11
グロ注意?
それほどでもないかも
ノルンは一人、草原を馬で走っていた。
周りに仲間などおらず、喧しい女性たちもいない。
久しぶりのソロであった。
「あー、開放感がはんぱねぇ。」
何故こんなことになっているのかといえば、それは逃亡以外にありえない。
本来自由をこよなく愛するノルンがよくもここまで耐えたと褒めてあげたいほどである。
とどめは昨日の王女であろう。
とりあえず面倒になったノルンは置手紙を書いて朝早くから宿を出たのであった。
置手紙の内容はこうである。
『3日程旅に出る。お前らも休んでもいいし、迷宮に潜ってもいいぞ。30階までなら余裕だろ。適当にやれ。』
なんとも雑な内容であったが、それも頷ける。
昨日の迷宮では最初にベリベルに発破をかけただけで他は何もしていない。
恐らく、30階を越えてアンデットが徘徊し始めるまでは大丈夫だろうと思っていた。
「あいつらもいつまでも子供じゃねぇし、何とかするだろ。」
そこまで考えて、ふと思い出す。
そういえばエリスが何か不穏な事を言っていたような、と。
「あぁ……そういえば言うの忘れてたわ。ま、アンデットエリアに入らなけりゃ大丈夫か。」
そう楽観的に考えた。
昨日は色々とあったのである。
忘れるのもしょうがない。
思い出しただけで身悶えしてしまいそうになっていた。
そこまで考えたノルンの目の前に、また、オークの集団が現れる。
ノルンが街を出てからもう既に3回目の遭遇であった。
「どうせだ、適当に狩っておくか。」
そう言うと馬をオークの集団の少し手前で止めて杭を打つ。
そして馬をつなぐとオークの集団に向かって走り出した。
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オークの集団をぬっころしたノルンがまた馬に乗ると走り出す。
別に弱いもの虐めをしている訳ではない。
オークはある程度の知能をもち、中には弓や、弩も使いこなす。
下手に回避しようとして馬を射られては本末転倒である。
それに、ノルンは全く剥ぎ取りも、討伐証明部位も取らないが、国から討伐指定された魔物である。
ある程度の数を倒せばそれなりにはお金になる。
ノルンは見向きもしないが。
ノルンはオークの辿ってきた方向を見やった。
どうやらオークは北から向かってきているようである。
草原の魔物をノルンが狩りすぎたため、オークをエサとするオーガやシルバーウルフが減ったのが原因なのだが、それにしても異常な数である。
(どうせ、目的があるわけじゃねぇし、適当に行くか。)
王女から受けた精神攻撃の鬱憤を晴らす為、では無いが、ストレス発散のようなものである。
流石のノルンも、王家の者に手を出せばこの王国にいられなくなるぐらいの分別はある。
それはひいては、同盟国であるルウツウ聖王国への出入りができなくなると言うことであり、その為に鬱憤が溜まっているのであったが。
そして遠目で森が見えるところまでやってきたノルンは、その光景に驚く。
森の境にいるオークの数が異常なのである。
ざっと見ただけで100はいる。
しかも簡易な砦のようになっている。
「おいおい、キングがいんのか?それなら頷けるが……。」
そこでノルンは考える。
キングが居るとなれば、先ほどの数の10倍いてもおかしくない。
むしろ、大森林という場所が悪い。
拠点が少し奥まった所にあるのなら、20倍、下手をすると50倍なんてことも考えられる。
別に依頼があるわけじゃない。
踵を返すことも可能だが。
しかし。
「それじゃあ面白くねぇよな。オークぐれぇ何千匹いようと余裕で倒せなきゃなぁ。」
自身の言い放った言葉を思い出し、とたんにやける。
さてさて、どうなることか。
「さーて、やってやろうじゃねぇか!」
そう自身を鼓舞すると、馬を走らせオークの集団に向けて突撃していった。
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大森林の境に陣を張っていたオークの一匹がそれに気づく。
自分達の陣に向かって馬が一匹走って来ている事に。
それを確認すると法螺貝の音が響き渡った。
オークを統括するオークキングの特殊能力に、群れの統括というものがある。
その名の通り、普段は本能のまま略奪、破壊を繰り返すオークを、統制し、武装させ、団結させる。
言うは易いが、されるととてつもなく厄介である。
ただでさえ人間を上回る肉体能力に、人間が唯一優れているであろうそれが加わるのである。
突然変異で生まれるオークキングの厄介さはとてつもない。
放置しすぎると街一つ飲み込む規模に拡大していくであろう。
その、統制されたオークが一斉に臨戦態勢を取る。
その中心にいる、一際良い装備に身を包んだオークが更に法螺貝を吹く。
その合図で一斉に弓を持ったオークが構える。
更に吹き鳴らされた法螺貝によって一斉に矢が放たれた。
それは突っ込んでくる馬の進路に覆いかぶさり、隙間を与えずに致死の運命を辿らせると思われた。
が。
「バ、バカナ。」
馬は無傷。
乗っている人影も当然無傷。
続けて放たれる矢も人影の持つ、その身に不釣合いな両手剣によって弾かれていく。
とうとう人影は陣の手前まで到達する。
そこで馬を急停止させると、その反動で高く飛び上がり、陣の中へと入っていった。
それを見ると即座に司令官であるオークは後ろの伝令に言う。
「オウエン、ヲ、ヨベ。」
そう言い放つと、すぐに伝令は走り出す。
普通のオークよりも小柄。
だがその動きは機敏で、あっという間に森の中に消えていった。
司令官は正面を向くと指示を出そうと法螺貝を吹こうとした。
しかし、そこで人影と目があう。
絶望的な瞬間であった。
人影の口が大きく裂ける。
どうやら嗤っているようだった。
そして100mは離れたそこから、長大な槍が飛んでくるのが見えた。
それが司令官の見た最後の光景であった。
戦場に無意味な法螺貝の音が鳴り響いた。
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辺りは大分暗くなっている。
もうすぐ日が沈む時間である。
ノルンはもう、かれこれ3時間は戦いっぱなしである。
倒したオークの数など覚えてはいない。
出会ったらとりあえず殺している。
それを続けて3時間。
周りのオークもほぼいなくなっていた。
「てか、ここ何処だよ。」
ノルンはあたりを見渡すが、そこは完全に森の中。
代わり映えしない光景に方向感覚すらあやふやになる。
そんな中、とりあえずオークの湧いてくる方向に進んでいたのだが、その姿も無くなった。
さてどうするか、ノルンが一息ついたその瞬間。
ノルンはしゃがむ。
その真上を掠めるように刃が煌いた。
そのまま前へと前転をして襲撃者へと向き直った。
「おいおい、オークの暗殺者じゃねぇか。こいつらがいるとかどれだけ大きな群れなんだ?」
オークキングの群れには、その大きさ、発展度によって様々なオークが増えていく。
一般的な兵士である、槍を持った普通のオーク。
弓などを持つオーク。
戦士のように剣と盾を持つオーク。
大体の群れはここまでである。
そこまでで国、もしくは冒険者によって殲滅される。
だが、奥地でひっそりと数を増やした群れはその更に上を行く。
重装の装備で身を固めたオーク。
馬を乗りこなすオーク。
魔術を扱えるオーク。
治療の行える神官オーク。
鎧を纏った指揮官オーク。
そして、音も無く近づく暗殺者オーク。
もちろん上に行くほどに知恵もある。
つまり、この暗殺者がいるということはほぼ完成された群れであるということなのだ。
危険度は恐ろしく高い。
向き直ったノルンは周囲に意識を向ける。
どうやら、囲まれているようだった。
「切り札か?おめぇら殺してキングとご対面と行こうじゃねぇか。」
とりあえず目の前のオークへと踊りかかった。
しかし、振り下ろした刃は空ぶる。
闇に溶ける様に後ろに下がったオークの姿が消える。
それを追いかける事無くノルンは横に転がった。
そして先ほどまでノルンの立っていた場所に矢が突き刺さる。
「そういうやり方で来るか……。上等だ。」
ノルンは木々の隙間の中心、周りに何も無い場所に立ち尽くす。
手はだらりと下げ、いかにも無防備な格好である。
一瞬の静寂。
だが本当に一瞬。
完全にノルンの死角になる方向から矢が飛んで来る。
それを見えているかのように最小限の動きでかわした。
そして抜き打ちでスローイングナイフを投げつける。
しかし、その避けたノルンに白刃を持って踊りかかる暗殺者の姿。
ナイフを投げ終わった姿勢で動けないノルンに音も無く近づいた。
そして振るわれる刃がノルンの心臓に突き刺さる。
【契約魔術:ネビィガノルン:シャドウスナッフ】
ノルンの周囲の影、その全方位から闇色の刃が生えてくる。
それは、襲い掛かったオークの体を突き刺し、切り刻み、持ち上げる。
その姿は、悪魔に捧げられる生贄を連想させた。
そして木の上から落ちてくるオークの暗殺者。
その心臓に、ナイフが深々と刺さっていた。
「これで、全部か……?以前の俺だったらやばかったな……。」
神経を尖らせ索敵をしながら慎重にスローイングナイフを回収する。
そうしてまた奥へと進んでいった。
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ノルンのいた場所より更に奥。
そこは森が切り開かれ、広場となっていた。
その中心に石が積み重なった神殿のようなものがある。
その中へと小柄なオークは駆けていった。
そしてその中心、石造りの大きな椅子に座る、一際豪華な鎧に身を包むオークの目の前に跪く。
「報告シマス。暗殺部隊、全滅。コチラニ向カッテ、来テイマス。」
「ソウカ。ワカッタ。」
豪華な鎧を着たオークは立ち上がる。
そして、部屋を出ると、広場全てが見渡せる所へと進んでいった。
そして到着する。
豪華な鎧を着たオーク、オークキングは広場を見下ろす。
そこには配下であるオークが集まっていた。
その数三千。
下手な街の騎士団よりも遥かに多い。
そのオーク全てに声をかける。
「我々ニ危機ガ迫ッテイル。我ガ同胞ラヨ、住処ヲ移ス。西ダ、西ヘ行クゾ!!」
「「「オオオオオォオオオオオォォォォオオォォォオ!!!!」」
地響きのような音が森の中を木霊する。
木々を揺らし、周囲をざわめかせる。
それを見ながらオークキングは壇上から降りた。
オークキングの判断。
それは傍目には臆病に映るだろう。
しかし、先ほどの報告よりも前にもう一つ報告を受けている。
森との境界に造った砦を突破されたこと。
その増援に1000名派遣されたこと。
しかしそれも突破され、更に切り札ともいえる少数精鋭の暗殺部隊までやられている。
それも相手は軍隊ではない、一人なのだ。
相手が疲れてくれるなどと楽観視は出来ない。
敵がここまで来るのに最短で2時間ほど、警戒をしながらだと4時間以上かかるだろう。
その間に場所を移り、新たに群れを養わねばならなかった。
そしてその目星もつけていた。
オークの大移動が始まった。
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数時間前に雄たけびのようなものが木霊してから、ノルンは全く敵と出会っていない。
だからといって警戒を緩めることは無いが、それでも幾分早足で進む。
そうして歩いた先にあったのは開けた土地。
そして遺跡のような建造物にそれを囲むように出来た家屋。
まさしく一つの都市がそこにあった。
そこに入ったノルンは、近くの家屋に入る。
そこはつい先ほどまで生物がいたかのような雰囲気。
だが、誰も居ない。
そして次の家屋へと入っていく。
それを何度も繰り返すうちに気がつく。
もぬけの空だと。
「おっかしいな……。絶対いると思ったんだがな。とりあえず真ん中の神殿に行ってみるか。」
この都市の規模で、自分が相手をした数だけというのはあり得ない。
そうであるなら、どこかに居る筈なのだ。
そうして、ノルンにとっては大きな石段を登りきると、
そこには血の海が広がっていた。
そこにあるのは死体。
死体。
死体。
死体。
肢体。
人間の女性であっただろうモノが引き裂かれ内蔵をばら撒まかている。
それも数人ではない。
何十人といる。
それに混じってオークの赤ん坊、乳飲み子、幼い子供。
臓物を撒き散らし、この神殿の最も高い場所に晒されている。
それは供物。
それはオークにとっての決別の証。
捨て去る故郷に捧げる最後の生贄だった。
匂い立つ生暖かい血液の霧が肌に粘りつく。
未だに冷静さを保ったノルンが呟いた。
「逃げたか……。」
踵を返し、神殿を後にする。
今から追いかけても恐らく間に合わないだろう。
時間で言うと8時間ほどの差がついていた。
後は神に祈るのみである。
これから起こるかもしれない大惨事の予感に。
どうか何も起こりませんように、と。
そうしてノルンは薄暗くなった森の中を帰っていく。
元来た道を。
「はぁ、帰るか。」
眠たい頭を無理やり起こして歩き出した。




