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あまあま

「知らないおじさんに採寸されるのってなんだかどきどきするね。」

 二人はギルドからの帰り道である。先ほどギルドで依頼達成の受理をしてもらったばかりである。大物を倒したことでランクは高いが件数としては7件。次のランクにあがるのはまだまだ先である。

「そういうのは慣れとけよ。気にしてたら冒険者なんてやってられないぞ。」

 ユラルルは上機嫌である。今までの日常では味わえなかったこと、危険と隣り合わせ。これまで母親による魔術のスパルタ以外は普通の貴族のような生活をしていたのである。見ることやること全てが新しい。

(それに、ノルンと一緒にいるのは安心するし。)

 ユラルルは思う。やっぱりお父さんってこんな感じかなぁ、と。

「そういやお前もだいぶ慣れたんじゃねぇか?今日もシルバーウルフに囲まれたとき前みたいに取り乱してなかったし、的確に動けてたじゃねぇか。」

「そうかな?やっぱりそう思う?えへへ。私ね、ノルンのこと信頼することにしたの。どんなときでも何が起こっても絶対に私のこと守ってくれるって。だからかな?」

 ふふふーっ、とはにかむ。

「おまえなぁ、もうちょい人を疑うことを覚えろよ。んなこといってっとどこかに売り飛ばされても文句言えないぜ?」

どうやらノルンは照れているようである。

「あ、もしかして照れてるの?ねね、照れてるんでしょ?」

 ノルンの顔を覗き込むようにして見上げる。といっても身長差から目線ぐらいの位置だが。

「それにね、私って疑り深いんだよー?けどノルンはもういいかなって。」

「なにがいんだよ。」

「疑わなくていいってこと。だってこんなに世話を焼いてくれるんだもん、信頼するよ。それが仲間なんでしょ?」

 相変わらず楽しそうにそう続ける。

「はいはい、ほんとそういうとこだけは良く知ってんだな。そんなに持ち上げても道具の手入れは手伝ってやらないからな。」

 それは明らかに照れ隠しである。

「あーーっ!わかってるよっ!ちゃんとやりますよー。」

 他愛ない会話。しかしそこには確かに仲間としての繋がりがあるようだった。


「おうバーバ、帰ったぞ。とりあえず水と桶をくれよ。」

 そういってカウンターに銅貨を置いていく。

「おかえり。今日は何時にもましてどろどろだな。ちょっと待ってろ。」

 そういって厨房へ桶を取りに行く。

「ほら、終わったら返しに来いよ。それと飯は何時ごろ食うんだ?なんなら時間に合わせて準備しといてやるぞ?」

「あー、別にいいよ。手入れがどんくれぇかかるかわかんねぇし。」

 ありがとよ、そう言って鍵と桶を持って階段を上がっていく。

「おう嬢ちゃん、例のあれ、完成したから入るだろ?とっとと手入れ終わらせて来い。入れるよう準備しといてやるからよ。」

 ノルンの後ろについていこうとするユラルルを呼び止めると悪戯がうまく行ったかのようななんともいえないニヤケ顔で親指をグッと突き上げた。

「やったーーーっ!わかった!すぐに終わらせてくるんだからっ。」

 言うが早いか飛ぶように階段を上がっていった。


 


 現在ノルンの部屋で持ち物の手入れ中である。もう殆ど終わったようで後は整理するのみとなっていた。

「ねぇノルン、今日お風呂に入れるわけないってお昼に言ってたじゃない?」

「あ?あー、んなことも言ったような気がするが。なんだ?」

 突然話しかけられたノルンはベッドで横になっていた体を起こすとそう聞き返す。

「ふふふーっ。それがね、こんな事もあろうかと!」

 ふふーん!と嫌に引っ張る。

「宿の裏にお風呂が出来ちゃいましたーーー!」

 じゃじゃーん!効果音が聞こえてきそうである。

「は?なに言ってんだ。ちょっと教会行って来い。その残念な頭診てもらえ。」

「もー!失礼なこといわないでよ。本当なんだって、最近裏で工事してるの知ってるでしょ?あれって実はお風呂だったんだよ?ね、驚いた?驚いたでしょー。」

 開いた口も塞がらない。そこでノルンはふとあることを思い出した。

「おい、もしかしてこの間言ってた建物の修繕費とか言ってたやつ、まさかとは思うがそれなんじゃねぇだろうな?」

 ノルンにしては鋭い考えである。しかし何度もそういった目に遭ってきたノルンは瞬時にそれを結びつけた。

「え?あー、ばれちゃった?えへへ。」

 てへぺろ。

「てへぺろじゃねぇよ!あーもう、信じらんねぇよ、ったく。」

 そう言って起こしていた体をもう一度ベッドに投げ出した。

 なんともメタな発言である。作者自重しろ。

「あー、怒らないでよ~。ごめん、ごめんね?どうしてもお風呂に入りたかったんだよ~。」

 慌ててベッドに駆け寄ったユラルルはベッドでふてくされているノルンにしがみつく。

「怒ってねぇ。呆れてるだけだ。」

「ね~、機嫌直してよ~。どうしたら機嫌直してくれる?」

 ノルンの体をゆさゆさしながらユラルルは頼み込む。

「だから怒ってねぇよ。機嫌も悪くねぇ。もういいだろ?」

「わかった!一緒におふろ入ってあげるから!ね?一緒にはいろ?」

 なおもゆさゆさ揺する。しかしありえない言葉にノルンは一瞬絶句した。

「あ、やっぱり一緒に入りたいんだ?しょうがないなー、一緒に入りにいこっか。」

「はぁ?ちょっと待て、誰が一緒に入りてぇつったんだよ!風呂があんのは分かったからお前一人で入りに行けよ。」

「なんでよ、一緒に入ればいいじゃない。それとも一緒に入りたくないんだ?」

「いや、常識的に考えて普通一緒にははいんねぇだろ?」

 まさに常識である。結婚もしていない男女が肌を見せ合うなどもってのほかである。それ故に朝の一幕でノルンは溜息を吐いていたのだ。

「なによー!そんなに入りたくないんだ!いいよ、もう知らない。ノルンなんて迷宮の奥でのたれ死んじゃえばいいのよ!ふん。」

「え、あれ?なんで俺が怒られてんの?」

 もっともである。しかし理不尽に耐えるのが男という物である。

「もー!結局入るの!?入らないの!?」

 ユラルルはノルンの服をつかんだままものすっごい膨れている。

「あーもう、わかったよ!はいりゃいんだろ、はいりゃ。」

「やったーっ!それじゃノルン行こっか?ふんふふ~ん♪」

 先ほどまでの膨れ面が嘘のように笑顔である。そのままノルンの腕を引っ張ってお風呂に連行しようとする。

「おいおい、またかよ……。」

 そのままお風呂に連れ去られた。



------------pf



 宿屋の一階には昨日までなかった扉が作られていた。カウンター側の一番奥、その先は裏庭であった場所である。その扉を開くと渡り廊下がありその先に石造りの建物があった。かなり立派である。こんなひなびた宿屋にあるにはもったいないと誰もが思うだろう。石造りの建物に入るとまず脱衣所がありその奥に木の引き戸があった。中は石造りで出来ており半分より向こう側に大きな湯船が真ん中に一つとその左右に小さな湯船が一つづつあった。その更に奥には湯船に向かって水が流れている。どうやら一番上に湧水の紋章が刻まれた銀板でもあるのだろう。そこから沸いた水を3つの浴槽に流し込んでいるようだった。向かって左側の浴槽の中には加熱の紋章が刻まれた銀板が設置されておりそれによって水が熱されているようだ。右側の浴槽には特に何もなく、左右の浴槽から中央の浴槽に水が流れる事で程よい温度が保たれている。

 まさしくユラルルのお望みどおりといったところであった。



「ほらはやくはやく!」

 腕を掴まれてそのまま風呂につれて行かれるのを耐えながらノルンはバーバに話しかけた。

「バーバ、風呂借りるぞ!」

 お前もグルだろう、と暗に怒鳴りつけながら風呂を借りる事を告げる。

「おう、たのしんでこいや。」

 バーバは手を振って哀れな男を見送った。


「バーバさんにはもうお風呂借りるって言っておいたんだから言わなくてもよかったのに。ま、いっか。ほらついた。」

 そう言って石造りの建物の扉を開ける。中に入るとユラルルは何の遠慮もなく服を脱ぎ始めた。

(はぁ~、もうなに言っても無駄だな。なるようにしかならんしなぁ。)

 そうある意味で腹をくくったノルンも服を脱いで風呂に入りに行く。

「ふぁ~っ!すっごいね~!私の家のお風呂よりも豪華かもだよー?」

 貴族かよっ。と心の中で突っ込みを入れるノルンだがそういやこいつんち貴族だったっけ。と納得する。

 左右の壁のくぼみに置かれたランプが幻想的に風呂の内部を仄かに照らし出す。

「この湯船にはいりゃあいいのか?」

 そういってずんずん進もうとするノルンをユラルルは呼び止める。

「まちなさい。ふふふっ、そっかー。ノルンはお風呂入ったことないんだもんね。しょうがないなぁ、お姉さんが教えてあげるからこの椅子に座りなさい。」

 そういって湯船の近くの床に木をくりぬいたような椅子を置く。ノルンはしぶしぶ椅子に座る。作法もなにも分からないのだ。言うとおりにする以外に方法がない。

 ユラルルは湯船に手をつけると温度を確かめる。ちょうどいい温度に納得したのか桶で湯船を掬うとノルンに喋りかける。

「お湯かけるから目をつぶってね。じっとしてるんだよー。」

 そのまま頭からお湯をかける。

「うお、あち!あちぃよ!」

「そうかな~?ちょうどいいと思うよ?もう一回行くよー?」

 言うとそのままお湯をかける。ノルンはじっとしたままである。

「ふふー。それじゃあそのままじっとしててね。」

 そういうと手元の手ぬぐいを泡立て始めた。それを視界に入れてノルンは驚く。

「おい、それ石鹸だろ?金貨何枚もする。」

 石鹸は貴重な物である。大体からして貴族しかお風呂に入らないものであるというのだ。石鹸も貴族しか使わない。しかもかなり裕福な貴族のみである。

「ん?そうだよ?良く知ってるね。実家から持ってきたんだ。」

 ノルンは以前、メリルルが使っているのを見たことがある。確か水につけてこすると泡が少し出るのである。

「それじゃあちょっと触るね。くすぐったくても我慢してね?」

 そういって手ぬぐいでノルンの体をごしごしと拭いていく。何ともいえない気持ちでノルンはただ耐えるのみであった。

「はい、前側は自分でやってね。」

 そういって手ぬぐいを差し出す。

「ああ、とりあえず拭きゃいんだろ?」

 乱雑に体を拭き始めるノルン。

「もー、そうじゃないよー。もっとごしごししないと。ちょっとかして、私がやるよもう。」

 そういってノルンの正面にユラルルが来る。そのとき初めてノルンはユラルルを正視してしまった。腰まである髪を結い上げて頭の上で纏めている。以前思ったとおり胸はそこそこ大きい。腰つきなどはまだ子供なのかスラリとしていた。

(あー、そういやメリルルもこんな感じだったっけ。)

 懐かしい思い出を思い出しながらそんな事を思いつつあいつの娘なんだな、と改めて思う。しかし精神的におじさんであるノルンはそれ以上何も思わなかったのだが。むしろ自分の子供かもしれないのかーっと、その程度である。そのとき初めてノルンはユラルルの顔が真っ赤なのに気がついた。仄かな明かりでは顔の色など分かりにくいのである。

「なんだお前、そんな恥ずかしいならしなけりゃいいだろ。」

「へ?べ、べつに恥ずかしくなんてないよ?ちょ、ちょっとだけ恥ずかしいけど……。うーーー、もう、はいおわり!後は真ん中の湯船に入ってなさい。」

 そういって桶で水を汲んで頭からぶちかける。

「おいこら、かけるならかけるっていえよ。……これにはいりゃ良いんだろ?」

 ノルンはそのまま湯船にひたる。

「おー、こりゃいいな。すげぇ気持ちいい。」

 湯船に浸かったノルンは大満足のようで大きく息を吐いた。

「そうでしょー。ふんふふ~ん♪」

 満足そうにそういうと自分の体を洗い始める。慣れたものですぐに全身泡だらけである。それを流すとそのままノルンの隣に入っていった。

「う~~ん、やっぱりお風呂っていいね。」

「そうだな。」

「また一緒に入ろうね。」

「そうだな。」

「ふふっ。」

 ほのぼのとした雰囲気のままゆったりと時間が過ぎていった。



---------------pf



「あーー、いいお湯だったね!」

 二人は風呂上りにカウンターで晩飯を食べていた。

「そうだな。あんだけ気持ちよけりゃ金貨5枚なんてどうでもいいわな。」

 もはやユラルルにいいように使われたことなどどうでもいいと思っていた。

「あ~、その、ね?ノルンにお願いがあるんだけど……。」

 ノルンは嫌な予感がした。このパターンはもう何度も経験した事がある。上げて落とす。この女の家系の常套手段である。

「嫌な予感しかしねぇが一応聞いてみるだけは聞いてやる。」

 もう半ば予想がついていた。あの建物や装飾、そして刻印魔術を用いた設備はどう考えても金貨5枚では足りない。

「そのね、実はお風呂作るのに金貨5枚じゃぜんぜん足りなくて……。後で払うからって支払いはとりあえず待ってもらってるの。」

 ひどい話である。

「おい、一応聞いてやるがいくら足りなかったんだ?」

「えっと、その、ね?怒らない?怒らないで聞いてね?」

 ノルンは無言で頷く。

「……全部で金貨20枚なんだって、てへ。」

「てめぇ、暫くと言わずもうずっと雑用やらすぞこら。」

「怒らないって言ったじゃない~!」

「言ってねぇ!」

「おいおい、飯は静かに食うもんだぜ?まあ落ち着けよ。」

 バーバが間に入って宥めようとする。

「てめぇだってグルだろうが!くっそー、エールもってこい。今日は樽を空にするまで飲むぞ。」

「おおいいぞ、樽一個で銀貨3枚だ。」

 そういってエールの入ったジョッキをノルンに差し出す。

「私にも私にも~。」

「ほいよ、嬢ちゃん。ついでにつまみも持ってきてやるよ。サービスだ。」

 厨房に消えたバーバを睨みつけながらエールをあおる。


「あーくそ。 まあ、……こんなんもいいか。」


 今日も今日とて冒険者の夜は更けていく。


 

ラノベ風にかいて見ました。

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