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16

 

 ノルン達がテンザスにもう直ぐ着く、と言った所でそこまで沈黙を守っていたノルンがカーミュラに対して口を開く。


「そこで聞き耳を立ててるお前、カミュっつったか?まあなんだ、一応礼はいっておく。テンザスで困ったことがあったら一度ぐれぇは助けてやらんでもねぇよ。だからそんなにへこむな。」


 それを聞いたカーミュラは勢い良くノルンに抱きつこうとする。

 しかし咄嗟にテレッサに阻まれてしまう。

 しぶしぶカーミュラは口を開いた。


「ノルンも、何かあったら私たちの所に来て。なんでもしてあげるからっ。」


 自信たっぷりにそういう。

 それに小声でテレッサが突っ込んだ。


「……カミュ、お前聞いてなかったのか……?バートンの言ってたテンザスに現れた凄腕ってノルン君のことだろ……。今の俺達じゃ逆に足を引っ張るぞ……?」


 しかしその言葉はカーミュラの耳には届かない。

 人間、都合の悪いことは聞こえないようにできているものである。


「はいはい、そん時はお願いするよ。」

 

 頷き合う二人。

 どうやら仲違いはしないようであった。


 

 そうして暫く話しているとテンザスの城門に到着する。

 ナージェスはおもむろに特注と思われる額宛をつける。

 それは彼の額の角をうまく隠し、兜の一部の意匠に誤魔化す物であるのだろう。

 彼のこれまでの苦しい人生の片鱗を窺わせるものであった。


 馴染みの門番がたまたま居た事でノルンはギルドカードなしで通ることができたのは幸いとしかいえなかっただろう。

 そうして町に入ったところで全員一旦降りる。


「じゃあな、世話になった。今着てる服は何か変わりのものでも買って返すわ。」

「別にいい。お近づきの印みたいなものだ。」

「私、ノルンを食べたい。それで許す。」

「……後で宿に行く。そこでまた話そう。」


 そう言ってノルンは手を振って分かれた。


 まさかこの後直ぐに襲われるとは、ノルンですら思っていなかっただろう。

 ノルンは一文無しであったため、とりあえずお金を手に入れるために宿へと向かう。

 ショートカットするつもりで路地裏に入ったのが更にまずかったのかもしれない。

 数日前に振り切った現実が彼の目の前で羽ばたいていた。



 セレスティが現れた!

 ノルンは逃走を図った!

 セレスティからは逃げれない!



 本能から逃げようとしたノルンであったが、僅かながらも罪悪感と言うものを感じていたのか、その体が硬直する。

 目の前のセレスティの瞳に大粒の涙が溜まっていたのもその原因の一つにあるだろう。

 その少なくない間の硬直で、セレスティは文字通りノルンに向かって飛びながら抱きついた。


「おいっ!いきなりかよ!?」


 哀れノルン。彼の発言は全く聞こえていないようである。


「んっ……、はぁ。久しぶりです。この匂い、この感じ。」


 そういってセレスティはノルンの首筋に顔を埋める。

 まるで美味しい料理は視覚から入り、香りを楽しみ、肌で感じ、歯ごたえを確かめ、舌で味わう。そして最後に喉を通す。

 それを地で行っている。

 それを理解できるのは当人同士だけであろうが。


 そうしてセレスティは目の前で食欲を刺激させている美味しそうな項を、視線で、香りで、肌で楽しんだ後にゆっくりと牙を突きたてた。

 否、突きたてようとした。


 ガキン


 それは岩と岩を叩きつけたような音。

 セレスティの突きたてた牙がノルンの体に弾かれる音だった。


 困惑するセレスティ。

 しかし諦めずに再度チャレンジする。

 

 ガキン ガキン ガキン 


 何度と無く挑戦するセレスティ。

 時に位置を変え、時に力加減を変えてみる。

 しかし全て弾かれてしまった。

 やっと諦めたのか埋めていた項から顔を上げ、ノルンを正面から見据える。


「……いじわる、しないでください。」


 その潤んだ瞳、そして純真であるが故の裏の無い表情。

 悪い事をしていないのに悪い事をしているような気持ちにさせられる。

 結局折れたのはノルンであった。


「……これで、いいのか?」


 そういってノルンは首筋に自分の爪を少し突き刺す。

 確かに硬い。自分の体であるはずなのに感じる違和感。

 そう、まるで今も装備を纏っているかのように。

 違和感は他にもある。

 余りにも鋭い爪。

 自分のものとはいえ、肌に突き刺すのに少ししか抵抗を感じなかった。


 思考の海に浸ろうとするノルンであったが、それは無理な話である。

 何故なら目の前にセレスティがいるのだから。


 ノルンの肌から溢れる血液に恍惚とした表情を浮かべ、優雅にその溢れ出る血液を舐め取った。

 途端に首を上げると、びくりと体を震わせる。

 そして熱い溜息を吐いた。


「っ、は、……ぁ。……はぁ。」


 そうして今度は大胆に溢れ出る血液を嚥下しだした。

 ノルンは為されるがままである。


 傍から見れば、再開を祝した少年少女がお互いを抱擁しているようにも見えなくも無い。

 実際は違うのであるが。


 暫くするとノルンの傷跡が自然と治癒し、血が出てこなくなる。

 それに名残惜しそうに口付ける。

 そうまでしてやっとセレスティは顔を上げた。

 そしてやっと自分の状況を悟ったようである。

 

 慌ててノルンから一歩下がると口を開いた。


「その、お久しぶりです。突然に、その……、すいませんでした。私、急に居ても立ってもいられなくなっちゃって……。ご迷惑、でしたか……?」


 不安そうに見つめる瞳に表情。

 並みの男であるならば一撃でダウンするだろう。

 しかしノルンは溜息をついて答えた。


「いや、別にいい。どうせ妖精が悪さしてるんだろ……。それよか、羽をしまえ。あんま見せていいものじゃねぇだろ、それ。」

「あ、そういえばシェフルドにもそう言われていたんだわ。ありがとう。」


 羽をしまうセレスティ。

 心なしか、その羽もつやつやしていつもより光り輝いている。


「……俺はこれから宿に行くんだが、お前はどうするんだ?」

「そう、ですね。無我夢中で塔から飛んできてしまいました。どうすればいいでしょうか?」


 小首をかしげるセレスティにノルンは何度目かになる溜息。


「……バーバの所にいればそのうち騎士団が飛んでくるだろ。一緒に来いよ、ついでだ。」


 そういって気持ちゆっくりと歩き出すノルン。

 その横にセレスティが並ぶ。

 ノルンはやっと宿に帰れるのであった。


 その最中、セレスティがふと疑問に思った事をたずねる。


「そういえば、前の時よりも、とても、美味しかったです。リィンちゃんも大満足って言ってます。何か……、秘訣、でもあるのですか?数日飲んでいたシェフルドのものが、その……、風邪を引いたときに出される、苦いお薬に感じられるくらい、美味しかったです。」


 哀れシェフルド、彼の血は苦い薬よりまずいらしい。

  

「……さあな。俺にもわかんねぇよ。とりあえず、帰るぞ。」

「あ、はい。よろしくおねがいしますね。」



 微笑ましい光景であろう。

 少年に連れられて少女が歩いている。

 但し、少女は豪華な純白のドレス姿であったのだが。




------------pf



 カランカラン、とドアの上のベルが綺麗な音色を奏で、その入り口を開く。

 そこからノルンは宿へと入ると目の前のカウンターに座るバーバへと手を上げると挨拶をした。


「よう、久しぶり。」


 何気ない挨拶にバーバが同じく手を上げて言葉を返す。


「おぉ、帰ったのか。」


 見ていた新聞をカウンターに置くとにやにやとしながらノルンを見やる。


「なんだよ気持ちわりぃ。とりあえず鍵くれよ。あと後ろのお嬢様を暫く歓待してくれ。」

「あいよ。うちにはそういうところは勝手にやってくれる便利な押しかけがいるんでな。」


 鍵を手にしつつ顎をしゃくるバーバ。

 その先にはテーブルへとエスコートをするジライの姿。

 そういえばこいつまだいたな。

 そんなことを考えながらノルンはバーバから鍵を受け取る。

 そのまま自分の部屋へと上がっていった。



 階段から下りてきたノルンは着替え終わっていた。

 一応は服を着ていたがいかんせん借り物の服。

 サイズもあっていなかったのだ。

 身の回りの物を揃えてきたのである。


「おうバーバ、エールくれ。」


 本命は部屋に置いていた小銭をとってきていたのであった。


「あぁ?まだ昼すぎだぜ?ちょっと早いんじゃねぇか?」

「いいんだよ、ここ数日飲んでねぇんだ。ちょっとぐらい早くても罰は当たんねぇよ。」


 そう言ってお金を差し出す。


「まあうちは金払ってくれるんだったら文句はねぇけどよ。へいおまち!」


 手際よくジョッキに注がれたエールが差し出される。

 それを手に取るとノルンは一気に飲み干した。


「か――――――っ!うめぇ!もう一杯!」

「おいおい、余程飲みてぇんだな。まあいいや。つまみもいるだろ?適当に作ってやるよ。」

「おお流石、話が分かるじゃねぇか。」

「で?ここ数日いきなりどっかに行ってたみたいだがどこ行ってたんだ?」


 適当なつまみを用意しつつ話を振るバーバ。



 そのとき、宿屋の入り口が開きベルが鳴る。

 

「どうもー、帰りやしたぁ。」


 まず扉を窮屈そうに潜ったのは、全身に凶悪な鎧を装備した大男。

 

「ただいまなのです。早くお風呂に入りたいのですって、ベリベルさん急に止まらないでください。」


 次に入ってきたのは立派な神官服をまとった少女。

 ノルンの姿を見て立ち止まったべりベルにぶつかって鼻がしらを抑えている。


「たっだいまーーー!って、あーーーーーーーーーっ!」


 最後に入ってきたのは黒いローブと杖を持った見るからに魔法使い。

 その少女は入り口で立ち止まった二人を避けた先に居た存在にいち早く気付く。


 そんな3人にばつが悪そうに視線をやるとおもむろにノルンは手を上げる。


「あー、なんだ?お疲れさん?」


 流石に罪悪感を感じているのか、言葉にキレがない。

 しかもまだ外は明るいのにお酒を飲もうとしている。

 とてもではないが言い逃れができそうにない。


 ベリベルの後ろから顔を出したイルアリアハートがジト目を向ける。

   

「わかっていたつもりでしたが、ノルンさんは本当に自由人ですね。我々はあんなにも」


 これから長い長い話し合いが始まろうというところであったが、それを遮るように人影が動く。

 それは真っ直ぐにノルンへと突っ込んでいった。


 それを見て慌てたノルンはとりあえず手に持ったエールのジョッキをカウンターへと置いて立ち上がる。

 しかしできたのはそこまでであった。


「ノルン!」


 立ち上がったノルンは首向かって飛びついてきたユラルルを抱きとめる。

 まるで受け止める人の気持ちを考えないそれ。

 しかし力を逃がすためにくるりと回ってふんわりと着地させる。


「もう!どこ行ってたのよ~。急に何処か行っちゃうんだからびっくりしちゃったよ。」


 心配しているような口調だが明らかに頬を膨らましている。

 まさに私、怒ってます!と全身を使ってアピールしていた。


「あーなんだ?お前らもそこそこ大丈夫かと思って息抜きに行ってたんだよ。その、なんだ?いきなりで悪かったな。」

「うーーーー、ノルンにはまだまだ教えてもらわないといけないことが沢山あるんだから勝手にどこか行っちゃダメだよ。わかってるの?」

「あーわかったわかった。まあなんだ、荷物置いて来いよ。そっから話そうぜ?」


 これまでの人生経験から何事にも適当なノルン。

 それを察したユラルルがパッとノルンから離れて階段へと走る。


「すぐ帰ってくるんだからね!」


 そういうとあっという間に駆け上がっていく。

 その背中を見送ったイルアリアハートがため息をついた。


「はあああー。私も荷物を置いてきますね。……優秀な冒険者の人は少なからず変な所があると聞きます。そう考えればノルンさんの行動は全然許容範囲内と言えなくもないのかもしれません。」


 ユラルルの後ろについていく形で階段を上っていくイルアリアハート。

 幸運なことに後半の内容は小さくて周りには聞こえていないようであった。


「ノルンの旦那ぁ!」


 イルアリアハートの後姿を眺めていたノルンに抱き付くベリベル。

 久しぶりに会ったからなのか、男一人で肩身が狭かったのか、万力のような力で抱き付いた。


「うおおおおお!」

 

 重厚な鎧でゴリゴリと圧されて思わず叫ぶノルン。


「ああっ!すいやせんノルンの旦那!久しぶりだったもんでつい!」

 

 パッと離れるベリベル。

 ノルンは生き残ったようである。


「ぶわっはっはっは!大丈夫かノルン!?」

「笑ってんじゃねぇよバーバ!まじで死ぬかと思ったぜ。」

「すいやせんすいやせん!」


 ノルンは首をコキコキと鳴らしながら改めてカウンターに座った


「まーでも元気そうで何よりだよ。ま、久しぶりだし一緒に飲もうぜ?」

「あ、でもいいんですかね?お嬢さんたちが作戦会議をするって言ってたんですが。」

「ま、いいんじゃね?飲みながらでもできるだろ。」


 もうすでに一杯目を飲んでしまっているノルンにとっては今更である。

 ベリベルは鎧をつけているにもかかわらずそれを感じさせずに席に着く。

 

「それじゃあ、色々あったが無事生き残った俺たちに。」


 カウンターには気を利かせて追加されたエールのジョッキが置かれる。

 それをどうにでもなれと持ち上げるベリベル。


「「乾杯!」」


 男二人がジョッキを打ち鳴らしたところで階段を下りる音が響く。

 それは急いで荷物を置いてきたユラルルとイルアリアハートであった。


「あーーーーっ!私が戻るのぐらい待ちなさいよ!」

「ベリベルさんまで巻き込んでます。これはもう今日は作戦会議どころではありませんね。はぁ。」


 ノルンの隣へと座るユラルル。

 それが宴会に発展するのは当然の流れであろう。


 昼から始まったその宴会は、どんどん訪れる来訪者を加えて大宴会となるのであった。


 




 これから訪れる理不尽をまだ誰も知らない。

 蝶の羽ばたきが津波となるのなら、力あるものが起こした騒動はどこまで広がるのか。

 このときはまだ誰も知らない。

 


第1章が終わりました。


打ち切りじゃ、ないですよ?

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― 新着の感想 ―
やっぱ好きっすわ
[一言] ありがとうございます。 待ち続けた甲斐がありました。
[一言] 更新ありがとうございます! 気づくの遅れた…
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