第3章 こんな可愛い子が毒舌家の筈がない!!(1)
やばい。
ひじょーにやばい。
え? 何がやばいかって?
それはね……、
「――――――――どうしよう。この年で迷子になってしまった」
と、どこだか分からない建物内の廊下で呆然と立ち尽くす俺。
こう、脳内ではカラスが『アホー、アホー』と鳴きながら飛ぶイメージが浮かび、俺は冷や汗を垂らしながらゴクリと生唾を嚥下した。
……クソ、あんなに息巻いてきたのに、なんて情けないんだ俺ってば。
今どきの若い子だって迷子なんてしないよ。
『○のお巡りさんなんて、今時歌う奴いねぇだろ(笑)』だなんて、内心小馬鹿にしていた俺が今の状況下においてひじょーに滑稽に思えてくるのだから、人生って本当なにが起こるか分からないものだ。
まぁ、そんなことは今は置いておくとして……、問題はこの状況をどうやって切り抜けるか、だ。
迷子になったからと言って、ここでは親しい人間はいないし、かといって携帯のナビで元の場所に戻る、という方法も使えないと思うし……。うがぁ! 完全に八方塞がりだ。
でも、待てよ。そういやエレーナのやつは、さっきここは学院とかなんとかって言っていたよな……。
よし、そうと決まれば話が早い。
現役の学生というアドバンテージを生かせば、このような逆境など屁でもないぜ、と意気込む俺。
仮にも学校という体を成しているならば、そこが神界であろうが地球であろうが関係なく、構造上はほぼ同じ造りを成しているはずだ。
とすれば……、俺はキョロキョロと辺りを見回しつつ、自分が来た道順を確認していく。
「……確かさっきは東の方の階段を2階分降りてきて、その後は曲がり角を左、右、右、直進、左ときて、現在ここにいるから……」
ブツブツブツ、と呟くのに必死な俺に、背後から近づく黒い影に気づく余裕はなく――――――――。
「――――――――――ねぇ、です」
ポン、と肩に何かが置かれた感触が広がり、
「う、うわぁあああああああああああ!!」
ようやく我に返った今置かれた現状に気づき、驚きのあまり年甲斐もなく大絶叫してしまう。
「うひゃあ!! び、ビックリしました!!」
どうやら俺の突拍子のない叫び声に、少女の方も驚いてしまった様子。
おっかなびっくりといった感じで、俺の肩の上に置いていた手をどける。
あちゃ~、ビックリさせてしまったようだ。
大人げないと思ったけど、元はと言えば向こうの方が悪いんだし、ここはお互い様だよな。
俺は爽やかな笑顔を浮かべつつ、愛想よく背後に佇む少女?へと声をかけようと振り向くと―――――――――――。
なんということでしょう。
そこには、むっちゃくちゃ俺好みの美少女がいた。
人形のような無機質ながらも完成された美貌の少女。
背中まで伸びる白髪は雲のように透き通り、感情の宿らない碧眼はどこまでも広がる海のように澄んでいた。
何の服か分かんないけど、ピチッとしたパワードスーツみたいな服も俺好みだ。体に隙間なく張り付き、彼女のスラリとした無駄のない体のラインが否応なしに分かる。
少女はパチクリとした目つきで俺を見つめていたが、やがて何か画点がいった風に頷くと、挙げたままで維持していた腕をゆっくりと下し、胸の位置に戻した。
その動作の度に肩にかかった白髪がサラリ、サラリと揺れ動く。
その挙動の一つ一つが、この建物の神秘さと相まって彼女の存在がとても神々しものに思えた。
(はぁ~、可愛えぇなぁ。むちゃくちゃ俺好みだわ。名前、なんて言うんだろう?)
瞳がハートマークになるのを感じながら、無遠慮に目の前の少女を見やる俺。勿論、全身くまなく舐めまわすように、だ。
俺のそんなやらしい視線の集中砲火に気づいた少女は、ほんのすこぉーしだけ眉を潜めて、
「――――――――――何見てやがるですか、このフナ虫以下の寄生虫野郎」
―――――――あるぇ? 何やら汚い言葉が聞こえたような?
いやいやいや。
ただの聞き間違いであろう。こんな綺麗な子が、そんな耳が腐るような言葉を吐くわけが―――――――――。
「聞こえてなかったのですか? ……ったく、これだから地上に巣食う猿は嫌なんですよ。――――――さぁ、早くそのキモイ視線を向けるのを止めるのです」
……ですよね~。
俺はガックシと肩を下がらせながら、スゴスゴと踵を返してこの場から立ち去ろうとする。
やはり神様は皆こうなんだ。クッソ、もう神様なんて信じねぇ。
ブツクサと愚痴を垂れ流しながら立ち去る俺の腕を、
「―――――――――待ちなさい。私がお前に言ったのは、”視線をずらせ”だけで、”この場から立ち去るように”という旨は一言も口にしていませんよ」
ガシッと掴んで俺の行く手を拒む少女。
クソォウ、つくづく神様って奴ぁ勝手な生き物だぜ。
と、俺は自身の勝手さを棚を上げて悪態をついた。
まぁ、神様にはあまりいい思いをしてなかったのだから、悪態や愚痴を吐くのも少しは大目に見てほしい。
しかし、毒舌なのも含めても、お世辞抜きで彼女の容姿は抜群に美しかった。
そりゃノアシェランたちも絶世の美少女と言われる美貌を持っているが、目の前にいる少女はこう、何かが彼女たちと一線を超すのだ。
例えるならばノアシェランたちには”生きている”暖かさを感じるが、この目の前の佇む少女にはそれがない。まるで”造り物”のような、冷たく覇気がないさまを思い浮かばせるのである。
でも、そんなことを抜きにしても、この少女は美しい。
俺はやはり美少女には逆らえないなぁ、と苦笑しつつ、
「―――――――――――悪かったな。下界の人間は気を良く回すことに定評があるもんでね。んで? アンタは一体誰なんだ? 人を呼び止めたんだ。それなりの用件があるんだよな?」
固唾を飲んで相手の出方を待つ。
いやに緊迫した雰囲気の中、眼前の少女は身動ぎどころか眉一つ動かさずに、
「―――――――――別に、大した用はなかったです。ただ、間抜け顔して困り果てている奴がいたから、少々からかいに来ただけです」
―――――――なんなんだよ。
言いようもない脱力感が俺を襲う。
ガックシと一言も発さずに項垂れた俺を見下ろした少女は、
「? 一体どうしたですか人間。急にへたり込んで」
「……いや、なんか、疲れちゃってさ……」
ここまで会話が成立しないとなると、さすがの俺でも参っちまう。もう親身共に度重なる不幸な出来事でヘトヘトであった。
うん……、やっぱり大事だね、会話の重要性。
あまり意識してなかったけど、俺ってば何気に高難度な行為を常日頃からやってたんだなぁ~、と改めて人類の凄さを痛感する俺。
ともなると、コミュニケーションすら取れない神様の方が俺らより遅れてるんじゃねぇwwww
って、アホらし。こんなこと考えている時点で、俺もこいつらと一緒じゃん。同じ穴の貉じゃん。
あ~、やめやめ。こういう投げやりな発想はやめにしよう。
というか、この女に係わるのはもうやめよう。それがこのイライラ度を下げる一番の解決策だと直感した俺は、目の前の少女に何も言わず回れ右してこの場から退散しようと試みる、が。
「―――――――ちょっと、どこに行こうというのですか? 女の子を置いて行くなんて、男の風上にも置けませんね。だからモテないんですよ」
グサッ! グササッ!! グサ、グササッ!!!
少女の心無い言葉が俺の心臓へと突き刺さる。
俺が一番……、いや、二番目に気にしていることをストレートに指摘され、俺の繊細なハートが悲鳴を上げてのたうち回っていた。
モテない、モテない、モテなぃ……、という言葉が何度も頭の中でループし、俺はいつの間にか知らないうちに涙をハラハラと流していた。
そんな俺の異変に気付いた少女は、少しまずったという風に顔をしかめ、
「―――――――あ、あの。その……、少し言い過ぎちゃったかもです。その、なんかスミマセンです」
と、慰めの言葉を投げかけるも、その言葉が今の俺には余計に辛く、ますます涙の量が増えるのであった。
傷口に塩をぬる、という諺が一番あってるんじゃないかな、今の俺が置かれた状況を表すには。
「―――――――は、ははは。いや、もういいよ。何も言わなくて。なんか、ホント、もう勘弁してください」
ズルズルと真っ白に燃え尽きながら、再度床の上にへたり込む俺。
もう、何もする気になれなかった。
なんかここに来てから散々な目にあってばかりだ。
何度も気絶し、会ったばかりの女の子たちに罵られるわ、殴る蹴るの暴行に遭うわ、初対面の女の子にコンプレックスを抉られるわ……。
俺ほど不幸な男子高校生が一体何人いるのだろうか? もしいたらお友達になりたいほどだ。
と、腑抜け顔でブツブツブツと不気味に呟く俺を見下ろしながら、何か面倒くさい奴に絡んじゃったなぁ~的に顔を歪めながら、視線をひとまず俺から逸らす少女。
「―――――――ふぅ、何なんですか。この男は……。まぁ、いいか、です。とりあえずマスターに報告しないと、です」
と、独り言のようにつぶやいた少女は、徐に片耳に手を当てながら、
『――――――マスター。私です。ファイダナです。マスターが言っていた男を無事見つけて確保いたしました。直ちに次の任務に移行しますです』
どうやら、どこぞの誰かと通信している様だ。その様子をぼんやりとした面持ちで眺める俺に、通信しながらニヤリとした笑みを浮かべる少女であった。
俺はその腹黒い笑みを見て、ブルリと背筋に何とも言いようもない、一種の悪寒ともいえる戦慄が走るのを感じるのであった。