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 ノルンとユラルルは街へと帰路についていた。

 なぜならオーガの皮はかなりの量があり、ノルンが持ってきていた袋に一杯に詰め込んでも溢れるほどだったのだ。これ以上狩をしても持って帰れない事からとりあえず帰ろうと言う事になったのである。

「オーガの皮かぁ。これでハードレザー作るのもいいな。それともなめしてズボンか?いや、それは流石にもったいないな。あー、そうかユラルルのローブにすればいいのか。しかし重たいな。あー。」

 先ほどからこれである。ノルンは先ほど手に入れた皮で装備を作ってもらうつもりなのである。オーガの皮と言う物は丈夫で魔法にも強く刃物も通しにくい事で有名である。防具加工の職人からすればいくらあっても困らない素材である。難点と言えば皮が分厚い為結構な重量があることぐらいである。

 その横ではこれまた上機嫌なユラルルの姿があった。草原に向かう前よりも明らかにノルンに対する警戒がなくなっている。しかもその目にはやる気がめらめらと燃えているようだ。

(今のままじゃノルンのお荷物だから早く頑張って色々覚えないとね。)

 昨日の夜の取り決めなどの不満は全く無くなっていた。

(そりゃそうだよね、今日はっきりとわかったけどノルンって本当にAランクぐらいの強さがあるんだ。経験も豊富みたいだし。……もしかして私ってついてるのかな?多分そうだよね!)

 などとやっと現状を把握できたらしい。箱入り娘を脱却するにはまだまだ時間がかかりそうである。

 そうこうしているうちに東の城門に二人は到着した。

「お~う、ノルンじゃねぇか。今日はえらい早いんだな。まだ昼にもなってねぇぞ。」

「本当だな。どうしたノルン、なんかあったのか?」

 能天気なジョガナと心配して話しかけるセレナス。二人を足してちょうどいい感じである。

「いやな、オーガが出たんで狩ったんだがおかげで荷物が一杯になっちまってよ。」

「マジかよ!よくオーガなんて倒せたなおまえ!ってことはそのぶら下げてるパンパンに詰まった袋の中身ってオーガの皮か!?」

「へ~、なかなかやると思ってたがそこまでやるとはな。」

 二人して感心したように驚いている。

「たまたまさ。俺は西地区の防具加工店に行って来るからおまえらも頑張れよ。」

 そういって二人と別れる。

「じゃあすまんがユラルルはホーンラビットの依頼を終わらせにギルドの方へ頼むわ。俺は加工屋に行ってくる。」

 そう言って毛皮と角の入った小さめの袋と自分のギルドカードを渡す。

「え、私がするの?」

「一緒に受けたんだから大丈夫だろ。頼んだぜ。」

 そのままノルンは手を振りながら先に進んでいく。ユラルルはなんともいえない不安に苛まれていた。



--------------pf



 ユラルルは困っていた。

 何に困っていたかと言うと目の前の女性の圧力に困っていた。ノルンと別れたユラルルは言われたとおり冒険者ギルドに行き報告を済ませようとしていた。昼前だと言うのに沢山いる冒険者の列ができたカウンターの中でエリスのカウンターが開いていたから苦手意識はあるもののま、いっか。の精神で行ったのが間違いであったのだ。

「それじゃあ依頼品を確かに受領しました。報酬についてはいつも通り明日の朝に渡すと言う事でよろしかったですか?」

 丁寧な口調。いつものクールエリスである。唯一つ違うとすればそれは笑っているにもかかわらず目の奥が笑っていないことである。

(この娘、ノルン君のなんなのかしら。兄弟にしては似てないと思うし恋人って感じじゃないわよね。でも気に入らないわね。)

常時これなのである。新人冒険者であるユラルルにはいささか荷が重い。

「はい!それでお願いします!」

 まるで上司にいびられる下っ端職員である。

「それではギルドカードをお返ししますね。」

 そう言って二人分のギルドカードを返すエリス。

(自分のギルドカードを渡すなんて随分信頼してるじゃない。気に入らないわ。)

 更に笑顔で圧力をかけていく。いつでも逃げられる体制をとっているユラルルを誰も咎める事は出来ないだろう。

「そ、それじゃあ有難う御座いました!」

 まさに脱兎の如く逃げ出していく。



 無事冒険者ギルドという魔窟から逃げ出したユラルルはそのまま宿に向かっていた。

(今日は多分もう狩には行かないと思うし宿でのんびり出来るかなぁ。あ、そうだ。ここってお風呂がないから体がべたべたするし体を拭いておこうっと。)

 なんとも貴族様の発言である。普通の家にお風呂がないのは当たり前であるし宿屋にももちろんない。普通の人は井戸のそばでかけ水をするか体を濡らした布で拭くのが一般的である。お風呂などがあるのは一部の上流貴族か王侯貴族ぐらいである。

 そのまま足取りも軽やかにバーバの宿屋に帰っていくのであった。



---------------pf



 ユラルルと別れた後ノルンは西地区にある防具加工店であるウイッデン防具加工店と言う所に来ていた。

「へいらっしゃい!何かお求めかい?」

 入ってすぐに眼鏡をかけたひょろりとしたおやじに威勢のいい掛け声を受けた。何を隠そうこのおやじがこの店の店主兼職人頭のウイッデンである。

「おうおやじ、ちょっとこれで俺の体にあったハードレザー作ってくれよ。上半身だけでいいぜ。余ったのは制作費を引いて買い取ってくれりゃいいからよ。」

 なんとも慣れた様子である。10代前半にしか見えない小僧があたかも熟練の冒険者みたいな態度に眉をひそめながら一応持ってきたものをウイッデンは確認する。

「こりゃあオーガの皮じゃねぇか!しかも丸々一匹分殆ど傷もねぇ!しかもこりゃただのオーガじゃねぇ、変異種じゃねぇか。おめぇこいつをどこで取ってきたんだ?」

「あ?そこの平原だよ。たまたま出くわしたんでぶち殺して剥いで来た。」

 簡単そうにノルンがそう答える。それに対してウイッデンは眼鏡をクイッとあげるとにやついた。

「そうかいそうかい!そりゃ失礼しちまったな。よっしゃ!作ってやろうじゃねぇか。とりあえず坊主こっち来いよ。」

 そう言ってノルンを連れて行った先でノルンのサイズを測る。

「皮をなめしたりで結構時間かかるから、そうだなぁ。3日だ!3日後に取りに来いよ!」

「3日後だな。そんくれぇに取りに来るよ。そんで代金はどうするんだ?出来れば皮を買い取ってもらってそこから出したいんだが。」

 皮の入った袋を顎でしゃくる。

「おいおい、鎧作るのに使ったって8割は余るぜ?代金引いたとしてもそうだな……。金貨5枚でどうだ?」

「もうちょっと色つけてくれよ。こいつは変異種だぜ?そんじょそこらのオーガよりよっぽど上質なんだぜ?」

「わかったわかった。金貨7枚と銀貨20枚。その代わり次に良い素材取れたらうちにもってこいよ?間違っても向かいのヘレンのところに行くんじゃねぇぞ?」

 最近なんか良い素材が入ったとかほざいてたからな。そう最後に付け加える。

「おう毎度!これでだいぶ楽になるぜ。」

 店のレジから金を持ってくるウイッデンから代金を受け取る。

「おめぇみてぇなやつは最近減ってきてるんだぜ?良い素材あってこそのうちらだからな。また頼むぜ!」

 両方ともホクホク顔である。

「そんじゃあまた来るわ。じゃあな。」

「おう、腕によりをかけていいもん作ってやるよ!」

 ノルンが店を出たとたん店の中から怒号が響く。

「てめぇら!全員こっちこい!すぐに作業に取り掛かるぞ!工房の仕度をしろ!火を起こせ!刻印魔術使えるやつを手配しろ!」

 今まさに戦場が始まる。



 ウイッデンの所を後にしたノルンはそれからどうするか悩んでいた。しかし良い案が思い浮かばずとりあえず宿に行ってユラルルと合流するかとの結論に達した。



--------------pf



 その頃バーバの宿屋では怪しげな話が進行していた。


「だからね、この宿にお風呂作って見たらどうかな?裏庭には十分なスペースがあるみたいだしほら、その裏には用水路まであるじゃない!立地としては完璧だと思うんだよね!」

 なんとユラルルはバーバにお風呂を作ってほしいと話しているようだった。

「うう~ん。お嬢ちゃんの意見はもっともなんだがそんな需要があるかぁ?風呂なんて貴族ぐれぇしかはいんねぇぞ?」

「わかってないなぁバーバさん。お風呂があるってことで綺麗好きな人とか女性冒険者とかが沢山来るかもしれないじゃない?そしたらお客さんも増えてバーバさんだってお得だよ?」

 実際にはユラルルがお風呂に入りたいだけである。

「そりゃ客が増えるのはいいがそれにしたって作るのにだってかなり金がかかるんじゃねぇか?多分金貨5枚ぐらいはかかると思うぜ。うちからそんな金はどこを捜しても出てこねぇよ。」

「それがね?今日オーガを倒したんだ。今ノルンが換金に行ってるんだけど、多分かなりのお金になるんじゃない?それで作ってもらおうよ!」

「ほお!オーガとはやるじゃねぇか。確かにオーガの皮って言ったら全身分ありゃ金貨5枚ぐらいにゃなるな。そいつで建ててくれるっつうんならおまえ等の利用料はタダにしといてやるよ。」

「ほんと!?やったーー!お風呂に入るの久しぶりだなぁ。どうせなら石造りで広めのがいいなぁ。」

 ちなみにバーバが考えていたのは蒸し風呂である。ユラルルが考えていたのは湯船につかる室内露天風呂のような物である。


 怪しげな話、訂正して恐ろしい話が進行していた。



--------------pf



 ノルンがバーバの宿屋の扉を開けるとそこにはバーバとユラルルがいた。

「おうただいま。荷物置いてくるから鍵くれよ。」

 バーバから投げられた鍵を受け取って階段を上がっていくノルンに付いていくようにユラルルはその後を追った。階段を上がる前にバーバの方へ向き直り意味ありげにサムズアップをするとバーバもそれにあわせて悪人顔でサムズアップを返す。


 「お、鍵直してあるじゃねぇか。」

 そうなのである。午前中にバーバは職人を呼んで扉の修理を終わらせていたのである。気分良く部屋に入るとノルンは荷物を置いていく。その後に続くようにユラルルが部屋に桶を持って入ってきた。

「バーバさんから桶と水を借りてきたよ~。お代は晩ご飯のときにまとめて払ってくれればいいってさ。」

 ノルンは感心していた。なかなか気が利くじゃないか。

「それじゃあ服脱いで。それ、かなり汚れてるから一緒に洗っちゃおう。」

 ああ、了解。と短く返事をするとその場で脱ぎ始めるノルン。パンツを除いて全て脱ぎ終わるとクローゼットの中にあるもう一つの服を着る。

(ちょ、ちょっと!いきなり脱がなくてもいいじゃない!あああ、……、結構いい体してるんじゃない?もしかして。へー、この間は見てる余裕なかったけど腕の刺青すごい。あんなに綺麗で複雑で力に満ち溢れた刻印見たことない。)

 しっかり指の間から見ているユラルルである。ユラルルは貴族である。貴族の中には祝福を受けたり刻印魔術を用いて魔術を体に刻んだり、契約魔術を代々受け継いでいる者など特に珍しくもなく存在する。なのでユラルルにとってはそこまで珍しい物ではないのだ。しかもユラルルは魔術師である。世界と同調する事でその力の強さが少なからずわかるのである。

「おい、何ほおけてるんだ?桶を準備したってことは道具の手入れするんじゃないのか?」

 考え事をしたままぼおっとしていたユラルルにそう言い放つ。

「わ、わかってるわよ!そんなに急がせなくてもいいじゃない!」

「わかったわかった。俺は見てるからわからないことがあったら聞けよ?」

 そういってベッドに横になる。ざぶざぶと手入れをしながらユラルルはノルンに話しかけた。

「そういえば今日のオーガの皮ってどれぐらいのお金になったの?」

 世間話を装っているが目的は一つである。

「あ?金貨7枚と銀貨20枚って所だ。おまえのせいで金がすぐ飛んでいくからちょうどよかったってところだな。」

(金貨7枚!ってことは私達の生活費を差し引いても余裕でおつりが来るんじゃない!?)

 その瞬間ユラルルはどうにかしてノルンを丸め込もうと決めたのだった。

「……、そういえばさ。さっきね、バーバさんが扉の修理のことについて言ってたんだけど……。なんかね、一応応急処置は済ませたんだけどなんか建物全体にがたがきてるから本格的にどうにかしないといけないって言ってたんだよ。」

 全くお風呂とは関係ない内容である。

「へぇ~、それで何か言ってたか?」

(食いついた!)

「うんうん。それでね、建物の改修をするのに大体金貨5枚ぐらいかかりそうなんだって。でもそんなお金もないしって困ってたんだ。」

(うん、嘘は言ってない。扉の鍵が応急処置なのも本当だし建物にがたが来てるのも本当だし建物は改修じゃなくて増築だけど。)

「まじか。あー、どうするかな。」

 そういって懐の貨幣の入った袋をつつく。

(あと少しかな?)

「今日のオーガで沢山お金入ったんだから日ごろの感謝もこめてぱーって使っちゃおうよ!ね?私達にも非があるんだしさ?」

「私達っつうかほぼ全部おまえだけどな。はぁ、わかったよ。ちょっくら下にいってバーバと話してくるよ。お前はまだ手入れ終わってないからやっとけよ?」

 そういって立ち上がると部屋から出ようとする。

「まって!私も一緒に行くよ~。ね?今日はもうすることないんだしいいでしょ?」

「まぁ、別にいいんじゃねぇか?」

(ふんふふ~ん♪後はバーバさんが口裏合わせてくれたらミッションコンプリート!なんだかんだいって優しいんだよね、ノルンって。)

 そのまま二人して一階に下りて行った。


 階段を下りた二人に気がついたバーバは目線を向ける。ノルンの後ろにいるユラルルがしきりにバーバに向かってサムズアップしているという変な状況にバーバは一瞬で状況を把握した。

「おうバーバ。なんか修理に結構金が要るらしいじゃねぇか。ユラルルが言うには金貨5枚いるっつう話なんだよな?」

(お願いバーバさん、そこで相槌打って!)

「あ、ああ。そんな話をしたような気もする。」

 かなりうろたえている。殆どユラルルの圧力で頷かされたようなものである。

「ちっ、しゃーねぇなぁ。ほらよ。50日分先払いしとくからこれも足しにしとけよ。」

 そう言って金貨を6枚カウンターに載せる。バーバは驚きで口がだらしなく塞がらない。

「ああ、ありがとうよ。でもこんな大金いいのか?」

「いいんだよ。冒険者なんて金を持ってても仕方がねぇ。とりあえずその日飲めるだけの金がありゃ問題ねぇよ。」

 かなりかっこいいせりふである。昔からノルンはこういうところで良いように奢らせられているというのに本人だけが気がついていない。

「とりあえず俺は上で寝てるから夕飯になったら起こしてくれよ。」

 そう言ってノルンは階段を上がっていった。ノルンが上がったのを見届けた後、おもむろにユラルルはバーバのほうへ走りよる。

「やったな嬢ちゃん!ここまでされたら仕方ねぇな、知り合いの職人に頼んで風呂を作ってもらってやるよ。」

「ふふふー!おっ風呂♪おっ風呂♪今から楽しみだなぁ~。」

 二人は気分良くハイタッチするとこれからの事について相談し始めた。


 その日はそれ以上何事もなくノルンは寝てばっかり、ユラルルは身だしなみを整えていた。そしてバーバは知り合いの職人に風呂を作ってくれるよう交渉に忙しそうにしていた。



誤字を修正。更に誤字を修正。

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