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  人類最弱な俺が(色々な面で)神様に勝てるはずがない(5)

 ―――――――――ピチョン。ピチョ、ピチョン。


 天井から滴る水滴が、断続的に石畳みに溜まった水溜りへと落ちる音だけが響く。


 その音はどこか寂しくて、でも……、どこか心地よかった。


 ピチャン、と落ちる場所をたがえたのか、迷子になった一滴の水滴が俺の頬へと落ち、熱を伴った俺の頬を優しく冷やす。


 その水滴に促される形で、俺はぼんやりと靄がかかった意識を無理やり揺り起こす。


 すると視力が回復してきたのか、段々と薄ボンヤリにしか見えていなかった景色が、モノクロながらも鮮明に見えるようになった。

 

 しかし、どうにも体の節々が痛く、自由がきかない。まるで、何かで拘束されているような……、あぁ。どうやら俺の読みは当たっていたようだ。


 俺は後ろ手に組まれた両腕を枷一つで拘束され、固く冷たい石畳みの上に横向きに寝かされていた。


(パッと見はRPGで見たどこかの城の地下牢みたいだけど……、俺がいたのは森の中だしな)


 と、訝しんでいた俺の顎にピリッとした痛みが脳髄を突き抜け、俺は思わず小さく悲鳴を上げて芋虫のように丸まってしまう。


「……ッ、いてぇ~。……ぁ、あぁ~、痛みで思い出したけど。俺そういやあいつらに掌底突きを食らわされて、んで意識を失ったんだっけっか」


 すっかり忘れてたぜ、と半笑いで呟く俺。


 だが、今のこの状況……、笑える状況なのだろうか?


 拘束されて地下牢って、何か大罪を犯した犯罪者みたいじゃん。


 って、俺そういや”犯罪者”みたいなものか。傍から見れば”不法侵入者”以外の何者でもないもんな~。でも、いきなり拘束して地下牢って少しやりすぎなような気もするけど……。


 でもあいつらは神様。人間の常識なんかここじゃ通じないかもしれないしな、とどこか達観的な思考で呟く俺。


 もうこうなったら諦めがついたほうが楽なのかもしれない。このような状況も受け入れてみれば、意外とパラダイスな……、って‼ んなわけねぇだろ‼‼‼‼‼‼‼‼


 俺は脳内で胡坐をかいて居座る達観的思考の俺を振り払った後、ジタバタとここから脱出しようと身動きが取れない体でもがき回る。


 横たわっていても人類は動けることを証明してやる、と鼻息も荒く前後左右も分からなく程に無我夢中に転げ回っていると、



「……な~に一人虚しく転がっているのかしら?」



 ギュムゥ、と転げ回る俺の背を的確に踏みつけた小さな足の持ち主は、高慢ちきに足元の芋虫()へと問いかけた。


 薄明りでその姿はよく見えないが、その高飛車でドS的な発言から、俺の背中を踏みつけている人物? 神の正体がありありと分かった。


「……お前かよ、アリッサ。いいから、その足をのけてくれませんかね?」


 俺は事の原因とも言うべき少女―――――アリッサへと腸が煮えたぎるほど怒りを抑え込みつつ、どうにか平然とした態度を取りつつ丁重に”お願い”してみた。


 しかし、”お願い”して言うことを聞いてくれるなら、こんなにも苦労はしない。


「フフフフ、い~や……、って言いたいところだけど。今回は時間がないから、また今度虐めてあげるわ」


 愉しそうな声が室内に響くのと同時にアリッサはパチン! と指を鳴らす。 


 すると、ゴゥンというエンジン的な物が作動する音とともに、あのジェットコースターに乗った際に味わう独特の浮遊感が俺たちを襲う。


 部屋全体が動いている錯覚を抱くが、多分”錯覚”なんじゃなくて”事実”なんだろうと思いながら、俺はせり上がってくる吐き気を懸命に堪えていた。


 立っているアリッサは何ともないのだろうけど、床に横になっている俺は真面に浮力が体を襲い、体全体がフヨフヨと漂っている感じがして生きた心地があまりしない。


 ――――――――――まるで”エレベーター”だ。


 だが地球のエレベーターはこんなに乱暴ではないので、やはり神界は何もかもスケールが違う。


「な、なぁ……、まだ、つかねぇのか?」


 息も絶え絶えに未だ俺の背中に足を乗っけているアリッサへと問いかける。


「まだよ。ちょっと吐かないでよ」


 クッソ、なんて容赦ない。もう少し労わろうという心はないのか。お前の○は何色だぁ‼ って、今はそんなのどうでもいい。


 今はとにかく早くこの浮遊感から解放されるのが目下の願いだ。


 早く早く早くは~や~く~~~~~~~~~~‼ このままでは俺は拘束されて美少女に背中を踏まれながらゲロを吐いた変態に成り下がってしまう~~~~~~~‼


 それだけは人として最低のモラルは守らねぇと、というか俺の尊厳を‼ 俺の人生を‼  



「こんなところで終わってたまるかぁ~~~~~~~~~~~ッ‼」



 カッと両眼をかっ開いた俺はどこでもいいから壁に思い切りぶつかってみようと思い、一か八か最後の力を振り絞って思い切り転がってみた。


 背中に足を乗せたままのアリッサのことなど露ぞ忘れ、俺はただ我武者羅に転がった。 


「ふぁっ‼ ちょ、ちょっと‼ いきなり何すんのよ‼」


 どうやらいきなり転がった俺の動きに対応できなくて、体のバランスを崩し無様に尻餅をついてしまった様子。


 ドスンという音と悲鳴をバックミュージックに、俺はただひたすらにゴールを目指して転がり続ける。


 転がりながら俺は間近に迫る石壁を見て喜びの笑みを浮かべる。


 あぁ、これでこの浮遊感をからもおさらばできる、が。


 やはり……、俺はバカだ。


 この気持ち悪さから解放されることばかり念頭に置いて、一番忘れてはいけない大事なことをすっかり忘れていたのだ。


 それは、ただ単純に――――――――――、壁にぶつかったら痛いよね、って☆!


 しかし、転がり続ける俺にとってそんな些細な事を気に掛ける余裕はなく――――――――――。


(フハハハハハハ‼‼‼‼ どうやら俺の勝ちのようだな)


 別に勝ち負けの勝負をしているわけじゃないのに、すっかり舞い上がってその気になっている。この浮かれようじゃ一体何のために転がっているのかさえ忘れている様子である。


 あと壁に激突まで10cmといったところで、急に上へ上へと昇っていた室内がワンアクションして急停止し、転がっていた俺はその衝撃で勢いがつき、当初予定していた倍の速さで前へと強く押し出されてしまう。


 この勢いで壁へと衝突してしまったら怪我ではすまない、と今になって事の重大さに気づき、サァァァァと顔から血の気が失せる。


 体に襲うであろう衝撃に耐えるべく、ギュッときつく瞼を閉じて、壁に直撃する瞬間を今か今と身構えているも……。いつまで経ってもぶつかる気配はない。


 それどころか瞼の裏まで焼くような明るさが俺を襲い、俺の体は狭く暗い室内からとても広い空間へと投げ出された。


「ぐへっ‼ ぶっ‼ ってぇ~」


 どうやら投げ出された際に顔面を強打したようだ。鼻の頭がジ~ンとして、そこだけが火で炙ったかのように熱くて痛い。


 どうやら鼻血も出たみたいだ。ツゥーと明らかに鼻水ではない液体が、鼻の穴から引力に導かれて下へと伝い、血特有の生臭さが口に広がる。


 さすがに鼻血を垂らしっぱなしというのは情けないので、俺は慌てて鼻の穴にティッシュを詰めようとして、手を動かそうと……、って、無理じゃん‼ 


 そこまで考えて思わずうつ伏せになる俺。


 そうだよ、俺は今両手を拘束されているのに鼻血の処理なんか出来るわけねぇじゃん。


 つか俺いつまで目閉じてるんだよ。そろそろ開けてもいいじゃん? 傍から見たら『何あいつ目閉じながら鼻血垂らしてんの? マジキモッ‼』とか言われると思う。というか確実に言われる!?


 と、ジタバタと己の空想に悶えていると。



「……なにしているのですか? 鼻から血を垂らしながら……」


 

 頭上から冷ややかな声が投げかけられる。


 こ・の・こ・え・は。


 この冷やかながらも落ち着きのある声にものすごく聞き覚えがあった俺は、慌てて瞼を開いてガバァと勢いよく俯いていた顔を上げて声のするほうへと向ける。


 そこにいたのは――――――――――――



「……大丈夫ですか? ……アリッサにはもう少し優しく運ぶように言ったのですけど……」


 申し訳なさそうに俺の顔を覗き込むエレーナであった。その近さときたら息と息が触れ合うほどだ。造りのいい美少女顔がこう真ん前にあるというのは中々にこっ恥ずかしいものだな。


「ふぇっ? あ、あぁ‼ いい、いいって‼ エレーナさんが悪いわけじゃないよ。悪いのは全部こいつ(アリッサ)だから。エレーナさんが気に病む必要は――――――――ブギュ‼」


「ちょっと、アンタは黙って聞いてれば~~~~~~~~~<(`^´)> 猿のくせに! 猿のくせに! 猿のくせに~~~~~~~!!!!!!」


 ゲシッ! ゲシッ! ゲシッ! ゲシッ! ゲシッ! ゲシッ!

 

「いでっ! ちょ! まっ! ほんと! ちょ! あり! っさ!」


 激怒したアリッサに背中を何度も何度も踏みつけられる。こんなので気持ちよくなる奴の気がしれねぇよ全く。


 このまま永遠にアリッサに踏まれたまま人生を終えると悟ったのだが……、どうやら救いの神はいるらしい。



「―――――――――ちょっといい加減にしなさいアリッサ」



 このお局様のお声は――――――――――、室内の中央に置かれた玉座に畏まって座るノアシェランであった。



「は、はぃぃぃぃぃ!!!!!!!!」


 ビクビクビクビクビクッ!!!!!!!!!


 驚いた猫の如く耳と尻尾の毛を逆立てたアリッサは、俺の背から飛ぶようにして離れていった。


 ったく、どんだけビビってるんだよ。あんな幼児体型に。そりゃまぁ、あの神紋? っていう能力は鬼気迫るものがあったけど、それ以外は小○生みたいじゃんか。


 でもまぁ、あいつがビビって退いてくれて良かったよ。


「イテテテ……、サンキュ、ノアシェラン。っと、いつの間にか鼻血止まってらぁ」


 ギシギシと骨が軋むのを感じつつ、俺はようやく体を起こすと、いつの間にか鼻血が止まっていることに気づいた。


 顔面にこびりついた鼻血を消そうと思い立ったが、両手がふさがっていて自分で処理することは願わなかったが、


「――――――顔が汚れていますね。ちょっとだけジッとしていてください」


 気を利かせたエレーナがすかさず程よく湿った柔らかな手拭きで、ソッと優しい手つきで顔を拭ってくれた。2、3回ほど丁寧に拭ってくれると、鼻血で汚れた顔がすっかり綺麗になった。


「あ、ありがとう。何だか照れくさいな……」


 呟いた後に何だか女の子に顔を拭いてもらう、という行為の恥ずかしさを改めて気づき、カァアアアと顔面が熟した林檎のように赤く染まる。


 それに気づいてか、エレーナの頬も俺と同じように―――――うっすらだが―――――赤く染まる。


「……そんなバカなことを呟いてないで、ほら。これで自由の身になりましたよ」


 と、いつの間にか両手の枷が外されて自由の身になっていた。


「お、ホントだ。改めてありがとう。手、すっごく痛かったんだ」


 コキコキと腕の関節を鳴らしながら再度お礼の言葉を口にする。


 それにしても、やはり自由の身って素晴らしい。


 天井を仰ぎながら自由の素晴らしさを噛み締める俺。


「……で、いつまでラブラブタイムを見せつけてくれるのかしら? ねぇ、エレーナ?」


「ッ!! も、申し訳ありません」


 エレーナもアリッサ同様にお局様の声に弾かれるようにして、黒い外蓑(マント)を靡かせながら俺の傍から離れていく。


 ―――――――――そんなに怖いのか、キミたちは。


 小さく丸めた背を見つめながら、俺は彼女たち(主にエレーナ)を庇うつもりで”小さな女王”へと進言した。


「おい、あんまり偉ぶんなよ。可哀想だろーが」


「――――――はぁ? 誰が口を開いていいなんて言った?」


 ギヌロ、と絶対零度の視線がこちらに。


「申し訳ありませんでした」


 先ほどの強気な態度はどこへやら、俺はノアシェランの視線を受けた瞬間に跪いて許しを乞うた。


 ヤベェよ、あの眼。あんなの常人が放つ、って、そういや人間じゃなかったね。


「……はぁ、もういいわ。早く顔を上げなさいよ」


 ため息とともにノアシェラン。


 どうやら許しがもらえたみたいだ。ふぅ、良かった良かった。安堵のため息を吐く俺。


「は、ははぁ。仰せのままに……、って!! なんで俺が頭下げなきゃいけないんだよ!! お前は何様だ!?」


「神様よ」(SE)ズド―――――――ン!!!!!!!!!!


「即答!? いや、全くもってその通りだけれども!!」(SE)ズギャ―――――ン!!!!!!


 なんて上から目線なんだ!! しかし、ここまで大仰だといっその事清々しいな、と思ってしまう俺。

 

 まぁ、生粋のお貴族様は偉ぶっても嫌味に聞こえないもんな。これが成金との違いだろう。


「神様、ね。それは分かってるよ。だって耳にタコができるほどに聞かされてきたんだからな。そんなことより俺が言いたいのは、そう。ノアシェランとアリッサに対する文句の数々だよ!!」


 ビシッと勢いよく突き出した人差し指を、楕円形に置かれた玉座に座るアリッサとノアシェランに向けて思いの丈をぶちまける。


 そうだ、そうだよ。


 つい忘れていたけど、俺はこいつらに対してものっすごく腹を立てていたんだ。


 得体も知らない場所に一人放っておかれるわ、危うく生死の境を彷徨いそうになるわ!!


 もぉー、数を数えてみたら枚挙にいとまがない。


「文句? ふぅ~ん、あんたが私たち(・・・)に一体なんの文句があるというのかしら?」


 気だるげに爪を弄りながらアリッサ。その横ではノアシェランが憮然とした面持ちで静観を貫いている。


「何を、って! よくそんなことが言えるなぁ!? 俺はもう少しで死にそうだったんだぞ!?」


「死にそうだった? それは一体どの口が言っているのかしら。現にあんたは五体満足で私たちの前に姿を見せてるじゃない。それが何よりの証拠でしょ? それに私たちでも失敗はするわよ。あんたたち猿の諺でもあるでしょ? ”猿も木から落ちる”ってね。いくら万能であろうとも、たまには失敗もすることもあるわよ。そんなことくらいでいちいち目くじらを立てないでちょうだい」


 うぐ!! (SE)グサァアアアアア!!


 正論過ぎて胸が痛い。


 そうだよな、俺らでも小さなミスはあるし……、でも! こいつらのミスは生死の境を彷徨うほどのレベルなんだよ、俺たち人間にとっては!!


 例えで言うなら、野獣や武装民族がうようよ生息する秘境やジャングルに丸腰で放り込むレベルだ。


 何の知識も装備もないのに、生きていけるはずがないだろう普通はね。


 そこんところをちゃんと分かってんのか彼女らは。


 まぁ、多分わかってないだろうと思うけどね、とどこか冷静なもう一人の自分がツッコむ。


 しかし、言わねば人間誰しもストレスが溜まるだろう? 


 だから俺はあえて不毛と分かりながらも文句を言わずにいられないのだ。


「そ、そりゃそうだろうけどさ……、で、でも俺、本当に死ぬかと思ったんだぜ? あんなに心細いのは餓鬼ん時以来だからよ」


 迷子になったのなんて、ホント餓鬼の時以来だから……、今から約十年以上前か。


 あんときは向う見ずな性格していたからなぁ……、周りのことなんてちっとも気にかけてなかった。そんで大体後で後悔してみっともなく大声で泣き喚くのが常であった。


 情けない話だが、これもいい思い出だと俺は記憶している。


 暗闇の中をさ迷い歩いていた俺の照らす一条の光(母親の手)が、なんだかものすごく頼もしい存在に見えて、俺は曇天が覆っていた心がすっかり晴れ渡るのを今でも、よく覚えている。


 あの手に縋れば、もう何も怖いものはないと思っていた。


 本当、餓鬼の頃は純真だったんだな俺って、とどこか懐かしい気分で呟く俺。


 過去の思い出に浸る俺に痺れを切らしたのか、


「……それで、その回想はいつまで続くのかしら?」


「――――――ハッ!! い、いやぁ……、すまねぇな。ついうっかりと」


 眉を潜めたアリッサの指摘に、我を取り戻した俺はタハハと愛想笑いを浮かべて呟く。


「と、ともかくだな~、俺が言いたいのは、そう。今後は俺のことを放置しないってことを言いたいわけで……、それ以外のミスは見過ごせるというか我慢できるというか」


 ガシガシと頭を掻きながらしどろもどろな口調で答えるも、なんて言ったらいいか上手く言葉がまとまらない。


 そんな困窮した俺は見かねたのか、すかさず助け舟が入る。


 その人物とは勿論……。


「―――――――――アリッサ、ノアシェラン様。勇人殿は今しがたここに来たばかりなのですよ。今回は要点だけを伝えて、早々にお休みいただいたほうがよろしいかと思います」


 エレーナさんだった!! うん、俺の心のオアシスだ。


 さっすが、俺が認めた神の中の神様!! 言うことが違うね!! おい、てめぇらも見習えよ!! 


「……エレーナ、あんたいやにこのニンゲンの肩を持つじゃないの。何を企んでいるの?」


 ギロォリと三白眼で睨んでくるアリッサ。遠目で見ててもちょー怖いのに、エレーナは平然とした面持ちでその視線を真っ向から受け止める。


「何も企んでなどいませんよ。ただ、私は学院の風紀を守るのがお勤めですから。アリッサ、いかに貴女が学院の理事だからと言って手加減は致しません。それは、ノアシェラン様も同じことです。学院の中では皆平等ですから」


 毅然とした態度!! すんばらしい!! 君こそ風紀委員の鏡だ!!


 俺は心の中でエレーナへと猛烈なエールを送る。


 よ~し、このままエレーナさんが俺の味方であるならば、ここでの俺の利権や立場の面目が保たれるはず……。フフフフ、押せ押せエレーナ。頑張れ頑張れエレーナ。


 何せあのバカそうだけど、一応位の高い神様であろうノアルを口論で黙らせたくらいに、エレーナは口が達者だ。いかに同じくらい口が立つアリッサであろうとも、淡々とした表情を浮かべて言い放つエレーナ相手には適わないはず、というか馬が合わないであろう。


 このまま言い負かされてベソをかいて蹲るがいいわ!! と下衆な笑みを浮かべる俺。


 しかし、事態は俺の思わぬ方向へと転がることに……。


 その直接的な原因はというと―――――――――――――。


「―――――――何を白々しいことを言ってるのよ。この”変人(アンギィル)”。アンタの考えていることなんて、み~んなお見通しなんだから」


 そう。今まで沈黙を貫いていたノアルが窓枠に腰掛けながら、手のひらに頬を乗せニヤニヤ顔で呟いた。その手には今まで食べていたであろう瑞々しい緋色した林檎が握られていた。


 それをポイッと部屋の片隅に置いてあった屑籠に投げ入れると、ピョンと軽快な動きで窓枠から飛び降り、ゆったりとした歩調でこちらへと歩み寄ってくる。


 そんなノアルを憎々しげに睨みつけながらエレーナ。


「――――――――黙りなさい。貴女ごときが口を挟む必要性はないはずですが」


「おうおう、お怖いことお怖いこと。ねぇ、ニンゲン。知っている? こいつは外面はいいけど、裏では怪しげな実験ばかりしている……、そうねぇ、あんたたちの世界で言うと、”マッドサイエンティスト”って呼ばれているのよ。ともかくこいつがあんたに親切にするのは、あんたの体を実験の材料にするために決まってるんだから」


 何が可笑しいのかしきりにケタケタと笑いながら嘯くノアル。


 その間もエレーナの水色の目には殺意の光が宿るばかり。まるで今にもノアルを射殺さんばかりに、視線の度合いはますますきつくなるばかりだ。


「黙りなさい、と言っているのですが、聞こえないのですかエルフリーナ」


「フン、何よいい子ぶっちゃって。アンタのその猫かぶりはウンザリしてるのよ!!」


「――――――――――ッ!! この――――――――――」


 ノアルの言葉を聞いた瞬間、エレーナの怒りが頂点に達したようだ。黒い手袋に覆われた左手の甲が淡く光り輝く。


 どうやらあそこにあるのがエレーナの神紋のようだ。彼女の力はノアシェランとはどう違うのだろうか、という純粋な好奇心が胸中を支配する。


「何も、何も知らないくせに!! 貴女に、貴女如きに私の心の痛みがッ!!」


 ゴォッと一陣の風がエレーナの怒りに呼応して部屋中を包み込んだ。


 風の強さは踏ん張っていないと立っていられないほどだ。この風の威力が彼女の感じている怒りの激しさを物語っていた。


 どうにかして、彼女の怒りを鎮めなきゃいけないと思うのだけれど……、ただの一般人より底辺な俺如きが適う相手なのかと、俺の防衛本能が必死に踏み止まらせようと問いかける。


 でも、でも……、ここで逃げたら俺は、結局のところただの”意気地なし”で終わってしまう。


 あの時、もう少し俺が早めに対応していれば、あのような惨事は起きなかったはずだ。


 俺はノアシェランの怒りを買って腕が千切れ、瀕死の重傷をおった自衛隊員の恐怖に彩られた顔が次々にフラッシュバックする。


 少しでも判断の見極めをミスると、あのような大惨事を招きかねないことを、俺はあの時に嫌というほど味わった。


(他人が傷つくのは、もう……、嫌だ)


 ギュッと血が滲むほどに強く拳を握り締め、俺は溢れてくる恐怖心を気合で抑え込んだ。それから然る後に俺は次のような行動に移す。咄嗟にタブーであろうと思ったが、動き出した手や足は止まらなかった、止まってはくれない。


 

 ――――――――――――――パンッ!!



 気づくと、俺はノアルの頬を平手で叩いていた。


 ノアルの真珠のように真っ白な頬が、俺の手の形に赤く染めあがり、プクゥ~と口の物を含んだかのように膨れ上がる。


 叩かれた本人であるノアルはもちろん、エレーナも、アリッサやノアシェランも突然の俺の行動に驚いているようであった。


 特に叩かれた当事者であるノアルの動揺は半端なく、所在なさげに赤く腫れた頬へと白魚のように細く白い指先を這わす。


「―――――あ、う。い、た。……な、んで? なんで、叩くの?」


 呆然と呟くノアル。どうやらなんで叩かれたか分かっていない様子。


 まぁ、当然と言っちゃ当然だろう。


 何せ彼女たちは神様でもトップクラスの位置に属する神様だ。正に蝶よ花よという風に手厚く育てられたに違いない。そんな彼女たちは多分、こうやって誰かに頬をぶたれた経験がないのだろう。


 他人はもちろん、生みの親に出さえ……。


 だから、やっていいことと悪いことの区別がつかないのだ。


 思えば、俺がノアルの頬をぶったのは衝動的なものからだった。


 昔、幼馴染の樹里も相当な我儘娘で、『わたしはおひいさま!』みたいな高慢お嬢様であった。本当に今の姿からは想像できないくらいで、幼いころの俺は樹里の我儘っぷりに相当手を焼いたものだ。


 だから、俺はそんな彼女に根気よく付き合い、常識と人の心の汲み方を徹底的に叩き込んだ。


 その甲斐あって、樹里は自他ともに認める立派なレディになった。


 少々お節介かもしれなかったが、俺は何も間違ったことをしたつもりはない。


 だからか、俺はノアルを昔の樹里の面影が重なって見えてしまい、つい樹里に接する時のように接してしまったのだ。


 ここまでやったんだ。だから悔いの残らないように、と俺は己の胸の内をぶちまける。


「ノアル。お前さ、自分が何をしでかしちまったのか分かってんだろ? 人も、神もさ。悪口言われれば腹も立つし、褒められれば嬉しくもなるさ。種族は違っても”ここ”は同じだから」


 ノアルを説き伏せるようにして俺は言葉を綴る。ソッと心臓の部分へと手を当てながら。


「お前だって、悪く言われれば腹が立つだろう。それと同じなんだよ。それに世の中には色んな趣味詩趣向の人がいるんだ。その人を馬鹿にするような事は言ってはいけないんだ。言葉一つ、それはとても簡単で、とても便利な意志疎通手段だけど……、それと同時に使い方を誤ればとても怖い”武器”になるんだ」

 

 そう。俺は何度口が滑って、いらぬ怒りや恨みを買ったか。


 そんな失敗を彼女たちにして欲しくはない。長い時を生きる”彼女たち”だからこそ、永遠の友情を大切にしてほしかった。


 人の一生は一瞬だけれども、神様である彼女たちはこれから何百年、何千年という悠久の時を生きるからこそ、変わらぬ友情をもっと大切に慈しんで欲しかった。


「な、だからさ。ノアル、お前は本当はいい奴なんだろ。もう少しだけ素直に接してみないか?」


 ポンポンと俺より少しばかし背の低いノアルの頭を優しく撫で、幼子に言い聞かすようにして問いかける。


 しばらく気まずそうに眼を反らしていたが、やがて納得したように反らしていた視線を真っ直ぐに向け、ぎこちなくだが頷いて見せたノアル。


「……その、少し言い過ぎた気がする、かもね。フン、一応、謝っておいてあげるわ」


 フン、と鼻を鳴らし腕を組むというふてぶてしい態度ながらも、一応謝罪の念を示しているから良しとしよう、と俺は妥協した。


 それはエレーナも同じようで、驚きに満ちながらもその表情にはどこか満足した面影が浮かんでいる様子。


「……いいでしょう。私も少しばかり熱くなったようですし。その点は深く反省いたす所存です」


 スッと落ち着きを取り戻したエレーナはいつもの淡々とした口調で呟いた。その間に俺に向かってペコリと小さくまるで感謝するかのようにお辞儀をした。


 俺はそんな微笑ましい光景を見て、思わず頬が緩むのを感じた。


 そんな和やかな雰囲気を、凛とした声が掻き消す。


「―――――――和やかな空気もいいけれど、いい加減本題に戻りましょうか? ねぇ、エレーナ、ノアル」


 ピリピリとした空気が肌に突き刺さる。


 どうやらノアシェランが怒っている様子。多分、ノアルの頬を叩いた俺に対して怒りの炎を上げているのだろう。


 全く、神様ってやつは相変わらずだな、と苦笑する。


 しかし、俺の読みは全く見当違いであることに気づいていなかった。




 ――――――――――ノアシェランの怒りに燃えた瞳は、エレーナとノアルに向いているということを。






  

 今回はここまで。次回でこの回は最後になります。次章からは勇人の神界での生活が始まります。そろそろ人間sideも書いていきたいなぁと思いますのでよろしくお願いします。

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