第2・5章 あの腹黒神様っ娘が俺にベタ惚れなはずがない!!(1)
さてさて。
あれから勇人が退出した後の部屋は……、修羅場と化していた。
先ほどまで涼しい表情を浮かべていたはずのノアシャランを筆頭に、アリッサ、エレーナ、ノアル等が何やら険しい表情を浮かべ、互いの顔を憎々しげに睨めつけていた。
敵意むき出しの視線に機嫌を悪くした面々は、鼻を「フンッ」と小さく鳴らし、苛立たしげに自身の髪の毛を弄ったり、指を弄ったりして気を落ち着かせようとしていた。
そんな険悪な雰囲気の中、真っ先に口火を切ったのは。
「――――――フン、いつまでもこう睨み合っていては話にならないわ。同士討ちをするのは本意ではないもの」
そう、あのノアシェランである。
彼女はブラッディ・アイを機嫌悪そうに細めながら、アリッサたちにそう言い放つ。
彼女の苛立ちようは半端ではなく、その細身から発せられる殺気にエレーナたちは体を小さくして怯える。
どうやら、ノアシェランは彼女たちに嫉妬しているらしい。
勿論、嫉妬の原因は中村勇人である。
ノアシェランは自分以外の女が、勇人と接することに我慢がならないらしい。
ノアシェランたち”巨神族”の女は、女の神様の中でも一番嫉妬深いと云われており、特に彼女はそれに輪をかけて嫉妬深く独占欲の強い女神であった。
故に自分より先に勇人と接触したアリッサは勿論のこと、エレーナやノアルにもその嫉妬の矛先が向いていた。
当人がいる間は抑えていたノアシェランであったが、とうとう我慢の限界に達し、この抑えきれない嫉妬心を表に出すべく勇人を部屋から追い出したというわけなのだ。
そして、勇人がいない今、ここはノアシェランの独断場となっていた。
ここにいる神たち(ノアシェランたちも含む)で、ノアシェランに適う者は誰一神とていなかった。
いくら神紋を身に刻んでいようと、ノアシェランのソレとは全然比較にもならず、特にノアシェランの神紋の能力は全くの未知数であり、長い付き合いである彼女たちも詳しくは把握できていない。
もし彼女の逆鱗に触れたら……、己の命はないかもしれないのだ。
右全身に刻まれた神紋と、体の一部にしか刻まれていない神紋とでは分が悪く、明らかにその性能は段違いであった。
しかし、何故こんなにもノアシェランが怒っているのであろう。
他神にあまり興味がない彼女が、ただの人間である勇人にこれほどの執着を見せるのは到底理解できなかった。
だが……、とノアシェランと一番親交が深いアリッサだけは、彼女の心の内に宿る”ある感情”の存在にいち早く気づいていた。
いや、彼女だけではないかもしれない。
ここにいるエレーナも、そしてノアルも……。
自分と同じ”感情”を、勇人に抱いているのかもしれない。
(――――――ッ、いや。それだけは、絶対いや)
自分の心の中に何か黒い靄のようなモノが渦巻き、醜い嫉妬心が全身を覆い始める。心なしかスカートに隠れた尻尾もブワァと毛が逆立っていた。
どうしもなく不安になる。こんな気持ちは初めてだ。
どうして? なんで?
そう何度の問いかけるも、私の心は私自身の問いかけを冷酷な態度で拒絶し、その答えを口にするのを頑なに拒み続ける。
まるで、『本当は分かっているんでしょ?』と言うように。
そうなのだろうか。分かっているのに、それを導き出すのを恐れている?
まさか……、私は失笑する。
(……そんなはずはない。私は全知全能の神なのよ。こんなの、なんてこと……)
いや、前言撤回しよう。
そうよ、私は怖いのよ。自分の感情に、そして自分自身が。
こんな感情は初めてだもの。身を焦がすような、辛く切ない、それでいて甘く蕩けるような心地よさ……。
こんな気持ちは生まれてから一度も、味わったことがない。
それが、人間如きに与えられるのだから、皮肉もいいこと。
でも、決して嫌じゃない。むしろ、喜ばしくて嬉しい気持ちの方が多い。
だから、私以外の女神がこんな感情を抱いてしまったら、困惑するのも当たり前よね。
特に他神との付き合いに疎いノアシェラン様なら当然よね。
そう考えれば説明がつく。
さっきからイライラしているのも、落ち着きがないのも、ここに来る前に”ジエイタイイン”とかいう猿のオス二人に危害を加えたのも。
エレーナとノアルはどんな感情を抱いているか分からないが、少なからずも憎くからずとは思っている様子。
それがいつ好意に変わるか分からない。
(―――――――これ以上、恋敵が増えるのは避けたいわ。ノアシェラン様でさえ強敵なのに、この二神まで勇人争奪戦に参戦となると分が悪いわね)
そんな私の胸の内を目敏く悟ったノアシェランは、気に食わないといった面持ちでフンと鼻を鳴らしながら、
「――――――アリッサ。何を企んでいるか知らないけど、あの協定は忘れたわけじゃないわよね? いい? アイツは、ユウトはこの私、ノアシェラン・ハーネットのモノよ」
嫉妬心をこれでもかと籠めた視線を送りつつ牽制してくる。
「……まさか、忘れてなどいません。わ、私がノアシェラン様を裏切るはずがありません。貴女は私の”命の恩人”ですから」
そう、そうなのだ。
私は彼女に恩があるのだ。
ここは素直に身を引くべきなのだろうか。
けど、けど、けどッ!!
どうしても抗いたいと願う自分が心の奥底で燻っていた。
けれど、私は――――――――。
「――――――――そう、いい子ね。リサ」
とても無邪気そうに笑うノアシェラン。
――――――私は、そんな彼女の笑顔を裏切れるのだろうか。
私の心の中で、二人の自分が鏡合わせで立っており、その視線の先には。
―――――――――いつも見慣れた、後姿があった。
今回はここまでです。前半はノアシェラン&アリッサに視点を置いて書いてみました。後半はエレーナ&ノアルを書いていきたいと思いますのでよろしくお願いします。
では、今回はこれで失礼します。