その方が俺の精神衛生上にもいいし、ファイダナの機嫌取りにもなる。
と、僅か10秒でそこまで計算した俺は気を取り直して、仏頂面から一転、今までの人生でそう浮かべたことのない満面の笑みを浮かべてファイダナへと視線を向ける。
本日二回目なので、だいぶんぎこちなさは無くなったと思うので、俺は少しばかり自信がつくのを感じた。
この笑顔が上達したら、将来詐欺師になれるな……、って、ろくな将来じゃねぇな。せめて俳優とか思い浮かばねぇのかよ、俺の貧困な脳味噌は。
だいぶこの世界に毒されてきたな俺も。どんどん心の中が荒んでくるのを感じてしまい、若干ネガティブに陥ってしまう。
「は、ははは。そうだよな、さっき出会ったばかりなのに、少し馴れ馴れしかったよな。ワリィな、反省してるよ」
と、少ししおらしい態度で謝罪の言葉を口にすると、ファイダナは大粒の瞳を更に大きく見開け、オドオドした様子で俺の顔色を窺ってくる。
「……どうしたんですか? もしや、脳味噌に蛆でも湧いたんじゃ……」
チッ……、心配したフリしつつも、俺を貶すことは忘れないんだな。
ま、ここは広い心をもって接しないとな。
「ははははは、冗談がきついな~。脳味噌に蛆なんか湧くわけないだろ。俺だって反省することもあるさ、大袈裟だな」
ファイダナの毒舌を流しつつ、愛想笑いを浮かべて返す俺。
そんな俺をジト目でしばらく見つめていたファイダナであったが、諦めたのかフゥ~とゆっくりと息を吐くと俺から視線を離し、背後に控えた木製の扉へと向き直る。
「まぁ、貴方がそう言うなら、別に気にしませんが……。――――――それでは、行きましょうか」
ドアの取っ手に手をかけ、それをゆったりとした動作で押し開く。
開かれた先から眩い光が漏れだし、俺は瞬きするのを忘れて扉の先の景色を見ようと目を見開けた。
その先には―――――――、今まで見たことのない景色が広がっていた。