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 ちゅんちゅんと小鳥のさえずる音と差し込む朝日によってノルンは目を覚ました。昨日はなんだかんだあっても楽しかったと思う。そう、彼が組んだ最後のパーティーであるバラガでの日々以来である。

「昔を懐かしむなんてな、だいぶ年とっちまったって事か……。」

 そう自嘲すると体を起こす。そこで彼は隣にある異物に気がついた。ユラルルである。布団に包まって体を丸めている彼女の姿は年相応のあどけなさを感じられる。しかしノルンにはそれどころではなかった。

 おいおい、確か昨日は酒飲みまくって……、そう、確か酔いつぶれたこいつを背負って部屋に放り投げた後自分の部屋に行って服を脱いでそのまま寝た。それからの記憶はない。

 改めてユラルルを見て見るとなぜかしっかりと寝巻きに着替えている。と言う事は放り投げた後に目が覚めてそれから着替えてこっちの部屋まで来たんだろう。部屋の鍵は……。そこで扉の方へ目を向けると何故か開きっぱなしの扉。更に注意して見るとドアノブが無い。おいおいまじかよ。

 そこまで確認したノルンは深い溜息を吐いた。自分の娘かもしれない女と寝るほど落ちぶれてはいない。恐らくそういったことは無かったであろうと結論を出したのだ。ノルンは立ち上がり昨日干しておいた服を着込むと1階に下りた。

「おうバーバ、おはよう。」

 バーバはいつもいるが何時寝ているのだろうか。

「おう、おはようさん。飯でも食うか?」

 そういってこちらを見やる。

「いやなんだ、それよりもまずだな、ちょっと相談したい事があってな。」

「なんだ?言っとくが代金はまけないぜ?」

 そんな事ではない。それよりも切実な内容があるのだ。

「いや、金の事じゃねぇよ。いや、金のことになるんだろうがそうじゃねぇ。」

「なんだぁ?えらい言いよどむじゃねぇか。さっさといえよ。」

「それがな、朝起きたら部屋のドアノブが破壊されててな、修理してくれよ。」

 そうぶっきらぼうに話す。ノルン自体身に覚えがないし恐らくユラルルが破壊したのだろうとは予想がつくがあいつが破壊したってことは俺が払わないといけなくなる。そうノルンは思ったから言いよどんだのだ。

「はぁ?うちはぼろいたぁいえそんな簡単に壊れるはずはねぇんだがな。」

 首をかしげるバーバ。内心そりゃそうだとノルンは思っている。

「いや、多分酔っ払って俺が壊したんだろ。修理費とか出すから頼んだ。荷物とかはユラルルんとこにおいときゃいいだろ。」

 壊したのはユラルルだろうしそれに今ノルンには盗られて困るような物がない。体一つで冒険をしてきたノルンにとって身に着ける装備品以上に価値のあるものなどないのだ。それももはや迷宮に食われてしまった以上価値のあるものは持っていない。

「大体状況は分かった。そうだな、見てみねぇことには分からんが扉全部変えても銀貨5枚ってとこだろ。代金は終わってからでいいぞ。」

「すまねぇな、迷惑をかける。そんじゃあ暢気に寝てるお姫様を起こしてくるんで朝飯を準備しといてくれよ。」

 そういって銀貨1枚をカウンターにおいていく。

「ああそうか、嬢ちゃんの分も出すんだったな色男。」

 バーバのやっかけに手を振りながら階段をノルンは上がっていった。

 

 

「おい、起きろ。こら、起きろ。」

 ノルンの呼びかけは聞こえているようである。しかし甘えるように布団にもぐりなおした。

「だーーー、起きろって言ってんだろ!」

 そういって布団を引っぺがしていく。

「ああ~、うーーーーー。」

 布団を取られたユラルルはやっと起きる気になったのかベッドから起き上がった。

「おはよう。起きたんならさっさと着替えて来い。さっきバーバに飯を頼んでおいたからもうすぐ出来るだろ。」

 まだ眠そうにしているユラルルにそう告げるとノルンは今日の準備を始める。昨日と同じである。その手際は熟練の冒険者のようだ。

「……。あ、あれ?あー、そっかノルンの部屋で寝てたんだった。うーーー、……着替えてくる。」

 そう言ってまだ眠たそうにしながら部屋を出てった。

 

 

 ノルンがユラルルを連れて一階に下りたのはそれから30分後である。女の仕度が30分で終わるのは短い方であるがノルンは溜息をつかずにはいられない。

「おう、思ってたより早かったな。飯はもうちょい待ってろ、なに、女を待つよりゃすぐ出来る。」

 バーバの機転に素直にノルンは感謝といった感じである。

「ちょっと、これでもものすっっっっごく急いで準備したんだからね!そんなに言わなくてもいいじゃない。」

 確かにその通りだが冒険者が身だしなみなど気にするはずもない。

「とっとと飯を食って稼ぎに行くぞ。ったく、いらん出費ばかりだ。」

 後半の呟きはどうやらユラルルの耳には届かなかったようだ。

 

 

 朝食を食べた二人は冒険者ギルドに足を運んだ。入り口を入るとそのままエリスのカウンターへと行く。

「おはようさん。昨日の報酬をもらいに来たんだが今大丈夫か?」

 そう言ってギルドカードを差し出す。

「大丈夫よ。今日も同じ依頼内容でよかった?」

「いや、今日はこの依頼をこいつと一緒に受けようと思うんだがいいか?」

 そういってノルンは隣のユラルルを顎で指し示す。

「えーっと、たしかついこの間登録されたユラルルさんでしたよね……?」

 エリスの目つきが明らかにいぶかしむ物になっている。それもそのはずである。

(なにこの女、もしかしてもう私のノルン君に悪い虫がついたのかしら?確かにノルン君可愛くて強いみたいだから気持ちは分からなくないけど……。)

 これである。

「え?は、はい!ユラルルです。今日は一緒に受けようと思います!はい!」

 ノルンと一緒にいるときの砕けた感じからは想像も出来ないほどがちがちである。エリスが威圧しているせい、と言うのも多分にあるが。

「ふ~ん、大丈夫ですよ?それじゃあ一緒に受理しますのでギルドカードをお願いしますね。」

 明らかに威圧マックスです。

「は、はい!お願いします!」

 ユラルルはロボットのような動きでギルドカードをエリスに渡す。一応仕事をする気があるのかエリスは手続きをしにそのまま奥へと引っ込んでいった。

「はぁ~、緊張した……。前はあんなに威圧的じゃなかったのに……。」

 ユラルルの登録の際の受付をしたのもエリスである。普通の冒険者では近づけないエリスのカウンターにそうと知らない新人のユラルルがいくのはもはや必然である。

 その様子を見ているノルンは必死に笑いを噛み潰していた。

 

「はい、ギルドカード。受理しておいたから頑張ってね?」

 そう言ってギルドカードを差し出すエリス。但しノルンには優しく渡すがユラルルには何か呪われそうな感じである。

(今度知り合いの冒険者に頼んで闇討ちしてもらおうかな……。)

 もちろんそんな足のつく事をエリスがするわけはないのだが黒い考えを持っているのは確かだった。

 

 

「あーーっ、なにあれ、ねぇ!?受付のお姉さん私への対応おかしくない!?」

 ギルドを出た後に出たユラルルのこの発言を誰もとがめることは出来ないだろう。

 

 東の城門でいつもの二人組みに今日も女連れかよと冷やかされながらもいつも通り草原へと歩いていく。

「それじゃあ草原についてだが、基本的にホーンラビットの相手は全部俺がする。んでだ、倒した後の処理はユラルル頼むわ。その間は俺が警戒してるんで気にせず解体に勤しんでいいぞ。なんか分からない事があったら遠慮なく呼べよ。」

 そう言って今回の作戦を決める。ノルンとしては戦闘の実践などは迷宮に入ってからいくらでも出来るのである。なので今のうちに知識と技術を学んでほしいと切実に願っている。

「分かったわよ。私が手を出したらまた燃えちゃうもんね。確かにそれがいいと思う。」

 昨日の出来事で学習したのか一応の了解を得るとそのままホーンラビットが群生している地域に差し掛かった。

 ノルンはすぐに索敵を始める。そしてすぐにホーンラビットを見つけるとユラルルに合図を出して近づいていく。そこからは慣れたものである。一刀の下で首を切り離しいつものように血抜きをする。そうして後をユラルルに任せてのんびり周りを観察しだした。そこにホーンラビットを解体しながらユラルルが話しかける。

「ねぇ、何でそんなにすぐに見つけられるの?私が遠目で見ても全く気づかなかったのに……。」

 ユラルルの言うとおりなのである。草原にいるホーンラビットは周りの植生とほぼ同色をしている。しかも草足よりも低い身長のため全く見えないのだ。

「あ?簡単だろ、こいつがたまに顔を上げるときに草から角がちらちらするんだよ。だからそれを見つけるようにすりゃいいんだ。」

 簡単げに言うが至難の業である。草の間にゆれる角も周りとそんなに色が変わらない。ユラルルはそれを聞いてかなり呆れていた。

「それが出来ないから言ってるんじゃない。あんたの目ってドンだけ高性能なのよもう……。」

 昨日注意されたとおり大きな話し声は立てないように気を使っている。なかなかのみこみが早い。

「ああ、ありゃオーガだな。こんな外周まで来るなんて餌場を追われでもしたのか?」

 そう言うノルンの視線の先、1km程先には3m程の赤い巨体の姿が見える。

「はぁっ?ちょ、オーガって、しかもあの色って変異種じゃない!すぐに逃げないと!」

 ユラルルの言う事は最もである。オーガと言うとCランク冒険者の5人パーティーでやっと互角に戦えると言う魔物だ。しかも普通の緑色のオーガではなく赤色と言うことは変異種である。普通の冒険者なら尻尾を巻いて逃げ出すだろう。

「いや、もう遅いだろ。向こうは風下だから多分血の匂いで気づかれてるぞ。」

 ノルンの言うとおりである。オーガは嗅覚に優れている為奇襲などがあまり成功しない魔物である。しかも大柄である為この距離で逃げようと思っても逃げ切れない可能性もある。

「じゃあどうすんのよ!?やだよ?こんなに若いうちに死ぬなんて。ああ……、お母様の冒険譚なんて聞くんじゃなかったよぉ。」

 もはや諦めモードのユラルルにノルンは陽気に答える。

「お前は気にせずホーンラビット解体してろ。ちょっとこの体の性能測ってくる。」

「え、ちょっと!まってよ~っ!」

 どこかうきうきするように剣を抜き放ったノルンはこちらに向かって近づいてきているオーガに向かって自分から歩み寄って行った。

「あいつを囮にして逃げようかな……。でもこれから私の冒険譚が始まるって言うのに……。ああもう!わかったわよ!解体してればいいんでしょ!これで殺されたら化けて出てやるんだから……。」

 やけくそ気味にそう叫んだ。

 

 

 

 ノルンは赤いオーガと対峙していた。オーガとの距離はあと100m程だろうか。遠目では測れなかったがオーガの身長は4mほどある。小柄なノルンからすると建物を見上げているような物だ。赤いオーガは何かの獣の毛皮のような物を腰に巻きつけ手にはノルンよりも太く大きな棍棒を持っている。棍棒といっても丸太を手で持つ所だけを削ったような物であるが。

「こりゃかなりの大物だな。ちまちま兎を狩るのはしょうにあわねぇんだよ。」

 ノルンは以前Aランクの冒険者であった。しかもSランクに上がると面倒な依頼が舞い込んで来ることを嫌った為にAランクにあがってからは依頼を受けずに魔石と魔物の素材だけで稼いできた本物の叩き上げである。それに付け加え制限のなくなった契約魔術に上がった身体能力。恐らく今のノルンは大陸でも10指に入るほどの実力を有しているだろう。オーガ如き例え変異種であろうと鼻歌交じりで倒してしまうであろう。

 

「グオォォォォォォォォ!!」

 お互いの距離が10mを切った時、オーガはそのまま一足で間合いを詰め、ノルンにその巨大な棍棒を振り下ろす。豪風を伴い振り下ろされる速度はホーンラビットの突撃の比ではない。

 しかし振り下ろされた棍棒はノルンに掠る事もなく地面を陥没させる。飛び散る石礫がその威力を物語っている。

「すげぇすげぇ。確かオーガの皮って魔法やら剣やらに耐性があったっけ。剥いで持って帰るか。」

 その余裕の佇まいに激怒したオーガは更に雄たけびを上げながら今度は横なぎに棍棒を振るう。

「グガァァ!!!」

 それをノルンは走り高跳びの要領で紙一重で避け切る。恐らく紙一重でよける必要は全くないのだが。

「あーらよっと!」

 着地したノルンは振り切ったオーガの両手に両手剣を振り下ろす。一瞬だけ抵抗があったが構わずノルンは力をこめた。

「グギャアアアアアアァ!!!!」

 手首より先を切り落とされたオーガは膝を突き両手を目の前に掲げるようにして絶叫を上げている。

 その時にはノルンは側面から飛び上がっていた。

「ギャア……。」

 オーガは絶叫を上げようとしたまま首を刎ねられた。そのまま力を失ったのか前に倒れていく。

「あーあ、流石に血しぶきでひどい事になってら。ま、いっか。」

 この程度の魔物の相手は慣れているのだ。以前行っていた迷宮の奥など、こんなでかいだけが取り柄の魔物などいいカモである。

 何事もなかったかのようにノルンはユラルルの下へ帰っていった。

 

 

 ---------------pf

 

 

「グオォォォォォォォォ!!」

 オーガの物と思われる雄たけびが少し離れた所から聞こえた。

(ひいいいいぃ、絶対見ない。絶対見ない。)

 解体を続けると決めた彼女は迫り来る恐怖から目を背けるように黙々と解体作業を続けていく。

(うう~。お母様、冒険者は危険が一杯でそこがまたいいとか言ってたけどそんな事ないよ~。)

 ユラルルは母親の冒険譚を子供のころからよく聞いていた。それに憧れていたし、自分もいつか冒険に出て自分の冒険譚を作るんだ、と子供心に思っていたのだ。

(そういえばお母様も最初は面白くなかったって一度言ってたような……。)

 でもそれが変わったのは……。そこでユラルルは古い記憶を思い出した。母親が照れながら恥ずかしげに言った言葉だった。

(そうだ、信頼できる仲間、背中を預けられる仲間、どんな危機的状況でも諦めず共に進める仲間が出来たから。そう一度だけ言っていた!)

 そこでユラルルは自分の状況を思い出した。

(そうだ、信じないといけないんだ。絶対にやってくれるって。その信頼がお互いに仲間って言える絆になる。)

「グガァァ!!」

(ひぃぃぃぃぃっ。だめだめ。私はノルンの言葉を信じるんだからっ。で、でもちょっとだけ。ちょっとだけ見てもいいよね。)

 そう自己を納得させるとユラルルはオーガと戦うノルンのほうへ目をやった。

 そこで見たのは手首から先を切り落とされて膝を突くオーガ。もうすでにノルンはオーガの横に走りこんでいる。

(え、嘘。だってあれ、変異種のオーガなのに。ノルン一人なのに。)

 次の瞬間にはオーガの首を刎ね飛ばし、悠々と着地するノルンの姿があった。

 その残酷な情景をユラルルはただ呆然と何か大切なものを見るように見つめた。

 

「なにぼうっとしてんだよ、皮剥ぎは終わったのか?次はあのでかぶつの皮も剥いで貰うんだから頑張れよ。」

 いつもと変わらないいつもの調子でそうぶっきらぼうに言うノルンを見て

(そっか、仲間かぁ。ふふ、いいかも。)

 泣きながら笑うのであった。

 

 


誤字脱字を微修正。更に誤字を修正。


オーガ:体長3~6mほどの人型の魔物。その皮膚は対魔術耐性と対刀剣耐性を持っており非常に厄介な魔物である。基本的に緑色の体表であるがまれに色の違う物がいる。それは大きさはそこまでではない物の身体能力等に優れる。単体認定Cランクの魔物。その皮は非常に優れた素材で弾力があり魔術的にも物理的にも優れる。とても高価な素材。

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