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  人類最弱な俺が(色々な面で)神様に勝てるはずがない(6)

「――――――――ねぇ、どうなの? エレーナ、ノアル。私、愚図は嫌いよ?」


 暗黒オーラを背後に纏いながら、抑揚のない言葉で淡々と呟くノアシェラン。


 緋色の瞳には感情の色が失われ、ジッと見つめていたら魂が吸い取られそうなほどに、無機質な物へと変わり果てていた。


 

 ――――――ぶっちゃけて言うと怖い。怖すぎる。


 

 アリッサもノアルも、そして怖いもの知らずのエレーナさんも、同じ神様であろう彼女たちも怯えるほどの凄まじいオーラを放つノアシェラン。


 俺は彼女たちの中でも、一段と異質な存在なのだろうと察した。


 そりゃあ、ここまで来る経緯からもしても、ノアシェランが凄まじいのは分かっていたけど、まさかヤンデレ気質があるとは思ってもみなかった。


 ヤンデレ……、かぁ。あいつなら喜びそうだけど、残念ながら俺はそこまでマイナーな趣向を持ち合わせてはいない。ツンデレくらいならなんとかいけるのだが……、イタイ系の女の子はちょっと好みの範疇外というか、タイプではないというか、アウトオブ眼中というか。


 つうか、好き嫌い云々の前に――――――、怖いのだ。


 なんか目が合ったら呪われそうだし。でも、このまま放っておくのも命に係わるし……。


 よ~し、ここは腹をくくって――――――――。


「あ、あのさ……、ノアシェラン」


「口を開いていい、とは言ってないわよ。ユウト」


 グアァァァァァ!! ダークマ○ーが、暗黒星雲が、ブラックホール的などす黒いオーラが俺を襲うですけど~~~~~~~~~~~~~!!!!


 っていうか、この体全体に感じる覇気はなんだ!? 奴は人間なのか!? って、神様だったね(笑)。


 俺は半ばパニックになるつつも、この緊迫した場をどうにかして収めようと、しどろもどろになりながらも言葉をつないでいく。


「で、でもさ!! その、あの、エレーナさんとノアルは俺と仲が良いんじゃなくて、あ~~~~~~!! クソ、なんて言ったらいいんだ!!」


 ガシガシガシとノミが体に付いた犬の如く、乱暴な手つきで頭を掻きむしり唸る。


 今になって自分のボキャブリーのなさに反吐が出る。


 というか、俺の発した言葉でますますノアシェランの怒りのボルテージが上がってるし!? あ~~~~~、八方塞がりとはこのことを指すのか!!


 と、頭を抱えて困り始めている俺に意外なところから助け舟が。


「―――――――――――その辺にしておきませんか、ノアシェラン様」


 この場にいる誰の声でもない、何だろう。澄み渡る空のように透き通りながらも、それでいて芯の通った、このままずっと聞いていたいような声音が部屋の隅から聞こえてきた。


 声のする方へと振り返ってみると、そこには――――――――――――。



 女神のように、美しい容姿を持つ妙齢の少女が佇んでいた。



「……スズリ、どうしてお前がここにいるの?」



 あれほど怒り狂っていたノアシェランが、すっかり怒気が抜けきった表情を浮かべ、ドアを背に佇むスズリと呼んだ少女へと視線を向けて呟く。


「……この子が、私の所まで来て、事の顛末を包み隠さず話してくれました」


 ソッと己の背後に視線をやると、そこにはスズリの背に隠れる、見慣れた少女が怯えた表情で控えていた。


 そのピコピコ揺れる灰色の垂れ犬耳を見て、


「つ、ツウィラ!? なんで、ここに?」


 ビックリして、思わず彼女の名を大声で叫んでしまう。


 そう、そこにいたのは、大使館で会ったアリッサの専属侍女であるツウィラ・ジジールであった。


 一方、アリッサの方もなんで自分の侍女がここにいるのか、よく理解できていない様子で戸惑いを含んだ表情を浮かべていた。


 まぁ、そりゃそうであろう。普通、メイドっていうのは主人の命令がなかった場合、身近な場所で待機しているか、別の雑事をしているのが当たり前だ。


 なのに、ツゥイラは自身の意志でこの場を収められるであろう、(スズリ)へと助け舟を出しに行ったのであろう。


 あぁ、ツゥイラが気の利く神で良かった、と俺は心中でツゥイラへと深く感謝の意を表した。


 そんな俺にソッと目配せしたスズリは、自然な動作で再びノアシェランへと視線を戻すと、見る者全てを魅了するような笑みを浮かべた。


「そうそう、申し遅れました。私の名はスズリ・ガードルウィングと申します。ノアシェラン・ハーネット様の侍女を仰せつかっております。以後お見知りおきを、ナカムラユウト様」


 腰をペコリと折り曲げ、丁寧懇切に自己紹介を口するスズリ。その動作一つ一つで育ちの良さが分かる。


 あぁ、何でそんな貴女がこんな我儘幼女の侍女なんか……、ゲフンゲフン!! 


「ははははは、はじめ、はじめめ、まして!! おおおお、俺は中村勇人といいいい、言いままま!!!」


「フフフフ、ゆっくりでいいんですよ。それに、貴方様のことはよく存じております。今やゴッド・ヴィアーヴの間では貴方の名でも持ちきりですから」


 口元に手を当て上品に笑うスズリ。プラチナブロンドのサラサラヘアーが砂金のようにサラリと滑らかに零れ落ちる。


 というか、こんな美しい女性から俺の話題が飛び出すとは。マジ涅槃!! いつ死んでもいいや俺、となれない状況に浮かれまくる俺。


 俺とスズリさんとの間でお花畑が咲き誇るのが気に食わないのか、ノアシェランがゴホンと咳払いして、俺のハピネスタイムを無理やり中断させた。


「……スズリ、そいつに色目をかけるのは駄目よ。まぁ、頭の良いお前ならば分かっているでしょうけど」


「フフフフ、勿論ですよ。この私が、命よりも大事な大事なノアシェラン様の玩具を取るとお思いですか? そう思っていたならば、とても悲しゅうございます」


「……フン、白々しい。いい? 私はお前だから、殺さないのよ? でも、次はないわよ。いいわね?」


「――――――ありがたき幸せ。それでは、私はこれで失礼いたします。さぁ、参りましょうかツゥイラ」


 背後に控えたツゥイラを促し、ペコリと一礼して退出するスズリ。


 去り際にスズリがパチッと、俺にしか分からない様にウィンクしたのは秘密だが。


 ともかくスズリさんの御陰で修羅場は脱したから良しとしよう。


 スズリさんとツゥイラマジ乙です。


 あの暴君(ノアシェラン)を言葉だけで抑え込むなんて、凄すぎて尊敬に値するぜマジで。


 それにしても……、ノアシェランはあのスズリさんには態度が違うな。


 何だろう。あの、何かを思いつめたような、切なそうでやるせない表情は。


 あのスズリさんにはいつもの傲慢さが弱弱しかったし、あのノアシェランが手も出さずに大人しく帰すなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないと思っていたのに……、まさに驚天動地といった心境だ。


 でもまぁ、彼女のおかげであいつの怒りも分散できたし、これで落ち着いて話し合いができそうだ。


「……それでさ、結局アンタたちは俺を拉致って何がしたいんだ。簡潔明瞭に、このバカな俺の脳味噌でも理解できるように答えてくれ」


 思い切って尋ねてみた。再三口にしている内容だけども、なんか上手い具合にはぐらかされている気がするのだ。


「――――――え、あぁ。そうね、お前は近年稀に見る馬鹿だものね。……エレーナ、この馬鹿に説明してやって」


「は、はい。畏まりました、ノアシェラン様」


 急にしおらしくなったノアシェランにビクつきながらも、これ以上彼女の反感を買わないようにと、エレーナは大人しく指示に従った。


 徐に上着の左ポケットに手を入れたエレーナは、そこから小型端末器を取り出して見せ、慣れた手つきで捜査を開始した。


 ピポパパパピ、とボタンを押す音が室内に響き、然る後に室内全体が地震が発生した時のようにグラグラと揺れ始めるが、立っていられないほどの強い揺れではなかったので、俺は足腰に力を入れて転げないように踏ん張った。


 すると部屋の中央の床がウィィンと音を立てながら下降していき、ついでせり上がった時には一脚の豪奢な飾りのついた、実に座り心地の良い椅子が乗っていた。


 それと同時に揺れが収まり、辺りには再び静寂が支配する。


 ―――――――――――は? ナニコレ?


 唖然とする俺を他所に、えらく得意げな表情を浮かべているエレーナと、何だか大げさなくらい驚いた表情を浮かべている三神――――勿論、アリッサ、ノアル、ノアシェラン――――がいた。


「フフフフ、どうでしょうか。私が100年の歳月をかけて完成させた、”自動収納床”の性能は。今はまだ椅子一つしか収納できませんが、これの便利なところは学院のどこにでも、こうして手も足も使わずに物が自由に取り出せるところです」


「す、すごいじゃない!! 私、今までアンタの発明を馬鹿にしていたけど、これほどまでに画期的な発明を見たことがないわ!!」


「ふ、ふん!! たまたまよ、たまたま!! ―――――でも、中々やるじゃない」


「――――――凄いわね、エレーナ。あとで私が直々に学院長に申告しておくわ」


「!! あ、ありがとうございます」


 と、それぞれに感想を述べる。……一喜一憂しながら。


 俺はそんな彼女たちを蚊帳の外から、唖然とした面持ちで傍観していた。


 理由は二つある。


 一つは神様である彼女たちが、普通の女の子みたいに愛らしく笑うこと。


 もう一つが――――――――


「……って、百年も使ってあの程度!? どんだけ遅れてん――――――――――ブベェ!!」


 最後まで言い終わる前に、真顔に戻ったエレーナの放つエルボーが俺の右頬にぶち当たり、顔面が変形した俺は箒で掃かれたゴミのようにぶっ飛んでいく。


 殴られた衝撃もあって、俺の体は見事に壁へとめり込んでしまう。


 グ、グホッ!! な、なんて馬鹿力なんだ……。


 鼻血を噴出させながら、俺を殴った際の衝撃のせいか拳から、モクモクと湯気を立ち昇らせているエレーナ様へと恐怖に彩られた視線を向ける。


 エレーナの咄嗟の行動にアリッサたちや、あのノアシェランまでもがポカンと大口を開けて、エレーナの顔を唖然とした面持ちで見やる。


 まぁ、普通に考えてあの冷静沈着のエレーナが、ここまで激怒するとは、誰も夢にも思わなかっただろうよ。俺だってその一人だもん。


 まさか、発明を馬鹿にされたからってあの怒りよう……。ノアルの言い分も間違ってはいないってことだな。


 っていうか、この状況前にもあったような……。というか、何かエレーナが般若のようなごつい顔で迫って来ている気がするんだけど、しかも何かブツブツ呟きながら。


「……の、サ、が。せ、かく、親切、して、ったの、に、デス」


 ――――――――すっげぇコエェェェェェェ!!!!!! さっきと態度変わりすぎだろ!? 


 とうとう目と鼻の先にまで距離を詰めたエレーナは、クワァと大口を開けて俺の体へと噛みつくべく突進してきたが、寸前のところで俺は転がるようにして避ける。


 俺がいた場所には何か鋭く鋭利な物で抉られたような痕が残っており、俺はサァ~、とあまりの恐怖に血の気が引くのを感じた。


 もう少し避けるのが遅かったら、と思うと体の震えが止まらなかった。


「……チッ、避けるなですこの人間」


「避けるなっていう方が無理だっての!! っていうか、アンタ俺を食う気だったのかよ!? どんだけ根に持ってんの!?」


「う、五月蝿い!! お前なんかに私の努力が分かるものかです!! あんまりには、腹がたったから、腹いせに腕の一本でも食うてやろうと思っただけです!! それの何が悪いんですか!?」


 頬にサッと朱が走ったエレーナはプンプンと怒り狂いながら、ダンダンと幼子のように地団太を踏む。


 というか、これは完全に逆切れであった。


 大人しそうで話の分かる神だと思っていたのに、まさかこんな爆弾をしょっていたとは……、やはり表だけで判断するのは駄目ということが、今ようやく身に染みて分かった気がする。


 それにしたって……、ゴクリと喉を鳴らしながらチラリと視線をエレーナに向ける。


 そこにいたのは、憧れだったエレーナさんじゃなく、土壁をモグモグと咀嚼する人喰い神のエレーナであった。


 つうか、そんな物騒なのを野放しにすんなよ!? バクバクと激しく脈動する心臓を服の上から抑えながら心中で呟く。


 無言の抗議をノアシェランらに向けるも、彼女たちは何の意も介してない様子。


「……あぁ、エレーナは海神族の中でも珍しいホオジロザメを守護する神で、あんまり挑発すると腕の一本くらいすぐ持っていかれるわよ。特にお前は言ってはいけない禁句を口にしてしまったから……。―――――まぁ、頑張りなさい」


「ちょ!? 何その投げやりな態度!? それならそうと早く言えよ!! テメェらはいつも言うのが遅いんだよ――――――、って!?  うぉ!! 危ねぇ!! っ、とと!!」


 説明を求めていない上にあまり聞きたくもなかった事実を明かされ、俺はエレーナからの攻撃を避けながらノアシェランの発言にツッコミを入れる。


 ―――――ふぅ、アブねぇ。こんなんいくら命があっても足んねぇよ。


 額から流れる汗を手の甲で拭いながら、チッと口の中で小さく舌打ちをする。


 流石の俺でも喰われたりしたら死んでしまうよな……、出血多量で。

 

 それに物語の主人公が開始早々、腕無しじゃあ格好もつかないし。


 よ~し、こうなったらエレーナのご機嫌とりをしなきゃ、俺のMY LIFEが、命の灯が消える結果になってしまう!!


 それだけは避けなければ。


 五体満足だけが、俺に残された唯一のポテンシャルなんだから。

 

「あ、あのさ~、そのさっきは悪かったな。俺、その昔樹里のやつが夏休みの時に作ってきた、クッソ下手くそな工作を思い出しちゃって……。つい思ってもいないことを口に出しちゃったんだよ。ほんと、悪かったな」


 ここは樹里をダシにして謝ることにしよう。下手に口出すよりその方が絶対いいもんな。


 案の定……、俺の謝罪? を聞いたエレーナは牙こそむいていたものの、身に纏っていたダークオーラがみるみる内に収束し、瞳に宿った攻撃色も鳴りを潜めていく。


 ……つうか、瞳孔が開いてなかった? 何? そんなにブチ切れてたの?


「……フン、まぁ、いいでしょう。素直に謝った―――――――、ようですし。私も少々怒りすぎていたようですし、ここは喧嘩両成敗ということで、全て水に流しましょう。それで、いいですか?」


 どこか癪に残るものの、一応矛を収めた様子のエレーナ。


 やはりこの作戦は効果大のようだ。


 しかし、別の意味で瞳をキラ~ンと光らせながら、俺の胸ぐらを掴み上げつつ、


「―――――まぁ、それはそうとして。謝る態度は見直しましたが、人をダシにして謝る手法は如何なものと思いますよ。ねぇ、ナカムラユウトさん?」


 フゴォ!? ば、バレてる。


 ナイアガラの滝の如く冷や汗を垂れ流しながら、俺はエレーナからの減給から逃れるべく必死に言い訳を探すも……、パニック状態な俺の脳味噌は肝心なところでは全く機能しなかった。


 この状態こそが……、俗に蛇に睨まれた蛙というやつか……。


 え? 違うって? まぁ、この際そんな些細なことはどうでもいい。


 肝心なことは、この状況からどうやって脱するか、だ。


 というか、喧嘩両成敗とか言って、全然両成敗してないじゃん。明らかにまだ怒ってるよね。根に持ってるよね。どんだけ執念深いんだよ神様ってやつぁ。


 しかし、ここで墓穴を掘るわけにはいかない。


 何としてもでも生きなければ。生き延びねば。


 こんな意味不明な土地で死ぬわけにはいかねぇんだよ。


 俺はパンパンと気合を入れるために、両頬を軽く叩く。


「……ハハ、ごめんな。俺ってば本当にバカでさ、つい人をダシにしちゃって見苦しい謝り方をしちゃったよ。でもさ、本当にエレーナには悪いって思ってるんだぜ」


 これだけは信じてくれよ、と俺は純粋無垢な瞳を以てしてエレーナの透き通った水色の瞳を見つめ続ける。


 俺の必殺技をモロに食らったエレーナはウグッとたじろぎ、気まずそうに瞳を反らしながらコホンと咳払いをする。


「ふ、ふん。そんな目で見たって、その……、あぁ!! もう!! 分かりましたよ!! この件は不問に致すことにします、が。今度同じような行為をしたら、その三枚目な顔が半分になると思いなさい」


 ゾワァ!! 


 ヤベェ、ションベンちょっと漏れたかも……。


 背筋が泡立つのを感じながら、俺はどうにか微笑みを絶やさずに返事を返す。


「あ、あぁ……。分かったよ。男に二言はないぜ。必ず約束は守ってみせるよ」


 男に二言はない、ないけれども―――――――――、顔が半分になるのは勘弁願いたいなぁ。


 つぅーか、三枚目ってはっきり言いやがったよコイツ。そりゃあ自分でも二枚目だとは思ってもいないけど、他人の口からハッキリ言われると少し堪えるなぁ……。


 トホホホ、と項垂れているも、どうやらそんな時間はない様子。


 俺を放っておいて事態はどんどん右へ左へ忙しなく動いていく。


 呆然としている俺の手を引きながら、先ほど床下から取り出した椅子へと座らせたエレーナは黒衣を翻しつつ、何やら分厚い本を片手に教鞭を取り始めた。


 ペラペラとページを捲る音が室内に響く。


 そんなエレーナの背後には暇そうに欠伸をかます三神が大仰な態度で椅子に腰掛け、こちらの様子を静かに窺っていた。


 あ~、俺も眠りたいよ。授業は大の苦手だし。


 ウトウトと睡魔に襲われた俺はゆっくりと舟を漕ぎ始め、何度か椅子の上からずり落ちそうになった。


 そんな俺を目敏く注意するのは、勿論エレーナである。


 どこから取り出したのか細長い教卓棒で俺の向う脛をピシャリと叩く。


「うわぁ!! いってぇ~~~~~~~~!!」


 突然の痛みに俺は浅い眠りから覚め、ガタタッ、と椅子を揺らしながら飛び上がった。


 クソ~、地味な攻撃をしやがって。


 涙目になりつつ、片眼鏡(モノクル)を光らせてるエレーナを睨みつける。


 しかし、当のエレーナはというと、俺の無言の抗議など物ともせずにしれっとした表情を浮かべてそっぽを向いていた。


 その澄ました横顔を見つめていると、フツフツと腸が煮えたぎってくるから不思議だ。よく美人の横顔を見ていると目の保養云々とか言っていたけど、あんなのは所詮はデマだったんだ。


 だって、コイツラの横顔を見ていても全然目の保養になんねぇし、というかますますストレスが溜まる一方だし。


 あ~、胃がムカムカしてきた。


 この年で胃潰瘍になるのは避けたぜ、とみぞおち辺りを擦りながら呟く俺。


 そんな俺を軽~く無視して、エレーナはどんどんと教科書を読み進んでいた。それも結構速いスピードで。


「――――――というわけで、我々は種族ごとに能力や容姿が異なるというわけなのですが……。ちょっと、聞いているのですか? ナカムラユウト」


「―――――ふぇ!? あ、あぁ!! 聞いてるよ。それで、何だって?」


「……ふぅ、いいですか? 先ほど説明した通り、このマールスデウスには各神族の王侯貴族の子息や息女たちが通う学び舎であり、貴方も数日後にはこの学院に通うことになるのですよ」


「ふぅ~ん、俺がその学校にねぇ~……、って!? え、えぇ!! どういうことだよソレ!! そんなの俺聞いてねぇぞ!?」


 ガタ、ガタタッ!!


 話半分で聞いていた俺であったが、聞き捨てならない単語が聞こえてきたので少々取り乱しつつ椅子から勢いよく立ち上がる。


「聞いてないも何も、貴方には教える義務などない、ということです。これは決定事項ですから」


「は、はぁ? んだよそれ……。ッ、ざけんなよ!! そんなの横暴じゃねぇか!! 俺の意志もなしに決められたことなんて無効だ、無効!! すぐに取り消せよ!!」


 腹が立った。それも無性に。


 だってそんなの一方的じゃねぇかよ。


 俺には”帰る場所が(学院)”あるのに、そんなの、そんなことがあってたまるかよ!!




「――――――ふざけてなんかないわ。ユウト」

 

 

 

 俺の怒声に答えたのは、眼前に立つエレーナではなく、エレーナの背後に座るノアシェランであった。


 彼女は血色に染まった両の眼を真っ直ぐにコチラへと向け、はっきりとした口調で言葉の続きを口にした。



「お前の怒りも尤もだし、気持ちはよく分かる。でもね、これは皆の総意によって決定したことなの。だから、一人間のお前がどうこう出来る問題ではないということよ」


「だからって、そんなの許容できるわけねぇだろ!!」


俺は湧き上がる衝動のままに拳を振り上げようとした、が。


「―――――少しは落ち着きなさいよ、ユウト。暴力では何も解決しないわよ」


 キィン、とノアシェランの突き出した指先から淡い光が洩れたのと同時に、振り上げた俺の拳がそのままの状態で、まるで石像のように固まってしまう。


 くそ、神紋の力を使いやがったのか。


 もう、お手上げだ。アレを使われたらコチラに勝ち目はない。


 俺は体の中で暴れ回る怒りを抑えつつ、振り上げた腕をゆっくりと下へ下へと降ろしていく。


 俺の怒気が静まっていくの感じたノアシェランは、発動していた神紋の力を収め、突き出していた腕を膝の上へと置き直す。


「―――――そう、いい子ね。ユウトは、私たちの言うことに大人しく従っていればいいのよ」


 赤い瞳が鈍く光り、俺はゾクリと真冬でもないのに背筋が凍りつく感じがした。


 これ以上コイツらに手向かわない方がいいかもしれない、と本能で悟った俺は大人しくすることに決めた。


 腹は立つけど、やっぱ命は惜しいもんな。


 俺の怯えた表情に気づいたのか、ノアシェランは口元に笑みを貼り付け、なだめるような声音で語り掛ける。


「フフフ、そんなに怯えなくてもいい。ユウトが私たちの言うことを大人しく聞いていれば、何も捕って食ったりはしないわよ」


 その言葉を聞くと、余計に怖くなるのは何故だろう。しかし、ここは彼女たちの言うとおりにしようと気を引き締める。


 でも、これだけは譲歩するわけにはいかない。


 俺はグッと唇を噛み締めて、



「―――――――なぁ、俺は必ず”帰れる”よな?」



「ッ。 ――――――――えぇ、帰れるわ。けど、それは”お前次第”よ」



 それを聞いて、ホッと安堵した。


 胸を撫で下ろす俺に、ポイッと何かが投げつけられ、それは俺の足元へと転がり落ちる。


「―――――なんだ、コレ。……バッチ?」


 腰を屈めて拾ったソレは、十字架に張り付けられた一頭の羊の絵が描かれたバッジであった。


 バッジは真鍮製で掌に乗せるとズシリと心地よい重さが広がる。


「……それはアンタのここでの身分を証明してくる、いわば身分証みたいなものよ。常にそのバッジを身に着けておくこと。いいわね?」


 アリッサがふわぁ~と欠伸をかましながら、バッジの説明と共にそう付け加える。


 俺は内心失笑しながらも、大人しくバッチを征服の襟元につける。襟元に着けられたバッチはキラリと、己の存在を示すように光り輝いていた。


 わずかに感じる重みが、今までの生活は送れない、ということを意識させられた。


「あぁ、それと……、そのバッジを外すと集団リンチに合うかもだから。自分の自室以外で外しちゃだめよ。じゃあ、それだけ。はい、サヨナラ」


 と、どこかなりやげな態度で退出を促すアリッサ。


 その横では盛大なイビキをかいて眠りこけるノアルと、何か言いたそうに口を噤むエレーナに、いやに静かな態度で事の成り行きを静観するノアシェランがおり、俺は有無を言わさない雰囲気にゴクリと喉を鳴らした。


 しかし、ここまで女に振り回されっぱなしというのも癪に障る。


 ”ほぼ”無理やりに連れてこられ、その挙句に放置されるわ、殺されかけるわ、ボコられて蹴られるわ……。うん、今思い返してみてもいい思い出の一つもないな。


 さすがの俺でもこんだけ立て続けに”災難”が身の上に降りかかったら、凹むよマジで。


 まだ24時間も経ってないというのに、最早俺の体は満身創痍。この前冬の制服を下したばっかりなのに……。今や制服はボロボロで最初のころの面影など見る影もなかった。”一応”制服としての体を保っている、という感じである。こんなものを制服と呼んでいいのだろうか? 百歩譲ってもボロ雑巾と呼んだ方がしっくりくる。


 しかし、嘆いてばかりもいられない。


 ここには俺の味方は”誰一人”いないのだ。気を引き締めねばいけない。


 隙を見せたらいっかんの終わりだ。今の俺は獅子の群れに落とされたシマウマといったところか。


 絶対、こいつ等に心を許すもんか。


 でも、露骨な態度を取るのはNGだ。怪しまれたら、元の世界に戻ることは一層難しくなるであろうことは確実であったし、何よりここでの生活を無事に送る為には、少しでも彼女たちと親しくする”フリ”が必要だからだ。


 曲がりなりにも彼女たちは”王女”という、やんごとなき身分の持ち主だ。こうもはっきりとした階級社会なら、身分という越えられない壁が生じているはずだ。それを上手く活用すれば、俺のここでの生活は概ね安寧を得られる、と思うが。


 なにぶん、こいつ等は気まぐれで気分屋だ。


 今は俺を珍しがって興味を示しているけど、いつ飽きて手のひらを反すか分かったものじゃない。


 ならば、こいつ等の気が変わる前に”人間界”へと戻る方法を考えなければ、と内心でそう決意しつつ、表面上は内心の企みを悟られぬ様、勤めて笑顔に準じた。



「そうか。いやぁ~、疲れていたからちょうどいいよ。それじゃあ、明日からよろしく頼むよ」



 それだけを告げると、俺は笑顔を張り付けたままクルリと踵を返す。


 しかし、それは”こいつ等”の前でだけ。


 俺は背を背けた途端に、笑みを浮かべるのは止め、自分でも凶悪とさへ思える笑みを代りに張り付けた。


 そうでもしなければ、気が狂いそうだったからだ。


 一人ぼっちで戦うからには冷酷にならないと、そう言い聞かせて。


 


 ――――――――俺を見くびるなよ。絶対に、お前らの言いなりにはならない。



 

 しかし、何故だろう。何故、こんなにも虚しいのだろう。


 決意した矢先に、その決意が揺らぎそうな何かが、俺の胸の中で誕生しかけていた。


 だが、今の俺にはそんなことを確かめるような心境ではなく、俺は自分の定めた茨の道を突き進むべく、ドアの取っ手に手をかけた。


 

 ――――――開けた先には、果てしない暗闇が広がっていた。



  

 やっと更新できました。遅れて申し訳ありません。


 ひとまずここで神界の方は一旦ストップして、次回からは人間界の方に焦点を向けたいと思います。


 それからはアリッサたちの心の内を、彼女たちの視点で書きたいと思いますので、よろしくお願いします。

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